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第一章 先祖還り
その15 既視感(デジャ・ヴ)は前世の香り
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……アリス。
……アイリス。
……イリス……
遠くで誰かが呼んでいる。
どれかが、あたしの名前なのかな。
じゃあ……あたしは、だれ?
混乱してる。
なにが起こったの?
気がついたら、なんだか温かくてふわふわしたものに包まれていて。
目を開けた。
明るい緑色の瞳が、あたしを覗き込んでいた。
とても心配そうな。
とても優しそうな、あたたかい、まなざし。
「よかった……気がついたわ」
微笑みが、こぼれた。
このひとは誰なのか、ようやく思い出した。
「おかあさま?」
「そうよ、アイリスちゃん。心配したわ! よかった、よかった!」
ぎゅっと抱きしめられた。
いい匂いがする。
夏の夕方。お昼寝してぐっしょり汗をかいていたとき、お母さまが背中や腕にはたいてくれたベビーパウダーみたいな、においだ。
あたしを包んでいる、お母さまのショールの匂い。
だんだん、思い出してきた。
あたしは……アイリス・リデル・ティス・ラゼル。
今日は三歳の誕生日で、コマラパ老師さまがいらして、『魔力診』を受けていて。
でも、
ちょっと待って。
あたしは……月宮アリス。
親友の相田紗耶香と、あたしは、中学生のときにアイドルデビュー。
CDも売れてたしコンサートをやればチケットは即日完売で、けっこう人気あったのよ。
高校に入ってもそれは一緒だった。
さいごに憶えているのは、十六歳の誕生日を前日に控えたバースデーコンサートの夜。
だけど誕生日は、こなかった。
コンサートの後、マネージャーさんに車で送り届けてもらった、直後のことだった。
家に入ろうとした寸前で黒いワゴンRが突っ込んできた。
それで、あたしは……死んだのだろう。
ふいに、記憶の中の映像が、浮かんできた。
玄関のドアが開いて。
あたしがまだ打ち合わせがあって『遅くなるから先に帰ってて』ってお願いしたから、帰宅していたママとパパが、驚いて、あわてたようすで、家から出てきた……。
それが、あたし、月宮アリスが前世で最後に見たものだった。
ふいに、熱い涙が溢れてきて、こぼれた。
ママ。パパ! 紗耶香!
もう二度と、会えないの?
「泣かないで、アイリス。どうしたの。どこか痛い? 苦しいの?」
抱きしめて気遣ってくれる、お母さま。
あたしは、ゆっくりと首を左右に振った。
「なんでもないの。……お母さま、あたたかい……」
前世のママとパパが、あたしに向けてくれてた愛情と、とても近くて。優しさに包まれて。
懐かしくてせつなくて、涙が、とまらないだけ。
お母さまは、アイリアーナ。
お父さまは、マウリシオ。
叔父さまは、エステリオ・アウル。
あたしの前世は……月宮アリスという女の子だった。
転生するときに出会った女神さまは、スゥエさま。このお名前は『虹』という意味だって教わった。
泣きそうな顔で、お母さまは笑った。
「あなたは、わたしたちの希望の虹なの。生まれてきてくれて、無事に育ってくれて、本当に感謝しているのよ。ありがとう、アイリス」
「なにが……あったの?」
エステリオ叔父さまに、たずねた。
きっと答えてくれる。
「きみは『魔力診』の途中で意識を失って、倒れたんだよ。でも大丈夫だ。よくあることだからね」
「大丈夫だと聞いても、心配でたまらなかったよ」
こう言ったのは、お父さま。
「それが親心というものだ」
答えたのは、コマラパ老師さまだった。
あたしは少しだけ顔を持ち上げて、部屋のようすを見た。
あの鏡像は、消えていた。
精霊石は、どこかしら?
