20 / 144
第1章
その20 深緑のコマラパと精霊たち。世界の意図は?
しおりを挟む20
婚姻の杯を交わした直後、精霊の差し出した杯を受けたクイブロが倒れたことは、『欠けた月』の一族達に動揺を引き起こしたが、騒ぎには至らなかった。
クイブロの伴侶となった貴き精霊の養い子カルナックには、大森林に住む賢者と名高い、クーナ族の『深緑のコマラパ』が、人間界での親代わりとして立っていたのである。
彼が「これは精霊の伴侶となるため必要なこと」と説けば、納得するほかはない。
何しろこの世が始まって以来のできごとだ。
精霊と縁続きになる、などと。
「この者は静かなところに寝かせておくがよい。数刻もすれば目が覚め、その身が精霊に近づいていることに気づく」
レフィス・トールの指示に従って、クイブロの母親であり村長のローサ始め、村の女たちは、皆でクイブロを奥の部屋に運んだ。
先ほどカルナックの着替えに使った部屋だ。
そこは宴会場のような土間ではなく床は板張りで、いざというときの来客用として常に綺麗に掃除してあった。
布団の用意はなかったので奥から客用のものを出し、まだ意識の戻らないクイブロの身を横たえた。
婦人達が宴会場になっている広間に戻ってくると、
「カルナックは、精霊の愛し子は、どうしたのだ? さっき、ご婦人方と一緒に出て行ったではないか」
村の男達と歓談していたコマラパが、尋ねた。
「いっしょに残してきたよ」
ローサは胸を張る。
「だってあの子、とても気に病んでいてね。クイブロのそばに、ずっと付いているっていうんだ。けなげじゃないか」
「なんと! 二人きりだというのか。それはいかん!」
すぐにも席を立ちそうなコマラパを、婦人たちのみならず村の男たちも引き留める。
「まあまあ、そう言わずに。おれらの村の酒も飲んでくださいよ」
「うちの子は、失礼なことなんてしませんよ。まだ子どもですしねえ」
その子どもが、出会ったばかりのカルナックに懸想し、髪の匂いをかいだり、あまつさえ、靴を脱いでいたのをいいことに、足の裏にまで触ったし、キスまでしたのだ! と。コマラパは危うく怒鳴るところだったが、なんとか押さえ、呑み込んだ。
養い親たる精霊の兄妹が黙認しているのをコマラパが反対もできない。
(そうだ、カルナックは、わたしの子だというわけではないのだから)
こう考えると、どうにも、寂しい。
いつの間にかカルナックといるのが当たり前になっていて、まるで自分の子どものように思うようになっていたのだ。
「コマラパ老師。気にしないで」
ラト・ナ・ルアが、助け船を出す。
「こうなったのは契約の杯を交わしたから。契約の相手に思慕を抱くのは、当然のことなの。それまでは、あの子にとって最も親しい人間は、あなただった」
「しかし、ラト殿。あなたも、ずいぶん浮かない顔だ」
コマラパには、ラトが沈んでいるように思えた。
「……あたしも、寂しいのよ。人間に取られたって、つい考えてしまう。……あの子が、選んだ道なのにね」
「それを言えば、わたしこそ」
レフィスは、杯に『精霊の森の清浄な湧き水』を注ぎ、ローサに手渡しながら呟く。
「セレナンの大いなる意思の計らいでなければ、わたしも納得はしなかった。さあ、村長、そして長を継ぐものよ。そなたたちにはこれから、力が必要だ。もっと飲みなさい」
「はい! ありがたく頂戴致します」
ローサの手を経て下賜された杯を押し頂いて飲んでいるのは、カントゥータ。
次代の村長である。
気の強い、我慢を知らない戦士そのものであるカントゥータだったが、精霊たちが出現したのを境に、ずいぶんと我を押さえ、辛抱強く、おとなしくふるまっている。
ときおり、レフィス・トールの美貌を、ちらちらと見やり、頬を染める。
ほうっと吐息をついたり。目を伏せたり。
(おや。もしかして、この危険きわまりない戦闘娘まで、まるで懸想でもしたかのような……)
コマラパは水杯に口をつけた。
考えてみたら、この村に来てから、適齢期にあたるだろう年齢である若い男は見当たらなかった。出稼ぎにでも行っているのだろうか。
そこへ、美貌の若き青年の姿をした精霊様の、颯爽とした登場である。
叶うと思わなくても、恋に落ちてしまう気持ちは、わからなくもない。
(ふむ。都に帰り、性格の良い、できれば見栄えもよい若者を見つけたら、田舎暮らしをしたくないかと誘いをかけてみようか。精霊の赦しもいるが)
コマラパにも、首都イル・リリヤにもどれば、それなりの人脈もある。なんとか解決はしてやりたいものだと思った。
この土地の一族に贈った『水晶の杯』に満たされた水は、どこまでも透明に澄み切っていて。これより、幾度となく日常的に飲むことにより、少しずつ精霊に近づいていく。
ただ、クイブロは別だ。
他の村人たちがゆっくりと身体を馴らすところを、一気に、精霊の森に入ることができるくらいに身体を変えていかなければならないのだ。
それが世界(セレナン)の意図するところ。
「ところで、もう一つの試練とはなんだ? クイブロが倒れる前に、そう言っていた」
「あら、覚えていたの?」
