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第二章 アイリス三歳『魔力診』後

その7 誓約は命がけ

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「さて尋問といこうじゃないか」
 さも楽しそうにカルナックは宣言した。

「ぎゃあああああああ!」
 大公フィリップが悲鳴をあげる。
 といって、具体的に殴られるとか言葉責めをされているということではない。

「あっ、そうか。精霊火を全部回収しちゃったから、真っ暗闇だ。フィル坊やは、暗いところダメだったもんねえ。ごめんごめん」
 うっかりしてたよ、とカルナックは笑顔で、一つだけ、肩の上あたりに精霊火を出してみせた。青白い光球はふわふわと浮き上がって漂っていく。

「それと、灯りだね」
 ぱちんと指を鳴らす。壁にずらっと並んでいた常夜灯が復活し、透き通った光を放ち始めた。それによって室内は昼のように明るくなる。

「壮観だねえ。それにしても高価な常夜灯だ。稀少な光水晶を大公殿下の『暗闇恐怖症』のために消費するとは。まぁ、仕方ないか。恐怖感をぬぐいさることは一生できないだろうからね」

 眩い灯りのもとで、大公はうちひしがれた哀れな様子をさらけ出す。
 憔悴し、青ざめた顔色。
 ガクガクと震える手で、己が肩を抱きしめる。
「カルナック様……たすけて。たすけて」
 フィリップ大公が情けない姿を見せるなど、公の場では、絶対にあり得ることではない。

「やれやれ。……哀れなる幼き者よ。むかついたから、ちょっと八つ当たりした。だが、私は幼い子には弱いんだよ。悪かった。ときたまフィル坊やがやらかす愚行は、精神に刻み込まれた傷のせいなのだ。とはいえ、公嗣に襲われて腹が立ったのは事実だから、そこは許さないけどね」

「お師匠さま。その、気になるんすけど、大公殿下は、何をどうしたら、そんなことになってるんで?」
 思いきったようにティーレが尋ねる。

「幼い頃、レギオンの王族か関係者に誘拐され虐待されていた。レギオン王国側は認めていないがね」
 カルナックが言う。
「じつは、エルレーン大公家は、レギオン王国の王位継承権を持っているんだよ」
「「ええっ!?」」
 ティーレとリドラの声が重なった。

「だから脅威に感じたか。邪魔だったか。昔から、あっちはエルレーン公国にちょっかいをかけてくるのさ。将来の大公を殺さず活かさず。病んでいてほしいのさ。……だから私は、こちらの、エルレーン公国に肩入れする。それだけが理由ではないけれど……」

「ふん。傷ついたなどと言っておるが、何ほどのこともあるまい」
 コマラパは、うなり声をあげる。

「ん~。期待なんかしてないから。愚かなヒトになんて。……だけど……私の魂の底で、誰かが、言うんだ。愚かでも、いとおしい人類を、守るために……ここに、私はまだ、とどまっている」

 カルナックは手をのばして、フィリップ大公の背中に触れ、優しく撫でる。

「それに尋問ならいつでも好きなだけ、できるしね!」

         ※ 

「問題を洗い出そう」

 カルナックがソファに座る。隣にコマラパ、両脇にはティーレとリドラが立つ。
 向かい合っている大公の顔色は、いっこうに回復のきざしもない。
 
「ここエナンデリア大陸に、幾つもの国はあれど、大国と言えるものは数えるほどしかない。以前は最大の領土を持っていたグーリア神聖帝国も、神祖ガルデルがいなくなってからは弱体化して、今ではごく普通の『グーリア王国』だ。次に大きいのは、レギオン王国。……ああ、ここは、いやな国だ」
 カルナックは呟き、コマラパも頷いた。

「表面上は不可侵条約を締結している同盟国で、王は大公家の親族。そもそも公国の母体。だが、歴史は古いが繁栄しているのはエルレーン公国だ。面白くはないじゃろうな」

「どこの国も策謀をめぐらす。裏で図り、繋がり、時には裏切り合う。やれやれ、ヒトとは、救いがたいが……なんとまあ、しぶといまでに生命力に満ちた生き物だなぁ」

「サウダージ共和国は、やっかいです」
 リドラが、静かに口を挟んだ。

「む。そうだね。あそこには『永遠の、奇跡の聖女』ミリヤがいる。あいつは、ほんと、イヤな武器を作らせるし、めんどくさい相手だからなあ」

「宰相が、問題です。行商人たちの身元証明書は、宰相の名前で裏書きされていました」
 やっと、それだけを、フィリップスは口にした。

「ああ。……アレか。そうだった、今は宰相か。まあ、今頃は、せっかくいろいろ準備したのにって悔しがってるだろうな」

 カルナックは、
「人の一生は、短いからなぁ」
 と、しばし考え込んで、大公を押さえつけていた手を、ゆるめる。

「しょうがないなあ。では、こうしよう。私としては最大限の譲歩だ。後ろ盾になってあげよう。公嗣のね」

「そ、それはつまり」
 ゴクリと、大公の喉が鳴った。

「ああ。魔導師協会の長が、この国の『公嗣の愛人』になったと、公的に流布することを許す。ただしそれは実を伴わない形式上のものだ。……わきまえろ、と言っている。大公。君のものにはならないってことだよ?」

