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第二章 アイリス三歳『魔力診』後
その26 ぼくの地下室へおいで
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26
「セーフルーム?」
あたしはちょっと考え込んだ。
《キーワード検索》
無機質な、女性の声が聞こえた。
あたしの魂の奥津城に存在するシステム・イリスの助けに違いない。あたしの中で一番大きくていつも眠たがっている人格。
「……緊急避難部屋。またはパニックルーム」
このとき検索結果として浮かんできた、いくつかの単語を、深く考えないで自動的に口にしてしまったのは、少々無防備すぎたかもしれない。
いくら『魔力診』に立ち会ってステータス画面を見て『先祖還り』だってことと、あたしの前世を知っているエステリオ・アウル叔父さまに抱っこしてもらってて、安全、安心だからって。
この場には、エルナトさま、サファイアさん、ルビーさんもいたのだから。
「今のはシステム・イリスなのか?」
エステリオ叔父さまが、驚いたように言った。
「ええ。ときどき、あたしにはわからないことを教えてくれたりして助けてくれるのよ。いつもではないけど」
「カルナック様が、アイリスが困ったときは助けてくれと頼んでいたおかげかもしれないね。緊急避難部屋で合っている。いざというときに家族も勤めてくれている人たちも含めて、しばらく隠れていられる部屋だよ。本当は、地下にあるんだ。でも入り口はここだけだよ」
「それってシェルター」
「そういうこと」
優しい顔で、笑って。
「じゃあ、移動するよ」
右手であたしを抱っこしたまま、左手をのばして、壁に浮かび上がったサークルの中央に触れた。
※
次の瞬間、あたしたちは隠し部屋の中にいた。
エステリオ叔父さまの書斎兼自室の奥に隠されていた、セーフルーム。
一見したところ、普通のお部屋みたいだわ。
広さは八畳くらいかな。
意外とシンプルね。
壁一面に作り付けられた書架にはずらりと本が並んで。
書き物机にワゴン台、ソファとローテーブルの応接セット。
奥の方にはコンパクトに作られた折りたたみベッド。
エルナトさまが、楽しそうに部屋の内部を見回した。
「昔、訪問したときとあまり変わってないな。書架は充実してきたようだけど」
「あら、どうかしら。いかにも慌てて整理整頓したみたいじゃない」
サファイアさんが辛辣に左の眉を上げた。
「そうそう。家庭訪問が決まったとたんに男子は自分の部屋を片付けるものさ。で、エステリオ・アウル? ベッドの下は掃除したのか?」
ルビーさんが笑う。
「なんですかそのハンパに具体的な例えは」
叔父様、顔が赤くなってる。
「無駄な抵抗だよ」
エルナトさまは肩をすくめた。
「サファイアとルビーを止められるものなどいないよ。我らがカルナックお師匠様のほかには」
止められる人の中に、コマラパ老師が入ってないですね。
冗談なのかな?
って一瞬思ったのですが、顔が本気でした。
サファイアさんとルビーさんは、ハイテンションで絶好調!
「そうだわ物資の備蓄は充分なのかしら?」
「あたしらが厳しく指導しなくちゃ!」
奥の方へ小走りに駆けていく。
二人とも、内部構造をよく知っているみたいだ。
しばらくすると、ガチャリ、と扉を開ける音。
なんかガサガサと音がしていたかと思うと、しばらくして。
すごい早さで駆け戻ってきた、サファイアさんとルビーさん。
「だめだめだめ! スカスカじゃない! こんなの倉庫の役に立たないわ!」
「水も保存食料も寝具も少ない! 人数分に少し余裕を持たせとかなきゃ! だから、常に十分な量を確保しとけって言ったろ! いざって時は入り口の『鍵』の条件を書き換えてシェルターにするんだから」
「お言葉ですが先輩がた。我が家には、しかるべき場所に大量の備蓄があります。ここは、本来、わたしの部屋で、避難部屋にするのは主目的じゃありませんから!」
「先輩ってとこ強調するな!」
「大先輩?」
「アホか!」
あれ? エステリオ叔父さまとサファイアさんとルビーさん、日本語で会話してる?
興奮してるせいかしら。
エルナトさまは、慣れっこみたいで、笑ってる。
おなか抱えて。
ものすごい美形男性なのに、残念だわ。
「認識が甘いわっ!」
サファイアさんが、柳眉を逆立てる。
「ここがサウダージとかグーリアだったらいつ政変が起こるかわからないのよ。この国だって、レギオンに睨まれてるでしょ。不測の事態は起こりうるわ」
「まあまあ二人とも落ち着いて。今日の目的は、エステリオ・アウルのお部屋訪問じゃない」
言い争いになりそうなところに、エルナトさまが割って入った。
「話し合いの内容が外に漏れない場所で、アイリス嬢の診察と治療をするために、我々は来たのだから」
「もちろん承知しているわよ」
サファイアさん。
「ちょっと気になっただけだよ」
ルビーさん。
よかった、けんかにならないで。
あたしは床に下ろされて、エルナトさまが出してくれた大判のハンカチを敷いてくれた椅子に腰掛けた。
診察はどこですべきか、サファイアさんたちの判断待ちです。
※
「……で。肝心のベッドはこれ? 簡易ベッドじゃねえか」
「しかもちょっと……なにこの臭い。ちゃんと除菌したの?」
二人は厳しくチェックをしています。
「うわぁ! やめて! ベッドの下になんか何も隠してませんよ!」
「そりゃあ、仮にあったとしても、そこは最初に片付けるよね……」
エルナトさま、美形枠じゃなくてツッコミ担当?
