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第二十二話 ビターチョコ

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「……う、嘘だろぉ~、な、何で、あんな平凡そうな奴がぁ?」
「あ、アイツが噂のヒナちゃんだってのかよぉ? あ、有り得ねぇ……」
「い、いやぁああああっ⁉ う、嘘だと言ってくれぇっ、お嬢様ぁっ⁉」

 至る所から、惜しく(?)も抽選から漏れた自称ヒナちゃんたちの嘆きの声が上がる中、挨拶もそこそこに俺たちは足早にも駅前を後にすることにした。
 この状況で、流石に琴姉と二人きり、駅前でいつまでも話し込んでいるのは余りにも目立ちすぎてリスクが高すぎると判断したからだ。
 そんなわけで当初の予定通り、俺は琴姉を伴ってチーズケーキが絶品だとかねてから評判になっている喫茶店を目指し歩き出していく。

 と、

「ん?」

 その際、さっきまで俺のことを散々小馬鹿にしていた茶髪の兄ちゃんとふと目が合うも、

「…………」
「な、何だよっ⁉ 何か、文句でもあるっていうのかよっ⁉」

 そんな風にこの期に及んでいきり立つ兄ちゃんに対し、俺がとった行動はというと、

「……ふっ」
「――⁉ ……ぐっ、ヂグジョ~……」

 そんな風に鼻で笑う俺の姿に、一瞬噛みつきそうな姿勢を見せるも、結局何か言葉を発するでもなければ、涙目でもって項垂れるしかない茶髪に兄ちゃんに対し、多少の優越感のようなものに浸りながらもこの場を後にしていった――。

「それにしても、ヒナちゃんから誘ってくれるなんて、お姉ちゃん嬉しいな♪」
「ま、たまにはな……。それとも、迷惑だったか?」
「そんなわけないじゃないっ! ヒナちゃんからのお誘いならお姉ちゃん、生徒会のお仕事なんか全部ほっぽってでも駆けつけるよっ!」
「いや、そりゃあ、流石に不味いだろ? 後で俺が葵先輩に怒られるわ」

 そんな何気ない会話とともに、さっきからすれ違いざまに嫌って程突き刺さってくる奇異の視線ってヤツをその背にガンガンに受けながらも、目的地目指しひた歩いていく。

 と、そんな中、ふと琴姉の足が止まる。

「琴姉……?」

 そんな俺の声にも気づいていないかのように、ただ一点をじっと見つめていて……。

「?」

 一体何にそんなに気を取られているのかと、俺もそんな琴姉につられるように何とはなしにソチラへと目を向けてみたところ、

 あん? 自販機……? って、んな訳ねーか……。それじゃあ……。

 改めてその横へと視線をずらしていくと、

「――ゲッ!?」

 自販機のすぐ横にはこれまた随分とお高そうなジュエリーショップがあるではないか……。

「…………」

 嫌な予感を感じつつも、それとはなしに琴姉へと視線を戻してみるも、

「~~~~♡」

 そこには、これでもかと目をキラキラさせている琴姉の姿が……。

 ま、不味い……。
 この様子では、今にも俺とお揃いの指輪リングが欲しいとか言い出しかねねーぞ?

 すぐさま危機を察知した俺は、この状況を打破すべくすぐに行動に打って出た――。


「こ、琴姉っ! ほ、ほらっ、は、早くいかないと席が取れないかもしれないぜっ?」

 そう言って、俺自ら琴姉の手を握りしめるなり、多少強引にもこの場から琴姉を引き離しにかかる。

「え? あ、あん、ひ、ヒナちゃんってば……♡ ど、どうしたのよ、急に……?」

 多少強引ではあったものの、俺から手を繋ぎだしたことに少し驚いたような表情を見せるも、すぐに嬉しそうな表情を見せると黙って俺に従ってくれた。

 フゥ~~~、あ、危ないところだったぜ……。
 
 どうにかこうにか危機回避に成功――。
 そこから更に五分ほど歩いたところで、ようやっとお目当ての喫茶店へと辿り着いた。

 目の前には、洋館をイメージしたような落ち着い店構えの喫茶店があって……。

「へ~、中々感じのよさそうな店だなぁ……」

 そんな感想を抱きつつも、ドアノブへと手を伸ばしていく。

 カラ~ン、コロ~ン

「あ、いらっしゃいませぇ、何名様です――」

 ドアを開けると甲高いベルの音とともにすぐさまウェイトレスのお客を招き入れる声が響いてくるも、

「っ……⁉」

 そこまで言いかけるも、琴姉を見た瞬間からぽーっと顔を赤らめ、すっかり当てられてしまったかのように固まってしまうウェイトレスのお姉さん。
 う~~む、やはり琴姉の美しさってヤツは同性からしても目を見張るものがあるんだなぁ……。

 改めて、そんなことをしみじみ実感していたところへ、

「あの、どうかされましたか?」
「――‼ あ、は、ハイッ!? え、い、いえ、し、失礼しましたっ‼」
 
 琴姉のそんな声に、ハッとしたように我に返るなり、今だ上ずった感があるものの自らの職務を全うすべく再度、動き始めていくも、

「え?」

 おい、何だ、その『え?』ってのは?
 
 すぐ真横にいた俺の顔を見るなり、琴姉に見せていたのとはまた違った意味で驚いた表情を浮かべるお姉さん――。
 ソレはもう、露骨なまでに……。

 まぁ、言いたいことは解るが、仮にも客商売に携わってる人間がソレはあかんやろ……。

 そんな応対に、正直、物申したいことは山ほどあったが、後ろが詰まっていることもあって今回だけはそのままスルーしてやることにした。

 その言葉通り、俺たちのすぐ後ろにもお客がいたこともあって今のウェイトレスとは違うお姉さんが俺たちを席まで案内してくれようとするその後ろでは、

「――あ、い、いらっしゃいま……えぇえええええっ⁉」

 ウェイトレスが驚くのも無理はない、俺たちのすぐ後ろには先ほどの野次馬連中が群をなして付き従ってきていて……。
 俺たちがウェイトレスのお姉さんに案内され、一番奥の対面式の二人掛けの席へと腰を下ろすのと程なくして、後続の奴らによって空席は瞬く間に埋まってしまった――。

 そんな中、席へと着くやいなや、琴姉に至ってはこの店に来ると話した時から既に注文するものを決めていたようで、迷うことなくチーズケーキをチョイスする一方で、俺の方はというと、こういうところは余り利用したこともないこともあって、正直決めかねていたところ、結局琴姉の勧めもあって俺はチョコレートケーキ、そして二人分の紅茶を注文した。

「えへへ♪ ここのチーズケーキ、すっごく美味しいってクラスでも話題になってたんだよねぇ~♪ 前から来てみたいなぁとは思ってたんだけど……。ヒナちゃんと一緒に来れるなんて本当に嬉しいなぁ♡」

 ケーキが運ばれてくるまでの間、そんな他愛もない話に花を咲かせつつも心底嬉しそうな笑顔を見せる琴姉。
 ふむ、ここまで素直に喜ばれると悪い気もしないが……。
 正直、今回の俺の行動は打算的なものがあってのことなので、そういった面では多少後ろめたくもあるな……。

 ともあれ、そうこうしてる間にも、ようやっとお目当てのチーズケーキが運ばれて来るやいなや、
 
「うっわぁ~~っ♪ すっごく可愛い♡ ね、ヒナちゃんもそう思うでしょ?」
「へ? あ、ああ、そうだな……」

 直にケーキを目の当たりにし、これでもかと目を輝かせる琴姉。

 一応、ああ返事はしたものの、同意を求められても、正直、何が可愛いのかが俺にはイマイチ理解出来なかった……。
 それでもあえてソレを口にして水を差すのもなんだと思い、ここは黙っていることにした。

「うわぁ~、どうしようヒナちゃん? 何だか食べるのが勿体無いかもぉ~♪」
「「「「(くぅ~~~、か、可愛いなぁ♡)」」」」

 琴姉のそんな反応にほっこりと、微笑ましそうに見守る野次馬ギャラリー共の視線を背に受けつつも、

「えへへ♪ それじゃあ、早速……♪」

 て、結局、食うんかいっ‼
 てなツッコミを心の中でしつつも、いよいよ琴姉による実食が開始される――。

 備え付けのフォークでもってチーズケーキを一口大に切り分け、ソレをその愛らしくも小さな口へと運んでいくなり、

「はむっ♡ もぐ、はふっ、もふっ……」

 俺や野次馬ギャラリーが見守る中、その小さな唇を三回四回とゆっくり動かしていく。

「~~~~~♡ お、美味しいぃ~♡」

 お~お~、幸せそうな顔してやがらぁ~。
 ま、いくら琴姉とはいえ、そこは年相応の女の子ってことか……。
 甘い物には目がなく、そこいらの女子と同じような反応をしてらぁ……。
 もっとも、こういった姿を見せるのも俺と一緒の時だけみたいだがなぁ……。

「ヒナちゃん、ヒナちゃん! コレ、すっごく美味しいよっ! しっとりしてて、とても濃厚なのに、それでいて全然しつこくもなくて……!」

 興奮した様子でもって、俺にチーズケーキの素晴らしさを語っていく琴姉に対し、

「ハハ、そりゃあようござんしたね……」

 そう言って紅茶が注がれているカップに手を付けようとした時である。

「な、何よぉ~、その言い方ぁ~? ヒナちゃん、ひょっとして、お姉ちゃんのことバカにしてるでしょっ⁉」
「へ?」

 どうやら俺のそんな気のない返事がいたく気に障ったようで、ぷくぅ~っとむくれたような表情でもってコチラを睨みつけてくる琴姉。

「い、いや、そんなことねーって……。きっと凄く美味いんだろうなって思ってるよ? あ、そ、そうだ、俺も食べてみよっ!」

 そう言ってお茶を濁すべく、自分のチョコレートケーキをフォークでもって一口大にカットし、ひょいっと口の中へと放り込んでいく。

 と、甘さを若干抑え気味なビターチョコの香りが口内から鼻腔へと広がってきた。

「もぉ~、だ・か・ら、その言い方がバカにしてるっていうのよっ‼ ホントは信じてなんかない癖にっ! ホントにすっごく美味しいんだからねっ!」

 さっきまで晴れ渡っていた空から一転、暗雲が立ち込めるかのように、何やら雲行きが怪しくなってくる中、

「よぉ~~~し、こうなったら、お姉ちゃんの言う事が嘘じゃないって証明してやるんだからっ!」
「ハイ?」

 そう言うと、今しがた自らが使っていたフォークでももって先ほど同様、チーズケーキを一口大に切り分けフォークの上へと乗せたかと思えば、

 ズイッ――。

「な、何だよ……? い、一体、何のつもり……」

 いや~な予感がしつつも、あえて聞いてみたところ、

「ホラ、いつもみたくお口開きなさい……。ヒナちゃんにも食べさせてあげるからっ! ハイッ、あ~~~~~~ん♡」

 ガタッ‼

「「「「――――⁉」」」」

 琴姉のこの行動に周囲の野次馬ギャラリーたちからどよめきが起こる。

「い――いつもみたくっ⁉」
「あ、アイツ、あ、あんなことを毎日してもらってるってのかっ⁉」
「キィイイイイイッ! う、羨ましすぎるぅううっ‼」
「こ、殺してやりたいっ……‼」

 そんな羨望と殺意渦巻く中、

「ち、ちょっと、琴姉っ⁉ こ、ここじゃあいくらなんでも不味いってっ‼」
「だぁ~~めっ! お姉ちゃんはそんなの認めませんっ!」

 ……だ、駄目だ。
 こうなってしまっては、梃子てこでも動かないのは俺が一番分かっていることじゃないか。
 それに何より、この後のことを考えると、これ以上琴姉の機嫌を損ねるのはよろしくない……。

 そう覚悟を決めた俺は、周囲に知人、クラスメートがいないことを確認したうえで、

「わ――分かったよっ! た、食べるから、そ、そんなに大きな声出さないでくれよっ!」
「ホント? それじゃあ、改めて、あ~~~~~ん♡」
「……あ、あ~~~~~ん」

