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第六章 アイリス五歳
その0 紗耶香とジョルジョと東京で
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(東京都武蔵野市・吉祥寺駅 2020年)
「すみません。西荻窪って、ここですか?」
駅ビルを出て商店街を歩いていたら、背後から声をかけられた。
若い男の子の声。
よくあるナンパって思わなかったわけじゃないけど、とりあえず振り向いたのは、その声質に惹かれたから。
すっごく、伸びのよさそうな、クリアで張りのある声。
歌ったらよく映える声よ。
あまり有名じゃないけどアイドルやってる、あたしとしては。
素直に、羨ましいって思った。
その男の子は、きれいなコだった。
立ち姿が、さまになってるの。
もしかしてジャニーズ系のアイドルだったり?
そういえばギターケース背負ってる。
アコースティック?
年は、高校一年のあたしと同じくらい。
凜々しさもあって。
オーラあるわ!
栗色の巻き毛、黒い瞳に、光のかげんで濃い赤色が混じって、繊細そうな色白の肌に映える。
困った表情が、ちょっぴりセクシー。
「西荻窪は、隣の駅よ」
「あ~やっぱり、通過しちゃってたんだ!」
あわてた様子が可愛いわ。
「西荻駅は土日に快速電車が停車しないの。平日は停まるんだけど」
「そうなんですか」
きょとんとしている。
土地カンないわね?
「もしかして西荻で待ち合わせ? だったら各駅停車に乗って一駅戻ればいいよ」
教えてあげると、満面の笑み。
「ありがとう! このあたりに来たのは初めてなので、困ってたんです。友達が西荻の貸しスタジオを借りてるってメール来たんですけど、よくわからなくて」
「じゃあ住んでるのはこの辺じゃないの?」
「はい、新宿です。ぼく、ジョルジョって言います。ジョルジョ・カレスね」
「あたしは相田紗耶香よ」
「アイーダさん?」
「名前は、紗耶香。相田紗耶香(あいださやか)」
ジョルジョくんがフルネーム名乗るから、つい本名を言っちゃったじゃない。
ニコニコしてて。
調子狂うわ。
なんて無防備な笑顔なの。
(小動物かっ!? あたし弱いのよこういうコ!)
行きがかり上、ジョルジョくんを吉祥寺駅のホームまで送ることになった。
並んで歩きながら、雑談。
「お友達と待ち合わせだったよね?」
「ええ、キリコっていうんです」
(なんだ彼女持ちかぁ。いい感じの男の子なのにな)
がっかりしたのは事実。
ジョルジョくんは、あたしの考えを見て取ったみたいに、笑顔で、言った。
「あの、彼は男ですよ。サイジョウ・キリコ」
「へえ。男の子でキリコっていうの。珍しいね」
「漢字だと『霧湖』って。ロマンチックじゃないです? 高校の同級生なんですけど、彼は詩を書くんですよ。ボクは作曲で。原宿の駅前で、土曜の夜にギター弾き語りしたりしてます」
「あたしも歌ってるの。親友と二人で」
「どんな歌です? ききたいです」
「ジョルジョくんたちの歌も聴きたいなあ」
吉祥寺のホーム。
次の電車がくるまでの数分間。
ジョルジョくんと話した。
方向性の違いはあるかもだけど、同じく音楽を志すものとしての会話が、嬉しかった。
有栖も一緒にいたら、もっと楽しいのにな。
電車がホームに滑り込んで、音もなく停まる。
スニーカーを履いた彼、羽根が生えたみたいに、開いたドアにふわっと飛び込んで。
振り向いて、にこっと。
だけどちょっと待とう?
あたしがついてくと思ってないかしら彼。
だめだめ。これでもあたしは、アイドル(の端くれ)だからね。
カレシは、作らない主義ですから。
少なくともアイドルやってるうちはね。
「じゃ、ここで。またねジョルジョ。どっかで出会ったらいいね!」
「待ってアイーダ! えと、えっと、メアド! メアド聞くの忘れてましたよ! それにケータイも」
ジョルジョくん慌ててる。
あたしは笑って手を振るだけ。
出会いなんて一期一会。
縁があれば、また出会えるでしょ。
それが、あたしの主義だったんだ。
「そうだ有栖(ありす)にメールしとこ~。さっきジョルジョくんの写真スマホでとったしラインで送っちゃえ。街で見かけた美少年、ってね」
あたしはホームにとどまって、親友へのラインを書いていた。
だから、気がつかなかった。
見覚えのあるスニーカーを履いた足が、また、目の前に、やってきたこと。
「アイーダさん」
顔を上げたら、とっても嬉しそうな笑顔が、そこに、あったの。
メアドとケータイ番号を書いた小さな紙片を大切そうに差し出して。
「あら、またお会いしましたわね」
あたしは背筋をぴんとして。
かしこまって紙片を受け取った。
顔が赤くなって、困った。
こういうときはなんて言えばいいのか、わからないわ。
カレシなんていなかったもん。
昔から、自慢じゃないけど綺麗だしいろいろ出来はいいしカリスマって言われて(これは自分じゃわからないけどヒトが言うのよ)人気者。
もててはきたけれど、告白とかラブレターとかもらっても、心引かれることなんて皆無で。
親友の有栖と、歌のほうが大切で。
でもでも。
もしかして、もしかしたら、
これは運命なのよ!
