精霊の愛し子 ~『黒の魔法使いカルナック』の始まり~ 

紺野たくみ

文字の大きさ
62 / 144
第2章

その26 目覚めと驚き(またまた育った!)

しおりを挟む

               26

「クイブロが起きた!」
 勢いよくカントゥータに抱きつかれたクイブロは、衝撃で再び失神しそうになった。

「く、くるしい! 姉ちゃんやめろ」

「まるで死んだみたいに動かなかったんだからな!」
 カントゥータは泣きそうになっていた。
 いつも気の強い姉らしからぬ声に、クイブロは驚く。

「姉ちゃんごめん」

「本当に心配したぞ!」

「……あれ? でも姉ちゃん、だいぶん酔ってなかった?」
 クイブロのおぼろげな記憶では、カントゥータは旅立ち前夜の祝いの席で、しこたま飲んだあげくに、ぶっ倒れたはずだった。

「まあな。酔って良い気持ちになって、ちょっと寝てたんだが、レフィス兄様が、起こしてくれて」

「え? レフィス兄様?」

「なんだクイブロ。その微妙な顔は。レフィス様が、兄様と呼んでいいとおっしゃられたのだからな」
 長兄アトクの乱暴者ぶりにつねづね呆れ果てていたカントゥータである。美青年の精霊レフィス・トールと義兄弟になったことが嬉しくてたまらないのだ。

「レフィスさんが言ったなら、いいか」
 その点ではクイブロも納得した。

「それでおまえとコマラパ殿が、嫁御を助けるための重要な使命を帯びていると聞いて、ここへ来て見守っていたのだ」
 この村の家には、個々の部屋に扉はついていないのだ。祝い酒に酔っ払ったご近所さんたちが、万が一にでも迷い込んできては、邪魔になる。

「そうか。ありがとう姉ちゃん。おれ、姉ちゃんのおかげで助かったんだ。投石戦争のときのこと、すごい役に立った」
 にかっと笑う。
 カントゥータはクイブロの頭を撫で、髪をかき回した。
「よくやった。二人とも起きたと言うことは、無事に使命を終えたのだな」

「うん。たぶん」
 クイブロは周囲を見回す。

 ここは、暗い地下迷宮の中ではない。
 プーマ家の一番良い客室。コマラパが寝起きしている部屋だ。

「遅いぞ、小僧」
 コマラパは既に起きており、精霊のレフィス・トールやラト・ナ・ルアと何やら熱心に話し込んでいた様子である。

「おれそんなに寝てたのか。恥ずかしいな」
 
「嘘よ。コマラパも、ついさっき気がついたばかりだから安心して」
 ラト・ナ・ルアは、柔らかい笑みをたたえていた。
 いつもならクイブロに対しては手厳しいのに。

「そうだルナは!?」
 弾かれたようにクイブロが飛び起きる。

「まだ目覚めていないわ」

「そろそろ起きてもいい頃だと話していたところなんですよ」
 ラト・ナ・ルアとレフィス・トールは、案じているようだ。

 そしてルナ(カルナック)は。
 羊毛を詰めた布団に身を横たえて、眠っていた。
 ひやりとした青白い月の光が、まだ、窓から差していて、あどけない寝顔を照らし出していた。

「悪夢から解き放たれて、目覚めてもいいはずなのですが」

「何が、たりないのかしらね?」
 レフィス・トールとラト・ナ・ルアは、心配そうにカルナックの側に寄った。

「ううむ」
 コマラパは唸った。
(おとぎ話なら王子のキスで目覚めるのだろうが……いやいや、まさか)
 密かに心中ではこんなことを考えていた。

「……って、小僧! 何をやっとるか!」

 クイブロは、眠るカルナックの側に寄った。
「ルナ。ルナ。おれの、伴侶。可愛い嫁。おれはずっと側にいる」

 屈み込んで囁きかけ、そっと顔を近づける。
 唇を重ねた。
 とたんに、カルナックはびくっと震え、身じろぎをした。

「うっ、う! うぐっ」
 王子様のキスを受ける姫君というよりは。
 何か間違ってカエルに飛びつかれてしまった子どものようである。

 カルナックの手が、びくんと動いた。
 握りこぶしで、クイブロの胸を叩く。
 それでもクイブロは、キスをやめるどころか、さらにカルナックの髪に手を差し入れて上半身を起こさせ、深く口づけた。

