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第4章
その24 『欠けた月の村』の秘密『最後の手段』とは
しおりを挟む24
カントゥータとアトク、カルナックは『欠けた月の一族』の村へと帰還した。
彼らが最初に目にしたのは、崩れ落ちた家々だった。
「ひどいありさまだ」
「ローサ母さん、だいじょうぶかな」
クイブロも、と、カルナックは口にしかけ、その名を呑み込む。
声に出すのが、怖かった。
大切な人たちの身がどうなってしまったのか。
楽観的に考えることが、カルナックには、できない。いつも最悪の事態を予測してしまう。希望が絶望に変わることが耐えられないのだ。
「……しかし、妙だな」
一番近い石壁に歩み寄ったアトクは、不審げに考え込む。
たたき割って平たくした自然の岩を土台に、日干しレンガを重ね、隙間に石灰を混ぜた土を詰めて固めた壁は、簡単に崩れ落ちるようなものではない。
めったに起きないが地震にも耐えうるのだ。
「簡単に崩れるような壁じゃない。それに、周囲に駆竜の痕跡がない。あいつら重いから、かなり深い足跡が残るはずなんだ。ほら、ここに大量の足跡がある。手前の壁に目もくれずに村の中へ突進していったんだろう」
「じゃあ、この壁を崩したのは駆竜ではないのか? アトク兄」
「おねえさま、おれも、降りて歩く」
「だめだ。嫁御は足の裏が柔らかいから、瓦礫で怪我をするかもしれないだろう」
カルナックは、まだ全身を精霊火に覆われていた。
そのままの状態でカントゥータが抱えている。
レギオン王国でもエルレーン公国でも畏怖の対象となっている精霊火に、華奢な身体をすっぽり包まれたカルナックを、平気な顔で抱えていられるカントゥータも、ただ者ではない精神力の持ち主に違いない。
さすが次期村長と目される大物だと、アトクは感心していた。
「でもっ。抱っこされて守られてちゃ、村の役にたてないよ」
憤慨する、小さなカルナック。
十三歳くらいではあるのだが、カントゥータの長身に比べれば幼児同然だ。
「いいからいいから」
「よくないっ!」
降ろしてくれと訴えるカルナックと、意に介さないカントゥータの押し問答をよそに、アトクは考えをめぐらせた。
「おかしい。近寄りも触れもしないで壊すことができるものか?」
仮に駆竜部隊が大挙してぶつかったとしても、駆竜たちの身体にも相当なダメージがあるはずだ。当然、血だの肉片だの鱗だのの痕跡があってしかるべきだが、それらも見当たらない。
そこへ、再び、駆竜たちの咆哮が聞こえてきた。
「あっちだ!」
カントゥータはカルナックを抱き上げたままで駆け出す。
アトクは周囲を気にかけながらも進むことにした。
考えるのはあとだ。アトクは、《世界》の代行者、村の守護者として生き返ってからは、人間だった頃とは比べるべくもない高い身体能力を備えていた。壊れた石囲いや家々の屋根の上を軽々と飛び越え、周囲を見渡して状況を確認する。
三人は、ひたすらに、駆竜がいると思われる、村の中心部へと足を早める。
※
指揮系統を失った駆竜の群が大挙して村に押し寄せてくるさまは、山の上に逃げた村人たちにも、よく見えた。
乾いた山肌が駆竜たちの体重と鋭い蹴爪でえぐられ、砂煙が立っている。
村は砂塵に覆われていた。
「ううむ。大変なことになっているようだ」
村人達のとりまとめを任されたコマラパは、うなった。
できることなら、たいして役には立たなかろうが戦陣に加わりたい。だが人々を指揮してくれとローサに任されてしまっては、責任がある。
村人達を置いてうかつに動くことはできなかった。
今頃はローサ、カントゥータ、クイブロが、駆竜部隊と対峙しているのだ。
銀竜様が味方しているとはいえ、不安でならない。
「だいじょうぶかしら村長様」
「カントゥータは、無事だろうけど」
「銀竜様もいらっしゃるんだ、たぶんだいじょうぶ……」
村人達の不安も高まっていく。
「皆、落ち着いて待っていてくれ。ローサ村長が、そうおっしゃっておられた」
コマラパは、不安を煽らないように、言葉を選ぶ。
今、村に残っているのは年寄りと女と子どもだ。戦闘に足手まといだから皆には来るなと言っておいてくれというのがローサの伝言だったのだが、そのまま伝えることはできない。
「全員が、無事に生き延びることが大事なのだ」
村人達は、静かになった。
そのとき、一人の男が進み出た。
「コマラパ老師様。おれは村に帰ります。駆竜には絶対かなわないだろうけど、ローサが、まだあそこに残って戦ってると思うと、いてもたってもいられねえだ」
村長ローサの夫、カリートだ。
「許可はできん」
「わかってます。行くと、老師にお知らせしてからと思いまして」
深々と頭を垂れたカリートは。
その姿勢のまま、ふいに、姿を消した。
「なにっ!」
「コマラパ様。カリートが銀竜様にいただいた加護でございます」
村の長老の一人、コマラパよりも遙かに歳を経た老婆が、村人たちに支えられてやってきた。
「カリートは、この、あたしの不肖の孫です。成人の儀で、お目通りはかないませんでしたものの、銀竜様に特別な加護をいただき、誓いを立てたのでございます。ローサに万が一のことがあるときは、いつもすぐそばにいると」
「今がそのとき、というわけか」
「はい」
老婆は、空を仰いだ。
「でなければ、ローサは、代々の村長にのみ口伝された、最後の手段を用いることになりましょう」
「最後の手段!?」
コマラパは顔を曇らせた。
それは、はなはだ不穏な響きだった。
「はい。この村はいにしえより《イル・リリヤ》さまの直轄地。侵入者に突破され、知られてはならない秘密がございますゆえに」
厳かに、老婆は言った。
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