転生幼女アイリスと虹の女神

紺野たくみ

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第二章 アイリス三歳『魔力診』後

その16 噂話に気をつけて

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         16

 そして目覚めた、あたし。
 長い夢を見ていたような気がするけど、よく思い出せない。

 白い布が揺れてる。ベッドの上の天蓋から垂れているんだ。
 天井のあたりにキラキラしたものが見える。
 妖精さんだ。
 二人、いる。
 薄羽をせわしく動かして飛び回って、きらめく銀色の粉を振りまいている。
 あら?
 こういう眺めを、あたしはずっと前に見たことがある……?

 あれは映画だった?
 妖精の国で育ったから空を飛べる男の子と、小さな妖精の女の子が出てきた、アニメ映画。なんていうタイトルだったっけ?
 ふと、違和感をおぼえる。
 おかしいな。
 覚えのない映像記憶……?

 さっき夢で見た、金髪の男の子のことが、急に思い浮かんできた。忘れかけていたのに。
 野性的で精悍な……あの子なら、海賊と戦って、空も飛べそうだわ。
 ヒロインは、男の子にだっこされてた美少女ね。
 三つ編みのお下げにしたつやつやの黒髪。黒い目で、華奢で、重さとか無さそうな……

 ……あれ?
 コマラパ老師さまが、あそこにいなかったかしら?

 ……そんな……
 夢の記憶が鮮やかになってくる。
 そのかわりに、目の前の、この眺めが、現実感を失っていく。
 身の置き所がないような……

 違う、ちがう!
 さっきのは、あたしの見てた夢じゃないわ。
 あれは、あたしの記憶じゃないはず……!
 
 あたしは誰?
 ここはどこ?

 混乱していたけれど、だんだん、思い出してきた。

 そうだ、あたしはアイリス・リデル・ティス・ラゼル。

 ここエルレーン公国首都シ・イル・リリヤでいろいろなものを扱っている豪商ラゼル家の、ひとりむすめ。
 三歳で迎える行事、魔力診で、大きな魔力を持っているって教えてもらったんだわ。

 あたしはひとりで子供部屋に寝ている。
 天蓋付きのベッド、大きな銀の姿見、クローゼット、テーブル、本棚、書き物机があって、小さな暖炉の前には、すてきな敷物がひろげられている。お花畑みたいな色とりどりの花が織り込まれたラグ。

 ベッドの両脇には白い子犬と黒い子犬がいて、あたしが目覚めるのを待ち構えている。
 先を争うみたいに「わん!」「わわわん!」と鳴く。

 カルナックお師匠さまからお借りしている従魔、シロとクロだ。

 天井近くを飛び回っていた小さな妖精が、降りてきて、あたしの肩に乗った。

 風の妖精シルルと、光の妖精イルミナ。
 生まれたときから、そばにいてくれる、守護妖精。

「アイリス! 朝よ、起きて」
「そろそろ起きないと、シロとクロが、ベッドに飛び乗ってきちゃうわよ」

 二人に促されて、ベッドに上半身を起こす。
 すると、部屋の扉の外から、元気な明るい声がした。

「おはようございますお嬢様!」

 あたし専属小間使いのローサだ。
 子供部屋の扉を開けて、どんどん入ってくる。

 いつもの朝の風景。
 これからやってくるメイド長のエウニーケさんたちにお着替えさせてもらったら、食堂に行って朝食。
 お仕事に出かけるまえのお父さま、お母さま、エステリオ叔父さまとお話しするの。

 今までと違うのは、あたしは三歳になって、魔力診も終わったから。
 少しだけ、中庭に出て子犬たちと遊んだりしてもいいって、お許しをもらったの。

 もちろんローサや乳母やのサリー、メイドさんたちが付き添ってくれていることが条件だけど。

 がんばって、健康になって、早く育って大きくなるんだから!
 そう決心した、あたしなのです。

「そうそうお嬢様。ルーナリシア公女さまも、お嬢様と同じ、三歳になられたでしょう。このまえ『魔力診』だったそうですよ。それで、日をあらためて、盛大にお祝いの宴を開かれるんですって。大公さまの見事なお庭を平民にも公開して、ごちそうも振る舞われるって、みんな喜んでますよ」

「ルーナリシア公女さま?」
 ふと、胸がざわついた。
 ルーナ……?

「ええ、このエルレーン公国大公さまの、末の公女さまですよ」

 誰もが知っていてあたりまえの、常識なのだろう。クロ-ゼットを開けて洋服を何着か取り出しながら、くったくのない笑顔で、ローサは言った。

「ほら、カルナック様が、お兄様のフィリクス公嗣様の後ろ盾になられたから、ルーナリシア公女様も、それはもうなついているのだって、もっぱらの噂ですよ」

「ローサ、うしろだてって、なあに?」

「…あっ」
 ローサの表情が、急にこわばった。

 もともと田舎育ちで、いいところの家に雇われた経験がなかったローサだ。
 お嬢様とはいえアイリスは三歳。
 ついうっかり、メイド仲間と噂話をするときのように口を滑らせてしまった。

(様子がおかしいわ。あら? 面白いかも)
 と、困惑するしかないアイリスの意識の内部で、イリス・マクギリスは思った。

 彼女はアイリスの意識の中にいる別人格……前世を覚えている人格の一つである。
 成人女性の意識だからだろうか。イリス・マクギリスは、そこがツッコミどころだと気づいたのだった。

(これは、エステリオ叔父さまに尋ねてみなくちゃだわ!)
 
 
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