精霊の愛し子 ~『黒の魔法使いカルナック』の始まり~ 

紺野たくみ

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第1章

その20 深緑のコマラパと精霊たち。世界の意図は?

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                   20

 婚姻の杯を交わした直後、精霊の差し出した杯を受けたクイブロが倒れたことは、『欠けた月』の一族達に動揺を引き起こしたが、騒ぎには至らなかった。

 クイブロの伴侶となった貴き精霊セレナンの養い子カルナックには、大森林に住む賢者と名高い、クーナ族の『深緑しんりょくのコマラパ』が、人間界での親代わりとして立っていたのである。

 彼が「これは精霊の伴侶となるため必要なこと」と説けば、納得するほかはない。
 何しろこの世が始まって以来のできごとだ。
 精霊と縁続きになる、などと。

「この者は静かなところに寝かせておくがよい。数刻もすれば目が覚め、その身が精霊に近づいていることに気づく」

 レフィス・トールの指示に従って、クイブロの母親であり村長のローサ始め、村の女たちは、皆でクイブロを奥の部屋に運んだ。
 先ほどカルナックの着替えに使った部屋だ。

 そこは宴会場のような土間ではなく床は板張りで、いざというときの来客用として常に綺麗に掃除してあった。
 布団の用意はなかったので奥から客用のものを出し、まだ意識の戻らないクイブロの身を横たえた。
 婦人達が宴会場になっている広間に戻ってくると、

「カルナックは、精霊の愛し子は、どうしたのだ? さっき、ご婦人方と一緒に出て行ったではないか」
 村の男達と歓談していたコマラパが、尋ねた。

「いっしょに残してきたよ」
 ローサは胸を張る。
「だってあの子、とても気に病んでいてね。クイブロのそばに、ずっと付いているっていうんだ。けなげじゃないか」

「なんと! 二人きりだというのか。それはいかん!」

 すぐにも席を立ちそうなコマラパを、婦人たちのみならず村の男たちも引き留める。
「まあまあ、そう言わずに。おれらの村の酒も飲んでくださいよ」
「うちの子は、失礼なことなんてしませんよ。まだ子どもですしねえ」

 その子どもが、出会ったばかりのカルナックに懸想し、髪の匂いをかいだり、あまつさえ、靴を脱いでいたのをいいことに、足の裏にまで触ったし、キスまでしたのだ! と。コマラパは危うく怒鳴るところだったが、なんとか押さえ、呑み込んだ。
 養い親たる精霊の兄妹が黙認しているのをコマラパが反対もできない。

(そうだ、カルナックは、わたしの子だというわけではないのだから)
 こう考えると、どうにも、寂しい。
 いつの間にかカルナックといるのが当たり前になっていて、まるで自分の子どものように思うようになっていたのだ。

「コマラパ老師。気にしないで」
 ラト・ナ・ルアが、助け船を出す。

「こうなったのは契約の杯を交わしたから。契約の相手に思慕を抱くのは、当然のことなの。それまでは、あの子にとって最も親しい人間は、あなただった」

「しかし、ラト殿。あなたも、ずいぶん浮かない顔だ」
 コマラパには、ラトが沈んでいるように思えた。

「……あたしも、寂しいのよ。人間に取られたって、つい考えてしまう。……あの子が、選んだ道なのにね」

「それを言えば、わたしこそ」
 レフィスは、杯に『精霊の森の清浄な湧き水』を注ぎ、ローサに手渡しながら呟く。
「セレナンの大いなる意思の計らいでなければ、わたしも納得はしなかった。さあ、村長、そして長を継ぐものよ。そなたたちにはこれから、力が必要だ。もっと飲みなさい」

「はい! ありがたく頂戴致します」

 ローサの手を経て下賜された杯を押し頂いて飲んでいるのは、カントゥータ。
 次代の村長である。

 気の強い、我慢を知らない戦士そのものであるカントゥータだったが、精霊たちが出現したのを境に、ずいぶんと我を押さえ、辛抱強く、おとなしくふるまっている。
 ときおり、レフィス・トールの美貌を、ちらちらと見やり、頬を染める。
 ほうっと吐息をついたり。目を伏せたり。

