精霊の愛し子 ~『黒の魔法使いカルナック』の始まり~ 

紺野たくみ

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第3章

その24 影が往く

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              24

 精霊たちの姿が消えた、ルミナレス山腹。

 取り残された人間達、クイブロ、カントゥータ、コマラパは、急ぎ「欠けた月の一族」の村へ戻らねばならない。
 しかし人間が徒歩でゆけば行程に四日かかる。
 そこで銀竜は、一度に全員を背中に乗せて運んでやろうと申し出たのだった。

 銀竜の足下へ、コマラパは一人、歩み寄った。

「聖なる峰ルミナレスに宿る、イル・リリヤの御使い、貴き銀竜(アルゲントゥム・ドラコー)殿。お初にお目に掛かります。わたしは大森林に住むクーナ族のコマラパと申します。今は故郷を離れ、修行をしている流浪の身ですが」
 深々と、頭を垂れた。
「わたしはカルナック・プーマの父親です。あの子が、お世話になりました。あらためてお礼を申し上げたい」

『ほほう。それは喜ばしい巡り合わせよの』
 銀竜は興味を引かれたように、コマラパに目をやった。

『カルナックは儂の友だちだ。クイブロも、ラト・ナ・ルアも。であるから、コマラパ。当然、そなたもな』

「そう言って頂けるとは、まことに嬉しいことだ」

『そして、この場にいるカントゥータよ。儂は、おまえの父母、カリートとローサの未来も視ていた。加護も与えた。「欠けた月の一族」の村人たちのことも、昔からずっと見守ってきた』
 銀竜の、淡い青と緑が入り交じった目は、優しかった。

「銀竜さま。お目にかかれるのは一生に一度、成人の儀のときのみと思っておりましたから。いまひとたびお目通りがかない、嬉しいことでございます」
 カントゥータは、いつも脳みそまで筋肉戦士である彼女にしては考えられないほどに恭しく頭を垂れ、礼を尽くす。

『よいよい。あのナ・ロッサめが、いみじくも言っておったように。おまえたちに、こんなところで滅びてもらっては、つまらぬし、儂も寂しいぞ……』

「アルちゃん!」
 竜の足下に、こんどはクイブロが駆け寄った。
「おれは村に帰って悪霊と戦う。そんで勝って、精霊の森に迎えに行くって、ルナと約束したんだ!」

『よしよし。儂も約束した。おまえたちを光よりも早く連れていくとな。さあ子供たちよ乗るがいい。村までなど、ひとっ飛びだ!』

 言葉通り銀竜はクイブロたちを背中に乗せ、大きく羽ばたいて空中へ飛び上がった。

『カルナックも、儂と約束しているのだ。うまい食い物を、たくさん造ってくれるとな。クイブロ、おまえが早く迎えに行けるように儂も手伝ってやろう!』

「大事なとこ、そこ? 食なのか~!? そりゃ、おれの嫁のルナの造った干し果物は旨かったけどさ!」

『うむ! ルナは儂の胃袋わし掴みなのだ~!』

「まさかのダジャレ……銀竜様が」
 頭を抱えたのはコマラパであった。
「ところで小僧(クイブロ)。さっきアルちゃん、とか聞こえたのだが。おまえたちは銀竜様を愛称で呼んでいるのか? して、カルナックの約束とはなんだ?」

「わたしも知りたいぞ!」
 銀竜様の背中に乗って空を飛べるとは、と大興奮しているカントゥータもまた、勢い込んで尋ねた。

「ああそれな。ちょっと長いけど。村に着くまでの間に、話すよ」

『儂から言おうか? ルナとクイブロには、儂に与えることのできる加護を、全部、付与したのだ!』

「「はぁ!?」」
 コマラパとカントゥータの叫びは、というより幾分か間の抜けた声は、期せずして重なった。

「何を!? 成人の儀をしても、銀竜様に会えない者も、加護を、貰えないやつもいるんだぞ! それを、全部!?」

「全てというと……はああ? 全て!?」

「そんな無茶な!」

 二人はすっかり動転していた。
 その驚きは、銀竜が村の上空に着くまで続いた。
 なのでカルナックと銀竜の約束については、詳しくは語られないままになってしまった。

                            ※

 影が、往く。
 それは常に、陽の光と闇と共に在った。

 黒く見えるほどに繁った森を通過して。
 切り立った岩山を越えて。
 なだらかな高原を越えて。
 夜の闇に紛れて流れ。
 昼の野に落ちるちぎれ雲の影のように、疾く走り。

 影たちが、往く。

 影たちが通り過ぎた後には、黒い筋を曳いたような痕跡が残った。

 それは時に、焼け野原の消し炭。
 それは時に、うず高く積まれた死体の山。
 それは時に、吐き出された呪い、悪意。

 エナンデリア大陸南部、グーリア帝国が、その出発の地だった。

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