精霊の愛し子 ~『黒の魔法使いカルナック』の始まり~ 

紺野たくみ

文字の大きさ
111 / 144
第4章

その24 『欠けた月の村』の秘密『最後の手段』とは

しおりを挟む

               24

 カントゥータとアトク、カルナックは『欠けた月の一族』の村へと帰還した。
 彼らが最初に目にしたのは、崩れ落ちた家々だった。

「ひどいありさまだ」
「ローサ母さん、だいじょうぶかな」
 クイブロも、と、カルナックは口にしかけ、その名を呑み込む。

 声に出すのが、怖かった。

 大切な人たちの身がどうなってしまったのか。
 楽観的に考えることが、カルナックには、できない。いつも最悪の事態を予測してしまう。希望が絶望に変わることが耐えられないのだ。

「……しかし、妙だな」
 一番近い石壁に歩み寄ったアトクは、不審げに考え込む。

 たたき割って平たくした自然の岩を土台に、日干しレンガを重ね、隙間に石灰を混ぜた土を詰めて固めた壁は、簡単に崩れ落ちるようなものではない。
 めったに起きないが地震にも耐えうるのだ。

「簡単に崩れるような壁じゃない。それに、周囲に駆竜の痕跡がない。あいつら重いから、かなり深い足跡が残るはずなんだ。ほら、ここに大量の足跡がある。手前の壁に目もくれずに村の中へ突進していったんだろう」

「じゃあ、この壁を崩したのは駆竜ではないのか? アトク兄」

「おねえさま、おれも、降りて歩く」

「だめだ。嫁御は足の裏が柔らかいから、瓦礫で怪我をするかもしれないだろう」

 カルナックは、まだ全身を精霊火に覆われていた。
 そのままの状態でカントゥータが抱えている。
 
 レギオン王国でもエルレーン公国でも畏怖の対象となっている精霊火に、華奢な身体をすっぽり包まれたカルナックを、平気な顔で抱えていられるカントゥータも、ただ者ではない精神力の持ち主に違いない。
 さすが次期村長と目される大物だと、アトクは感心していた。

「でもっ。抱っこされて守られてちゃ、村の役にたてないよ」
 憤慨する、小さなカルナック。
 十三歳くらいではあるのだが、カントゥータの長身に比べれば幼児同然だ。

「いいからいいから」

「よくないっ!」
 降ろしてくれと訴えるカルナックと、意に介さないカントゥータの押し問答をよそに、アトクは考えをめぐらせた。

「おかしい。近寄りも触れもしないで壊すことができるものか?」

 仮に駆竜部隊が大挙してぶつかったとしても、駆竜たちの身体にも相当なダメージがあるはずだ。当然、血だの肉片だの鱗だのの痕跡があってしかるべきだが、それらも見当たらない。

 そこへ、再び、駆竜たちの咆哮が聞こえてきた。

「あっちだ!」
 カントゥータはカルナックを抱き上げたままで駆け出す。

 アトクは周囲を気にかけながらも進むことにした。
 考えるのはあとだ。アトクは、《世界》の代行者、村の守護者として生き返ってからは、人間だった頃とは比べるべくもない高い身体能力を備えていた。壊れた石囲いや家々の屋根の上を軽々と飛び越え、周囲を見渡して状況を確認する。
                                                   
 三人は、ひたすらに、駆竜がいると思われる、村の中心部へと足を早める。

          ※

 指揮系統を失った駆竜の群が大挙して村に押し寄せてくるさまは、山の上に逃げた村人たちにも、よく見えた。

 乾いた山肌が駆竜たちの体重と鋭い蹴爪でえぐられ、砂煙が立っている。
 村は砂塵に覆われていた。

「ううむ。大変なことになっているようだ」
 村人達のとりまとめを任されたコマラパは、うなった。

 できることなら、たいして役には立たなかろうが戦陣に加わりたい。だが人々を指揮してくれとローサに任されてしまっては、責任がある。
 村人達を置いてうかつに動くことはできなかった。

