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第1章
8 精霊の巫女
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8
『ともかく、この穴から出たい。皆もそうだろう。ここは臭いし……気分が良くない』
ナンナの声を聞いたクイブロは、愕然としていた。
よく聞けば声はナンナなのだが、話しぶり、身に纏う雰囲気が、まったく違う。
『そう驚くな、兄様』
ナンナが笑った。
『驚くのは、これからだ』
「そうであろうな」
コマラパは頷き、手を上げてタヤサルを呼んだ。
「この穴から出ないことには助け出したとは言えぬ。急げ!」
というわけで脱出は速やかに行われた。
垂らしていた綱梯子だが、女達は自力で登れるほどの体力は残っていないと見られ、村の男達が担ぎ上げることとなったのだ。
タヤサルの妻マチェだけは自力で昇った。息子のタルウィはタヤサルが担いだ。
スーリヤはキールが支え、クイブロが後押しをした。
ナンナはコマラパが担いだのである。
先刻から彼女の周囲には精霊火(スーリーファ)が大量に集まって来ていて、青白い炎の軌跡が長く尾を曳いている。
それを見た人々は、クーナ族ばかりか、他の地域から連れ去られてきた者たちまでが、驚異の目を向けることになった。
「巫女様!?」
誰かの口から放たれた叫びが、大勢に伝播していく。
「精霊の巫女様だ!」
「神おろしの巫女様!」
手を合わせ、泣き崩れている者が何人もいた。
「ううむ。このような巡り合わせにしたくはなかったが」
コマラパは苦い呟きをもらした。
『いたしかたあるまい』
青い瞳のナンナは肩をすくめた。
『こうなれば、置かれた立場にて最善を尽くすまで。コマラパ、協力してもらうぞ。久方ぶりに、な』
「これも運命なれば」
コマラパも、観念したように答えた。
精霊火は、なおも集まり続けていた。
※
穴の外に出たナンナは、降ろしてくれと申し出た。
「だいじょうぶか」
『心配性なのは変わらないな、おとうさまは』
くすりと、笑う。
『スーリヤを放ってはおけぬ』
指さした先にはスーリヤがいた。気遣わしげな兄キールの呼びかけにも、どこか上の空、虚ろな表情だ。
「スーリヤ!」
黒髪の少女の声に、目を見開いた。
「ナンナ? ナンナ!」
二人の少女は駆け寄り、抱き合った。
「ほんとに……ナンナだ」
灰色の髪の少女は、助けられてから初めて、涙をこぼした。
「ね、スーリヤ。だいじょうぶだって言ったよね。兄さんたちが、絶対に助けに来てくれるって」
スーリヤに笑いかける黒髪の少女。その瞳は、濡れたように艶やかな黒だ。
「あたし、もうどうなってもいいって思った。この世界も何もかも。どうしてこんな目にあわなくちゃいけないのかって」
「だけど生きてるよ。あたしも、スーリヤも」
「よかった…ほんとに、よかった」
「死にたいなんて、もう言わないで」
「うん。……うん」
何でも頷き、笑顔になって、けれど、ほろほろと涙をこぼし続けるスーリヤの傍らに、タルウィを抱きかかえたマチェがやってきた。
「だいじょうぶ。だいじょうぶだよ。あたしたちはみんな、生きて村に帰るんだよ」
その様子を見守っていたナンナは、視線を巡らせ、コマラパの姿を追った。
おびただしい精霊火がまつわりつき、その瞳は、再び青く染まっていく。
コマラパが、実際にはナンナの意向に従って、次に行ったことは、未だ自らが開けた大穴の縁に佇んでいた、銀髪の少年を連れてこさせることだった。
その使者はタヤサル、キール、クイブロ。
村の恩人だから礼を言いたい、なんとしても説得するようにと。
※
「おれに何をさせるつもりだ」
現れた少年は、憮然としていたが、精霊火が異常なほどに集まってきているさまには、さすがに驚きを隠せなかった。
「まあ、そう突っかかるな。とりあえずは礼を。おかげで手間が省け、さらわれた仲間を助けることができた」
コマラパが代表して礼を述べる。
「ふざけるな。礼を言いたいだけではないだろう。何が目的だ。特に……そこの、青い目の女」
銀髪の少年は、ナンナを睨んだ。
「おまえが、この場で最も強い。そこの老人や、村人を操っているのか」
『減らず口を。老人とは言い過ぎだ。おまえこそ、炎を黙らせろ』
ナンナはスーリヤに向けた優しさとは真逆の、冷ややかな眼差しを少年に向けた。
『おまえに取り憑いている黄金の炎。よけいなことを主人に告げ口するな。でなければ、本名を、この場で明かす。主人のほうも、炎のほうもだ』
「ナンナ! おれたちの恩人に、なんてことをいう」
「おまえはそんなことを言ってはいけない。すまない恩人の少年。この子は、いつもは、思いやりのある優しい子なんだ」
キールとクイブロは当惑し、おろおろとしていた。
だがコマラパは苦い表情のまま、佇んでいる。
「おまえら幻を見てるのか。こいつは、とんでもない、でかい魔力に満ちている。あの赤い魔女と同じかそれ以上にだ!」
『ふむ。赤い魔女のことは後で話し合う必要がありそうだが。そんなことはどうでもいい、炎の精霊に取り憑かれた、アストリード王の末裔』
「な! なんでそれを」
『あいにく、わたしは何でも知っているのだ。……わたしはおまえの目に見えている以上の存在である』
黒髪に青い目をした少女は、たのしげに微笑んだ。
『ところで少年。この状況を作り出した元凶であることを理解しているか? おまえは、派手にやりすぎたのだ』
