転生幼女アイリスと虹の女神

紺野たくみ

文字の大きさ
132 / 362
第四章 シアとアイリス

その35 新年の夜明け

しおりを挟む
          35

 いくつかの案件を片付けた後、カルナックは、ラゼル邸を辞すことにした。

 というのは大公の晩餐会に、シア姫の護衛として遣わしているキュモトエーとガーレネーより、報告と陳情を受けていたのだった。

 第一世代の精霊にして《世界の大いなる意思》の代行者であるグラウケーの放つ『圧』は、彼女にしては抑えてはいるものの凄まじく、人間ふぜいにはとうてい長く耐えられるものではない。どうか早めに大公家の新年会にも顔を出してやってほしいというものだった。

「しかたないなあ」
 カルナックは、笑みをほころばせた。
 内心、まんざらでもなさそうである。

 ラゼル家の年越しの宴は、大盛り上がりで、朝まででも続きそうである。
 当主のマウリシオとアイリアーナに挨拶をし、エステリオ・アウルにも声をかけた。

 新年になっても宴に居座って祭りを楽しんでいる童子姿の歳神と、歳神を連れてきた双子の獣人パウルとパオラについてはエステリオ・アウルを通じて客人として保護を頼んで、こころよく承諾してもらった。

 双子のパウルとパオラはアイリスの従魔になつかれ、もふもふを堪能しているうちに、アイリス共々、眠り込んでしまったようだ。

「まだ、焚き火と《精霊の樹(シンギングツリー)》の側に、置いてやってくれないか。パウルとパオラは、精霊の息吹を補充しなければ、回復しない。精霊火も残しておく」

 いささか謎めいた言葉を告げ、
 魔道士協会からメイドとして潜入(おおっぴらに)しているサファイア=リドラとルビー=ティーレを呼んで、指示を出す。

「私は今夜のうちに大公家にも顔を出さねばならない。くれぐれも、護衛対象であるアイリスの他に、双子に気を配るように。童子神は、勝手に出ていくだろうから放っておきなさい」
「はい。起きたら、二人と話をします」
 こう答えたのは、双子に常識を教えるように言われたリドラ。

「この国について教えるのは、おいおいでいい。……そうだな、ティーレだけ遊ばせるのもなんだし、パウルとパオラは、栄養状態がよくなれば身体を動かしたがるだろう。そういう、頑丈な種族だ。遊び相手になってやってくれ」

 非常に大雑把にすぎる指令だ。
 サファイア=リドラとルビー=ティーレはちらと顔を見合わせたが余計なことは口に出さなかった。
 リドラとしては、それって仕事を振らないとルビー=ティーレが退屈して何をしでかすか心配だからでしょうかと尋ねたかったのだが、非常な自制心をもって、我慢したのである。

「はい、お師匠」
「かしこまりました」
 
 カルナックは満足げにうなずいた。
「魔道士協会から派遣している魔法使いたちは残すが、コマラパは連れていく。せいぜい、大公たちに雷を落として貰うとしよう」

 これに、コマラパは、ため息をついた。
「いつもの事ながら、説明不足じゃ。わしには選択の余地はないのか」

 するとカルナックは「へえ」と気のないふうに答えて見せた。
 だが、眉を寄せ、憂鬱そうに顔を曇らせる。
「……べつに、いいんだよ、コマラパは年寄りだし。だけど、これから敵地に赴く私の近辺に、数少ない強力な味方としてついてきてくれたらなって」

「行かないとは、言っとらん! フィリクス公嗣も信用ならんが、大公の身の回りは、まったく有象無象ばかりじゃからな」
 慌てるコマラパ。

 ふふふ。
 カルナックは、薄く笑った。
「いつだって、どこにだって来てくれると信じてるから。……お父様」
 最後の言葉は、誰の耳にも届かないように、潜めて。

「さて、行くか」
 カルナックとコマラパの足もとに、銀色の魔法陣が浮かび上がる。
 それにつけても一切の呪文の詠唱もなしに、息をするかのように自然に魔法を行使するのは、カルナックを置いてほかに数人もいないだろう。

