精霊の愛し子 ~『黒の魔法使いカルナック』の始まり~ 

紺野たくみ

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第1章

その18 クイブロは嫁取りのため世界(セレナン)と契約する

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「覚悟……」
 クイブロの喉が、ごくんと鳴る。
 
「精霊を伴侶に持つ者は、世界(セレナン)の大いなる意思の恩寵を一身に受ける。そのためには半身、人でなくなる覚悟がいる。この子を真に望むならば」

「えっ!? なにを言ってるの、兄さん!」
 カルナックは取り乱したが、クイブロのほうは落ち着いていた。

「わかった。覚悟はできてる」
 クイブロは杯に手をのばした。

「しばし待て、人の子。さあ、我ら精霊の愛し子カルナック。彼の隣に。杯の中身は共に飲み干さなければならない」

 クイブロとカルナックは並んで席につくことになった。

「準備を!」
 ローサが率先して立ち上がり、置かれていた食事を隅に寄せた。

 二人の前には、精霊の森の『根源の泉』に湧き出る水をたたえた水晶の杯が二つ置かれている。

 杯に満たされた水には、音もなく、きめ細かい泡が立ち上っていた。
 普通の湧き水ではない。

 緊張する二人を見やり、コマラパは声をあげた。
「契約の内容は? カルナックにも、人間に対しても、説明を行う必要があるだろう。説明責任というものだ」

「説明責任? 不思議な考え方だが、いいだろう」
 レフィス・トールは、水晶の瓶に、同じく水晶で作られた蓋をした.

「婚姻とは契約だ」
 レフィスの言葉に、よどみはない。

「世界の寵愛を受ける子ども、カルナックの身柄を、アティカ『欠けた月』の一族、村長(むらおさ)の末子クイブロに託すことを赦す。そのかわりに、一族はこれより末永く精霊の加護を受け、人の身において赦される限りの長寿を与える。ただし怪我などは軽減されないので心すること」

「つまり長寿にはなるけれども怪我をしないとか不死身ではないということよ。病気になることは、めったになくなるでしょうけどね」
 レフィスの言葉をラトが補う。

「この村は、今後は、精霊と契約を交わした一族として暮らすのだ」

 精霊の言葉を、村長ローサはじめ村人たちは神妙に聞き入っていた。
 その全てを理解できているかというと心許ないが。

「精霊と人とは伴侶となり共に長い時を歩むことはできるが、子は成せぬ。身体の組成自体が全く違う法則に従っているためだ。このような生活を営む一族の中で、子を望めぬのは婚姻に大きな障害になるのではないか?」

「構わない。おれが守るから」
 実は何を尋ねられているのかよく理解していないクイブロである。

「では、誓いを。精霊の愛し子と共に歩むために、根源の泉より無限に湧き出る清浄な『気』そのものを分け与える。カルナックに、かつて分け与えたものと同じだ。それは人の身に入って『核』となり、世界に満ちる『気』を纏う。人間達は、これを『魔力』と呼ぶものもいるが。同じ事だ」

「人の子よ。精霊と同じ『魔力』を贈る。そう言っているのよ」

 カルナックとクイブロは、杯を手にする。

「待って。まだ……クイブロに、言ってないことがある。大事なことなんだ。どうしても……言わなくちゃ……」
 しかしカルナックは口ごもり視線を落とす。

 その手を握り、クイブロは
「おれは何も気にしない。あとでゆっくり聞くよ」

「だめ。いまじゃ……ないと」
 青ざめた顔で、かぶりを振る。

「カルナック。伴侶となる人の子と共に飲み干すことが大事なのだ」

「兄さん? 伴侶ってなに」

「これから先ずっと一緒にいると誓うことだよ。さあ」

 促されて、二人は杯に口をつけた。

「う」(飲みにくい)
「だいじょうぶ?」
 カルナックにとっては精霊の森で飲み慣れた水だが、クイブロには、生まれて初めて飲む味だ。
 発泡する水は喉を刺激しつつ潤して、身体の奥深く落ちていくのを感じる。

「これで契約は成立するが」

 杯が干されたのを見届け、レフィス・トールは満足げに微笑む。

「ただ、あと一つ、試練がある」
 そう告げた瞬間だった。

「うっ!」
 水晶の杯を取り落としたクイブロが、苦しげにうめいて身体を折り曲げる。
「クイブロ!」
 そのまま、土間の床にくずおれた。


 何かが、身体の中にしみ通り。
 細胞を組み変えていく。


                                ※


 クイブロが気がついたのは、見知らぬ部屋だった。

 ……と、いうことはなく。

 そこは見覚えのあるところだった。
 床にはちゃんと板張りをしてある、家の奥にある部屋。
 普段から、来客のために母ローサが綺麗に掃除しているが、クイブロは、ほとんど立ち入ったことはない。
 先ほど、カルナックの着替えに、ローサや村の女性たちが使っていた部屋である。

 そこに、清潔な布団が入れられていて。
 クイブロが横たえられていたのは、その上だった。

「おれ、どうしたんだろう? 精霊の杯を受けてから、どうしたっけ?」
 なんだか身体が軽くなった気がした。

「気がついた!」
 目が覚めるとすぐに、飛びついてきたのは。
 カルナックだった。

「どうなった? なんで他の……母ちゃんや、精霊様は? コマラパさんは」
 身体じゅうが、鈍い痛みを感じていた。
 それをこらえて起き上がるクイブロを、カルナックは布団に押し戻す。
 
「だめだよまだ寝てて。杯をかわした後でクイブロが倒れたから。そっと眠らせておいたほうがいいって、兄さんが言った。おばさんたちがここに運んで来て、宴会の続きをするからって戻っていっちゃった」

「あれ? ええと、じゃあ……ここ、おれとカルナックの二人きり!?」

「うん、そうだよ!」

「ほんとに、二人だけなのか……」
 屈託無いカルナックの返事を聞いた、クイブロの顔が赤くなる。

 部屋に一つだけ開けられた窓からは、外の景色が見えていた。
 丸い峰を持つなだらかな高山台地が広がる。
 その中に立ち並ぶ石造りの民家。
 柔らかく全てを照らすのは、真月(まなづき)の女神イル・リリヤから降り注ぐ青白い光。
 
 間近に迫っているのは、艶やかな黒髪を三つ編みにしたまま、ローサの手製の晴れ着に身を包んだカルナックの顔で。
 きょとんと、していた。

「なんでそんなに無防備なのかな! おまえ」

「え?」

 相変わらずカルナックは何もわかっていなかった。
 特に、自分の外見について。

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