『魔眼』の王(改訂・完全版)

紺野たくみ

文字の大きさ
16 / 16
第1章

11 護民官ミカエル 

しおりを挟む
          11

 ノスタルヒアス中央高原は、精霊と人間との『聖なる元初の契約』に基づき、この大陸全ての国が、相互不戦の条約を結んでいる土地である。

 高原中央に据えられた平和の象徴であるモニュメントの元に集まりつつあるのは、エルレーン公国とグーリア神聖帝国の軍勢だった。

 エルレーン兵団は、おのおのが白い騎竜を駆り、白い皮鎧に身を包んでいる。
 対するグーリア兵団は、暗灰色の騎竜に跨がり、暗灰色の皮鎧を纏う。
 高原に対峙する兵団の規模は、ほぼ同数。おのおの一千騎ほどだ。

 エルレーン公国兵団を率いる将軍が進み出る。
 同じくグーリア神聖帝国側からも、指揮官が一人、騎竜の歩みを進めた。

 高原に据えられた、ユラック・ルミと呼ばれている、和平のモニュメントである白い巨岩の前に、二頭の騎竜が対峙した。

 先に声を発したのは、エルレーン公国の将軍、カーライルだった。
「よう、グーリアの。ずいぶん早い対応だな」

「そちらこそ」
 グーリア神聖帝国の指揮官が、答えた。名をエルネスト。この二人は外交の場で何度か顔を合わせたことがある、知己の間柄だった。年齢も同じく四十代半ばである。

「異変を察知したのは、うちの『聖堂』の魔法使いでな。首都から指揮官が派遣されてくるはずだ」
「シ・イル・リリヤからか? 遠すぎるだろう。そちら側が指揮官の到着を待って動くのであれば、我らは先に調査に赴く」
 グーリアの指揮官が騎竜の手綱を引き締め、向きを変えさせる。

「待て。どうやら、こちらの指揮官のご到着だ」
 ユラック・ルミの前の地面に、突如として円形の文様が出現したのだ。それは周囲から銀色の光を集め、輝きを放った。
 やがて、一人の長身の人物が姿を現した。
 たっぷりと襞を寄せた白い布をゆったりと巻き付け、白い騎竜に跨がっている。

 目撃した兵士達が驚きの声をあげ、感嘆する。
 しかしながらグーリアの指揮官は肝が据わっていた。

「ほほう。エルレーンの指揮官は魔法使い殿か。このご時世に、太古の魔法陣を使いこなす御仁とは。いいものを見せてもらった」

「待たせたか? 私はミカエル。護民官だ。『聖堂』所属である。しかし時間が惜しい。現場はすぐそこだろう?」
 名乗りを簡潔に済ませ、ミカエルはカーライル将軍を促した。

 合流した二千の騎竜軍団が向かう先は、エルレーン公国とグーリア神聖帝国の国境に位置する街、グレイム。

 そこでは、かつてない異変が起こったと目されていた。

                  ※

 二千騎が現場に到着したのは深夜だった。
 そこには信じがたい光景が広がっていたのである。

「全軍、止まれ!」
 ミカエルが指示し、それをカーライルとエルネストが後続部隊に通達する。

「なんだ。これは」
 ミカエルが、つぶやいた。
「何もないではないか」

 国境の街グレイムには八千人程度の人間が居住していたはずである。
 だが人口の半数以上は《ベレーザ》と呼ばれる奴隷狩り専門の盗賊集団だった。
 その実態は、グーリア神聖帝国皇帝の直属の手足であったのだが。

 夜空に白く輝く真月に照らし出されているはずの、街は、なかった。
 ただ深く大地がえぐられていた。
 街の周囲にあったはずの外壁は、破壊されていた。石積みが全て外側に向かって倒れ、吹き飛んでいた。
 まるで内部で爆発があったかのようだ。
 ミカエルは思ったが、口にはしなかった。
 兵士たちを動揺させてしまいかねないほど、あり得ない、いや、あってはならないことだったからだ。

「あれを! ミカエル護民官!」
 エルネストが声を上げた。
「街の奥に、人が」

「あの区画は?」

「それは」
 エルネストは言葉を濁した。

「言いにくいならば私が言おう。あそこは狩られた奴隷を収容している区画だ。それくらいの情報は我が国も掌握している。生存者かもしれぬ。事情を聞き出そう」

「ですが、地面がえぐれております。進軍すれば崩れ落ちるやもしれませぬ」
 カーライルが用心深く忠言する。
                                   
「私だけでいい。心配ならば、カーライル、それにエルネスト殿。貴殿らも来られよ」
 不思議に確信を持っているかのようにミカエルは言い放って、白い騎竜を進める。

 二人の将軍も、兵団を残して護民官ミカエルに続いた。  
 騎竜でも一列を乗り入れるのがやっとの、細い道が残されている。

「護民官殿。これは……」
 エルネストの声が、動揺を隠せずに震えた。
「精霊火……でしょうか」

 生存者がいると思われる、焼け残った区画に近づくにつれ、人の頭ほどもある青白い光の球体が現れ、どんどん数を増していく。

「まるで光の河に入ったかのようだな」
 ミカエルは、陶然としていた。
「見ろ。二人とも。……あそこに、奇跡の御方が」

 精霊火の群れ集う、中心に。
 一人の少女がいた。

 長い黒髪。小麦色の肌、美しい顔立ち。
 そして何よりも、印象的なのは、少女の目だった。
 精霊と同じ、淡い水色の光をたたえた瞳。
 身体の内部に満ちている『魔力』が、まばゆい光となって漏れ出しているのだ。

「おお。『世界の大いなる意思』の現世の器なる……奇跡の少女よ!」
 三人の仲で、彼女の力を最も正しく感知することができたのは、ミカエルだった。
 彼は騎竜から降り、少女に歩み寄って。

 跪いたのだった。

「ようやく。再びのお目通りがかないました」
 後続の二人に聞こえないように、声を落として。

「……お久しゆうございます。カルナック様。ミハイルです。どうぞ、いかようにもお役立てください」

「大儀であった」
 黒髪に青い目の少女は、微かに、笑った。

 ミカエルが顔を上げてみれば。
 少女の左右には、褐色の肌に、真っ白な髪をした壮年男性と、日焼けした精悍な少年の姿があるのを認め。ミカエルもまた、満足げに微笑んだ。

「すべては……世界の大いなる意思の導き」

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ

翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL 十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。 高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。 そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。 要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。 曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。 その額なんと、50億円。 あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。 だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。 だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

処理中です...