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第4章
その28 アトクは二度と転生しないと誓った
しおりを挟む28
グーリア帝国駆竜部隊の強襲を受け、ほぼ全ての家々や家畜囲いが半壊か、全壊状態になった『欠けた月』の村、その中央部で。
クイブロとカルナック。
《世界の大いなる意思》と精霊たちの許しを得て正式な婚姻の契約を結んだ二人は、ようやく再会し、互いに固く抱き合った。
村に災厄が迫っている、一刻の猶予もないと精霊から忠告を受け、カルナックが精霊の森に連れ戻されてから、数日が経過していた。
それほど離れていた訳ではないかもしれない。けれど二人にとって、ことにカルナックにとっては、耐えがたく長い時間だった。
しばらくして。
だめだ、と、苦しげにクイブロは吐いた。
「なんで来た? ここは危険だ。おまえは、精霊の森にいれば安全なのに」
けれど抱きしめている手を、離せないでいる。
そして『ルナ』という、ふたりだけの呼び名を、口にはしない。
その大切な名を、セラニス・アレム・ダルがいるところでは、言えない。そう心に決めていた。
「どうしても会いたかったから。『世界(セレナン)』に、許してもらったの」
カルナックはクイブロの胸に顔を伏せる。
「おまえに会えなくて、おれが、あんまり悲しむから。精霊の森が壊れそうになったの。上空に穴が開いて」
「なんか、さらっとすごいこと言うなあ」
クイブロの困惑顔に、微かに笑みが浮かんだ。
「ほんとなの。レフィス兄様もラト姉様も、口添えしてくれたから、これたの」
※
「ぼくを無視するな!」
憤りの頂点に達したセラニスが喚いている。
しかし、その場に居た者、村長ローサ、銀竜、もちろんクイブロも、誰もが、セラニスのことを失念していたのは確かである。
今しも、純白の『牙』から降り立ったカントゥータの傍らに、漆黒の『夜』に乗っていた長身の青年が並び立つ。
鍛え上げた強靱な筋肉を持つ、屈強な体つき。
日焼けしてくすんだ金髪を、うなじで無造作に束ね。
茶色の両眼は、不思議に穏やかに笑っていた。
身に纏っているのは飾りの無い、純白の布で作られた、筒袖の上衣と、足首まで覆う、ゆとりのあるズボンだ。
形は村の誰もが着ている服だが、材質は明らかに異質だった。
「アトク……? アトク! おまえ、その目は?」
ローサが、呆然として、つぶやいた。
つい先刻、彼女が目にしたのは、怨みと憎悪の塊となった息子アトク。
駆竜の背に乗り、頭には血に染まった包帯を巻き付けていた姿だ。片目は失われ、目の代わりに奇妙な白い石の塊が、顔面に嵌まり込んでいた。
ところが、どうだろう。
今、カントゥータと共に、カルナックの二頭の従魔の背中にまたがって現れた青年の姿は。まるで、村を出たときの若々しく力が漲っていた時のまま。
性格の問題さえなければと、村の年寄りたちが皆、残念がった、村で最も秀でた戦士だった頃のアトク、そのままだ。
「そんなはずは……さっき、あたしが会ったアトクは、幻だったのかい? いや違う、この手で戦ったんだ、間違うものか。おまえさんは、何者だい」
「それも、おれだ。今ここにいるのも、おれ、アトク・プーマに違いない。《世界の大いなる意思》にかけて」
「母ちゃん! 大兄は」
アトクとローサを、気が気でない様子で見ていたカントゥータが、一歩進み出た。
事情を説明しようとしたときである。
「待て。わしにも、呑み込めたぞ」
銀竜(アルゲントゥム・ドラコー)が、声を上げた。
「アトク・エストレ・プーマ。おぬしは、人間か? わしの目には、すでに人の身を離れた存在と映る。その証拠に、身の回りに、精霊火(スーリーファ)が」
銀色の長い髪をたなびかせた長身の美青年である。
彼が右手を挙げて、示した。
「ごく普通の人間ならば、それほどまでに精霊火がまとわりつかぬ」
アトクの周囲には、人の頭ほどもある青白い光の球体が、いくつも漂っており、しだいに数が増えていく。
それはカルナックも同様だった。
もう片時も離れないという勢いでクイブロと抱擁し合っているのに、その周囲には精霊火が、夥しく集まって来ているのだ。
「その通りだ、銀竜様」
アトクは穏やかな口調で、答えた。
「さっき駆竜部隊を率いて村を襲ったのは、グーリアで惨めに死んだ、おれの骸(むくろ)。そして、今の、おれは」
ゆっくりと瞬きをした。
銀色の細かな粒子が、周囲に、散った。
「おれは《世界の大いなる意思》に願い出て赦しを得て。再びこの世に生まれ変わった。ただし二度と死ぬことも無ければ生まれ変わることもない」
「どういう意味なんだね、アトク?」
ローサは震える声で尋ねた。
「……だから、おれは。もう人間ではない。『欠けた月』の一族の、守護者だ。これから、未来永劫に」
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