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最終回 結末
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敏明が、その後どうやってアパートまで戻れたのかは、記憶にない。
ただ、ユーミのいなくなった室内は、無駄に広く感じられて仕方なかった。
それから三日間、敏明は、飲まず食わずのまま、ただぼぅっと天井を見つめていた。
殴られ、蹴られ、プライドを傷つけられた事よりも、無限にも思える虚無感が辛い。
たった半年間一緒だったユーミがいなくなっただけで、こんなにも虚しさに捉われるとは、思ってもみなかった。
(ユーミから、何の連絡もない。
あいつ、どうなっちまったんだろう?
あの男に、連れて行かれちまったのかな?)
(なんか、契約違反がどうとか、処分がどうとか言ってたけど……)
敏明は、ユーミの身の安全だけではなく、あの男からの更なる報復? にも警戒していた。
しかし、その後何のリアクションもないまま、時だけが過ぎて行く。
(テレビでも……見てみるか)
あまりの虚しさに苛まれ、敏明はあまり見ないTVを点けてみた。
すると、何かニュースがやっている。
『――実業家・友坂清史さんは、○年前に外食事業で大成されて以来、20○○年には十六もの会社を経営する等、破竹の勢いで様々な事業を成功させて来られ――』
(つまんねぇニュース……)
TVを消そうとして画面を見た敏明は、思わず動きが止まった。
画面には、先日自分を辱め、傷つけ、ユーミを奪い去ったあの男の顔が、はっきりと映し出されていた。
『――今回の破産宣告は、各業界に大きな波紋を投げかけました。
何故、あれほど勢いに乗っていた友坂氏が、こんなに突然破産宣告をしたのでしょう?
今回は、その謎に迫り――』
(間違いない、あいつだ!
薄暗かったけど、見間違う筈がない!
あいつが実業家? 破産?
一体何がどうなってるんだ?)
ニュースの内容呆然となっている敏明の耳に、ドアをノックする音が聞こえる。
玄関に出てみると、見覚えのある姿が――
『青野敏明様のご自宅で、間違いありませんでしょうか?』
「あ……」
『イーデル社の谷川と申します。
お伝えしたいことがありまして、ご訪問させて頂きました』
「――はい、ニュースでご覧の通りです。
ユーミのオーナーである友坂様は、我が社との契約違反を行われたため、違約金を支払う事となりました。
この度の破産申告は、多分にその影響でしょうね」
「それはいいけど、何故、そんな話を俺に?」
「はい、貴方が友坂氏に拉致監禁・暴行された際の顛末のご報告と、こちらを、お届けに参った次第です」
そう言いながら、谷川は、分厚い封筒を差し出した。
中には、万札が……ぱっと見ただけでも、数百万は確実にある。
「な?! な、なんでこんな?!」
「そちらは、この度の一件のお見舞い金と、ロイエについての口止め料となります。
誠に申し訳ありませんが、お受け取りに際して、こちらの誓約書にサインを――」
予想外の大金に、一気に心が弾んだ敏明は、迷わず書類にサインした。
「ありがとうございます。
これは正式な契約ではございますが、非合法取引でもありますので、銀行口座は経由せず、直接――」
「それより、顛末ってのを教えてよ!
それと、ユーミは?」
「はい、順を追ってご説明いたします」
谷口の報告によると、今回の拉致暴行事件と、友坂が契約違反と認定された事は、密接な関係があったという。
「友坂氏が青野様に行ったことは、れっきとした犯罪行為です。
しかも氏は、それに我が社のロイエを使用しました。
これが、今回最重要視されました」
「ま、待ってくれよ!
なんで、そんな事を、あんたらが知ってるんだ?」
「これです――」
谷川は、懐から小さな機械を取り出し、スイッチを入れた。
『お前ら“物”は、持ち主の言う事を素直に聞いてりゃいいんだよ!
さて童貞くん、ここでお前の童貞散らさせてやるよ。
ユーミじゃねえけど、セーラもイイ“女”だぜ?
遠慮しねぇで、楽しんでいけよ』
「これは! あの時の?!」
「そうです。この音声は、友坂氏がキリカに命じて、ボイスレコーダーに録音したものです。
友坂氏は、この内容を我が社に提出し、ユーミが自らの意志で脱走した言質を取ろうとしたのです。
それが認められれば、ユーミの失態となり、友坂氏の過失ではなくなりますから」
「で、でも、じゃあ、なんで?」
「これを録音したキリカは、友坂氏から録音停止の指示を受けなかったようです。
そのため、一部始終を録音し続けたわけです」
「で、それを、あんたらに提出した……?」
谷川は、無言で頷いた。
つまりは、友坂の壮絶な自爆行為だったわけだ。
「でも、なんで、あのロイエは……録音をそのまま?」
「それはわかりません。
もしかしたらキリカの中にも、友坂氏への反発があったのかもしれませんね。
――もはや、それは永久にわかることはありませんが」
「永久に」というところで、敏明が反応する。
「それ、どういう意味なんだよ?」
「ここから先は、お話する必要がないかと存じますが」
「ここまで話したなら、教えてくれよ!
