上 下
23 / 23

第二十三話 ワンコイン

しおりを挟む
「こ――琴姉っ、ひ、ひひひ、人前で、な、何考えてんだよっ⁉」
「何って、唇についていたチョコを取ってあげただけじゃない? あっれぇ~? ひょっとして、ヒナちゃんが言ってたことってキスコレのことだったの?」

 そりゃあもう実に楽し気な表情でもって笑いかけてくる琴姉。
 こ、この姉だきゃあ……。分かってて俺を弄んでやがるな……!

 そんな中、せめてもの救いは席のこともそうだが琴姉の背中越しってこともあって、野次馬ギャラリーどもからは本当にしてたのかどうかがハッキリとは見えていなかったって点くらいか……。
 とはいえ、琴姉のこういった暴走は日増しに強くなってきている。
 何としてでも、今ココで食い止めなければ取り返しのつかないことにだってなりかねねぇ……。

 そんなことを考えていたところへ、

「いいわよ……」
「……え? こ、琴姉、今なんて? もしかして、い、いいって……」

 琴姉の口をついて出た思いもしなかったセリフに思わず聞き返してしまう俺。

「よくよく考えてみれば、ヒナちゃんって子供の頃から恥ずかしがり屋さんで、人に見られたりするのってすごく気にしちゃう子だったもんね……。お姉ちゃんはそんなの全く気にしないけど……。まぁ、そういう恥ずかしがり屋さんなところもヒナちゃんらしくてお姉ちゃん大好きだけどね♡」

 あくまでもキスされること自体を拒んでいるとは全く以って考えていない辺りが琴姉らしいというかなんというか……。
 ともあれ、琴姉の口から飛び出してきた千載一遇のこのチャンスをものにすべく、あくまでも慎重に話を進めていくことにする。

「だから、ヒナちゃんがそうまで言うなら、考えてあげてもいいわよ……。ただし、ヒナちゃんもお姉ちゃんのお願いを一つ聞いてくれるなら、だけどね?」
「え? お願いって……。な、何で俺がそんなもの聞かなくちゃならないわけ?」
「だってだってぇ~、お姉ちゃんは本来なら学校だろうと何処だろうと片時も離れず――。それこそ全校集会の壇上でもって全校生徒、全教員が見守る中、ヒナちゃんとお姉ちゃんとの愛の証を見せびらかしたいってくらい思ってるのにぃ……!」

 あ、アホかぁああああああっ‼ んなことされたら退学になっちまうだろうがっ⁉

 い、いや、琴姉のことだからその辺は姉弟間におけるスキンシップの一環です♪ みたいなこといって有耶無耶にしちまいそうな気もするが……。
 にしても、この姉はそんなおっそろしいこと考えてやがったのか!? そんなことになっちまったら、俺の学園生活自体が完全に破綻しちまいかねんぞ……。

「そんなお姉ちゃんに我慢を強いるんだから、一つくらいお姉ちゃんのお願いをきいてくれたって罰はあたらないでしょ?」

 くっ、誰が聞いたって無茶苦茶な理屈だが、これ以上下手なこと言って話がこじれても面倒だし……。今はそれに従う以外なさそうだな……。

「わ、分かったよ……。そ、それでお願いってのは、な、何なんだよ?」
「大したことじゃないのよ。只、ヒナちゃんと愛を確かめない間もお互いの気持ちがちゃんと繋がってるって感じがれる――形あるものが欲しいの……」
「?」

 こらまた、えらく難解なことを言ってきやがったな……。
 愛を感じられる形あるものって……。何だよそりゃあ?
 正直、全く以って見当もつかねーんだ――。

「――‼」

 瞬間、雷が落ちたように俺の頭を過ったのは、ここに来る途中にあったジュエリーショップの姿であった。

 ま、まさかとは思うが、こ、婚約指輪でも買わせようって魂胆じゃねーだろうな?

 愛の証、形あるもの、指輪……。

 う、うわぁ~~~、い、嫌ってくらいに全てが符号するというかなんというか……。

「……ごくっ、ち、因みに、一体何が欲しいってんだよ? い、言っとくがな、お、俺はあくまでも平凡な、それも極めて凡庸な一高校生でしかないんだぞ?」

 そんな心配をよそに、琴姉はというと、

「ヒナちゃんの懐具合くらいお姉ちゃん、ちゃんと把握しているわよ。そんな高い物を強請る訳ないでしょ? お姉ちゃんが欲しいのはあくまでもワンコインで買える範囲のものよ」