「あ、お師匠様! あの、人身売買組織については」
 転移魔法陣が起動を始めるのを見て、リドラは、これだけは確認しておかなくてはと声をあげた。

 すると、カルナックは振り返り、こともなげに言う。

「今回の、獣神狩りを依頼された組織なら、すでに潰れている」

「はい?」

「私は先刻《世界の大いなる意思》と連絡したと言っただろう? サウダージ共和国の組織の一つが、浅い海に隔てられた極東の大陸に船を用いて渡り、彼の地に授けられた《精霊の樹》から獣神の《繭果》を刈り取った」

「お師匠様、さっきは何もおっしゃらなかったではないですか!」

「たいしたことではないからだ。組織といっても末端だった。だが、太古に《世界の大いなる意思》の名代である第一世代の精霊グラウケーと交わした誓約に明確に触れたために、組織の船は《色の竜たち》に襲われ、難破した」

「え?《色の竜たち》は些末なことには干渉しないはずでは?」
 リドラはこう尋ねているが、傍らで聞いているティーレには、なんのことやらまったく理解できていない。
 サウダージ共和国で生まれ育ち、エルレーン公国に亡命してきたリドラには、カルナックの言葉に含まれた事象の意味が推測できている。

「リドラ。サウダージの組織は《世界》との誓約を破ったのだ。ささいなことではない」

 はっと、リドラは息を呑む。
 ティーレにも、その緊張感は伝わった。だが、あえて口は挟まなかった。

「その後は色々あって、生存者は《繭果》に入っていたパウルとパオラだけだよ。このラゼル家の年越しの祭りに導かれたのも、偶然ではあるまい。《世界》が、そう計らったのだろう」

「わかりました」
(はい、お師匠様。パウルとパオラの重要性を理解しました)

「よろしく頼むよ。リドラ。君こそが、あの双子の教師に向いている」
 くすっと、カルナックは小さく笑った。
 子供みたいな笑顔だ、と。
 リドラは、思い出していた。
 初めて出会ったときも、カルナックはあんなふうに笑っていた。

 転移魔法陣がカルナックとコマラパを大公の宮殿へと運ぶ。

 銀色の粒子が、舞う。
 それはまばゆく輝き続けている《精霊の樹》が、さざめく鈴の音とともに降りかかる、祝福のしるし。

「やれやれ。……めんどうだわぁ」
 サファイア=リドラは、長い黒髪をかきあげ、アンニュイに呟いて、薄明の空を見上げた。

 やがて数時間して太陽が、『青白く若き太陽神アズナワク』がのぼってくれば、年越しの焚き火は燃え尽き、出現した《精霊の樹》はまた、幻だったかのように、消えていくのだ。


 新しい年の朝が、くる。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~ 

ファンタジー
「詰んだ…」遠い眼をして呟いた4歳の夏、カイザーはここが乙女ゲーム『亡国のレガリアと王国の秘宝』の世界だと思い出す。ゲームの俺様攻略対象者と我儘悪役令嬢の兄として転生した『無能』なモブが、ブラコン&シスコンへと華麗なるジョブチェンジを遂げモブの壁を愛と努力でぶち破る!これは優雅な白鳥ならぬ黒鳥の皮を被った彼が、無自覚に周りを誑しこんだりしながら奮闘しつつ総愛され(慕われ)する物語。生まれ持った美貌と頭脳・身体能力に努力を重ね、財力・身分と全てを活かし悪役令嬢ルート阻止に励むカイザーだがある日謎の能力が覚醒して…?!更にはそのミステリアス超絶美形っぷりから隠しキャラ扱いされたり、様々な勘違いにも拍車がかかり…。鉄壁の微笑みの裏で心の中の独り言と突っ込みが炸裂する彼の日常。(一話は短め設定です)

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて

ゆうた
ファンタジー
森の国編 ヴェルトゥール王国戦記  大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。 それが何の因果か、異世界に突然、転生してしまった。  生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、 まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。  しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。 無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。 これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?  依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、 いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。 誰かこの悪循環、何とかして! まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ

翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL 十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。 高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。 そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。 要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。 曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。 その額なんと、50億円。 あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。 だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。 だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...