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第五章 パウルとパオラ
その17 無垢で、赤い(皇帝ガルデルの絶望と儚い希望6)
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広大な宮殿だった。
中庭と呼ばれている場所もまた、宮殿の規模に応じて、かなりの広さがある。
あずまや、花壇、庭木、石が配置され、小川や池も設えられているのだ。
建物に囲まれており、屋根はない。
昼間ならば太陽神アズナワクが、月夜ならば真月イル・リリヤの光が降り注ぐだろう。
けれども今は、月のない闇夜。
レニウス・レギオンは、グリスをかばい、走り続け血がにじむ裸足のまま、中庭に出た。
星々が、天に撒き散らされた白い砂のように冷たく光っている。
「もうじき着くよ、おかあさん」
黒髪の子ども、レニウス・レギオンは、迷いのない足取りで進む。
グリスとの思い出の『苦い実をつける木』のそば。
涸れ井戸を目指して。
こうして、
グリスとレニウス・レギオン母子はけんめいに逃げてきたのに。
希望を打ち砕く、容赦の無い声が降ってきた。
『冗談じゃない! このイベントはデフォルトなんだ! グリスとレニウス・レギオンがガルデルを倒して生き延びるとか、そこを変えちゃったら、ゲームが台無しだよ!』
グリスとレニウス・レギオンがいる中庭の、何もない中空に。
十五歳くらいの少年が浮かんでいたのだった。
ハイネックの白いTシャツと細身の黒いズボンという出で立ちを見て、あたしは動揺した。
母子のそばにいるにもかかわらず、相変わらず、あたしは誰の目にも見えないらしいし、起こっているできごとを見て聞くだけの傍観者でしかないのだけれど。
(なんで? この世界っぽくないわ、これじゃまるで、あたしの前世、21世紀の東京で女子高生だった月宮アリスが知ってるようなファッションじゃない!)
肩にかかるまっすぐな髪は純白。
目の色は、ピジョンブラッドのルビー。
整った顔立ちをした美少年だった。
「ガルデルはVIP待遇のプレイヤーなんだから、序盤でロストしちゃったら困るんだよね。今更、別のやつの魂を持ってくるとか面倒だしぃ」
この絶世の美少年は、理解不能な事を口にする。
ゲーム?
なにそれ?
この世界がゲームだって?
ちょっと待って!
地球から、この《精霊(セレナン)に祝福された蒼き大地ティエラ・アスール》と呼ばれる異世界に転生した月宮アリス、現在は四歳と九ヶ月の幼女アイリス・リデル・ティス・ラゼルである、あたしとしては、聞き捨てならない情報だ。
だいたい、この美少年は誰?
「おまえはだれだ。わかんないこと言う」
あたしが考えていたことを、レニウス・レギオンが代弁してくれた。
「ぼく? この世界の主、魔眼の王セラニスだよ」
胸を張って(空中に浮かんだままで)少年は自慢げに名乗った。
「あんたが、この世界の主だ? たわごとを。よりにもよって《魔眼の王》? なんてこった、最高神イル・リリヤさま、この愚か者を許し給え。《魔の月》の名をかたるとは、不遜にもほどがある」
グリスは忌まわしいものを耳にしたかのように、頭を横に振り、あくたいをつく。
「あははははは! NPCってやつは、これだから。当たり前だけど無知すぎて笑える!」
セラニスは高笑いをして、
「この世界はぼくの母親イル・リリヤが、精霊(セレナン)に願って整えてくれた、ぼくの遊び場なんだ。ねえ一緒に遊んでよ。ガルデルも、復元するからさ。ゲームに悪役は必要なんだ。プレイヤーは何人もいるけど、こいつはどうしてだか、最強なんだよね~」
衝撃的な発言を、した。
少年が手をかざす。
現れ出たのは上半身だけになっていたガルデルの黒焦げ。
ところが、それは、赤いもやに包まれたかと思うと、焦げた部分の肉が内側から盛り上がり、腹が復元、足が生えていき、皮膚が作られる。
まるで何倍もの速さで巻き戻されていく動画のようだ。
「さあてと。ついでだ。後々で入手するはずだった装備をプレゼントしてやろう。アンチフィールド展開、魔鋼鉄の鎧! 耐攻撃数値はすごいよ! ま、もれなく呪われるアイテムだけどねえ。くすくすくす」
よみがえり再生していくガルデルは、全身を、黒っぽい鎧に覆われていく。
グリスが息を呑み、レニウス・レギオンを抱きしめる。
「まさか」
「おかあさん!」
……おかしい。
何かが、どこかが、おかしい。
さっきから非常な違和感があって、考え続けていた、あたしは。
その原因に、ようやく気づいた。
この、黒鎧の男は。
ルナちゃんの前にあらわれた、精霊の白い森にあった『欠けた月の村』を破壊し、大勢の人たちを殺した敵の姿、そのものだ!