 今頃はローサ、カントゥータ、クイブロが、駆竜部隊と対峙しているのだ。
 銀竜様が味方しているとはいえ、不安でならない。
 
「だいじょうぶかしら村長様」
「カントゥータは、無事だろうけど」
「銀竜様もいらっしゃるんだ、たぶんだいじょうぶ……」
 村人達の不安も高まっていく。

「皆、落ち着いて待っていてくれ。ローサ村長が、そうおっしゃっておられた」
 コマラパは、不安を煽らないように、言葉を選ぶ。
 今、村に残っているのは年寄りと女と子どもだ。戦闘に足手まといだから皆には来るなと言っておいてくれというのがローサの伝言だったのだが、そのまま伝えることはできない。

「全員が、無事に生き延びることが大事なのだ」

 村人達は、静かになった。

 そのとき、一人の男が進み出た。

「コマラパ老師様。おれは村に帰ります。駆竜には絶対かなわないだろうけど、ローサが、まだあそこに残って戦ってると思うと、いてもたってもいられねえだ」
 村長ローサの夫、カリートだ。

「許可はできん」

「わかってます。行くと、老師にお知らせしてからと思いまして」
 深々と頭を垂れたカリートは。
 その姿勢のまま、ふいに、姿を消した。

「なにっ!」

「コマラパ様。カリートが銀竜様にいただいた加護でございます」
 村の長老の一人、コマラパよりも遙かに歳を経た老婆が、村人たちに支えられてやってきた。

「カリートは、この、あたしの不肖の孫です。成人の儀で、お目通りはかないませんでしたものの、銀竜様に特別な加護をいただき、誓いを立てたのでございます。ローサに万が一のことがあるときは、いつもすぐそばにいると」

「今がそのとき、というわけか」

「はい」
 老婆は、空を仰いだ。
「でなければ、ローサは、代々の村長にのみ口伝された、最後の手段を用いることになりましょう」
 
「最後の手段!?」
 コマラパは顔を曇らせた。
 それは、はなはだ不穏な響きだった。

「はい。この村はいにしえより《イル・リリヤ》さまの直轄地。侵入者に突破され、知られてはならない秘密がございますゆえに」
 厳かに、老婆は言った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan
ファンタジー
大陸の南西端に位置するベルナ子爵領。 かつては貿易で栄えたこの港町も、今は見る影もない。 海底には土砂が堆積して大型船は入港できず、倉庫街は老朽化し、特産品もない。借金まみれの父と、諦めきった家臣たち。そこにあるのは、緩やかな「死」だけだった。 そんな没落寸前の領地の嫡男、アレン(16歳)に転生した主人公には、前世の記憶があった。 それは、日本で港湾管理者兼エンジニアとして働き、現場で散った「整備士」としての知識。 そして、彼にはもう一つ、この世界で目覚めた特異な能力があった。 対象の構造や欠陥、魔力の流れが設計図のように視えるスキル――【構造解析】。 「壊れているなら、直せばいい。詰まっているなら、通せばいい」 アレンは錆びついた古代の「浚渫(しゅんせつ)ゴーレム」を修理して港を深く掘り直し、魔導冷却庫を「熱交換の最適化」で復活させて、腐るだけだった魚を「最高級の輸出品」へと変えていく。 ドケチな家令ガルシアと予算を巡って戦い、荒くれ者の港湾長ゲンと共に泥にまみれ、没落商会の女主人メリッサと手を組んで販路を開拓する。 やがてその港には、陸・海・空の物流革命が巻き起こる。 揺れない「サスペンション馬車」が貴族の移動を変え、「鮮度抜群の魚介グルメ」が王族の胃袋を掴み、気性の荒いワイバーンを手懐けた「空輸便」が世界を結ぶ。

看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎ 倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。 栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。 「責任、取って?」 噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。 手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。 けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。 看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。 それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

春の女神は知っている。~モフモフと力を合わせて、ヤンデレメリバフラグ回避してみせます!~

古駒フミ
恋愛
教師との悲恋、そして突然の死をもって転生をした少女、シャーロット・ジェム。凍れる国にて、小さな魔法屋を営んでいた。名門学園からの推薦状が届いたことにより、平和だった日々に暗雲が訪れるように。 今世も彼女に死は訪れる――未来を望むには二つ。 ――ヤンデレからもたらされる愛によって、囲われる未来か。そして。 ――小さくて可愛いモフモフ、女神の眷属と共に乗り越えていくか。 鳥籠に囚われるカナリア色の髪の少女、ヤンデレホイホイの彼女が抗っていく物語。 生きていく物語。 小説家になろう様でも連載中です。

処理中です...