「えっと。ジョルジョくん。お友だちからはじめましょ?」
……そして輪廻はめぐり。
※ (Tokyo ××××××年)
ジョルジョはいいやつだ。
こんな時代に、宇宙人やUFOを本気で信じてる。
人の善意を信じてる。
だけど、ジョルジョは、いつも、おれが「トーキョー」に潜るのを心配してた。
きっと、わかってたんだと思う。
おれが、かなわなかった夢に捕らわれてしまうかもしれないことを。
ずっと警告してくれていたのにな。
※(ワシントンD.C ××××××年)
ジョルジョは、案じていたとおりになったことを知った。
キリコ・サイジョウは過去の自分に触れて同化してしまった。
これで都市トーキョーから出て行くことはできなくなった。
時間がループしている、このトーキョーで。
地磁気を使って構成された仮想世界で。
遙か遠い未来に、太陽が赤色巨星になるとかして、
太陽に飲み込まれて地球が終わって魂が消滅するまで、ぼくらは、ゴーストのまま。
まわりの、もと同僚だった管理局員たちは『悪霊』になっちゃったヤツも多いけど。
ぼくはキリコの友達だから。
世界が終わるまで、きみの魂に寄り添う。
そばにいるよ。
だいじょうぶ。遠い日の思い出が、心を温めてくれる。
だから、ぼくは暗闇の中へ堕ちないでいる……。
いつかまた、どこかで会える。
そしたら、ぼくは。
今度こそ、紗耶香さんを守るんだ。
霧湖が、月宮さんを守りたいと思うのと同じだよ。
きっときっと、いつか。
その日まで。
ぼくは眠る……。
深く、深く……。
(東京都武蔵野市・吉祥寺駅 2020年)
「すみません。西荻窪って、ここですか?」
駅ビルを出て商店街を歩いていたら、背後から声をかけられた。
若い男の子の声。
よくあるナンパって思わなかったわけじゃないけど、とりあえず振り向いたのは、その声質に惹かれたから。
すっごく、伸びのよさそうな、クリアで張りのある声。
歌ったらよく映える声よ。
あまり有名じゃないけどアイドルやってる、あたしとしては。
素直に、羨ましいって思った。
その男の子は、きれいなコだった。
立ち姿が、さまになってるの。
もしかしてジャニーズ系のアイドルだったり?
そういえばギターケース背負ってる。
アコースティック?
年は、高校一年のあたしと同じくらい。
凜々しさもあって。
オーラあるわ!
栗色の巻き毛、黒い瞳に、光のかげんで濃い赤色が混じって、繊細そうな色白の肌に映える。
困った表情が、ちょっぴりセクシー。
「西荻窪は、隣の駅よ」
「あ~やっぱり、通過しちゃってたんだ!」
あわてた様子が可愛いわ。
「西荻駅は土日に快速電車が停車しないの。平日は停まるんだけど」
「そうなんですか」
きょとんとしている。
土地カンないわね?
「もしかして西荻で待ち合わせ? だったら各駅停車に乗って一駅戻ればいいよ」
教えてあげると、満面の笑み。
「ありがとう! このあたりに来たのは初めてなので、困ってたんです。友達が西荻の貸しスタジオを借りてるってメール来たんですけど、よくわからなくて」
「じゃあ住んでるのはこの辺じゃないの?」
「はい、新宿です。ぼく、ジョルジョって言います。ジョルジョ・カレスね」
「あたしは相田紗耶香よ」
「アイーダさん?」
「名前は、紗耶香。相田紗耶香(あいださやか)」
ジョルジョくんがフルネーム名乗るから、つい本名を言っちゃったじゃない。
ニコニコしてて。
調子狂うわ。
なんて無防備な笑顔なの。
(小動物かっ!? あたし弱いのよこういうコ!)
