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第二章 ロイエ編

ACT-21『 あ ん た も か い 』

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「弊社のスタッフが、このホテルのロビーにて澪を捕獲したとの、連絡が入りました」

「はぁ?!」

 谷川の、予想外過ぎる報告に、卓也は思わず変な声を上げた。
 と同時に、頭がフル回転を始める。
 今、澪がイーデルに捕まったとあれば、先ほど谷川が提示した話は一気に進んでしまう。
 何故なら、谷川は「澪が何処にいるのか」を知りたがっていたのだから。
 それが判ってしまった以上、もう、卓也は谷川にとって存在意義はなくなってしまう。
 それくらいのことは、困惑しまくりの卓也でも、すぐに察することが出来た。

 だが――と、いうことは……





  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 
 ACT-21『 あ ん た も か い 』






「卓也様?」

 不思議そうな表情で、谷川が顔を覗き込む。
 
「それでは一旦、本件については購入者でおられる孝蔵様に連絡して、その後、正式な取り交わしを――」

「ま、待ってくれ!」

 卓也は、咄嗟に谷川の肩を掴んだ。

「は?」

「澪のことだけど、じ実は、お願いがあって来たんです!」

 少々ドモりながらも、ありったけの覚悟で告げる。
 谷川は、肩う掴む手を振り解こうともせず、無言で聞き入った。

「澪を、買い取らせて欲しかったんです!」

「え?」

「ですから、茉莉だけじゃなく、澪も改めて購入させて欲しかったんです!」

 言った。
 言い切った。
 卓也は、自分で言いながらも、頭の中で「ああ、やっちまった……」と、妙に客観的な事を思ってもいた。

「つまり、貴方も、澪の購入を改めて行う意志があるということなのですね?」

「そ、そうです!
 すみません、言い出すのが遅くなって」

 肩から手を離しながら、頭を下げる。
 谷川は、嫌がるような素振りは見せず、改めて椅子に座り直した。
 元々、金卓也とはこっちの方向に話を持っていくことだった。
 なので、本来であれば迷うべきではなかったのだ。
 ここからは、何事も即決していかなければならないと、卓也は金卓也に教わった事を思い返した。

「しかし、それでは時坂様のご要望と合致してしまいますので、一度交渉が必要となりますが」

「いや、今この場で、澪の所有権を獲得させて欲しいんです!
 どうにかなりませんか?」

「この場で、ですか?」

「はい!」

「……判りました。
 そこまでのお覚悟がおありでしたら、そのご意志を私から時坂様へ伝えます。
 ですが、孝蔵様へは――」

「それも、今すぐ!」

 そう言うと、卓也はすかさずスマホを取り出した。
 以前、一度かけたことがある電話の履歴を引っ張り出し、父親へ即電話をかける。
 十数回のコールで、ようやく繋がった。

『なんだぁ、この忙しい時に!?』

「お、親父、聞いてくれ!」

『あ、なんだ澪の話か? 今、谷川さんと――』

「俺、澪を買い戻す!」

『はぁ?!』

「澪を買い戻したいんだ! 勿論、茉莉もそのままで!
 追加購入だ! いいだろ?!」

『ちょ、待て!
 いくらお前の誕生日プレゼントと言ってもな! 二体となると金額が――』

(澪って、誕生日プレゼントだったのかよ!
 誕生日に息子へ少年奴隷を送る父親って、終わってんなあ)

 そんな事を思っていると、なんだか、不思議と緊張感が解れて来たような気がする。

「だったら、俺が自分の金で買えば問題ないだろ?!
 じゃあ、そういうことで決めたから! あばよ親父!!」

『ちょ、待っ』

 プツン、ツーッ、ツーッ……

「ふぅ。
 じゃ、そういうことで」

 妙にすっきりした顔で、谷川に向き直る。
 そのやりとりを眺めていた彼女は、何故か顔を赤らめていた。

「素敵です。
 豪快なまでの即決力と、交渉力。
 さすがは、神代卓也様ですね!」

 なんだか感動しているような態度で、谷川は一冊の小冊子のようなものを取り出した。
 その拍子部分に「小切手」と書かれているのを見止め、卓也はぎょっとした。

「それでしたら、今この場で、こちらに澪の購入金額をご記述頂いても?」

「あ、そうか。
 契約書はもう、こっちにあるから」

「左様です。
 こちらを今この場でご提示頂けるようでしたら、即契約完了ということで、時坂様の要望を突っぱねる材料になりますが、いかがでしょう?」

 ゴクリ、と喉が鳴る。
 谷川は、支払い地の銀行情報は後でイーデル側で記述すると説明してくれた。
 卓也は、振出地と振出人の記述を行えば、それだけで良いとの事。
 幸い、金卓也の名刺があるので、そこは問題なく記述出来た。

 問題の金額だが――

「ありがとうございます。
 それでは、金額はこちらで記述いたします。
 ご確認願います」

 そう言うと、谷川はスラスラと、小切手の金額欄に数字を書き込んだ。

 “56,000,000”

 卓也は、ブッと吹き出した。

「た、高っ!! ロイエって、そんなに高かったんだ?!」

「卓也様、大丈夫ですか?
 今ならまだ破棄出来ますが――」

「あ、いえ、ドンとやっちゃってください」

「まぁ、素晴らしい!
 よほど澪を気に入ってくださったのですね、承知いたしました」

 何故かとても嬉しそうに、谷川は小切手を受け取り、ハンドバッグに片付ける。
 その後、何者かに電話を入れると、澪の拘束を解き、適当な空き部屋を取ってそこで待たせるようにと指示を送る。
 電話を切ると、谷川はフゥと息を吐き、改めて卓也に見入った。

