精霊の愛し子 ~『黒の魔法使いカルナック』の始まり~ 

紺野たくみ

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第4章

その13 神祖皇帝ガルデルの絶望と儚い希望

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              13

 遠隔地から探査衛星を通じて送られてきた映像があることを、赤い魔女は知り、『魔の月』に在る本体で、確認する。

「おやおや」

 セラニス・アレム・ダル、ここグーリア帝国では、赤い魔女セラニアと名乗っている存在は、神祖と呼ばれる皇帝ガルデルの御前に、神妙な顔で報告をしている側近達と共に控えているというのに、ふっと笑いをもらす。

「こいつはどうしたもんかな。坊や(ガルデル)に見せていいものかねえ」

「何がおかしい、セラ二ア」
 苛ついた顔で、手近の花瓶を壁に投げつけるガルデル。

 すると側近達は早くも、ガルデルの手の届かぬところまで距離を取り、あげくには逃げるように玉座の間から退出していった。

 灰色の鎧に覆われた岩山のごとき体躯が、割れ鐘のような声とともに、揺れる。金茶色の眼球が、鋭く、魔女に注がれる。
「どうした。派遣した兵が、戦果をあげて帰還するのか? そのような、ありふれた報告ならいらんぞ。なんだそれは。我にも見せよ」

 赤い魔女セラ二アの手にあった、半透明の球体に、手を伸ばす。

「え。これ見るの。いいけど。……後悔するよ」
 最後の言葉は、皮肉めいてひっそりと、魔女は呟く。面白がっているような笑みはそのままに。

「おおお……これは?」
 ガルデルが球体をいじっていると、ふいに、
 ぶぉん。
 と音が響いた。

 驚いたのか、球体を取り落としてしまったガルデルの眼前に、長い黒髪を三つ編みにした、十三、四歳とおぼしき美少女が、あらわれた。

 濡れたような漆黒の瞳が、しだいに淡い青に、まるで精霊の持つ水精石(アクアラ)を思わせる色に染まっていく。
 強い魔力を発している徴候である。
 色白の、あどけない面差しは、喩えようもなく美しく。
 心配そうに、眉を寄せて、こちらに身を乗り出し、覗き込んでいるような体勢で。

『だいじょうぶ?』
 優しく、囁いた。

 今にも消えてしまいそうな、儚く美しい少女。

 細い手足、折れそうな首筋。
 華奢な肢体。

 ガルデルは思わず、少女に手をのばした。
 だが、彼の無骨な手が触れることは、かなわなかった。
 すりぬけてしまったのだ。

「これはどういうことだ。なぜ触れられぬ」
 怒り心頭に達して振り返るガルデルに。

「あ~あ。見ちゃったのかぁ」
 彼の怒りなど意に介さぬ様子で、赤い魔女は、笑った。

「これはなんだ。この姿は。この娘は。なぜ我が手にできんのだ!」

「落ち着いて坊や。質問は一つずつにして。まずは、これは何かってことだけど。例の傭兵に付けて送り出した映像記録装置が撮ったのさ」

「例の傭兵とはなんだ」
 全く覚えが無いようにガルデルは呆然と呟いた。
 その眼差しは、黒髪の美少女の姿に、釘付けになったままだ。

「内乱続きの国政と領土拡大戦争で忙しいガルデルが覚えてないのも無理ないけどさ。『血まみれのキツネ』アトクだよ。第三遊撃隊で、一つだけ回収した骸があっただろ。あいつに『人形たち』をつけてやって故郷に送り返した。出身地の『欠けた月』の村を、殲滅できればもうけものだし、できなくても、世間を引っかき回してくれれば面白いかなって」
 赤い魔女は、楽しげに声をあげて笑った。

「なぜ、そいつが、この娘を……記録している」

「さぁ? 途中で出会ったんじゃないの。知らないよ」
 真相を熟知しながらも、赤い魔女セラ二アは、そらとぼける。
 ガルデルに、そこまで親切にしてやる義理もない、とは、以前にも、かの赤い魔女が口にしたことである。