「物覚えはいいほうでね。カルナックを危険にさらすようなことは、ないだろうな」
ぎろりと睨む。
「わたしの出会った、セレナンの大いなる意思そのものであった女神は、特に人間に優しいわけではなかったからな。我々人間は、試されている」
人間がどんなに愚かであろうとも味方をしてくれるのは、あの小さな女神だけだ。
彼がスゥエ(虹)と名付けた、優しき幼い女神。
『わたしは、みんなを幸せにしたいです』
女神スゥエがコマラパに語りかけた、最初の言葉は、それだった。
『もちろん、あなたも。あなたの大切な人も、そうよ』
だが、大地母神は、首を縦には振らない。
『この子はこう言うが、我はどうも、人間という存在を信じ切れぬ。ならば見せてみよ。おまえの生き方を、魂をもって、我、セレナンに』
あの大いなる意思である女神セレナンとの邂逅の締めくくりは、それだった。
だからコマラパは、示さなければならない。
人間は、セレナンの蒼き大地で生きる価値のある存在だと。
「セレナンの大いなる意思は、我々に告げた。現状のままでは『魔の月』は暗躍を続け、好きなように世界をもてあそぶ。対抗するには、今の人間世界にはなかった新たな概念を導入することが必要だそうだ」
浮かない表情のままでレフィスは静かに言う。
「もしや、それが前世の記憶を持った、わたしのような者の存在意義か!?」
コマラパは、ぽんと膝を打った。
なぜ前世の記憶が蘇ったのか、不思議でならなかったからだ。
それに対して、ラト・ナ・ルアは、ゆっくりとかぶりを振る。
「あたしたち、年若い精霊族には、『世界の大いなる意思』の深遠なる考えは、よくわからないわ。ただ、世界はこう伝えてくる。もうじき、カオリに目覚めてもらわなくてはならない、って」
「カオリ!? 香織だと!?」
コマラパは叫んだ。
彼にとってカオリという言葉の響きは、前世で、死別した娘、香織のほかには考えられない。
きっと名前が同じというだけなのだろうが……。
偶然の一致にしても。
縁というものが、あるような気がした。
「カルナックが魂を守るために乖離(かいり)までして守った意識の一つだ。そして、あの子の意識の中では最も強い。魔女だった母親譲りの恐るべき能力を持った闇の魔女、カオリが、カルナックの意識の中で主導権を握ることができれば、現状が変えられる……」
レフィスが話していた、
まさにその時。
幼い子どもの、甲高い悲鳴が聞こえてきたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~
namisan
ファンタジー
大陸の南西端に位置するベルナ子爵領。
かつては貿易で栄えたこの港町も、今は見る影もない。
海底には土砂が堆積して大型船は入港できず、倉庫街は老朽化し、特産品もない。借金まみれの父と、諦めきった家臣たち。そこにあるのは、緩やかな「死」だけだった。
そんな没落寸前の領地の嫡男、アレン(16歳)に転生した主人公には、前世の記憶があった。
それは、日本で港湾管理者兼エンジニアとして働き、現場で散った「整備士」としての知識。
そして、彼にはもう一つ、この世界で目覚めた特異な能力があった。
対象の構造や欠陥、魔力の流れが設計図のように視えるスキル――【構造解析】。
「壊れているなら、直せばいい。詰まっているなら、通せばいい」
アレンは錆びついた古代の「浚渫(しゅんせつ)ゴーレム」を修理して港を深く掘り直し、魔導冷却庫を「熱交換の最適化」で復活させて、腐るだけだった魚を「最高級の輸出品」へと変えていく。
ドケチな家令ガルシアと予算を巡って戦い、荒くれ者の港湾長ゲンと共に泥にまみれ、没落商会の女主人メリッサと手を組んで販路を開拓する。
やがてその港には、陸・海・空の物流革命が巻き起こる。
揺れない「サスペンション馬車」が貴族の移動を変え、「鮮度抜群の魚介グルメ」が王族の胃袋を掴み、気性の荒いワイバーンを手懐けた「空輸便」が世界を結ぶ。
看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎
倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。
栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。
「責任、取って?」
噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。
手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。
けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。
看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。
それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる