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第三章 半透明で過保護な彼との、上手な仕事の進め方
34.仲良し襲来
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初めての巡回を終えた後も、ララは慌ただしい毎日を過ごしていた。
訓練、魔道具製作、巡回、治療、訓練、開発局に顔出し、修理、訓練、書類整理、そして――アロマオイル作り。
その日の昼下がり。ララは捜査局の受付にて、木箱を男性騎士に手渡した。
「お待たせしました。ご依頼いただいた追加分のアロマオイルです」
「ありがとうございます。これ凄く評判が良くて、騎士団で取り合いになってるんです。欲しさのあまり怪我人が増えるかもしれません」
「ふふっ、効果が出ているようで安心しました。またたくさん作りますね」
「よろしくお願いします。最近は貴族の騎士たちも興味を持ち始めたので、すぐに足りなくなると思います」
「貴族が……? 大丈夫なのですか? 不快に思われたりとか……」
自分の噂を知っている貴族が、そう簡単に使うだろうか。決して違法な物は使っていないが、変な薬を盛っていると疑われる可能性の方が高いと思う。
こちらの思考を読んだのか、騎士は困ったように笑う。
「もっとご自分に自信を持ってください。今まで心ない噂のせいで、隠れて過ごされていたようですが」
捜査官たちから聞いたのだろう。彼らは仕事を終えて捜査局に帰ってくる度に、「今日もうちのララさんを自慢してきました!」と胸を張っている。
「あなたが作ったものとあなた自身が、噂などあてにならないと証明しています」
「そう、でしょうか」
「少なくとも騎士団の貴族のたちは、もうすぐ自分の過ちに気付きますよ」
「なのであなたは、堂々としていてください」と言い残し、騎士は捜査局から出ていった。
「……堂々と、かぁ」
口に出して、ララは苦笑いを浮かべた。
自分が作った道具についてなら、多少は自信を持てる。誰かの役に立ちたくて、必死に腕を磨いてきたから。
(でも私自身となると、難しい)
呪われているつもりはないが、霊が見えるのは事実。人と違う体質を、いまだに後ろめたく感じてしまうのだ。
この体質である限り、母の涙を忘れられない。決して自分を――、
「ララッ! 見つけた!」
沈んだ考えを断ち切るような大声に、ララは現実に引き戻される。
入り口付近から突進してくる声の主を確認して、自然と笑顔になった。さらさらと揺れる、鮮やかな赤髪。
「ジャスパー!」
会うのはカルマンに婚約破棄された日以来だ。彼はテオドールの死がショックで仕事を休んでいたはずだが、大きな声を出す元気があって安心した。
「元気になったのですね!」
「どうなってるのよ!」
二人の声が重なり、ララはきょとんとする。
「どうなってるとは?」
「ララが捜査局にいることよ!」
「叔父様から聞いてませんか?」
「聞いたわよ。だから配達するふりしてすっ飛んできたんじゃない!」
入口付近に放り投げられた台車。ジャスパーは肩で息をしているし、相当急いで来てくれたようだ。
「えへへ、会いに来てくれて嬉しいです」
「…………もー。あたしに内緒でこんな野獣の群れに入ったことを怒ろうと思ってたのに、可愛く喜ばれたら怒れないじゃない」
「内緒にしようと思ったわけではないんです。ただその、ジャスパーはグラント卿の件で」
「休んでたからって?」
「はい……。もう、受け入れられましたか?」
「ぜーんぜん。でも働かないと、あいつうるさそうじゃない?『ボサっとすんな。泣いてる暇があるなら少しは動け』とかってさ」
ジャスパーが目を吊り上げてテオドールの真似をするものだから、吹き出しそうになった。さすがジャスパー。テオドールの性格をよく分かっている。
それゆえにテオドールが外出中なのが惜しい。この場にいれば「俺はこんな顔しない」とでも言って不貞腐れるだろう。