(おや。もしかして、この危険きわまりない戦闘娘まで、まるで懸想でもしたかのような……)
 コマラパは水杯に口をつけた。

 考えてみたら、この村に来てから、適齢期にあたるだろう年齢である若い男は見当たらなかった。出稼ぎにでも行っているのだろうか。
 そこへ、美貌の若き青年の姿をした精霊様の、颯爽とした登場である。
 叶うと思わなくても、恋に落ちてしまう気持ちは、わからなくもない。

(ふむ。都に帰り、性格の良い、できれば見栄えもよい若者を見つけたら、田舎暮らしをしたくないかと誘いをかけてみようか。精霊の赦しもいるが)
 コマラパにも、首都イル・リリヤにもどれば、それなりの人脈もある。なんとか解決はしてやりたいものだと思った。


 この土地の一族に贈った『水晶の杯』に満たされた水は、どこまでも透明に澄み切っていて。これより、幾度となく日常的に飲むことにより、少しずつ精霊に近づいていく。

 ただ、クイブロは別だ。
 他の村人たちがゆっくりと身体を馴らすところを、一気に、精霊の森に入ることができるくらいに身体を変えていかなければならないのだ。
 それが世界(セレナン)の意図するところ。

「ところで、もう一つの試練とはなんだ? クイブロが倒れる前に、そう言っていた」

「あら、覚えていたの?」

「物覚えはいいほうでね。カルナックを危険にさらすようなことは、ないだろうな」
 ぎろりと睨む。
「わたしの出会った、セレナンの大いなる意思そのものであった女神は、特に人間に優しいわけではなかったからな。我々人間は、試されている」


 人間がどんなに愚かであろうとも味方をしてくれるのは、あの小さな女神だけだ。
 彼がスゥエ(虹)と名付けた、優しき幼い女神。

『わたしは、みんなを幸せにしたいです』
 女神スゥエがコマラパに語りかけた、最初の言葉は、それだった。
『もちろん、あなたも。あなたの大切な人も、そうよ』

 だが、大地母神は、首を縦には振らない。
『この子はこう言うが、我はどうも、人間という存在を信じ切れぬ。ならば見せてみよ。おまえの生き方を、魂をもって、我、セレナンに』

 あの大いなる意思である女神セレナンとの邂逅の締めくくりは、それだった。
 だからコマラパは、示さなければならない。
 人間は、セレナンの蒼き大地で生きる価値のある存在だと。


「セレナンの大いなる意思は、我々に告げた。現状のままでは『魔の月』は暗躍を続け、好きなように世界をもてあそぶ。対抗するには、今の人間世界にはなかった新たな概念を導入することが必要だそうだ」
 浮かない表情のままでレフィスは静かに言う。

「もしや、それが前世の記憶を持った、わたしのような者の存在意義か!?」
 コマラパは、ぽんと膝を打った。
 なぜ前世の記憶が蘇ったのか、不思議でならなかったからだ。

 それに対して、ラト・ナ・ルアは、ゆっくりとかぶりを振る。
「あたしたち、年若い精霊族には、『世界の大いなる意思』の深遠なる考えは、よくわからないわ。ただ、世界はこう伝えてくる。もうじき、カオリに目覚めてもらわなくてはならない、って」

「カオリ!? 香織だと!?」
 コマラパは叫んだ。

 彼にとってカオリという言葉の響きは、前世で、死別した娘、香織のほかには考えられない。
 きっと名前が同じというだけなのだろうが……。

 偶然の一致にしても。
 縁というものが、あるような気がした。

「カルナックが魂を守るために乖離(かいり)までして守った意識の一つだ。そして、あの子の意識の中では最も強い。魔女だった母親譲りの恐るべき能力を持った闇の魔女、カオリが、カルナックの意識の中で主導権を握ることができれば、現状が変えられる……」
 レフィスが話していた、
 まさにその時。


 幼い子どもの、甲高い悲鳴が聞こえてきたのだった。

                 
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