精霊の愛し子 ~『黒の魔法使いカルナック』の始まり~ 

紺野たくみ

文字の大きさ
44 / 144
第2章

その8 運命の分岐点

しおりを挟む

               8

 クイブロとカルナック、それにカントゥータ、コマラパとローサは、連れだって家に帰りついた。

 ローサは早速、かまどに火をおこし、夕餉のしたくに取りかかった。
 イモやサラ(トウモロコシに似た作物)の下ごしらえは済んで、スープも煮てあるので、あとは鍋に干し肉を刻んで入れ、温めるだけなのだ。

 一家は、簡素だが栄養のある食卓を囲んだ。
 ローサの夫で、一家の父親であるカリートも食卓に加わり、賑やかに話は弾んだ。

「いやあ。僅かの間に、こんなに育つなんて、さすがに貴き精霊様の養い子。普通の人間の俺たちにゃあ、わからないことだらけですがね」

「心配はいらない。このことは、精霊の親がわりになっているレフィス・トールとラト・ナ・ルアを呼んで、相談にのってもらうつもりだ」

「そりゃあ、いい。安心だ」
 根が陽気なカリートは、相好を崩し、自家製の濁り酒のおかわりをローサに頼んで、「バカだね」と、はねつけられた。それでも気にせず、大口をあけて笑うので、ローサも、苦笑して、杯の半分だけ、酒をついでやるのだった。

 しかし、クイブロの様子は、どこかおかしい。
 笑顔がぎこちないのだ。

 カルナックの食事は、水晶の杯に精霊の森の水を注いで飲み干すだけ。
 コマラパも、精霊の水の他には、わずかばかりのサラ・ラワ(穀物の粥)を口にするだけ。
 精霊の森でカルナックや精霊たちと半年の間、暮らすうちに、通常の食べ物がなくとも生きていけるようになっていたのだ。

 カルナックは、コマラパに、精霊の兄姉を呼ぶように言われたが、なかなか、そうしようとはしなかった。
「どうしたんだ、レフィス兄さんとラト姉さんに相談したほうがいいだろうに」

 うつむいてしまった、カルナックは。
「きっと、怒られるから」
 と、かすれた声でつぶやいた。

「そんなことは、ありはしない。二人とも、おまえのことを本当に案じているのだから。精霊の森から送り出してくれたときも、クイブロと杯を交わすことになったときも、そうだっただろう?」
 不安げなカルナックを抱き上げて、諭した。
「それにしても、急に、こんなに大きくなっても、おまえは相変わらず、本当に軽いな。子ウサギのようだ」

「だって、おれは人間じゃないもの」
 うつむいたまま、カルナックは言う。
「育ったように見えても、見た目だけだよ。ねえ、コマラパ。……パパ。おれは、ここにいても、いいのかな?」

「やはり、レフィス・トールとラト・ナ・ルアを呼ぼう」
 コマラパはカルナックの頬を撫で、涙の跡を、ぬぐって、クイブロに眼差しを落とした。
「いったい今日、外で何か、あったのか? カルナックが不安になっているようだ」
 クイブロは、緊張したまま。
 コマラパはカントゥータに目線を移す。

「コマラパ殿には何も隠しておけないな。実は……」

 カントゥータは、今日、早便と呼ばれている情報屋が村を訪れたことを語った。
 情報とは、出稼ぎに行っていたプーマ家の長男、カントゥータの二歳上の兄にあたるアトクが、帰還することだと、うちあけた。

 ちなみにその下には次男、リサスがいるが、こちらは生来が真面目な質で、雇い主の示した待遇が気に入り、北方に暮らす戦闘好きの氏族『精霊枝族』ガルガンドの氏族長に仕官しているとのことだった。

「長兄が帰ってくる? それが不安の原因になっているのか?」

「アトク兄は。小さい頃から、おれの持っているものを取り上げて、壊して、楽しそうだった。だから……」
 クイブロは、元気が無い。

「クイブロは心配なんだ。アトクは昔から女と付き合っても長続きしたためしがない。村に帰ってきて、まだ独身だったら。そして末の弟クイブロが愛らしい嫁を迎えたと知ったら、きっと欲しがって横取りしようとするに違いないと」

 それを聞いたコマラパは憤慨した。
「それは酷い男だな。だが、よしんばそんな事態になろうとも、このわたしが付いているかぎり、そんな無体なまねは、させん。カルナック、もしや、おまえも、それを案じているのか。だいじょうぶだ、わたしに任せなさい」