「仕事始める前にララに癒されようと思ったのに、開発局に行ったらおっさん連中しかいないんだもの。この絶望がお分かり?」
「私はそんな中で、ずっと生きてきましたので……」
「それだけじゃないの。久しぶりに出勤したあたしへの第一声が、『荷物はそこだ』よ? 優しさが見当たらなーい。そりゃあ長いこと休んでたあたしが悪いけどさぁ」
ジャスパーが受付のカウンターをばしばし叩きながら愚痴をこぼす。なんと平和なのだろう。
「ララがいない開発局なんて、水のないオアシスよ……干からびてんのよ、見た目も心も。いつ帰ってくるの? しばらく兼任?」
「多分、そうなるかと……」
あと二ヶ月もすれば、テオドールの死についての捜査が始まる。以前は彼の死については触れたくなかったが、今は真実を知りたいと思っている。捜査官として。半透明な彼の相棒として。
たとえ本当に他殺でも、その場にテオドールがいなくとも、ララは空に向かって報告したかった。『あなたは最後まで、あなたらしかったです』と。
そう言える死に様だと、信じている。だから真実を知りたい。
(そのためにも捜査官と開発局員を兼任したいんだけど、ジャスパーには言えないし……)
ジャスパーが捜査局の人間であればテオドールの霊がいることも話せるのだが、残念ながら彼は開発局のジャスパーだ。話せばテオドールとの約束を破ったことになる。
しかし、もうジャスパーに嘘はつきたくない。
あーだこーだと脳内で葛藤するララ。その様子を観察するように、ジャスパーは頬杖をついた。
「ララ、あたしに何か隠してるでしょ」
「……えーっと」
「顔見ればなんとなく分かるのよ」
自分の顔はそんなに正直なのだろうか。人間としては悪くないが、捜査官としては致命的な気がする。
どうするべきか悩みあたふたするララに、ジャスパーは畳みかけるように話す。
「ちょっとー。仲良しの私に言えないってわけ?」
「あ、いえ、そういうわけではなくて。いや、そういうわけなんですけど」
こんな時テオドールなら、なんと返すのだろうか。隠したくないのに言えないのは、なかなか辛いものがある。
そっとジャスパーの顔色をうかがおうとして、ララは見てしまった。彼の新緑色の瞳に、暗い影が落ちたのを。
「……まぁ、自業自得ってやつよね」
「え……」
(ジャスパー?)
自分が本当のことを話さないから、彼は表情を曇らせているのだろうか。
嫌だ。そんな顔は見たくない。
ララはカウンターに両手をついた。バンッと音が鳴り、ジャスパーが我に返ったように目を見開く。
「私を信じてもらえませんか」
ジャスパーに顔を近付け、視線を絡ませる。
「色々な人が関わることなので、私の気持ちだけでお話しすることができないんです。ですが、私はあなたに嘘をつきたくありません。全てが終わったら。その時は許可をもらって、必ず最初にお話しします」
約束しよう。悲しい事実でも、全て話すと。
「だからもう少し、待っていてください」
今は何も聞くな、と言っているようなものだが、これがララにとって最も誠実な回答だった。
彼に伝わってほしい。そしてどうか、この先も自分の『仲良し』でいてほしい。
懇願するように見つめていると、ジャスパーの口元が弧を描いた。新緑色の瞳には、いつもの輝きが戻っている。
「ちょっと見ないうちに、あなた強くなったわね」
「そうですか?」
「ええ、びっくりしちゃった。……でも、前よりもっと好きになったわ」
ジャスパーはハーフアップの髪を結び直し、白衣の乱れを直す。
「待っててあげるから、いつかちゃんと話しなさいよ?」
「はいっ、必ず!」
二人で顔を見合わせ、声を出して笑う。
「そろそろ配達に戻るわ。終わらせないとおっさん達がうるさそうだし」
「続き、頑張ってくださいね」
「ありがと。……そうだ、ララ」
ジャスパーが首元にぶら下げたゴーグルを指先で弾いた。彼はつけることのない、飾りと化した開発局の象徴を。