広大な宮殿だった。
中庭と呼ばれている場所もまた、宮殿の規模に応じて、かなりの広さがある。
あずまや、花壇、庭木、石が配置され、小川や池も設えられているのだ。
建物に囲まれており、屋根はない。
昼間ならば太陽神アズナワクが、月夜ならば真月イル・リリヤの光が降り注ぐだろう。
けれども今は、月のない闇夜。
レニウス・レギオンは、グリスをかばい、走り続け血がにじむ裸足のまま、中庭に出た。
星々が、天に撒き散らされた白い砂のように冷たく光っている。
「もうじき着くよ、おかあさん」
黒髪の子ども、レニウス・レギオンは、迷いのない足取りで進む。
グリスとの思い出の『苦い実をつける木』のそば。
涸れ井戸を目指して。
こうして、
グリスとレニウス・レギオン母子はけんめいに逃げてきたのに。
希望を打ち砕く、容赦の無い声が降ってきた。
『冗談じゃない! このイベントはデフォルトなんだ! グリスとレニウス・レギオンがガルデルを倒して生き延びるとか、そこを変えちゃったら、ゲームが台無しだよ!』
グリスとレニウス・レギオンがいる中庭の、何もない中空に。
十五歳くらいの少年が浮かんでいたのだった。
ハイネックの白いTシャツと細身の黒いズボンという出で立ちを見て、あたしは動揺した。
母子のそばにいるにもかかわらず、相変わらず、あたしは誰の目にも見えないらしいし、起こっているできごとを見て聞くだけの傍観者でしかないのだけれど。
(なんで? この世界っぽくないわ、これじゃまるで、あたしの前世、21世紀の東京で女子高生だった月宮アリスが知ってるようなファッションじゃない!)
肩にかかるまっすぐな髪は純白。
目の色は、ピジョンブラッドのルビー。
整った顔立ちをした美少年だった。
「ガルデルはVIP待遇のプレイヤーなんだから、序盤でロストしちゃったら困るんだよね。今更、別のやつの魂を持ってくるとか面倒だしぃ」
この絶世の美少年は、理解不能な事を口にする。
ゲーム?
なにそれ?
この世界がゲームだって?
ちょっと待って!
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だいたい、この美少年は誰?
「おまえはだれだ。わかんないこと言う」
あたしが考えていたことを、レニウス・レギオンが代弁してくれた。
「ぼく? この世界の主、魔眼の王セラニスだよ」
胸を張って(空中に浮かんだままで)少年は自慢げに名乗った。
「あんたが、この世界の主だ? たわごとを。よりにもよって《魔眼の王》? なんてこった、最高神イル・リリヤさま、この愚か者を許し給え。《魔の月》の名をかたるとは、不遜にもほどがある」
グリスは忌まわしいものを耳にしたかのように、頭を横に振り、あくたいをつく。
「あははははは! NPCってやつは、これだから。当たり前だけど無知すぎて笑える!」
セラニスは高笑いをして、
「この世界はぼくの母親イル・リリヤが、精霊(セレナン)に願って整えてくれた、ぼくの遊び場なんだ。ねえ一緒に遊んでよ。ガルデルも、復元するからさ。ゲームに悪役は必要なんだ。プレイヤーは何人もいるけど、こいつはどうしてだか、最強なんだよね~」
衝撃的な発言を、した。
少年が手をかざす。
現れ出たのは上半身だけになっていたガルデルの黒焦げ。
ところが、それは、赤いもやに包まれたかと思うと、焦げた部分の肉が内側から盛り上がり、腹が復元、足が生えていき、皮膚が作られる。
まるで何倍もの速さで巻き戻されていく動画のようだ。
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よみがえり再生していくガルデルは、全身を、黒っぽい鎧に覆われていく。
グリスが息を呑み、レニウス・レギオンを抱きしめる。
「まさか」
「おかあさん!」
……おかしい。
何かが、どこかが、おかしい。
さっきから非常な違和感があって、考え続けていた、あたしは。
その原因に、ようやく気づいた。
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