 琴姉のそんなセリフに合わせてコチラも大き口を開けたところ、

「――⁉」

 そんな俺につられるようにどいつもこいつもが、琴姉のあ~~~んに合わせて口を開けてやがる。
 そんな何とも異様な光景の中、

「はむ、もぐ、あむっ……」
「どお? ヒナちゃん、美味しい?」

 琴姉の言った通り、相当美味い部類に入るのは間違いないのだろうが、最早コッチは味わうどころじゃなくて……。

「「「「(クソがっ‼ 爆発しろっ‼)」」」」

 背中を向けている琴姉には見えていないが、奴らのそんな怨嗟の声が聞こえてくるような……。

「ね? 嘘じゃなかったでしょ?」

 えへんと、鼻高々な琴姉に対し、

「うぅっ……。か、勘弁してよ、琴姉……。こういったことは家以外ではなるべく控えてくれよ……。それと、この際だからハッキリ言わせてもらうけど……」

 正直、もう少し様子を見てからと思っていたのだが、このままでは俺の精神が破壊されかねないので今伝えることにした。
 そう、それこそが今日の本題ってヤツだった――。

「ん? なぁに?」
「話ってのは他でもない……。例の、アレに関してなんだけどさ……」
「え? 例のって……。何のこと?」
「だから、何というか……。ホラ、この前、葵先輩の畑でしちゃった、その、アレのことだよ……!」
「え~~~? それじゃあ分からないよぉ~。もっとハッキリ言って貰わないとぉ~」

 あくまでも気付かないふりをする琴姉……。
 が、その瞳は明らかに俺の反応を楽しんでいるかのようで……。
 くっ、このアマ~、絶対キスのことって分かってるくせにすっとぼけやがってぇ~っ‼ 

「と、兎に角、アレに関してだけは、学園では絶対にしないでほしいってことを今日伝えたかったんだよっ!」
「う~~~ん、そう言われてもねぇ~、ハッキリ言って貰わないと、お姉ちゃんホントに何のことだか全然分かんな――」

 そこまで言いかけたところで、

「? 何だよ? どうしたんだよ?」
「――ぷっ、アハハハハ♪」

 何が何やら、突然笑いだす琴姉に対し、

「な、何笑ってんだよっ! ひ、人が真剣に話してるってーのにっ!」
「アハハハ♪ ご、ゴメンゴメン♪ だ、だって、ひ、ヒナちゃんたら、真面目な顔してるけど、お口の周りにチョコレートくっつけたままなんだもんっ♪」
「――⁉ ま、マジかよっ⁉」

 そんな琴姉の指摘に慌てて備え付けのおしぼりでもって口元を拭っていくも、

「どうだ? と、取れたか?」
「全然ダメェ~」
「くっ?」

 ゴシゴシ――。

 二度三度と拭っていくも、一向にとれるような気配もなければ、

「もぉ~、しょうがないなぁ~。ほら、お姉ちゃんがとってあげるわよ……」
「いいって! じ、自分でやれる……」

 そう言いかけた時である。

 ギュッ――。

「え? こ、琴姉……?」

 何を思ったのか、突然、俺のネクタイを掴んできたかと思ったら、次の瞬間、力任せにもグイッと……。

「――うわわぁっ!?」

 いきなり引っ張られたことによって、前のめりにも大きく体勢を傾けてしまったところへ、

「だ・か・らぁ~、ここだってばぁ~♡」

 それこそ、チョコレートよりも遥かに甘い声でもってそんなことを囁いたかと思えば、

「――はふっ♡」
「んんっ?」

 瞬く間に唇が塞がれるやいなや、

「はむっ、ちゅ、ぺちゅ……♡」

 店内にそんな淫靡なBGMが流れる中、

「「「「…………」」」」

 余りにも突然の出来事に誰も彼もが言葉を失い、ただただ茫然とコチラを見続けていて。

「~~~~♡ ――……ん~~っ、うん、綺麗になったぁ♪ それに、ビターチョコのほろ苦くも甘い、ちょっぴり大人な味がしたぁ♡」

 次の瞬間、

「「「「き――キャァアアアアアアアアアアアアアアッ♡」」」」
「「「「ひ――ヒギャァアアアアアアアアアアアアアッ!?」」」」

 さっきの比じゃないほどの歓声と悲鳴が同時に店内を埋め尽くしていった――。
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