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第4章
その19 死者と咎人と幼子の護り手
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世の中には聖人も善人も悪人もいるが、
生きてるうちにどんな良いことや悪いことをしたって、
死ねば終わりだ。
天国も地獄もない、何にもない。
ただ、消滅するだけ。
人生一度きり。だから何をやってもいい。
よく耳にした言葉だ。
おれもそう思っていた。
実際に、死ぬまでは。
この世とおさらば、おれは消えるだけだって、な。
ところがそうじゃなかった。
おれは苦しんで死んだのだが、その苦痛がずっと続いていた。
どうやって死んだのかは、おれは覚えていないのだが、苦痛のほうは、おれを忘れてくれなかった。
身体を何千何万回も引きちぎられたり焼き焦がされたり毒にのたうちまわったり。
肉体なんか、とっくにないのに。けれども痛い苦しい辛い熱い寒いいっそ死にたい……ああ、もう死んでたんだったな。
いつしかおれは強く請い願うようになった。
このくそったれな『死』を。誰でも良いからケリをつけてくれねえか。
そしたらおれは。
喜んで消えていくのに。
歓喜に打ち震えて。
けれどそんな僥倖なんかおれには訪れなかった。
だよなあ。
おれは完璧な犯罪者。
異常者だった。
大勢殺した。
しかし快楽殺人というやつではない。
面白いと思ったことはないし楽しんではいなかった。
だが殺すしかおれには選べなかった。
生きている限り手の届く限りに殺して殺し続けた。
異常だと自分でも思っていた。
だからか。
これが『罰』ってやつなのか?
殺人者が赦されるはずはない。
たとえ死んでから、どんなに苦しんでも。
自問し続けた。
おれは、なんで人を殺したんだ。
ああ、人殺しではなくなれたら。
後悔し続けた。けれども、どうにもなるはずもなく。
苦痛には慣れることはなかった。
ただ、飽きた。
死んでいることに。
どこまでも、何も無い光も闇も無い知覚のできない空っぽなところで、おれは一人きり、地獄の淵で狂ったように踊っていた。
熱いトタン板に乗せられた小動物みたいに飛び跳ね続けた。
じっとしていたら、痛みで熱さで、気が狂う。
そうやって、何万年が過ぎただろう?
おれに語りかけた『声』が、あった。
『もうそろそろいいかな? ねえ、《Aー○○○》。変わり映えのしない毎日……あ、一日って感覚も無いよね。とにかくさあ、もう飽きたよね? どっか、よそ行ってみる?』
そんな、軽い調子で言ってくる。
ふざけた野郎だ。
「バカかおめえ。死ね。クソ食って死ね。百万回死ね」
おれは挨拶代わりに立て板に水って調子できたないことばをなげつけた。
ああ、なんだか脳が働かないな。
死んで身体を失ってから長い時間が過ぎ去ったみたいだ。
『悪いね囚人番号(…………)。もうこの地球も終わっちゃった。だから、このぼくも、死んだっていうのかなあ、ともかく、既に存在すらしていない神さ。もう、ただの記録、概念だよ。きみたちを閉じ込めていた輪廻のくびきから解放して、送り出さないといけなくってさぁ』
神?
そんなもの、いたのか。
神は死んだっつーたの誰だっけ?
まあどうでもいいか。
『きみは転生者リストの最初のほうに記載されてるよ。むこうのヤツがさ、人間という存在に興味を持ってね。犯罪者というのは『魂』に刻まれているのか、身体的な、脳の器質の問題なのか、それとも育った環境、遺伝が大きいのか。観察したいってさ。だから、きみはねぇ』
形の無い概念となった『神』は、自分は地球を管理していたが地球は滅びたのでお役御免になったと明るく語り、更に、おれが転生するのは地球ではないと告げた。
まるで面白がっているみたいに。
『だからきみは何度でも生まれ変わる。覚えていなくても前世を思い出しても、どっちでも変わらない。転生先の神さまは退屈してるそうだから。気の長い実験に、付き合ってやってよ。これも罪滅ぼしだと思ってさ』
おれは、どこに転生するんだ?
『地球から遙か遠くさ。その世界は生きている。それは《セレナン》と名乗った、超自我っていうのかなあ。ま、そんなとこ。あいつによろしくね。ぼくはもうじき、きみの記憶から消えるのと同時に、消滅するよ。ああ、これで、せいせいするねぇ』
幼い子どもの姿が、暗闇に浮かび上がった。
おかっぱにした黒髪に黒い目の、十にもならないような子ども。
昔の時代の童子を思わせる。
『これは、ぼくが好んでいた現し身のひとつだ。最後に、姿を現して誰かと話したくなった。ぼくも、人間に毒されているのかもしれないな。ともかく、もう二度とは会わないけれどさ。元気でね。できの悪い子どもほど気になるものさ』
「そいつは悪かったな」
『ふふ。心にも無いことを。さまよえる魂たち。きみたちのために保護者をつけてあげる。優しい女神なんかどう?』
「そんなのどうでもいい。何にせよ、おれはそっちの世界に生まれ変わるんだろう?」
『女神は、ぼくが用意してあげる。せめてもの、はなむけだ。名前はね……』
幼児が、笑う。
『イル・リリヤという名前にしたよ。特に深い意味は、ないけど』
「きれいな名前だ。悪くは無い」
『よかった、きみが気に入ったなら幸いだ。彼女が、《死者と咎人と幼児の護り手》たる女神となる。これ、きみたちのことだよ?』
幼児はいたずらっぽくウィンクした。
『それでは、迷える魂よ。……よい旅を。よい人生を。今度こそ』
それが、概念となった『地球の神』が、最後に口にした言葉だった。
かき消えるように姿は消え失せて。
あとには、なにも残らなかった。
おれの全身を苛んでいた苦痛は嘘のように消えていたが、それよりも深く、孤独が深い穴を胸にあけた。
寂しいなんて。思ったのは、初めてだった。
「くそったれ」
おれは呟いた。
誰にも届かないと、知っていて。
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不快な表現があるかもしれませんが、ご容赦ください。
作者は、殺人を容認する意図は全くありません。
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