「ゴーグル外せて、良かったわね」
たった一言で、ジャスパーがずっと気にかけてくれていたと分かった。ふわりと胸の辺りが温かくなる。
荷物を支えながらゴロゴロと台車を押すジャスパー。彼の後ろ姿に手を振りながら、ララは小さな声で「ありがとうございます」とつぶやいた。
訓練、魔道具製作、巡回、治療、訓練、開発局に顔出し、修理、訓練、書類整理、そして――アロマオイル作り。
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「お待たせしました。ご依頼いただいた追加分のアロマオイルです」
「ありがとうございます。これ凄く評判が良くて、騎士団で取り合いになってるんです。欲しさのあまり怪我人が増えるかもしれません」
「ふふっ、効果が出ているようで安心しました。またたくさん作りますね」
「よろしくお願いします。最近は貴族の騎士たちも興味を持ち始めたので、すぐに足りなくなると思います」
「貴族が……? 大丈夫なのですか? 不快に思われたりとか……」
自分の噂を知っている貴族が、そう簡単に使うだろうか。決して違法な物は使っていないが、変な薬を盛っていると疑われる可能性の方が高いと思う。
こちらの思考を読んだのか、騎士は困ったように笑う。
「もっとご自分に自信を持ってください。今まで心ない噂のせいで、隠れて過ごされていたようですが」
捜査官たちから聞いたのだろう。彼らは仕事を終えて捜査局に帰ってくる度に、「今日もうちのララさんを自慢してきました!」と胸を張っている。
「あなたが作ったものとあなた自身が、噂などあてにならないと証明しています」
「そう、でしょうか」
「少なくとも騎士団の貴族のたちは、もうすぐ自分の過ちに気付きますよ」
「なのであなたは、堂々としていてください」と言い残し、騎士は捜査局から出ていった。
「……堂々と、かぁ」
口に出して、ララは苦笑いを浮かべた。
自分が作った道具についてなら、多少は自信を持てる。誰かの役に立ちたくて、必死に腕を磨いてきたから。
(でも私自身となると、難しい)
呪われているつもりはないが、霊が見えるのは事実。人と違う体質を、いまだに後ろめたく感じてしまうのだ。
この体質である限り、母の涙を忘れられない。決して自分を――、
「ララッ! 見つけた!」
沈んだ考えを断ち切るような大声に、ララは現実に引き戻される。
入り口付近から突進してくる声の主を確認して、自然と笑顔になった。さらさらと揺れる、鮮やかな赤髪。
「ジャスパー!」
会うのはカルマンに婚約破棄された日以来だ。彼はテオドールの死がショックで仕事を休んでいたはずだが、大きな声を出す元気があって安心した。
「元気になったのですね!」
「どうなってるのよ!」
二人の声が重なり、ララはきょとんとする。
「どうなってるとは?」
「ララが捜査局にいることよ!」
「叔父様から聞いてませんか?」
「聞いたわよ。だから配達するふりしてすっ飛んできたんじゃない!」
入口付近に放り投げられた台車。ジャスパーは肩で息をしているし、相当急いで来てくれたようだ。
「えへへ、会いに来てくれて嬉しいです」
「…………もー。あたしに内緒でこんな野獣の群れに入ったことを怒ろうと思ってたのに、可愛く喜ばれたら怒れないじゃない」
「内緒にしようと思ったわけではないんです。ただその、ジャスパーはグラント卿の件で」
「休んでたからって?」
「はい……。もう、受け入れられましたか?」
「ぜーんぜん。でも働かないと、あいつうるさそうじゃない?『ボサっとすんな。泣いてる暇があるなら少しは動け』とかってさ」
ジャスパーが目を吊り上げてテオドールの真似をするものだから、吹き出しそうになった。さすがジャスパー。テオドールの性格をよく分かっている。
それゆえにテオドールが外出中なのが惜しい。この場にいれば「俺はこんな顔しない」とでも言って不貞腐れるだろう。
