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第2章
その4 おれの嫁は身体が弱い(…ちょっと育った!?)
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「に、にに逃げようクイブロ!」
突然、思い詰めたようにカルナックが言って、急に立ち上がろうとし、よろけた。
「コマラパが、すごく怒る」
「落ち着けルナ」
よろけたカルナックを支えたクイブロは、抱き寄せて、軽く唇に口づけた。
「お、おまえ! よくこんなときに、そんなことできるな! キスしてまた大きくなったりしたら、どうすんだよ!」
「落ち着かせようと思って。それに、……したくなった。可愛いから」
「おまえは、ほんっとうに、バカだ!」
そのときだ。
びゅん、と風を切る音がして、どごっ、と地面を撃つ、鈍い音がした。
するとパコたちがひるんで、群の中心に退いていき、鳴いた。
足下に石つぶてが飛んできたので驚いたのである。
「何やってんだ、おまえたち。仲が良いのはいいことだが、パコたちが逃げてるぞ。牧童が群を見守ってやらなきゃ、ならんだろうが」
大声が聞こえてきた。
クイブロの姉、カントゥータだった。
大股歩きで、ずんずん近づいて来る。
クイブロが気づかないうちに逃げ出したパコを群れに戻すために、投石紐(ワラカ)で、石つぶてを地面に放ったのはカントゥータだったのだ。
「弁当を持ってきてやったぞ。嫁御は精霊の身内ゆえ食べ物の必要はないが、クイブロは、何か食わないとな。育ち盛りだ……ん?」
カントゥータが、不審げに、首をかしげた。
「おや、嫁御(よめご)? 朝方出かけた時よりも少し育ったか?」
「え……お、大きく? そんなことは」
言いかけたカルナックを押しとどめて、クイブロが言う。
「そ、そうだよ、少し太ったみたい……なんだ」
「ほほう。太ったのか、なるほどな。高原は空気もおいしいからなあ……って、んなわけあるか!」
一瞬で二人の間近に飛び込んだカントゥータは、ぱんっ、と高い音を立てて、クイブロの頬を叩いた。
返す力で、もう一発。
ぱんっ!
たまらずクイブロは吹っ飛んだ。
クイブロも決して小柄なわけではないのだが、長身のうえに筋肉のかたまりである姉、カントゥータに平手打ちをくらっては、ひとたまりもない。
「クイブロ!」
心配して駆け寄ろうとするカルナックを、カントゥータは軽々と片手で抱え上げた。
村に来て数日を過ごした今でも、カルナックの体重は、ウサギほどもない。
「ほんに嫁御は、妖精のように愛らしい。精霊の森の水しか飲めないのに、太るかボケ。バカ愚弟」
まったく容赦ない。
「どうみても、今朝見たときより一、二歳は育っているようだ。絶対、おまえが嫁御に何か、やらかしたに決まっている」
「お、お義姉様。クイブロは、何も……」
クイブロの身を案じてカルナックが庇おうとする。
が、カントゥータは豪快に笑う。
「はっははは! 庇われるか、嫁。何もしてないはずはない。わたしの弟は、こんなに美しくて気立てのよい嫁に指一本触れられないような腑抜けではないからな」
「姉ちゃん、それ褒めてんの? けなしてんの?」
飛ばされたところで、ようやくクイブロは身を起こす。
「もちろん、怒っているのさ」
カントゥータは情け容赦もなく、言った。
「お義姉様。クイブロのこと、よくわかっているんですね」
「ふふふふふ。嫁御も、もっと砕けた言い方でいいのだぞ。わたしは、可愛い妹ができて嬉しい。もっともっと親しくなりたいのだ」
言うなり、カルナックを頭の上に差し上げて、くるくると回る。
「う、うわぁ」
「ほ~ら、高い高い!」
満面の笑みで、義妹を肩車して、自分も回りながら高らかに笑う。
「楽しいな! 嫁も楽しいか?」
「う、うれしいけど。楽しいけど。……目が回るぅ……」
愛情の示し方を少し間違っているカントゥータだった。
やがてカルナックが、ぐったりしてきたのに気づいて、今度は大いに慌てた。
地面に下ろして草の上に横たえる。
カルナックの顔色は、先ほど意識を失って倒れたときのように、青ざめていた。
「どうすればよいのだ?」
自分が丈夫で病気知らずのカントゥータには、看病するにも、どうしたらいいのかよくわからないのだった。
「姉ちゃん! こういうときは精霊の森の水を飲ませてやるんだ。さっきも、それで気がついたから」
クイブロも焦ったが、さっきと同じ対処でよさそうだと見当をつけた。
カルナックのポシェットから、水晶の水筒を出して、口にあてがう。
「ごほっ、ごほっ」
むせてしまって自力では飲めないと判断したクイブロは、自分が水を口に含んだ。
口移しで飲ませる。
「う……」
カルナックはうめいた。
一回だけでは不安だったから、もう一度、口移しで水を飲ませた。
いったん、カルナックの呼吸は穏やかになったのだが。
しばらくすると、様子がおかしくなった。
額に、苦しげな皺が寄る。
「どうしたんだ?」
「服が。上着とポリエラ(スカート)が、きゅうくつで、くるしい」
それを聞いてすぐにクイブロは
「今、楽にしてやるから」
と言いながら、黒いポリエラに手をかけた。
とたんに、カントゥータが、その手を容赦なく叩く。
「あいたっ!」
「このボケ! いくら嫁でも、男が服を脱がせるな。それは、同衾のときだけだ。わたしが緩めてやるから、おまえは下がっていろ」
「同衾って」
クイブロは顔を真っ赤にして、固まってしまった。
「さあ、緩めたぞ。上着も脱いだほうがいいな。嫁御よ、これでどうだ」
「うん。楽になったよ。ありがとう、カントゥータ義姉さん」
そう答えたカルナックの額を撫で、
「熱は、ないな……」
と呟く。
「やはり、急に、また育ったように見えるな……クイブロ、こっちに来い」
「うん。どうなってるんだ? また大きくなった!?」
カルナックは、また成長したようだ。
今では、十歳くらいに見えた。
「わたしの見たところでは」
カントゥータは、難しい顔をした。
「……やっぱり原因は、おまえだ、クイブロ」
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