行きがかり上、ジョルジョくんを吉祥寺駅のホームまで送ることになった。
並んで歩きながら、雑談。
「お友達と待ち合わせだったよね?」
「ええ、キリコっていうんです」
(なんだ彼女持ちかぁ。いい感じの男の子なのにな)
がっかりしたのは事実。
ジョルジョくんは、あたしの考えを見て取ったみたいに、笑顔で、言った。
「あの、彼は男ですよ。サイジョウ・キリコ」
「へえ。男の子でキリコっていうの。珍しいね」
「漢字だと『霧湖』って。ロマンチックじゃないです? 高校の同級生なんですけど、彼は詩を書くんですよ。ボクは作曲で。原宿の駅前で、土曜の夜にギター弾き語りしたりしてます」
「あたしも歌ってるの。親友と二人で」
「どんな歌です? ききたいです」
「ジョルジョくんたちの歌も聴きたいなあ」
吉祥寺のホーム。
次の電車がくるまでの数分間。
ジョルジョくんと話した。
方向性の違いはあるかもだけど、同じく音楽を志すものとしての会話が、嬉しかった。
有栖も一緒にいたら、もっと楽しいのにな。
電車がホームに滑り込んで、音もなく停まる。
スニーカーを履いた彼、羽根が生えたみたいに、開いたドアにふわっと飛び込んで。
振り向いて、にこっと。
だけどちょっと待とう?
あたしがついてくと思ってないかしら彼。
だめだめ。これでもあたしは、アイドル(の端くれ)だからね。
カレシは、作らない主義ですから。
少なくともアイドルやってるうちはね。
「じゃ、ここで。またねジョルジョ。どっかで出会ったらいいね!」
「待ってアイーダ! えと、えっと、メアド! メアド聞くの忘れてましたよ! それにケータイも」
ジョルジョくん慌ててる。
あたしは笑って手を振るだけ。
出会いなんて一期一会。
縁があれば、また出会えるでしょ。
それが、あたしの主義だったんだ。
「そうだ有栖(ありす)にメールしとこ~。さっきジョルジョくんの写真スマホでとったしラインで送っちゃえ。街で見かけた美少年、ってね」
あたしはホームにとどまって、親友へのラインを書いていた。
だから、気がつかなかった。
見覚えのあるスニーカーを履いた足が、また、目の前に、やってきたこと。
「アイーダさん」
顔を上げたら、とっても嬉しそうな笑顔が、そこに、あったの。
メアドとケータイ番号を書いた小さな紙片を大切そうに差し出して。
「あら、またお会いしましたわね」
あたしは背筋をぴんとして。
かしこまって紙片を受け取った。
顔が赤くなって、困った。
こういうときはなんて言えばいいのか、わからないわ。
カレシなんていなかったもん。
昔から、自慢じゃないけど綺麗だしいろいろ出来はいいしカリスマって言われて(これは自分じゃわからないけどヒトが言うのよ)人気者。
もててはきたけれど、告白とかラブレターとかもらっても、心引かれることなんて皆無で。
親友の有栖と、歌のほうが大切で。
でもでも。
もしかして、もしかしたら、
これは運命なのよ!
「えっと。ジョルジョくん。お友だちからはじめましょ?」
……そして輪廻はめぐり。
※ (Tokyo ××××××年)
ジョルジョはいいやつだ。
こんな時代に、宇宙人やUFOを本気で信じてる。
人の善意を信じてる。
だけど、ジョルジョは、いつも、おれが「トーキョー」に潜るのを心配してた。
きっと、わかってたんだと思う。
おれが、かなわなかった夢に捕らわれてしまうかもしれないことを。
ずっと警告してくれていたのにな。
※(ワシントンD.C ××××××年)
ジョルジョは、案じていたとおりになったことを知った。
キリコ・サイジョウは過去の自分に触れて同化してしまった。
これで都市トーキョーから出て行くことはできなくなった。
時間がループしている、このトーキョーで。
地磁気を使って構成された仮想世界で。
遙か遠い未来に、太陽が赤色巨星になるとかして、
太陽に飲み込まれて地球が終わって魂が消滅するまで、ぼくらは、ゴーストのまま。
まわりの、もと同僚だった管理局員たちは『悪霊』になっちゃったヤツも多いけど。
ぼくはキリコの友達だから。
世界が終わるまで、きみの魂に寄り添う。
そばにいるよ。
だいじょうぶ。遠い日の思い出が、心を温めてくれる。
だから、ぼくは暗闇の中へ堕ちないでいる……。
いつかまた、どこかで会える。
そしたら、ぼくは。
今度こそ、紗耶香さんを守るんだ。
霧湖が、月宮さんを守りたいと思うのと同じだよ。
きっときっと、いつか。
その日まで。
ぼくは眠る……。
深く、深く……。
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