精霊の愛し子 ~『黒の魔法使いカルナック』の始まり~ 

紺野たくみ

文字の大きさ
42 / 144
第2章

その6 カントゥータからの贈り物は、飛び道具?

しおりを挟む
              6

 カルナックが、はなはだ暗い未来の可能性について、うつうつと考え込みはじめたとき、その背中に、柔らかく温かいものが触れた。

「グルルルゥ」
 低い、うなり声がして。
 黒い毛皮を纏った大きな四つ足の獣が、左側から回り込んできて、膝に頭を乗せた。続いて右側の膝には白い毛皮の獣が、顎を押しつける。

「スアール(牙)、ノーチェ(夜)」
 カルナックは、自分の従魔である二頭の獣の、なめらかな毛皮を撫でる。
 すると白いビスカチャ(ウサギ)のユキが、フードに潜り込んできて、首のまわりに、もこもこふわふわの毛並みで、くいくいと懐いてくるのだ。

「ユキも、ありがとう」
 硬く張り詰めていた神経が、少し緩む。
 自分は一人きりではないのだということを思い出した。

「そうだね。なぐさめてくれてるの? きっと、なんとかなるよね」
 獣たちを撫でながら、優しい笑みがこぼれた。

「今夜にでもアトクが帰ってくると決まったわけではない。落ち着け、クイブロ」
 傍らで、カントゥータがクイブロと話している。
 長兄アトクの帰還に悩むより先に、問題があるだろう、と突きつける。

「それより、今日の夕方、家に帰るときが大変だぞ」
「えっ」

「嫁御が急に育ったことを、どう言う? 特にコマラパ師に」
「うううっ! それは!」

 カルナックの人間界での親代わりである、ストイックで自らにも他人に対しても厳しいコマラパ老師の顔が思い浮かび、クイブロは、がっくりと肩を落とした。

「だめだ、何を言ってもムダだ」

「そうだな。わたしもそう思う。嫁御のことを目に入れても痛くないほど可愛がっている老師だ。諦めて何も言い訳せずに思いっきり怒られるのだな」

「……それしか、ねえな」
 天を仰ぐクイブロだった。

「そうだ。まず、おまえが向き合うのは、そこからだ」

 話し合いながらもカントゥータは放牧地で草を食んでいるパコの群れに目を光らせている。
 逃げだそうとした一頭を見つけると、投石紐(ワラカ)に小石を挟んで、飛ばす。
 足下の地面に小石が飛んでくると、パコは驚いて、もとの群れに戻っていく。

「おお、そうだ。そういえば、嫁御に、これを持ってきていたのだ」
 カントゥータがカルナックの側に行って、懐から取り出して見せたものは。

 一本の紐の先に、三本の紐を結びつけたもので、三本の紐の先には、それぞれ、薄い皮に包まれた小石が取り付けてある。

「これはリウイというものだ。嫁御にあげようと思って作ってきた。今みたいにパコが逃げたりしたときに使う」

「どうするの?」
 がぜん興味を引かれたようすに、カントゥータは、にんまりと笑う。

「何もついていないほうの紐を握って、振り回す。狙いをつけて、投げつける!」

 さっそくカントゥータは実演してみせた。
 ぶんぶんと音をたてて振り回した「リウイ」を、一頭のパコの足を狙って投げる。

 手を離れたリウイは、三個の石を結んだ紐が広がって、円盤のようにぐるぐる回転しながら飛んでいき、狙ったパコの後足を二本まとめて絡め取った。

 目標にぶつかると、広がっていた石が次々と巻き付いて、パコの動きを止めたのだ。

「うわあ! すっごい!」
 思わずカルナックは立ち上がって手を叩いた。

「なに、たいしたことではない。これなら、ただ投げればいいし、いざというときには、たとえば敵に追われたとき。足に投げつけて絡め取れば倒れる。よしんば倒れないまでも、当てさえすれば、足止めになる」

 投げつければ、なくなってしまうから、家畜に投げたものは後で必ず回収するのだぞと、カントゥータは忠告して、カルナックに渡した。

「くれるの? ありがとう、お義姉さま!」

「ははははははは! いくらでも感謝してくれ!」

 カルナックに飛びつかれて満面の笑み。
 そんな姉を、生暖かい目で見守る、クイブロ。

 今朝までは七歳くらいだったカルナックが十歳くらいに育ったことを、村に帰ってどう説明すればいいのかと思うと、頭が痛い。

「でも帰らないわけに行かないもんな。……それに、アトク兄ちゃんの横暴さに比べれば、コマラパ師の雷は、仕方ないや。ルナのためを思って、おれを怒るんだもんな。どんなに怒っても、理不尽なことは言わないし」