「記録地は、わからんのか!」
 取り落とした球体を拾い上げ、ガルデルは震える手で半透明の表面を撫でた。

 どこかに触れると、カチリと音がした。
 映像が、巻き戻っていく。
 少女は身を翻して離れていき、ガルデルの目は、その後を追う。

 再び、少女は歩き出す。
 近づいてきて、身を屈めて覗き込み。

『だいじょうぶ?』
 優しく、囁いた。
 心配そうに眉を寄せて。


「ああ、我は、大丈夫だ」
 ガルデルは応えた。会話になるはずもないのに。


 すると映像の中の少女は、にっこりと、微笑んだ。
『よかったぁ』
 まるで、小さな花が咲いたように。

 魂を抜かれたように見入っていたガルデルが、震える声で、言う。
「セラ二ア。この娘を探し出せ」

「え~。めんどくさい。なんで?」

「もちろん決まっておる。我が物とする。そばにおいてずっと仕えさせる」

「……ふ~ん。殺しちゃった、レニみたいに?」

 赤い魔女は、部屋の隅、家具の創り出す影の中に退いていた。
 ガルデルが怒り狂うかと思ったのだ。しかし、孤独な帝王は、憤るでもなく、静かに、呟いた。

「そうだ。あれに、レニに、この娘は似ておる。まるで生き写しだ……死なずに生きていた……などということは、ないか。歳が合わぬ。もしや、あれの母、白い魔女フランカの血筋の者かもしれぬ」

「それはずいぶん希望的観測だね」
 容赦なくセラ二アは断言した。
「だって、魔女の共同体は、あんたが徹底的に焼き尽くさせただろうに。その上、フランカの血筋の者がもしかして残っていたら、って。すでに、さんざん探し回って、見つけられなかったのにさ」

「どうでもいい。我は、これが、欲しい。捜し出して連れてこい。我が元に」

「勘違いしないでよ」
 赤い魔女は、嘲った。
「ぼくは、あんたの手下じゃない。近くに居るのは、ガルデル、あんたが戦争を拡大させて、面白そうだからだよ。わかってるはずだろ。そんな個人的な願いは受け付けない」

「頼むから」
 先ほどまでの強い姿勢とは打って変わって、グーリア帝国初代皇帝ガルデルは、すがりつくような態度で、膝を折り、懇願した。
「誓おう、なんでもする。この子を、捜し出してくれないか」

 しかし赤い魔女は、首を振る。
「いやだね。だって、あんたは何も『対価』を持ってない。差し出せるものはあるのかい?」

「この身の不死を。この国を。国民を。かつて、おまえが与えてくれたものを全て」

「全て投げ打っても、この子が欲しい?」
 からかうように魔女は言う。
「哀れな孤児。ガルデル。残念だね。……この『魔の月』が与えたものは、投げ出せるものではないし、賭けの対価にはならない」

「我が望みはいつも叶わぬ!」

 絶望したように身体を折るガルデルに、同情したのか。
 魔女は、ふうと息を吐いて、肩をすくめた。

「でも、まあ、いいや。あんたの強い願い、覚えておくよ」

「本当か!」
 一転して、あえかな希望に彩られるガルデルの顔を、魔女は、面白そうに、ながめやる。

「気が向いたら、なんとかしてやってもいいけど……ふぅ。言っておくけど、この子を手にしたいなら。手強いよ。この子についてる味方がね。一筋縄じゃいかないから」

「戦って奪い取ることはできんのか」

「……ん~。まだまだだね。グーリア帝国がもっと版図を拡大できて、もっと、世界に血の犠牲を強要して、血を流してくれれば……くすすっ。ちょっとは考えてあげる!」

「では、誓おう。我は帝国を広げる。戦渦を拡大する。それまでは……これを、我に、預けてくれぬか?」

 ガルデルが、さも大切そうに抱え込む球体から。
 投影され続けている、黒髪の少女の姿を。

 赤い魔女は、一瞥して。

「ふん。まぁ、いいや。ぼくには必要ないものだし。あげるよ。でも」
 魔女は、人差し指を立てて、にやりと笑った。

「何に使うか、聞かないけど。ほどほどにしなよ。身の毒だ」


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