それに、ユーミはどうなったんだ?
元気なのかよ、あの子は?!」
敏明は、谷川の両肩を掴んで迫る。
谷川は、一瞬言いよどむような態度を見せた後、静かに話し始めた。
「この度の一件が判明したことにより、関わったロイエは全て“処分”されました」
「処分……? ど、どういう意味?」
「明確に表現しますと、殺処分です」
「な……!?」
主人の下を勝手に離れ、非契約者と長期に及ぶ同棲を行ったユーミ。
命令とはいえ、犯罪行為に加担し、非契約者との性行為に及んだセーラ。
それを補助し、同じく非契約者への性行為を行ったキリカ。
いずれも、イーデル社の規律に大きく反するものだという。
「なんで、何でだよ! 何も、殺すことはないじゃないかぁ!!」
「残念ですが、それが我が社の取り決めとなっておりますので。
――お話は以上となります。
青野様、どうかくれぐれも、この度の件……そしてユーミの件について、他言されませぬよう、宜しくお願いします」
「――消えろ、消えちまえよぉ!!
俺の前から、消えろぉ!!」
「最後に、もう一つだけ」
「まだ、何かあるのかよ?!」
「この度の、友坂氏に関する報告は、本来、青野様にはお伝えする必要のないものでした」
「じゃあ、なんで――」
「ユーミの、願いだったからです」
「!!」
「ユーミは、最期の瞬間まで、青野様のことを心配しておりました。
彼なりの気遣いなのでしょう――今回の顛末を、どうか伝えて欲しいと。
それで、青野様のお気持ちが、少しでも晴れればと、そう申しておりました」
「ゆ、ユーミ……ぃ」
「それでは、失礼いたします」
「う、うわ……あぁぁぁぁ……あああああああ!!!」
敏明の泣き声に追われるように、谷川は退室した。
部屋に残ったのは、泣きじゃくる敏明と、大金の入った封筒、そして誓約書の控え。
半年間、愛の巣として機能した部屋は、もはやただの「空間」でしかなくなっていた。
それから数週間後、敏明はアパートを引き払った。
彼が何処に向かったのかは、誰も知る由はない――
~Reue~(ロイエ) 優美
完
ただ、ユーミのいなくなった室内は、無駄に広く感じられて仕方なかった。
それから三日間、敏明は、飲まず食わずのまま、ただぼぅっと天井を見つめていた。
殴られ、蹴られ、プライドを傷つけられた事よりも、無限にも思える虚無感が辛い。
たった半年間一緒だったユーミがいなくなっただけで、こんなにも虚しさに捉われるとは、思ってもみなかった。
(ユーミから、何の連絡もない。
あいつ、どうなっちまったんだろう?
あの男に、連れて行かれちまったのかな?)
(なんか、契約違反がどうとか、処分がどうとか言ってたけど……)
敏明は、ユーミの身の安全だけではなく、あの男からの更なる報復? にも警戒していた。
しかし、その後何のリアクションもないまま、時だけが過ぎて行く。
(テレビでも……見てみるか)
あまりの虚しさに苛まれ、敏明はあまり見ないTVを点けてみた。
すると、何かニュースがやっている。
『――実業家・友坂清史さんは、○年前に外食事業で大成されて以来、20○○年には十六もの会社を経営する等、破竹の勢いで様々な事業を成功させて来られ――』
(つまんねぇニュース……)
TVを消そうとして画面を見た敏明は、思わず動きが止まった。
画面には、先日自分を辱め、傷つけ、ユーミを奪い去ったあの男の顔が、はっきりと映し出されていた。
『――今回の破産宣告は、各業界に大きな波紋を投げかけました。
何故、あれほど勢いに乗っていた友坂氏が、こんなに突然破産宣告をしたのでしょう?
今回は、その謎に迫り――』
(間違いない、あいつだ!
薄暗かったけど、見間違う筈がない!
あいつが実業家? 破産?
一体何がどうなってるんだ?)