やがて、二人の女性の声があがりました。
「うげ! ベッド下の床にキノコ生えてる!」
「魔力を糧にして育つヤツじゃない! サイテーよ!」
「ええええええ~!」
「セーフルーム?」
あたしはちょっと考え込んだ。
《キーワード検索》
無機質な、女性の声が聞こえた。
あたしの魂の奥津城に存在するシステム・イリスの助けに違いない。あたしの中で一番大きくていつも眠たがっている人格。
「……緊急避難部屋。またはパニックルーム」
このとき検索結果として浮かんできた、いくつかの単語を、深く考えないで自動的に口にしてしまったのは、少々無防備すぎたかもしれない。
いくら『魔力診』に立ち会ってステータス画面を見て『先祖還り』だってことと、あたしの前世を知っているエステリオ・アウル叔父さまに抱っこしてもらってて、安全、安心だからって。
この場には、エルナトさま、サファイアさん、ルビーさんもいたのだから。
「今のはシステム・イリスなのか?」
エステリオ叔父さまが、驚いたように言った。
「ええ。ときどき、あたしにはわからないことを教えてくれたりして助けてくれるのよ。いつもではないけど」
「カルナック様が、アイリスが困ったときは助けてくれと頼んでいたおかげかもしれないね。緊急避難部屋で合っている。いざというときに家族も勤めてくれている人たちも含めて、しばらく隠れていられる部屋だよ。本当は、地下にあるんだ。でも入り口はここだけだよ」
「それってシェルター」
「そういうこと」
優しい顔で、笑って。
「じゃあ、移動するよ」
右手であたしを抱っこしたまま、左手をのばして、壁に浮かび上がったサークルの中央に触れた。
※
次の瞬間、あたしたちは隠し部屋の中にいた。
エステリオ叔父さまの書斎兼自室の奥に隠されていた、セーフルーム。
一見したところ、普通のお部屋みたいだわ。
広さは八畳くらいかな。
意外とシンプルね。
壁一面に作り付けられた書架にはずらりと本が並んで。
書き物机にワゴン台、ソファとローテーブルの応接セット。
奥の方にはコンパクトに作られた折りたたみベッド。
エルナトさまが、楽しそうに部屋の内部を見回した。
「昔、訪問したときとあまり変わってないな。書架は充実してきたようだけど」
「あら、どうかしら。いかにも慌てて整理整頓したみたいじゃない」
サファイアさんが辛辣に左の眉を上げた。
「そうそう。家庭訪問が決まったとたんに男子は自分の部屋を片付けるものさ。で、エステリオ・アウル? ベッドの下は掃除したのか?」
ルビーさんが笑う。
「なんですかそのハンパに具体的な例えは」
叔父様、顔が赤くなってる。
「無駄な抵抗だよ」
エルナトさまは肩をすくめた。
「サファイアとルビーを止められるものなどいないよ。我らがカルナックお師匠様のほかには」
止められる人の中に、コマラパ老師が入ってないですね。
冗談なのかな?
って一瞬思ったのですが、顔が本気でした。
サファイアさんとルビーさんは、ハイテンションで絶好調!
「そうだわ物資の備蓄は充分なのかしら?」
「あたしらが厳しく指導しなくちゃ!」
奥の方へ小走りに駆けていく。
二人とも、内部構造をよく知っているみたいだ。
しばらくすると、ガチャリ、と扉を開ける音。
なんかガサガサと音がしていたかと思うと、しばらくして。
すごい早さで駆け戻ってきた、サファイアさんとルビーさん。
「だめだめだめ! スカスカじゃない! こんなの倉庫の役に立たないわ!」
「水も保存食料も寝具も少ない! 人数分に少し余裕を持たせとかなきゃ! だから、常に十分な量を確保しとけって言ったろ! いざって時は入り口の『鍵』の条件を書き換えてシェルターにするんだから」
「お言葉ですが先輩がた。我が家には、しかるべき場所に大量の備蓄があります。ここは、本来、わたしの部屋で、避難部屋にするのは主目的じゃありませんから!」
「先輩ってとこ強調するな!」
「大先輩?」
「アホか!」
あれ? エステリオ叔父さまとサファイアさんとルビーさん、日本語で会話してる?
興奮してるせいかしら。
エルナトさまは、慣れっこみたいで、笑ってる。
おなか抱えて。
ものすごい美形男性なのに、残念だわ。
「認識が甘いわっ!」
サファイアさんが、柳眉を逆立てる。
「ここがサウダージとかグーリアだったらいつ政変が起こるかわからないのよ。この国だって、レギオンに睨まれてるでしょ。不測の事態は起こりうるわ」
「まあまあ二人とも落ち着いて。今日の目的は、エステリオ・アウルのお部屋訪問じゃない」
言い争いになりそうなところに、エルナトさまが割って入った。
「話し合いの内容が外に漏れない場所で、アイリス嬢の診察と治療をするために、我々は来たのだから」
「もちろん承知しているわよ」
サファイアさん。
「ちょっと気になっただけだよ」
ルビーさん。
よかった、けんかにならないで。
あたしは床に下ろされて、エルナトさまが出してくれた大判のハンカチを敷いてくれた椅子に腰掛けた。
診察はどこですべきか、サファイアさんたちの判断待ちです。
※
「……で。肝心のベッドはこれ? 簡易ベッドじゃねえか」
「しかもちょっと……なにこの臭い。ちゃんと除菌したの?」
二人は厳しくチェックをしています。
「うわぁ! やめて! ベッドの下になんか何も隠してませんよ!」
「そりゃあ、仮にあったとしても、そこは最初に片付けるよね……」
エルナトさま、美形枠じゃなくてツッコミ担当?
やがて、二人の女性の声があがりました。
「うげ! ベッド下の床にキノコ生えてる!」
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「ええええええ~!」
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