 そう言って笑顔を浮かべる琴姉。
 俺としてはその笑顔が逆に怖いというか……。
 そんなことを思いつつも、俺は改めて琴姉に訊ねてみた。

「わ、ワンコイン?」
「そ、ワンコイン♪」
「わ、ワンコイン……。ま、まぁ、それくらいなら……――‼」

 ワンコイン。聞きなれた響きについつい了承してしまいそうになるも、

 い、いや、ちょっと待てっ!
 な、何か、余りにも話が都合よく進みすぎちゃいないか?
 あ、相手はあの琴姉だぞ? だ、騙されるなっ! これにもきっと何か裏があるに違いない……。

 か、考えろっ、考えるんだ、陽太っ! 迂闊に返事をして取り返しのつかないことになる前に、考えうる全ての可能性を考慮するんだっ‼
 ワンコイン……ワンコイン……。
 ワンコインで何か俺が見落としていることはないか⁉ 何か、重大なことを忘れちゃいないかっ⁉

「……………………」

 ポクポクポクポクポクポク……チーーーンッ!

「――‼」

 それこそ、今までの人生で一二を争うくらい脳をフル回転させた結果、俺の脳裏にある天才的な閃きがっ!

 わ――分かったっ! そ、そうか、そういうことだったのかっ! 琴姉の意図がようやく理解出来たぜっ!

「♪」

 見つめる先には、俺が巧妙に仕掛けられた罠を見破ったとも知らず、笑顔を振りまいてくる琴姉。
 にしても、我が姉ながら、お、恐ろしい……。何てデンジャラスなこと考えつくんだよ?

 そんなことを思いつつも改めて、琴姉へと交渉を続けていく。

「こ、琴姉……。さっきから言ってるワンコインって、もしかして、デッドコインのことじゃねーだろうな?」

 デッドコイン――。
 一時巷を賑わせた仮想通貨にして、今では確か1デッドコイン数百万円から取引されているという化け物通貨のことだ。
 言われてみれば、アレもある意味ワンコインと言えなくもないからな……。
 にしても、あ、危ないところだったぜ……。迂闊にOKしてたら借金漬けにされた挙句、一生飼い殺されるところだったぜ。
 
 だが、それもこうして見破ったお陰でどうにかこうにか事なきを得た……。
 フッ、残念だったな琴姉……。いつまでも俺がアンタの手のひらの上でジャグリングしてるなんて思ってたら大間違いだぜ? こう見えても俺も成長してるってことさ……。

 てな感じに心の中でもって、勝ち誇っていたところへ、

「ぷっ、アハハハハハ♪」
「⁉ こ、琴姉?」

 突然のそんな爆笑に動揺しまくりの俺を余所に、琴姉はというと、

「アハハハハ♪ な、何を言い出すのかと思ったら……。わ、ワンコインっていったら普通500円のことに決まってるじゃない。それをデッドコインとかって……。ホント、ヒナちゃんてば可愛いんだからぁ~♡ ん~~~~♡」

 ケタケタ笑いながらも再び俺にキスをすべく顔を近づけてくる。

「だぁ~~~っ、だからソレを止めいっつーの!」

 し、しかし、琴姉のこの反応……。それなら何だってんだよ? 

 くっ、そもそも、ジュエリーショップなんて一度も入ったことがねーからどんなものが置いてあるのかもよく分からねーけど……。
 100均じゃあるまいし、ワンコインなんかで買えるような商品なんて置いてあるのかよ?

 ともあれ、ここまでハッキリと500円と言い切ったんだ……。
 だったら、何もそこまで警戒することもないんじゃね?
 正直、今月は余り小遣いも残ってねーけど、それでも500円くらいなら……。

 そんな浅はかな考えでもって俺は遂に決断してしまった――。

「よし、分かったっ! 琴姉、その話乗ったっ!」
「契約成立ね♪ ただし、もし約束を破ったりしたらその場合はペナルティとして、それ相応の罰を受けてもらいますからね?」
「――ぺ、ペナルティ? ……くっ、ま、まぁ、いいだろう……。でも、ソレは琴姉も同様だぜ? もしも、500円を超える金額の物を強請った場合、琴姉にも当然ペナルティを与えるぜ?」

 こうして俺はついに悪魔琴姉との契約を済ませ、喫茶店を後にすることになった――。


「――……さて、鬼が出るか蛇が出るか……。いざ尋常に勝負っ!」

 てな心構えでもって、ついにやってきたジュエリーショップの自動ドアをくぐろうとしたその時だった。

「――ちょっと、ヒナちゃん! どこいくつもりよ? 用があるのはソッチじゃなくてコッチなんですけど?」
「へ?」

 そんな声に振り返ってみたところ、

 え?

 江?
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...