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プロローグ
その1 新月の夜は
しおりを挟む新月の夜は嫌いだ。
暗がりの森深く、ただ一人ひたすら歩きながらカイ・フォルスは呟いた。
昼なお暗いというのに、今夜は月明かりもない。
遠く近く、時折獣の気配がし、鳴き声が響く。狼避けの匂い袋は効いているはずだが、全身の皮膚と心臓に張り付く緊張は拭えない。
左手に足元を照らす植物油のカンテラ、右手に握りしめた大ぶりの鉈。この時だけは心強い仲間のように思えてくる。道なき道には湿った落ち葉が幾重にも降り積もり足を取られそうになった。小柄な背中に背負った革袋は、中身がないにも関わらず重量感がある。張り出した小枝が鞭のように頬を叩くと、カイは苛ついて舌打ちをし立ち止まった。
「鍵なし森のなかでも最高に歩きにくいって噂、本当だったな」
はぁと、長く深い溜息をついて生い茂った広葉樹の天蓋を仰ぎ見た。
ひんやりと冷たい夜の空気が鼻孔に満ちる。悪くない匂いに少し気分が和らいだ。
「そう。これは美味しい仕事なんだ。この先には金持ちがこぞって飛びつくお宝がある。そいつをいただいて帰る。そうすれば今年は腹一杯のご飯と、ふかふかなベッドに困らない。困らない…」
何やら即物的な呪文を唱え終えると、カイは視線を前方に戻してまた歩き出した。
その途端、柔らかく積もった深い落ち葉に足を取られる。
「あー糞!」と吐き捨てながらも、今度は止まらず森の奥へと進んで行った。
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