 すごく愛情深い人だな、と思う。
 実の子どものように、カルナックのために心を砕いているのだ。

 クイブロの村にとどまり、文字の読み書きや、外の世界のことを教えてくれているのも、ひいてはクイブロと「伴侶(ヤナ)」になる誓いの杯を交わすことになったカルナックのためなのだろう。

 クイブロも、前世でカルナックとコマラパが親子だったというのは聞いている。
 だが、実感できては、いない。

 前世の記憶持ちのことは、噂で聞くし、だいたい、クイブロたち「欠けた月の一族」の先祖からして、そうだったと伝わっている。先祖の前世の記憶に従って、今の村の暮らしは出来上がっているのだ。

「それでも、なあ」
 今生の記憶しかない自分には、やはり、わからない。

 ただ、いつもルナ(カルナック)がどこかに隠し持っている「悲しさ」「寂しさ」「諦め」は、前世に関係あるのだろうか? と考える。

(おれに、ルナを幸せにすることはできるんだろうか?)

 ただ一緒にいられたらと思ってきたけれど、いつしか、その先のことをクイブロは考えるようになっていた。そのためには、どうしたらいいのかと。

「なにを、ごちゃごちゃ考えてる、ボケ愚弟。肝心なのは、おまえが『何を為すか』だぞ。さあ、そろそろ夕暮れだ。家に帰ろう、嫁御!」

 カントゥータが声を掛けた。

 カルナックは、獣たちを引き連れて、投石紐(ワラカ)と、リウイの練習に、懸命に取り組んでいたようだ。

「はぁ~い!」
 振り返って、手を振り。笑った。

「……やばい。やっぱり、すっごく可愛い……」

 クイブロは決意を新たにする。

 絶対に、アトク兄ちゃんには、渡さない!


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan
ファンタジー
大陸の南西端に位置するベルナ子爵領。 かつては貿易で栄えたこの港町も、今は見る影もない。 海底には土砂が堆積して大型船は入港できず、倉庫街は老朽化し、特産品もない。借金まみれの父と、諦めきった家臣たち。そこにあるのは、緩やかな「死」だけだった。 そんな没落寸前の領地の嫡男、アレン(16歳)に転生した主人公には、前世の記憶があった。 それは、日本で港湾管理者兼エンジニアとして働き、現場で散った「整備士」としての知識。 そして、彼にはもう一つ、この世界で目覚めた特異な能力があった。 対象の構造や欠陥、魔力の流れが設計図のように視えるスキル――【構造解析】。 「壊れているなら、直せばいい。詰まっているなら、通せばいい」 アレンは錆びついた古代の「浚渫(しゅんせつ)ゴーレム」を修理して港を深く掘り直し、魔導冷却庫を「熱交換の最適化」で復活させて、腐るだけだった魚を「最高級の輸出品」へと変えていく。 ドケチな家令ガルシアと予算を巡って戦い、荒くれ者の港湾長ゲンと共に泥にまみれ、没落商会の女主人メリッサと手を組んで販路を開拓する。 やがてその港には、陸・海・空の物流革命が巻き起こる。 揺れない「サスペンション馬車」が貴族の移動を変え、「鮮度抜群の魚介グルメ」が王族の胃袋を掴み、気性の荒いワイバーンを手懐けた「空輸便」が世界を結ぶ。

看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎ 倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。 栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。 「責任、取って?」 噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。 手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。 けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。 看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。 それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

春の女神は知っている。~モフモフと力を合わせて、ヤンデレメリバフラグ回避してみせます!~

古駒フミ
恋愛
教師との悲恋、そして突然の死をもって転生をした少女、シャーロット・ジェム。凍れる国にて、小さな魔法屋を営んでいた。名門学園からの推薦状が届いたことにより、平和だった日々に暗雲が訪れるように。 今世も彼女に死は訪れる――未来を望むには二つ。 ――ヤンデレからもたらされる愛によって、囲われる未来か。そして。 ――小さくて可愛いモフモフ、女神の眷属と共に乗り越えていくか。 鳥籠に囚われるカナリア色の髪の少女、ヤンデレホイホイの彼女が抗っていく物語。 生きていく物語。 小説家になろう様でも連載中です。

処理中です...