 コマラパは、カルナックを抱きあげ、かまどの前に立った。

「精霊の森の聖なる水よ、深き根源の泉に我らを導きたまわんことを」
 呟きながら、水晶の杯を傾け、かまどの灰に、注いだ。

 略式だがコマラパの生まれた土地で、精霊に祈りを届ける儀式である。

 祈りが届いたのか、どこからともなく、青白い光の球体が現れた。
 精霊の魂と言われる、精霊火だ。一つ二つと、その数はどんどん増えていく。やがて家の中は精霊火で満たされた。
 驚異的な光景なのだが、ローサたちプーマ家の人々は、もう精霊火の出現には慣れてしまって、驚かなくなっている。

「こんばんは、コマラパ。皆さん、いつもカルナックがお世話になっています」

 これまた人間の家を訪問することにすっかり慣れた様子のラト・ナ・ルアが、精霊火の中から現れ出る。
 銀色の長い髪をもやのようになびかせた、この世のものとも思われぬ美しい姿をした少女。白い腕が、カルナックを抱き寄せ、頬を寄せる。

「カルナック。心配しないで。世界と精霊は、いつでも、あなたの味方よ」

「姉さん。姉さん! おれ、どうしたらいいの。もっと、ずっと、大きくなっちゃう?」

「まあ、可愛い。いいのよ、もう、精霊の森に還ってきて。また、あたしたちと、いつまでも一緒に、静かに暮らしましょう」
 それは心揺れるカルナックにとっては、はなはだ魅力的な誘いだった。
 だが、カルナックは、精霊の姉ラト・ナ・ルアの腕の中で、瞬きをして、クイブロや、コマラパ、カントゥータへと視線を移した。

「でも、おれ、クイブロと伴侶の誓いを」
 その唇を、ラト・ナ・ルアは人差し指を立てて塞ぐ。

「誓いなんかどうでもいいのよ。あたし達、精霊(セレナン)と世界には、何よりも大切なのは、あなただけ」

「姉さん!?」

「コマラパ」
 ふいに、ラト・ナ・ルアの背後、精霊火の群れの中から、レフィス・トールが出現し、険しい表情で、声を上げた。
「重大な話がある。わたしたちの愛し子の、この世界での親代わり、コマラパ老師。……運命の分岐点が近づいている」

「今、なんと?」

「言い換えよう。重大な、危機が迫っている。最悪の場合、この村も、村長の一家も滅びる。我々の愛し子カルナックも、人の間で暮らすことが叶わなくなる」

「待って兄さん。そんなの、いやだ!」
 カルナックの必死の抗議にも、聞く耳を持たない。

「この前のときは、そうなったのだ」
 と、不思議な一言を発して。
 眉をひそめる。
 まるで痛ましい記憶をたどるかのように。

「我らの愛し子よ。このまま平穏に、伴侶と共に人の子らの間で暮らしたいなら。取るべき道は一つ」
 レフィス・トールが、提案をする。

「おまえの伴侶(ヤナ)クイブロは、「欠けた月」の一族に課せられた成人の儀に臨み、成し遂げ、白き雪峰に宿る銀竜の加護を得るのだ。今のままでは、この村と、おまえの伴侶を待ち受けるものは、儚き行く末だけ」

   
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan
ファンタジー
大陸の南西端に位置するベルナ子爵領。 かつては貿易で栄えたこの港町も、今は見る影もない。 海底には土砂が堆積して大型船は入港できず、倉庫街は老朽化し、特産品もない。借金まみれの父と、諦めきった家臣たち。そこにあるのは、緩やかな「死」だけだった。 そんな没落寸前の領地の嫡男、アレン(16歳)に転生した主人公には、前世の記憶があった。 それは、日本で港湾管理者兼エンジニアとして働き、現場で散った「整備士」としての知識。 そして、彼にはもう一つ、この世界で目覚めた特異な能力があった。 対象の構造や欠陥、魔力の流れが設計図のように視えるスキル――【構造解析】。 「壊れているなら、直せばいい。詰まっているなら、通せばいい」 アレンは錆びついた古代の「浚渫(しゅんせつ)ゴーレム」を修理して港を深く掘り直し、魔導冷却庫を「熱交換の最適化」で復活させて、腐るだけだった魚を「最高級の輸出品」へと変えていく。 ドケチな家令ガルシアと予算を巡って戦い、荒くれ者の港湾長ゲンと共に泥にまみれ、没落商会の女主人メリッサと手を組んで販路を開拓する。 やがてその港には、陸・海・空の物流革命が巻き起こる。 揺れない「サスペンション馬車」が貴族の移動を変え、「鮮度抜群の魚介グルメ」が王族の胃袋を掴み、気性の荒いワイバーンを手懐けた「空輸便」が世界を結ぶ。

看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎ 倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。 栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。 「責任、取って?」 噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。 手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。 けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。 看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。 それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

処理中です...