精霊の愛し子 ~『黒の魔法使いカルナック』の始まり~ 

紺野たくみ

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第2章

その19 血まみれの怪物

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              19

 長身の、美丈夫だった。

 癖の強い暗赤色の髪が、広い肩を覆っている。
 顔立ちは粗野でも醜くもなかった。

 造作が整っていて、貴族的な、高邁さと気品を併せ持つ。
 目の色は髪と同じく、石榴石のような暗い赤だ。

 身に纏っている赤いトーガには黄金の装飾品がちりばめられている。
 その下に着けているのは、あたかも古代ギリシャやローマの貴人が着ていたような、足首に届く丈の貫頭衣であるトゥニカ。
 多くの職人の手を経て念入りに仕立てられたであろうそれらは、今、文字通り、血に染まっていた。
 大広間に集まった人々の命を奪って、返り血を頭から浴びてきたのだ。

 血の塊であるかのような大剣を引きずり、鋲を打った厚い革底を足首に紐で編み上げた革靴で、床の敷石を叩くように歩みを勧める。

 この黒曜宮殿の主。レギオン王国、フィリクス国王の叔父であるガルデル・バルケス・ロカ・レギオン大教王である。

 前国王の兄で、現国王をも凌ぐ権力の座、エナンデリア大陸全土で信奉される『聖堂』の頂点に立つ。
 だが、それで満足しているかといえばそうではなかったのだ。

 渇仰する願いを叶えるためにガルデルは持てるものを全て闇の神に捧げた。
 最後に残ったものこそが、レニウス・レギオンという存在だった。

 愛するもの、執着するものを対価に捧げよと闇の神は唆す。ガルデルにとってレニウス・レギオンは何だったのか。

                    ※

 部屋に入るや、ガルデルは銀色の鳥籠に向かった。

 鳥籠が空っぽであり、レニウス・レギオンが居ないことに気づいて、それからようやく、頭を回して、ぐるりと部屋の中を見る。

 ガルデルが部屋に入ってきたとき、カルナックはコマラパの腕から、床へと降り立っていた。細い手は、しっかりとコマラパの衣の端を握っている。

「ぱぱ。ここにいて。離れないで」
 つぶやくのに答え、コマラパも手を伸ばして、頭を撫でる。
 夜のような黒髪はつややかで、しっとりと手になじんだ。

 その幼い姿を見て、ガルデルは、満面の笑みを浮かべた。
 ただし、見る者の背筋を凍り付かせるような酷薄な表情である。

「そんなところにいたのか、レニ。どうやって籠を出たんだ? 父のもとに来い」

「やめろ。おまえなどに、この子は渡さない」
 コマラパは一歩進み出て声をあげる。

 しかしガルデルは全く反応を示さない。
 コマラパの姿はおろか、聞こえてもいないようだ。

 ラト・ナ・ルアが言っていた通り、やはり『あくまでカルナックの記憶にある過去の存在』であるガルデルには、外界から入り込んだ異質な存在、コマラパとクイブロの姿は目に映らないのだろうか。

「いやだ」
 震えながら、しかしはっきりと、カルナックの過去であるレニウス・レギオンは、拒絶した。
「おまえの言う通りになんか、絶対、ならない」

 ブォンッ。

 突然の風圧が襲った。

 無言で、ガルデルが奮った剣が起こした風だ。
 あまりに突然の行動で、コマラパもクイブロも反応できなかった。

 血まみれの剣先が、カルナックの肌を切り裂いた。
 肩口から、鮮血が噴き出す。

「うああああああぁ!」
 苦悶にあえぎ床に倒れて転げ回るカルナックを、冷酷な眼差しが射る。

「どうした。レニ。今、いやだと言ったか? そんなずはないだろう? いつものように、誘ってみろ。わしの寵愛を失うのを恐れ、顔色をうかがって。なんでもすると、すがりついてみせろ」

「いやだ! もう、そんなことしない。おまえのいうことなんか、きかない!」
 床に倒れ、カルナックは、血を吐くように叫んだ。

「なんだと? 思い違いをするな。おまえがどう考えようと関係ない。我の言うことをきかせるのに剣など要らぬ。このように」

 ガルデルは革靴の先で、倒れているレニウス・レギオンの柔らかい腹を蹴り上げて、転がした。

「ううっ」
 痛みに、カルナックは苦悶する。

「さあ、遊びはこれまでだ。我と来い。儀式を始めるぞ。我は不死の身になる。お前は闇の神の器となって、永遠に我が側にかしずくのだ」

「やだっ! そんなのいやだ!」
 抗うレニを、足で蹴り上げて起こそうとするガルデル。

「やめろ! わたしの子に触るな!」
 たまらずコマラパはガルデルからレニウス・レギオンを庇い、子どもの上に覆い被さった。

「ぱぱ!?」

 ガスッ、ガスッ。

 ガルデルの目には見えなくとも、尖った靴先は容赦なくコマラパの脇腹に突き刺さった。

 靴先に妙なもの(コマラパの腹)が当たったのを感じて、ガルデルは不審げに眉をつり上げた。
 部屋の内部を見回して、訝しむ。

「なんだ? 姿は見えないが、誰かが、いるというのか。この迷宮の奥津城(おくつき)に。ここは我が至宝を隠した場所だぞ」

「宝だと! ふざけるな」

 クイブロは叫ぶと同時に、投石紐(ワラカ)を奮った。

 目にも止まらぬ速さで振り回すワラカには、コマラパやカルナックに影響を与えるのをためらって火薬弾ではなく小石を挟んである。

 びゅんっ、と投石紐を振り切った。
 石つぶてといえど、当たればかなりの衝撃を受ける。

「なんだ、これは」
 ガルデルの注意を引きつけるには充分な手応えがあった。

 クイブロは勢いよく飛び出す。

 こいつが。
 こいつが、ルナを!

 カルナックの、過去の記憶。記憶の迷宮で。

 精霊火に命を救われ、精霊の兄と姉に慈しまれて育ったカルナックはもう、この記憶の中の姿ほどに幼い子どもではないのに。

 時を経ても消せないでいた、魂に刻まれた傷だ。

 その傷をつけた、この怪物を。
 クイブロは、絶対に許せないと思った。


「おまえを倒す!」


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