精霊の愛し子 ~『黒の魔法使いカルナック』の始まり~ 

紺野たくみ

文字の大きさ
50 / 144
第2章

その14 静かな幽霊

しおりを挟む

「こんなところまでいらしたのは、どなた?」

 コマラパとクイブロは、息を呑んだ。
 月の光を背に、カルナックにそっくりな、大人の美貌の女性が立っていた。


              14

 コマラパとクイブロは固まった。

 カルナック以外の人物には、彼らを知覚することはできないはずだったのに。
 この背の高い黒髪の美女には、はっきりと見えているようだ。

 くすっ。

 艶然と美女は笑う。
 その微笑みは、魂を抜かれるように美しく。
 そして、闇の魔女カオリに、生き写しだった。

「わたしはレニウス・レギオンを生んだ母親よ。誰かがここを訪れてくることは知っていたわ。どこの誰が、どのようにとは、わからなかったけど。何年も前から占いに出ていたんですもの」

「魔女……」
 コマラパは呟いた。

 カルナックが以前に話してくれたことがあった。母親は魔女だったと。占いをし、天候を操った。それでガルデルに召し上げられたと。

「しかし…妙だな、あなたとは初対面のはずだが、それに、ここはレニの記憶の中。こうやって会話ができるのはなぜだ?」

「わたしが魔女だから」

「便利な言葉だな。……いったい、あなたは何者なのだ」

「そんなことよりも」
 美女が、前に進み出る。

「あなたたち、レニを助けにきたんでしょう。今夜、これから殺される運命に在るレニウス・レギオンを」
 小首を傾げる、黒髪の美女。
 意図していなくとも、その仕草は蠱惑的ですらある。

「そうだ。レニは今どこにいるのか教えてほしい」
 コマラパは身を引き締めて、尋ねた。

「その前に、少しだけ、わたしの話相手になって」

 女が差し伸べた細く白い手は、コマラパの頬に触れた。
 触れられはしないはず。
 けれども、ひやりとした感触が伝わった。

 女は彼の顎髭を撫で、耳元に、柔らかそうな唇を寄せて、囁く。

「すてきな、おひげ。あなたは、わたしの好きな人にそっくり。もう少し若ければね」

「ガルデルに?」

「まさか」
 女は高笑いをする。

「ガルデルは、女はダメなの。たくさんいる正妻や愛人が生んだ子どもたちも、みんな、相手は別の男よ。ガルデルは、黙認してるけど」

「なに? ではレニウス・レギオンの父親は」
 コマラパは驚いた。
 ガルデルがレニウスの実の父だと信じていたからだ。

「そうよ、父親はガルデルじゃないわ。レニは、わたしの連れ子よ。わたしには、ガルデルに連れてこられる前に、愛していた男性がいたの」

「レニウス・レギオンはガルデルの実子ではないというのか!?」

「もちろん」
 美女は、コマラパにしなだれかかった。
 ここはカルナックの悪夢の中。現実ではない接触だとわかっていても、女性との交際がほぼ皆無のまま生きてきたコマラパは、大いに戸惑っていた。

「ガルデルの子だと認められていた者は何人も居た。でも、この館では誰もが知っている暗黙の了解だった。ガルデルに実子なんていないということはね」
 いまいましそうに美女は心情を吐露する。

「レニは、わたしが我が身可愛さにあの子を売ったと思っているの。ガルデルがそう言い聞かせているのよ」

 女は、纏っていたローブの前をはだけた。
 胸から腹にかけて大きな傷があるのが、目に付いた。

「正妻も、大勢居る側女もそう。みんなどこかしらを斬り刻まれている。脅して、服従させて。囲った女達に恋愛は自由にさせておいて男児が生まれれば差し出させるの。でも、レニより長く生き延びた子は、いない」

「なぜ、レニウス・レギオンに真実を言わなかった?」

「それは無理だったの」
 女は、目を伏せて。

「だって、わたしは幽霊だもの」


    
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主』

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた

ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。 今の所、170話近くあります。 (修正していないものは1600です)

莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ

翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL 十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。 高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。 そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。 要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。 曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。 その額なんと、50億円。 あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。 だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。 だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。 何も成し遂げることなく35年…… ついに前世の年齢を超えた。 ※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

残念ながら主人公はゲスでした。~異世界転移したら空気を操る魔法を得て世界最強に。好き放題に無双する俺を誰も止められない!~

日和崎よしな
ファンタジー
―あらすじ― 異世界に転移したゲス・エストは精霊と契約して空気操作の魔法を獲得する。 強力な魔法を得たが、彼の真の強さは的確な洞察力や魔法の応用力といった優れた頭脳にあった。 ゲス・エストは最強の存在を目指し、しがらみのない異世界で容赦なく暴れまくる! ―作品について― 完結しました。 全302話(プロローグ、エピローグ含む),約100万字。

処理中です...