「そ、そのような下心は、めっそうもない」
 フィリップスの顔色が、さらに青ざめた。
 ティーレとリドラが激しい殺意と圧をかけてきているのである。

「そういうことにしておこう」
 カルナックはティーレとリドラに「抑えて」と目配せをして、続けた。

「公正な取引だ。大公家、および貴族、豪族、この国の全ての者に、誓約を求め、制約を課す。今後一切、ラゼル家の令嬢アイリスへの手出しを禁じる。それを守ってもらう。かわりに私は、いわゆる『公嗣の愛人』の役を演じ、このエルレーン公国の後ろ盾となろう」

 この宣言とともに拘束を解かれたフィリップの顔に、こんどは血の気がのぼっていく。

「しかしアイリス嬢は、あなたに次ぐ最大級の魔力量がある人材! これに手を出すなと貴族達に周知徹底させるのは至難の業です。それにどうして、あなた様が、一介の商人の娘のために、そこまで」

「思い違いをするな、フィリップ。我々、魔導師協会にとっても益があると判断したから、そうするまで。私は博愛主義じゃない。アイリスには、価値がある。ただ、大公殿下は知らなくてもいいことだ」
 カルナックの目が、青い光を溢れさせた。

「フィル坊や。おまえには私にどうこうして欲しいなとどお願いする権利はない。忘れたか? 私のもう一つの名は《影の呪術師ブルッホ・デ・ソンブラ》にして、真名をレニウス・バルケス・ロルカ・レギオン。……大公家の者は、逆らえない、レギオン王家の、現代よりも濃い先祖の血筋にあたるのだ」

 再び、カルナックの周囲に精霊火が出現し、その数を増やし始めた。カルナックの意思によっていくらでも呼び集められるのである。

「ひっ」
 大公の全身が、再び硬直した。
 目の前にいるのは、ヒトではないと、あらためて覚ったのだ。

「命じるのは、この私だ」

 天敵にあって怯えきっているかのような大公の様子を見やり、カルナックはふっと笑った。
 しかしながらコマラパも、ティーレとリドラも、まったく憤りはさめてなどいなかった。 

「父親も息子も揃ってバカ者が。思えば祖父もだった! カルナック、もっと脅しておいたほうが」
 容赦ないコマラパ老師。
 その全身に、パリパリと火花が散っていた。

「ほんとに、いい加減にしてくれないかな」
「お師匠さまが怒らなくても、わたしたちは甘くないわよ」
 ティーレとリドラは、激しく憤っていた。

「三人とも抑えて。大丈夫だ、もしも制約に抵触したら、死をもって償って貰うから。エルレーン大公フィリップ。我々としても重要な拠点であるこの公国が他国にいいようにされるのはしのびない。抑止力になるのなら、いくらでも力を貸そう。年間行事にも顔を出して、我が《精霊の力》の一端を見せてやってもいい。ここにいるコマラパにも。こいつのは派手だぞ。青竜と白竜の加護を一身に重ねて受けているからな」

「おう。雷と水の加護、破壊と再生だ。派手にやらかしてやろう」

 眼光鋭く、コマラパが言う。

「聞いたとおりだ、大公殿下。このじいさんコマラパは自重しない。制約を守ることだ。さもなければ雷と水の加護は、なくなる」

 カルナックの目は、笑っていなかった。

「守れば、力強い味方だ」


「誓いを守れば、だがな」
 コマラパは、腕組みをして、大公と側近のケインを睨んだ。

「というわけで。約束してもらうよ。アイリス嬢への手出しは、一切、禁じる。精霊の、《世界の大いなる意識》の名の下に」
 カルナックは『黒曜』の杖で、床を軽く打った。
 確かに軽く打っただけなのだが。
 とたんに、大公の私邸の土台から、ズン、と、地響きが突き上げ、建物全体が、揺れた。

 まるで巨人の手でつかんで揺さぶられたように。

「とりあえず、これにて一件落着!」
 カルナックは上機嫌に結んだが、

「今回はな」
 コマラパは釘を差すのを忘れなかった。

「だいじょうぶです。精霊様のご意志なら、あたしらも遠慮無く」
「相手が大公殿下でも、やっちゃっていいんですよね!」

 いまいち手加減しそうにないティーレとリドラであった。



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