「精霊石なら、この通り、わしがしっかりと持っておるとも。これには価値などつけられない貴重なものだ。よほど魔力が桁違いに大きいだろうと予想されるときしか持ち出しはしない」
「それ、あたしのこと?」
「自分で言うかね? 予想通りだったがね。きみは、生まれ持った魔力が大きいのに、魔力を使うことに慣れていない。そのために『魔力詰まり』を起こしている。いわば、魔力の血栓、だな」
「そんな! 老師さま、なんとかなりませんでしょうか!?」
「わたしたちは、この子のためなら、なんでもします。全財産を投じても惜しくはありません」
お母さまとお父さまが必死にコマラパ老師さまに訴える。
「大丈夫、大丈夫じゃよ。これも、よくあることでな。いずれ、固まった『魔力栓』を溶かすか、除去するための治療を施す。それで、ぱぱっと治る! 安心せい」
コマラパ老師の笑った顔を見て。
急に、既視感。
「あれ? あたし、どこかで、コマラパ老師さまにお目に掛かったことが……」
「ふぅむ。『魔力診』のあとだ。もしかすると、それは前世の記憶かもしれんな」
冗談めいて笑った。
たっぷりした、真っ白な、あごひげ。
サンタクロースみたい。
「あれ?」
「おかえり、月宮アリスくん」
コマラパ老師さまの言葉は、きっと、お母さまたちには理解できなかったと思う。
そこだけ『日本語』だったから。
ま、まさか、まさか!?
「社長……!? 並河社長!?」
サヤカとアリスの、所属プロダクションの!?
「むかし、君とサヤカは、とても危なっかしくて、放っておけなかった。だからあのときスカウトしたのだ。今も、状況は同じようなものだ。感慨深いな。これが縁というものか」
「そのことをご存じなのは……やっぱり、並河社長なんですか?」
その通りだよと、コマラパ老師さまは頷いた。
前世の記憶にある、並河泰三社長よりも、少し年齢は上で、顔そのものは全く同じというわけではないのに、雰囲気が、そっくり。
「わしはこの世界でも学院を持っていてね。才能のある子には、授業料は免除する。月宮アリスくん。また、わしの学校に入ってくれるかな?」
いたずらっぽく、サンタクロースに似たコマラパ老師さまは、笑った。
……アリス。
……アイリス。
……イリス……
遠くで誰かが呼んでいる。
どれかが、あたしの名前なのかな。
じゃあ……あたしは、だれ?
混乱してる。
なにが起こったの?
気がついたら、なんだか温かくてふわふわしたものに包まれていて。
目を開けた。
明るい緑色の瞳が、あたしを覗き込んでいた。
とても心配そうな。
とても優しそうな、あたたかい、まなざし。
「よかった……気がついたわ」
微笑みが、こぼれた。
このひとは誰なのか、ようやく思い出した。
「おかあさま?」
「そうよ、アイリスちゃん。心配したわ! よかった、よかった!」
ぎゅっと抱きしめられた。
いい匂いがする。
夏の夕方。お昼寝してぐっしょり汗をかいていたとき、お母さまが背中や腕にはたいてくれたベビーパウダーみたいな、においだ。
あたしを包んでいる、お母さまのショールの匂い。
だんだん、思い出してきた。
あたしは……アイリス・リデル・ティス・ラゼル。
今日は三歳の誕生日で、コマラパ老師さまがいらして、『魔力診』を受けていて。
でも、
ちょっと待って。
あたしは……月宮アリス。
親友の相田紗耶香と、あたしは、中学生のときにアイドルデビュー。
CDも売れてたしコンサートをやればチケットは即日完売で、けっこう人気あったのよ。
高校に入ってもそれは一緒だった。
さいごに憶えているのは、十六歳の誕生日を前日に控えたバースデーコンサートの夜。
だけど誕生日は、こなかった。
コンサートの後、マネージャーさんに車で送り届けてもらった、直後のことだった。
家に入ろうとした寸前で黒いワゴンRが突っ込んできた。
それで、あたしは……死んだのだろう。
ふいに、記憶の中の映像が、浮かんできた。
玄関のドアが開いて。
あたしがまだ打ち合わせがあって『遅くなるから先に帰ってて』ってお願いしたから、帰宅していたママとパパが、驚いて、あわてたようすで、家から出てきた……。
それが、あたし、月宮アリスが前世で最後に見たものだった。
ふいに、熱い涙が溢れてきて、こぼれた。
ママ。パパ! 紗耶香!
