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第3章
その18 思い出の味。そして帰還する
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「ねえアルちゃん。好きな食べ物ある?」
突然、こう言い出したのはカルナックである。
銀色の鱗を優しくなでて、笑う。
「いっしょに美味しいものいっぱい食べよう。おれが作ってあげる。だってほら、おれにも料理の加護をくれたでしょ。この世界に満ちているエネルギーから食べ物を造り上げるって、できそうな気がしてきたんだ」
「ルナ、料理ならおれが作って食べさせてやるって」
クイブロは、少しだけ不機嫌になった。
アルちゃんの自信作に恐れをなしたクイブロは、これはルナには食べさせない、今後は自分がなんとかして美味しい料理を造り上げてやろうと思っていた矢先であった。
「あら。カルナックはレギオン王国の貴族だったのよ。生まれてから外へ出たこともなかったけれど、毎日の食事は高価な食材や調味料をふんだんに用いた贅沢な料理だったでしょうね。庶民のあなたにカルナックの高級料理に慣れた舌を満足させられるかしら」
ラト・ナ・ルアは、何を思ったか、クイブロをあからさまに挑発した。
『おいおい、ラト嬢ちゃんや。クイブロが庶民なのは仕方ないのだから、あまり苛めるでないぞ。それで、ルナ。どんなものを食べていたのだ?』
「え? えっと……よく、覚えてないや。食べ物に不自由はしなかったけど。食事が楽しいなんて思ったことなかったんだ。いつも父……ガルデルの横に座らされてさ。落ち着かなかった。いつガルデルの気まぐれで従僕の誰かが首をはねられるか知れなかったし。興がのれば、だれが見ていたって、その場でおれを……」
そこでカルナックは言葉をとぎらせた。
「あ、でもね。館の中庭に植わっていた果物を、母上……じゃない、灰色の魔女グリスが、よく取ってくれた。渋いからって館の人は誰も食べないの。でも皮をむいて吊して陰干しにしておくと渋が抜けて柔らかくて甘くなって……そうだ、グリスが、これは自分の師匠が教えてくれた方法だと……」
ふいに、カルナックは涙をこぼした。
「なんだ、気がつかなかった。グリスの師匠っていったら白い魔女フランカじゃないか。おれの、本当のお母さんの……味だった、んだ……」
「ルナ!」
クイブロは、カルナックを引き寄せ背中から抱きしめた。
「だいじょうぶだよ。……ちょっと、待ってて」
カルナックは目を閉じて、両手のひらを揃えて膝の上に広げた。
「……こんな、感じ、だったんだ……」
まわりから銀色の光の粒子が降り注いだ。
それは手のひらの上に集まり、凝縮していって……
小さな、干した果物になった。
「えっっ。それ、元はエネルギーってやつ? 食べ物みたいじゃないか!」
クイブロはうっかり失言してしまう。
「食べてみて、みんな」
完成した、干した果物を、カルナックはクイブロに渡した。それから、ラト・ナ・ルアに、そしてアルちゃんに、差し出した。
「うまい!」
「ふぅん。これが人間の食べるものなのね」
クイブロもラト・ナ・ルアも、ほんのり優しい甘みのある干し果物を口にして顔をほころばせる。そしてアルちゃんは。
『うおおお! これが、うまいということかぁあああ~!』
感激して、咆哮と共に超高空へ飛行した。まるでロケットのように。
「アルちゃん落ち着いて! もっといっぱい造るから。おれが食べた料理や菓子も全部、造るから!」
『おお~! うまい! うまいのだああああ!』
アルちゃんは、更に、もっと沢山、料理を造ってくれるというカルナックの申し出に、喜んで大陸上空を飛び回ったのだった。
(どうしよう。セラニス・アレム・ダルはまだ戦線復帰してなさそうだけど。アルちゃんったら。下で見てる人がいるかも。いや、きっと大勢いるわ。不思議な現象として有名になっちゃうかも)
そこまで考えて、ラト・ナ・ルアは、頭を抱えた。
(兄さん、怒ってるだろうなぁ)
クイブロの『成人の儀』についてきた上、銀竜に会うとか、いろいろと無茶しまくりのラト・ナ・ルアだった。
「……ま、いっか。後悔してないわ」
が、ひとしきり悩んだあげく、覚りを開いた。
「カルナックを少しでも助けられたら、それでいいんだもの。何もしないで待ってるだけなんて死んでるのと同じだわ。そんなの、あたしのやりたいことじゃないわ」
「姉さん、どうしたの。心配なことでもあるの?」
「ううん大丈夫よ、カルナック。せっかくだもの、空の旅を楽しんで。アルちゃん、もう少しゆっくり、地上に近寄れない?」
『おお。了解だ』
銀竜は大陸全土を見晴るかす彼方の空から、ゆっくりと高度を下げていく。
そのときになってカルナックは気づいたことがある。
「南米大陸そのままじゃ、ない……」
眼下に広がるエナンデリア大陸の形を見ていて、どこか腑に落ちないと感じていた部分が、わかった。縦に細長いのだ。
まるで南北アメリカ大陸をぎゅうっと押しつけて縮ませたような。
「この世界はまだ若い。人間達が望めば、いかようにも変わる可能性があるのよ」
高速で飛ぶ銀竜の背中に、ラト・ナ・ルアは乗っていた。僅かに浮いて。
「だから今は、現状をよく見ておきなさいな。いつか地図を作るときがくるから。ねえ、カルナック。世界には沢山の人間が住んでいる。いろんな立場で、いろんなことを考えている。あなたはいずれ、広い世間に出ていくのだから…」
大きな翼をひろげて銀竜は滑空し、高度を下げていく。
一つ一つの山、河川、集落が、見分けられるほどになった。
あれが北の端の国アストリード、あれが精霊枝族ガルガンド、戦い好きな民。
あれが中央に位置する王国レギオン。エルレーン公国、大森林地帯、水晶の谷キスピ。
エルレーン公国の南、グーリア帝国、そしてサウダージ共和国。
ラト・ナ・ルアは、それらを一つずつ指して、教えてくれる。
やがて大陸の東西に走る山脈の中に、ひときわ白く輝く氷河を見いだすと、銀竜はそこへ向かう。
『しっかり捕まっているのだぞ。あの麓で、おまえたちを待つものがおる。帰るのだ、人間達の世界へと』
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