精霊の愛し子 ~『黒の魔法使いカルナック』の始まり~ 

紺野たくみ

文字の大きさ
1 / 144
第1章

その1 精霊の愛し子

しおりを挟む
 
                 1 

 南北に細長いエナンデリア大陸の東側と西側には、二つの山脈が連なっている。
 西の海岸沿いに南北に延びているのは万年雪を頂いた山脈、白き女神の座ルミナレス。
 一方、東側にあるのは、活火山系があるため真冬でも雪を被ることのない黒き峰、夜の神の座ソンブラだ。
 白き女神とはこの世界における最高神、白く明るい月、「真月まなづき」の女神イル・リリヤのこと、黒き夜の神とは、忌名の神にして、もう一つの暗い月、「魔眼まがん」とも「魔月まのつき」とも呼ばれる、セラニス・アレム・ダルをさす呼称である。

 二つの峰は大陸中央部で寄り添って、高山台地を形成している。

 大陸最北端の地には、巫術を使う王の統治するアストリード王国。
 世界の大いなる意思の代行者、精霊(セレナン)に姿が似ていることから精霊枝族せいれいしぞく(セ・エレメンティア)と呼ばれる一族の住む小国ガルガンド。
 中央部には古い歴史を持つレギオン王国。その西に国境を接する、レギオン王国の王族が独立して国を開いた、エルレーン公国。
 南に、近頃建国された新興国であるグーリア帝国。
 エルレーンとグーリアの間にある小国だが古い歴史を持つ水晶の谷キスピ
 魔法を禁じているサウダージ共和国。
 また、この大陸には、キスピの他にもクーナ、アマソナ、ファド、モルガナ、コパルなど、氏族に毛の生えたような多くの小国も点在している。

 レギオン王国領土の内にある高山台地にはりつくように、登っていく人影があった。

 山々の雄大さに比べればほんの小さな点のように見える。
 ゆっくりと、しかし着実に、高原を進んでいく人物が二人。
 一人は屈強な体格をした壮年の男だ。五十歳をいくつか過ぎたくらいだろう。
 力強く、先に立って登っていく。
 もう一人は、息を切らせている。しかし先に立つ男よりは若い、二十代の、赤毛の青年だ。

「コマラパ師、まだ先へ進むのですか」
 若者が、苦しい息の間に、問いかける。

「まだ森の入り口までも達していないからな」
 コマラパ師と呼びかけられた男は、足を止めて振り返り、短く答えた。

「伝説の、精霊の白き森ですか? そんなところが、本当に、この先にある、ので」
 苦しげな若者を見やり、
 コマラパは、
「あるのだ。しかし、辛いならば、おまえは引き返しなさい」
「いいえ、お師匠さまが行かれるところならば、ごこまでもお供致します」
 若者は歩みを再開したが、しばらく進むと、足が止まる。

「師よ、これ以上、足が動きません」

「では、ここで待て。森は、もうそこに見えている」

「そこに?」
 目をこらす、若者。
「何も見えません」

「見えないだけで、確かに、そこにあるのだ。待っていなさい。すぐに戻る」
 コマラパは歩みを早めた。

 やがて、行く手に見えてきたのは。
 真っ白な木々の連なりが、幻のように浮かび上がる、広大な森だった。
 コマラパには、ここへ向かう理由があった。

 原初の森と呼ばれる地域は、大陸の各地に存在する。
 人が踏み込んではならない禁足地とされる。
 ここへ入って、生きて出ることを許されるのは、あらかじめ世界の魂である精霊セレナンに招かれた者のみであるという。

 覚悟を決め、コマラパ師は、森へ足を踏み入れた。

 一歩進めば、地面から白い炎がたちのぼる。周囲には、青白い炎の球体、精霊火スーリーファが漂い始め、しだいにその数を増やしていく。

「噂では、入り口あたりで見かけたというが……」

「へえ。何を見たって?」
 幼い子供の声がした。

 弾かれたようにコマラパは飛び退き、あたりを見回したが、目に入るのは緑濃い木々と炎と、精霊火ばかりだ。

「どこ見てるの? こっちだよ」
 声は、コマラパの背後から聞こえた。
 あわてて上半身をひねり振り向いたコマラパがめにしたものは。

 幼い子供だった。まだ七歳にもなっていないだろう。

 長くのばしたまっすぐな黒髪の、額にかかる髪の間からのぞくのは、おびただしいまでの魔力に溢れた、透き通った青色の瞳だ。
 肌の色は白く、手足は細い。触れれば折れそうな華奢な肢体である。

 少女のように美しい顔立ち。
 だが、美少女ではなく少年だと、はっきりとわかる。
 彼が、何も身にまとっていないからだった。

「おじさん、長袖なんか着て、暑苦しくないの? ここでは暑くもないし寒くもないよ」
「だから裸なのか」
 納得はしたが、注意をしないわけにもいかない。
「だが、人は服を着るものなのだ。厳しい日差しをよけ、冷たい風から身を守るために。おまえの養父母は、身につけるものを用意してくれなかったのか? 精霊に拐かされた、人の子よ」

「拐かされた? おれが?」
 
「そうだ、攫われて精霊の慰みものとされている子どもがいると人から聞いて、救い出すために、わたしはやってきたのだ」

「ふぅん。面白いことを言うね、おじさん」
 少年は目をすうっと細めた。
 目の色は、闇のような漆黒に変わった。

「おれをそんなふうに使ったのは、精霊セレナンじゃない。決して」
 おそろしく静かな声音でそう言う。

 再び目を見開いたときには、瞳はごく淡い、水精石のような青に染まっていた。

「そうしたのは、人間だけだ」

 その瞬間。
 コマラパは、まるで巨大な岩を叩きつけられたかのような衝撃を腹に受けて、吹っ飛び、巨木の幹に身体をしたたかに打ち付けた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主』

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。 何も成し遂げることなく35年…… ついに前世の年齢を超えた。 ※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

残念ながら主人公はゲスでした。~異世界転移したら空気を操る魔法を得て世界最強に。好き放題に無双する俺を誰も止められない!~

日和崎よしな
ファンタジー
―あらすじ― 異世界に転移したゲス・エストは精霊と契約して空気操作の魔法を獲得する。 強力な魔法を得たが、彼の真の強さは的確な洞察力や魔法の応用力といった優れた頭脳にあった。 ゲス・エストは最強の存在を目指し、しがらみのない異世界で容赦なく暴れまくる! ―作品について― 完結しました。 全302話(プロローグ、エピローグ含む),約100万字。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

処理中です...