もう二度と、会えないの?
「泣かないで、アイリス。どうしたの。どこか痛い? 苦しいの?」
抱きしめて気遣ってくれる、お母さま。
あたしは、ゆっくりと首を左右に振った。
「なんでもないの。……お母さま、あたたかい……」
前世のママとパパが、あたしに向けてくれてた愛情と、とても近くて。優しさに包まれて。
懐かしくてせつなくて、涙が、とまらないだけ。
お母さまは、アイリアーナ。
お父さまは、マウリシオ。
叔父さまは、エステリオ・アウル。
あたしの前世は……月宮アリスという女の子だった。
転生するときに出会った女神さまは、スゥエさま。このお名前は『虹』という意味だって教わった。
泣きそうな顔で、お母さまは笑った。
「あなたは、わたしたちの希望の虹なの。生まれてきてくれて、無事に育ってくれて、本当に感謝しているのよ。ありがとう、アイリス」
「なにが……あったの?」
エステリオ叔父さまに、たずねた。
きっと答えてくれる。
「きみは『魔力診』の途中で意識を失って、倒れたんだよ。でも大丈夫だ。よくあることだからね」
「大丈夫だと聞いても、心配でたまらなかったよ」
こう言ったのは、お父さま。
「それが親心というものだ」
答えたのは、コマラパ老師さまだった。
あたしは少しだけ顔を持ち上げて、部屋のようすを見た。
あの鏡像は、消えていた。
精霊石は、どこかしら?
「精霊石なら、この通り、わしがしっかりと持っておるとも。これには価値などつけられない貴重なものだ。よほど魔力が桁違いに大きいだろうと予想されるときしか持ち出しはしない」
「それ、あたしのこと?」
「自分で言うかね? 予想通りだったがね。きみは、生まれ持った魔力が大きいのに、魔力を使うことに慣れていない。そのために『魔力詰まり』を起こしている。いわば、魔力の血栓、だな」
「そんな! 老師さま、なんとかなりませんでしょうか!?」
「わたしたちは、この子のためなら、なんでもします。全財産を投じても惜しくはありません」
お母さまとお父さまが必死にコマラパ老師さまに訴える。
「大丈夫、大丈夫じゃよ。これも、よくあることでな。いずれ、固まった『魔力栓』を溶かすか、除去するための治療を施す。それで、ぱぱっと治る! 安心せい」
コマラパ老師の笑った顔を見て。
急に、既視感。
「あれ? あたし、どこかで、コマラパ老師さまにお目に掛かったことが……」
「ふぅむ。『魔力診』のあとだ。もしかすると、それは前世の記憶かもしれんな」
冗談めいて笑った。
たっぷりした、真っ白な、あごひげ。
サンタクロースみたい。
「あれ?」
「おかえり、月宮アリスくん」
コマラパ老師さまの言葉は、きっと、お母さまたちには理解できなかったと思う。
そこだけ『日本語』だったから。
ま、まさか、まさか!?
「社長……!? 並河社長!?」
サヤカとアリスの、所属プロダクションの!?
「むかし、君とサヤカは、とても危なっかしくて、放っておけなかった。だからあのときスカウトしたのだ。今も、状況は同じようなものだ。感慨深いな。これが縁というものか」
「そのことをご存じなのは……やっぱり、並河社長なんですか?」
その通りだよと、コマラパ老師さまは頷いた。
前世の記憶にある、並河泰三社長よりも、少し年齢は上で、顔そのものは全く同じというわけではないのに、雰囲気が、そっくり。
「わしはこの世界でも学院を持っていてね。才能のある子には、授業料は免除する。月宮アリスくん。また、わしの学校に入ってくれるかな?」
いたずらっぽく、サンタクロースに似たコマラパ老師さまは、笑った。
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