「安心しました。
 卓也様が、澪を改めて引き取ってくださって」

 その言葉は、今までのビジネスライクなものと違い、まるで雑談をするかのような、軽い口調だ。
 妙な態度の変化ぶりに、卓也は一瞬戸惑った。

「といいますと?」

「はい、実は私は、澪を時坂様の所には行かせたくないと考えておりました」

「え? それは何故?」

「はい。本当は、こんな事は申し上げては行けないのですが――」

 谷川は、時坂の“性質”について、語り出す。
 今まで六人以上ものロイエを購入したものの、その大半を“処分”しており、尚も新たなロイエを欲しているというのだ。

「ちょ、確か、処分て、この場合……」

「はい。
 殺処分です」

「どういう事ですか?!
 なんで、そんなことに?」

「聞くところによりますと、時坂様は非常にその、サディスティックな性質をお持ちのようで。
 ロイエ達に、かなりハードな調教を施されていたようなのです。
 それで、自壊してしまう子が出てしまい――その結果、もうロイエとして働く事が不可能となり、それで……」

 その話を聞いて、卓也は、自分が選んだ選択が正しかったことを実感した。
 それどころか、僅かでも時坂の許へ行った方が、と考えた自身を恥じた。

「しかも時坂様は、横取りと申しますか、他の購入者が既に購入済みのロイエをも欲する傾向がありまして、今までも色々とややこしい契約をされた経歴をお持ちなのです。
 以前も、杏里という子を巡って――いえ、これは関係ありませんね、申し訳ありません」

「な、なんか色々話してくれたのはいいいですが、その……大丈夫なんですか?」

 いきなり饒舌になった谷川が心配になり、卓也は思わず声をかける。
 だが谷川は、顔を赤くしたまま、こっくりと頷いた。

「そうですね、うっかり社外秘を話してしまいました。
 卓也様、どうか、この件は口外なさらないようにお願い出来ませんでしょうか?」

「それは当然です。
 谷川さんも、ロイエ達をご心配なさっている様子が伝わりましたから」

 ようやく、自然な笑顔になれる。
 だが不思議な事に、谷川の顔から、当初の冷静さが失われつつあるように思えて来た。
 ぼうっとした表情で、こちらをじっと見つめている。
 照れ臭くなってきた卓也は、夜景を眺めるふりをして、視線を逸らした。

「ロイエに対して、そこまで真剣になってくださる御仁……とっても素敵です。
 澪は、本当に素晴らしいご主人様に巡り会えたのですね。
 卓也様、どうか、澪をこれからも大事にして差し上げてください」

 そう言いながら、深々と頭を下げる。
 まるで、娘を送り出す母のようだと、卓也は思った。
 同時に、もう後戻りが出来ない立場になったという事も、自覚せざるを得なくなった。

 しばらくの沈黙の後、谷川は、少し火照ったような顔で見つめて来た。

「あの、卓也様。
 あともう少しだけ、お時間を頂戴しても?」

「え? ええ、澪が問題ないのであれば」

「承知しました。
 では、申し訳ありませんが、今しばらくお待ちください」

 そう言うと、谷川は部屋の奥の方に歩いて行き、ドアの向こうに姿を消した。

 それから数分、何の変化もない。
 夜景を眺めるのに飽きた卓也は、谷川が何をしているのか、気になり出す。
 とても広いホテルの部屋内を散策する振りをして、部屋の奥へ進んでいくと、とあるドアの向こうから物音が聞こえてくるのに気付く。

 それは、シャワーの音。

「……え?」

 なんだか覗きをしているような気分になって来た卓也は、急いで元の場所に戻る。

(な、なんで、このタイミングでシャワーなんか浴びてるんだ?)

 状況が理解出来なくなってきた卓也は、約束した手前勝手に帰ることも出来ず、居心地の悪さを感じながらもじっと待ち続ける。

 それから更に十分ほど経った頃、ようやく、奥の方から足音が近づいて来た。

「大変お待たせいたしました……」

「?!」

 戻って来た谷川を見て、卓也は思わず、椅子からずり落ちた。

 谷川は、全裸の上にバスタオルだけをまとった姿だった。
 アップにした髪、露出した首筋と肩、そして根元からほぼ丸出しになっている美しい脚。
 そして、艶っぽい表情を浮かべる顔……
 それまでも見とれる程の美しさだったが、今の彼女は、そこに艶が加わり、また違った妖艶な魅力を感じさせる。
 これが何を意味しているのか、さすがの卓也にも察する事が出来た。
 カイザーソードが即座に反応し、潤滑油が漏れる。

「たたた、谷川さん、こ、これは、いったい?!」

「はい、先ほどの社外秘の件の、口止め料です♪」

「は?」

「それに、一人のロイエの命を救ってくださった事に対する、お礼の意味も含めて。
 ――どうぞ、ご遠慮なく、お召し上がりください」

 はらり、とバスタルが床に落ちる。
 一糸纏わぬ姿になった谷川は、そのままゆっくりと、卓也の前へと歩み寄った。



 そして卓也の視線は、彼女の――いや、「彼」の股間に注がれた。


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