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第二章 アイリス三歳『魔力診』後

その38 目覚めたら叔父さまが壊れていました

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         38

 気がついたら、見えたのは、叔父さまの隠し部屋の天井だった。
 そのとき、あたしは、ぎゅーぎゅー抱っこされていた。

「アリスちゃん! アリスちゃん!」
 すりすり、ほおずりされて。
 あれ? ほっぺが濡れる?

 あたし、アイリス・リデル・ティス・ラゼルを抱っこしているのは……。
 エステリオ・アウル叔父さまだよね。

 もしかして泣いてるの!?

「ごめん、ごめんよアリスちゃん! ぼくがついていながら。思慮が足りなかった! もう二度と……きみを死なせないって誓ったのに。目を覚ましておくれ」

 どうしよう。
 エステリオ・アウル叔父さまが壊れてる!

 しかも鼻水まじりで、なんかよく聞き取れないことをブツブツ言ってるんだけど。

 抱っこがきついよ!
 苦しいです!
 ホントに死んじゃうかも!

 そのときだった。
「アウル!」
 エステリオ・アウル叔父さまの頭を、誰かが、べしっと叩いた。
「アイリス嬢が苦しがっているだろう!」

 あれ。この声、もしかして、エルナトさま?
 それに、サファイアさんとルビーさんの声も聞こえる。

 そして、カルナックお師匠さまの、力強い声が。

 あ、そうか。
 あたし、還ってきたんだわ。
 現実の、この世界に。

「いいからアイリス嬢を解放するんだ」

「いやだ! アリスはぼくが守るんだっ!」

「駄々っ子か! 落ち着けアウル」

 エルナト・アル・フィリクス・アンティグアさま。大公さまのご親戚の、大貴族の家の方だけど、とても気さくで優しくてステキな美青年で、素晴らしいお医者さま。
 ……ほんの少しだけ、研究熱心すぎるところはあるけれどね。

 エルナトさまはエステリオ・アウル叔父さまをなだめて、あたしを解放させてくださったの。
 これでやっと、息ができるわ!

「よかった、アイリス嬢、きみは何時間も眠ったまま、体温もひどく下がっていたんだよ。こんなことは初めてで、困惑しているところへ、カルナック師匠がいらしてね。魂の危機だ、連れ戻してくるとおっしゃって。本当によかった。お師匠さまのおかげだ」

「ええ。お師匠さまは、夢の中へ、迎えにいらしてくださったわ」
 何があったのかは、いろいろありすぎて、とても伝えきれないけれど。
 あたしは、ようやく心から安心できたの。

「魂の走査のためにかけた催眠が深くなりすぎたらしいと、お師匠様が、リドラ先輩たちを怒っているんだ」
 冷静さを取り戻した、エステリオ・アウル叔父さまが、安堵の表情を浮かべた。

「怒っている?」

「アイリス嬢に、危険が及んだからにはね。こうなると今後の治療計画も考え直さなくてはいけない」
 エルナトさまは、肩をすくめた。

         ※

「君たちは、愚か者なのかな?」
 お師匠さまは、静かに、深く怒っていた。

「私の弟子に、このような思慮の浅い者がいるとは残念だ」

「申し訳ありません。お師匠様」
「反省してます」

 うなだれている、二人。
 サファイアとルビーという役職でもある、リドラとティーレだ。

「合理的に推測すれば、大人に対するときと、三歳の幼子では、催眠レベルが同じではまずいだろうと、わかるはずだ。愚か者ではないのなら」

「はい!」
「申し訳ありません!」

「やれやれ。そうだな、治療計画も練り直そう。そもそも、魔力をため込まないよう、使わせればいい。貸し与えてある私の従魔たちをたびたび外に出して、成獣モードにして遊ばせるか。魔力栓さえできなければいいのだ」

 こいつはいいアイデアだと、カルナックはにやりと笑った。

         ※

 よかった、お師匠さま、楽しそうだわ。

 あたしは、手に何かを固く握りしめていたことに気づいた。

 そっと手を開いてみる。

 黒い、うろこ?
 大きさや形は、サクラ貝みたい。

 そうだ、黒竜……アーテル・ドラコーが、くれたんだった。

「ボクの友達になって! そのウロコは、友達のしるしだよ! もし君が、危ないことになっても、それを握って、呼んでくれたら、どこにだって行ってあげるよ!」

 あたしのお守りが、ひとつ、増えた。

 一つはカルナックさまからいただいた、浄化の鈴。
 そして、これ。
 アーテル・ドラコーの、ウロコ。

 なくさないように、いつも持っていられるように、しなくちゃ!



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