「なにっ」
『この街はエルレーン公国とグーリア帝国との国境。おまえはここで街に対して破壊行動をした。その意味を、とくと考えてみるがよい』
『ともかく、この穴から出たい。皆もそうだろう。ここは臭いし……気分が良くない』
ナンナの声を聞いたクイブロは、愕然としていた。
よく聞けば声はナンナなのだが、話しぶり、身に纏う雰囲気が、まったく違う。
『そう驚くな、兄様』
ナンナが笑った。
『驚くのは、これからだ』
「そうであろうな」
コマラパは頷き、手を上げてタヤサルを呼んだ。
「この穴から出ないことには助け出したとは言えぬ。急げ!」
というわけで脱出は速やかに行われた。
垂らしていた綱梯子だが、女達は自力で登れるほどの体力は残っていないと見られ、村の男達が担ぎ上げることとなったのだ。
タヤサルの妻マチェだけは自力で昇った。息子のタルウィはタヤサルが担いだ。
スーリヤはキールが支え、クイブロが後押しをした。
ナンナはコマラパが担いだのである。
先刻から彼女の周囲には精霊火(スーリーファ)が大量に集まって来ていて、青白い炎の軌跡が長く尾を曳いている。
それを見た人々は、クーナ族ばかりか、他の地域から連れ去られてきた者たちまでが、驚異の目を向けることになった。
「巫女様!?」
誰かの口から放たれた叫びが、大勢に伝播していく。
「精霊の巫女様だ!」
「神おろしの巫女様!」
手を合わせ、泣き崩れている者が何人もいた。
「ううむ。このような巡り合わせにしたくはなかったが」
コマラパは苦い呟きをもらした。
『いたしかたあるまい』
青い瞳のナンナは肩をすくめた。
『こうなれば、置かれた立場にて最善を尽くすまで。コマラパ、協力してもらうぞ。久方ぶりに、な』
「これも運命なれば」
コマラパも、観念したように答えた。
精霊火は、なおも集まり続けていた。
※
穴の外に出たナンナは、降ろしてくれと申し出た。
「だいじょうぶか」
『心配性なのは変わらないな、おとうさまは』
くすりと、笑う。
『スーリヤを放ってはおけぬ』
指さした先にはスーリヤがいた。気遣わしげな兄キールの呼びかけにも、どこか上の空、虚ろな表情だ。
「スーリヤ!」
黒髪の少女の声に、目を見開いた。
「ナンナ? ナンナ!」
二人の少女は駆け寄り、抱き合った。
「ほんとに……ナンナだ」
灰色の髪の少女は、助けられてから初めて、涙をこぼした。
「ね、スーリヤ。だいじょうぶだって言ったよね。兄さんたちが、絶対に助けに来てくれるって」
スーリヤに笑いかける黒髪の少女。その瞳は、濡れたように艶やかな黒だ。
「あたし、もうどうなってもいいって思った。この世界も何もかも。どうしてこんな目にあわなくちゃいけないのかって」
「だけど生きてるよ。あたしも、スーリヤも」
「よかった…ほんとに、よかった」
「死にたいなんて、もう言わないで」
「うん。……うん」
何でも頷き、笑顔になって、けれど、ほろほろと涙をこぼし続けるスーリヤの傍らに、タルウィを抱きかかえたマチェがやってきた。
「だいじょうぶ。だいじょうぶだよ。あたしたちはみんな、生きて村に帰るんだよ」
その様子を見守っていたナンナは、視線を巡らせ、コマラパの姿を追った。
おびただしい精霊火がまつわりつき、その瞳は、再び青く染まっていく。
コマラパが、実際にはナンナの意向に従って、次に行ったことは、未だ自らが開けた大穴の縁に佇んでいた、銀髪の少年を連れてこさせることだった。
その使者はタヤサル、キール、クイブロ。
村の恩人だから礼を言いたい、なんとしても説得するようにと。
※
「おれに何をさせるつもりだ」
現れた少年は、憮然としていたが、精霊火が異常なほどに集まってきているさまには、さすがに驚きを隠せなかった。
「まあ、そう突っかかるな。とりあえずは礼を。おかげで手間が省け、さらわれた仲間を助けることができた」
コマラパが代表して礼を述べる。
「ふざけるな。礼を言いたいだけではないだろう。何が目的だ。特に……そこの、青い目の女」
銀髪の少年は、ナンナを睨んだ。
「おまえが、この場で最も強い。そこの老人や、村人を操っているのか」
『減らず口を。老人とは言い過ぎだ。おまえこそ、炎を黙らせろ』
ナンナはスーリヤに向けた優しさとは真逆の、冷ややかな眼差しを少年に向けた。
『おまえに取り憑いている黄金の炎。よけいなことを主人に告げ口するな。でなければ、本名を、この場で明かす。主人のほうも、炎のほうもだ』
「ナンナ! おれたちの恩人に、なんてことをいう」
「おまえはそんなことを言ってはいけない。すまない恩人の少年。この子は、いつもは、思いやりのある優しい子なんだ」
キールとクイブロは当惑し、おろおろとしていた。
だがコマラパは苦い表情のまま、佇んでいる。
「おまえら幻を見てるのか。こいつは、とんでもない、でかい魔力に満ちている。あの赤い魔女と同じかそれ以上にだ!」
『ふむ。赤い魔女のことは後で話し合う必要がありそうだが。そんなことはどうでもいい、炎の精霊に取り憑かれた、アストリード王の末裔』
「な! なんでそれを」
『あいにく、わたしは何でも知っているのだ。……わたしはおまえの目に見えている以上の存在である』
黒髪に青い目をした少女は、たのしげに微笑んだ。
『ところで少年。この状況を作り出した元凶であることを理解しているか? おまえは、派手にやりすぎたのだ』
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