「クイブロ! おまえ何を」
 さすがに驚いたカントゥータが、止める。

 バシッ!
 クイブロの頬が、音を立てて、はたかれた。
「あいたたたた」

「なにするんだっ!」
 目を開けたとたんに、カルナックはクイブロに非難を浴びせた。

「え?」

「バカあっ!」
 真っ赤になったカルナックが、くってかかる。

「お、おまえ、いま、舌入れたろ!」

「何ぃ!」
 コマラパが色めき立つ。
「なんと破廉恥なことをするのだ!」

「だって! コマラパ、いや、お義父さんは、今夜は手を出しても怒らないって、さっき言ったくせに」

 ところがコマラパは、とんでもないと言い放つ。
「バカか小僧! わたしがそんなことを許すわけがなかろう!」

「ええええええ~! きったねえ! 大人って!」
 コマラパの変わり身の早さにクイブロは愕然とした。
 まさに裏切りである。

「待って。カルナックが苦しそうよ」
 ラト・ナ・ルアはカントゥータに助けを求めた。
 緊急のことには誰よりもカントゥータが対応力があると評価しているのだった。

「どうした、嫁御」
 素早く駆け寄る。

「くるしい、おなかが、きつい」

「やはり! また少し大きくなったのか!? 胴が締め付けられて苦しいのだ。ポリエラ(スカート)の紐を緩めるぞ」
 たっぷりひだを寄せたポリエラは、紐で締める巻きスカートなので、紐を緩めれば対応できるのだ。固く結んでいるので、カルナックには、すぐに解くことができなかった。

「なんでまた育ったんだ?」
 きょとんとしているクイブロを、こんどはカントゥータが叩いた。

「バカ愚弟! 口移しで水を飲ませたら育ったんだぞ。し、舌を入れるとか、そんなことをして、育たないと思うのかバカもの!」

「懲りていないようだな。少しは見直していたのだが小僧!」
 そしてもう一発は、コマラパが、腹に一撃。

「そんなあ~!」


 というわけで、カルナックは、今では十二歳くらい。
 クイブロよりほんの少し背が低い。
 お似合いの背丈と、言えなくも無かった。

「う~ん。しかし育ったな。ポリエラの丈が短い。これでは雪山を行くのに寒いな」

「そういう問題か……?」
 カントゥータとコマラパは頭を付き合わせて悩んだ。

「そうだ、ちょっと待っていてくれ!」
 どこかへ走っていったカントゥータが、新しい上着とポリエラを持ってきた。

「わたしが子どもの頃に母が作ってくれたものだ。仕立ててもらったのはいいが、わたしは男の子のようなものばかり好んでいたので、この服は袖を通していない。今の嫁御にはぴったり合うだろう。着てもらえたらうれしい」
 少しばかり恥ずかしそうに、差し出した。

 カルナックが、喜んで受け取ったのは、いうまでもない。



 明日、クイブロとルナ(カルナック)は、村を出て、成人の儀に赴く。
 万年雪を頂く雪峰に登り、銀竜に会うのだ。

 その加護を得て、襲い来る「悪運」に立ち向かい、生き延びるために。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan
ファンタジー
大陸の南西端に位置するベルナ子爵領。 かつては貿易で栄えたこの港町も、今は見る影もない。 海底には土砂が堆積して大型船は入港できず、倉庫街は老朽化し、特産品もない。借金まみれの父と、諦めきった家臣たち。そこにあるのは、緩やかな「死」だけだった。 そんな没落寸前の領地の嫡男、アレン(16歳)に転生した主人公には、前世の記憶があった。 それは、日本で港湾管理者兼エンジニアとして働き、現場で散った「整備士」としての知識。 そして、彼にはもう一つ、この世界で目覚めた特異な能力があった。 対象の構造や欠陥、魔力の流れが設計図のように視えるスキル――【構造解析】。 「壊れているなら、直せばいい。詰まっているなら、通せばいい」 アレンは錆びついた古代の「浚渫(しゅんせつ)ゴーレム」を修理して港を深く掘り直し、魔導冷却庫を「熱交換の最適化」で復活させて、腐るだけだった魚を「最高級の輸出品」へと変えていく。 ドケチな家令ガルシアと予算を巡って戦い、荒くれ者の港湾長ゲンと共に泥にまみれ、没落商会の女主人メリッサと手を組んで販路を開拓する。 やがてその港には、陸・海・空の物流革命が巻き起こる。 揺れない「サスペンション馬車」が貴族の移動を変え、「鮮度抜群の魚介グルメ」が王族の胃袋を掴み、気性の荒いワイバーンを手懐けた「空輸便」が世界を結ぶ。

看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎ 倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。 栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。 「責任、取って?」 噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。 手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。 けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。 看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。 それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

処理中です...