「仕事始める前にララに癒されようと思ったのに、開発局に行ったらおっさん連中しかいないんだもの。この絶望がお分かり?」
「私はそんな中で、ずっと生きてきましたので……」
「それだけじゃないの。久しぶりに出勤したあたしへの第一声が、『荷物はそこだ』よ? 優しさが見当たらなーい。そりゃあ長いこと休んでたあたしが悪いけどさぁ」
ジャスパーが受付のカウンターをばしばし叩きながら愚痴をこぼす。なんと平和なのだろう。
「ララがいない開発局なんて、水のないオアシスよ……干からびてんのよ、見た目も心も。いつ帰ってくるの? しばらく兼任?」
「多分、そうなるかと……」
あと二ヶ月もすれば、テオドールの死についての捜査が始まる。以前は彼の死については触れたくなかったが、今は真実を知りたいと思っている。捜査官として。半透明な彼の相棒として。
たとえ本当に他殺でも、その場にテオドールがいなくとも、ララは空に向かって報告したかった。『あなたは最後まで、あなたらしかったです』と。
そう言える死に様だと、信じている。だから真実を知りたい。
(そのためにも捜査官と開発局員を兼任したいんだけど、ジャスパーには言えないし……)
ジャスパーが捜査局の人間であればテオドールの霊がいることも話せるのだが、残念ながら彼は開発局のジャスパーだ。話せばテオドールとの約束を破ったことになる。
しかし、もうジャスパーに嘘はつきたくない。
あーだこーだと脳内で葛藤するララ。その様子を観察するように、ジャスパーは頬杖をついた。
「ララ、あたしに何か隠してるでしょ」
「……えーっと」
「顔見ればなんとなく分かるのよ」
自分の顔はそんなに正直なのだろうか。人間としては悪くないが、捜査官としては致命的な気がする。
どうするべきか悩みあたふたするララに、ジャスパーは畳みかけるように話す。
「ちょっとー。仲良しの私に言えないってわけ?」
「あ、いえ、そういうわけではなくて。いや、そういうわけなんですけど」
こんな時テオドールなら、なんと返すのだろうか。隠したくないのに言えないのは、なかなか辛いものがある。
そっとジャスパーの顔色をうかがおうとして、ララは見てしまった。彼の新緑色の瞳に、暗い影が落ちたのを。
「……まぁ、自業自得ってやつよね」
「え……」
(ジャスパー?)
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嫌だ。そんな顔は見たくない。
ララはカウンターに両手をついた。バンッと音が鳴り、ジャスパーが我に返ったように目を見開く。
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「だからもう少し、待っていてください」
今は何も聞くな、と言っているようなものだが、これがララにとって最も誠実な回答だった。
彼に伝わってほしい。そしてどうか、この先も自分の『仲良し』でいてほしい。
懇願するように見つめていると、ジャスパーの口元が弧を描いた。新緑色の瞳には、いつもの輝きが戻っている。
「ちょっと見ないうちに、あなた強くなったわね」
「そうですか?」
「ええ、びっくりしちゃった。……でも、前よりもっと好きになったわ」
ジャスパーはハーフアップの髪を結び直し、白衣の乱れを直す。
「待っててあげるから、いつかちゃんと話しなさいよ?」
「はいっ、必ず!」
二人で顔を見合わせ、声を出して笑う。
「そろそろ配達に戻るわ。終わらせないとおっさん達がうるさそうだし」
「続き、頑張ってくださいね」
「ありがと。……そうだ、ララ」
ジャスパーが首元にぶら下げたゴーグルを指先で弾いた。彼はつけることのない、飾りと化した開発局の象徴を。
「ゴーグル外せて、良かったわね」
たった一言で、ジャスパーがずっと気にかけてくれていたと分かった。ふわりと胸の辺りが温かくなる。
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