ニュースの内容呆然となっている敏明の耳に、ドアをノックする音が聞こえる。
玄関に出てみると、見覚えのある姿が――
『青野敏明様のご自宅で、間違いありませんでしょうか?』
「あ……」
『イーデル社の谷川と申します。
お伝えしたいことがありまして、ご訪問させて頂きました』
「――はい、ニュースでご覧の通りです。
ユーミのオーナーである友坂様は、我が社との契約違反を行われたため、違約金を支払う事となりました。
この度の破産申告は、多分にその影響でしょうね」
「それはいいけど、何故、そんな話を俺に?」
「はい、貴方が友坂氏に拉致監禁・暴行された際の顛末のご報告と、こちらを、お届けに参った次第です」
そう言いながら、谷川は、分厚い封筒を差し出した。
中には、万札が……ぱっと見ただけでも、数百万は確実にある。
「な?! な、なんでこんな?!」
「そちらは、この度の一件のお見舞い金と、ロイエについての口止め料となります。
誠に申し訳ありませんが、お受け取りに際して、こちらの誓約書にサインを――」
予想外の大金に、一気に心が弾んだ敏明は、迷わず書類にサインした。
「ありがとうございます。
これは正式な契約ではございますが、非合法取引でもありますので、銀行口座は経由せず、直接――」
「それより、顛末ってのを教えてよ!
それと、ユーミは?」
「はい、順を追ってご説明いたします」
谷口の報告によると、今回の拉致暴行事件と、友坂が契約違反と認定された事は、密接な関係があったという。
「友坂氏が青野様に行ったことは、れっきとした犯罪行為です。
しかも氏は、それに我が社のロイエを使用しました。
これが、今回最重要視されました」
「ま、待ってくれよ!
なんで、そんな事を、あんたらが知ってるんだ?」
「これです――」
谷川は、懐から小さな機械を取り出し、スイッチを入れた。
『お前ら“物”は、持ち主の言う事を素直に聞いてりゃいいんだよ!
さて童貞くん、ここでお前の童貞散らさせてやるよ。
ユーミじゃねえけど、セーラもイイ“女”だぜ?
遠慮しねぇで、楽しんでいけよ』
「これは! あの時の?!」
「そうです。この音声は、友坂氏がキリカに命じて、ボイスレコーダーに録音したものです。
友坂氏は、この内容を我が社に提出し、ユーミが自らの意志で脱走した言質を取ろうとしたのです。
それが認められれば、ユーミの失態となり、友坂氏の過失ではなくなりますから」
「で、でも、じゃあ、なんで?」
「これを録音したキリカは、友坂氏から録音停止の指示を受けなかったようです。
そのため、一部始終を録音し続けたわけです」
「で、それを、あんたらに提出した……?」
谷川は、無言で頷いた。
つまりは、友坂の壮絶な自爆行為だったわけだ。
「でも、なんで、あのロイエは……録音をそのまま?」
「それはわかりません。
もしかしたらキリカの中にも、友坂氏への反発があったのかもしれませんね。
――もはや、それは永久にわかることはありませんが」
「永久に」というところで、敏明が反応する。
「それ、どういう意味なんだよ?」
「ここから先は、お話する必要がないかと存じますが」
「ここまで話したなら、教えてくれよ!
それに、ユーミはどうなったんだ?
元気なのかよ、あの子は?!」
敏明は、谷川の両肩を掴んで迫る。
谷川は、一瞬言いよどむような態度を見せた後、静かに話し始めた。
「この度の一件が判明したことにより、関わったロイエは全て“処分”されました」
「処分……? ど、どういう意味?」
「明確に表現しますと、殺処分です」
「な……!?」
主人の下を勝手に離れ、非契約者と長期に及ぶ同棲を行ったユーミ。
命令とはいえ、犯罪行為に加担し、非契約者との性行為に及んだセーラ。
それを補助し、同じく非契約者への性行為を行ったキリカ。
いずれも、イーデル社の規律に大きく反するものだという。
「なんで、何でだよ! 何も、殺すことはないじゃないかぁ!!」
「残念ですが、それが我が社の取り決めとなっておりますので。
――お話は以上となります。
青野様、どうかくれぐれも、この度の件……そしてユーミの件について、他言されませぬよう、宜しくお願いします」
「――消えろ、消えちまえよぉ!!
俺の前から、消えろぉ!!」
「最後に、もう一つだけ」
「まだ、何かあるのかよ?!」
「この度の、友坂氏に関する報告は、本来、青野様にはお伝えする必要のないものでした」
「じゃあ、なんで――」
「ユーミの、願いだったからです」
「!!」
「ユーミは、最期の瞬間まで、青野様のことを心配しておりました。
彼なりの気遣いなのでしょう――今回の顛末を、どうか伝えて欲しいと。
それで、青野様のお気持ちが、少しでも晴れればと、そう申しておりました」
「ゆ、ユーミ……ぃ」
「それでは、失礼いたします」
「う、うわ……あぁぁぁぁ……あああああああ!!!」
敏明の泣き声に追われるように、谷川は退室した。
部屋に残ったのは、泣きじゃくる敏明と、大金の入った封筒、そして誓約書の控え。
半年間、愛の巣として機能した部屋は、もはやただの「空間」でしかなくなっていた。
それから数週間後、敏明はアパートを引き払った。
彼が何処に向かったのかは、誰も知る由はない――
~Reue~(ロイエ) 優美
完
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