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第二章 ロイエ編

ACT-22『色々訳あって、一線越えちゃいました』

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 自身が持つ才能や特性を、本人が受け入れ望んでいるとは限らない。
 たとえそれが、周囲が羨むほど優れた素質だったとしても、本人からすれば無駄でしかなく、また認めたくはない物だったり。
 そういう事は、稀ではあるがありうるものだ。


 神代卓也は、自他共に認めるほど、女運がない。
 彼自身が既に忘れてしまった過去を遡っても、女性絡みでろくな経験をしていない。

 保育園では女の子の遊びの輪に加えて貰えず、小学校の時は距離を置かれ、中学・高校ではそもそも接する機会に恵まれず男友達とばかりつるんでいた。
 大学になってようやく縁が出来、彼女が出来たと思えばNTRの洗礼。
 それ以外でも、こちらが興味を抱けば相手は離れ、相手と接する機会があれば外的要因によって邪魔される。
 そんな事ばかりだった為、卓也は女性観やその対応について色々と拗らせてしまい、またそれを補正しようと力を貸す者もいなかった。

 その結果、本人には特段目立った問題が少ないにも関わらず、とことん女縁に恵まれない男が生まれてしまった。


 しかし、そんな彼にも、良縁が全くないわけではない。
 いやそれどころか、他では考えられないレベルの強い引力のような性質があり、対象を強烈に惹きつけてしまうようだ。
 
 ――その対象が、「男」だという問題はあるが。

 そして今夜もまた一人、卓也のもたらす「謎の惹きつけパゥワ」に魅せられてしまった美女……もとい、美少年? 美青年? が約一名。

 その名は、谷川沙貴たにがわ さきという――






  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 
 ACT-22『色々訳あって、一線越えちゃいました』





「あ、あんたもロイエなのか?!」

「はい、そうです。
 故ありまして、クライアント所有ではなく、イーデル社の社員に登用されておりますが」

「あ、そう……って、この世界もしかして、女居ないんじゃないの?!」

「うふふ♪ 卓也様、ロイエを二人も購入されるほどの性豪なのに、すごく初々しい反応……素敵です♪」

 谷川が、心底うっとりした表情で見つめる。
 その目は正に、獲物を捉えた肉食獣の如き。
 初めて会った時の、理性的で冷たいイメージは、もはやない。
 透き通るような美しい肢体を惜しげもなく晒し、谷川は、卓也の膝の上に座った。

「ふや……」

「ご安心ください、澪と茉莉には、決して言いません。
 ですから、どうぞご遠慮なく――」

「わ、悪いけど!
 お、俺、男とそういう事をする趣味ないからっっ!!」

 谷川の肩を掴み、押し退けるようにしながら叫ぶ。
 だがその直後、卓也は思わず自分の口に手をやった。

(あ……し、しまった!)

「卓也様?」

 向けられる、疑惑の視線。
 顔にタテ線を引きながらも、卓也はひとまず何かをまとうようにと、谷川に促した。

「私では、ご不満という意味でしょうか」

「い、いや、そういうんじゃなくってね」

 拒絶されたと思ったのか、谷川はとても寂しそうに、そして申し訳なさそうに呟いた。
 否、卓也でなく金卓也やソッチの趣味のある人なら、彼は正にご馳走のように思えることだろう。
 それくらいは想像に容易いが、卓也自身は違うのだ。

「男に、興味がない、と? 今?」

「え、あ、その、それは」

「卓也様って、もしかして」

「え、あ、あ、あ」

 ずい、と顔を近づけてくる。
 見とれるほどの美人が、眼前15センチほどにまで近づくと、もう凝視することしか出来ない。
 卓也の心臓が、バクバク言い始めた。

「本当は、女性の方がお好みなのですか?
 ロイエよりも?」

「え、ええ、まあ……」

「というか、本当は女性しか愛せない方?」

「あ、はい」

 もうやけだ。
 元来隠し事が苦手な卓也は、もう破れかぶれになり始めていた。

「男は、全然駄目なんですか?」

「そ、そうなんです……抵抗があって」

「では、茉莉や澪とは……」

「し、してないです! そういうことは!! 一切!」

「……」

 谷川の顔から、火照りが徐々に失われる。
 床に落ちたバスタオルを再びまとうと、不思議そうな顔つきで小首を傾げる。

「ロイエを、家政婦としてだけに使われていらっしゃるのですか?」

「え! は、はい! そ、そうなんですよ!!」

 どういう誤解をしたのかよくわからないが、とりあえず、自分の素性を疑われたわけではないようだ。
 卓也は、これまでの澪との生活を振り返り、それを茉莉にも当てはまるように微調整を加え、普段の生活について説明する。
 だが、それを聞かされた谷川の表情が、だんだん曇って来た。

(あれ? ど、どうしたんだろ?)

 顔色を伺い、またも不安になる。
 谷川は、バスタオル巻きのまま椅子に座ると、すっと脚を組んだ。
 一瞬、脚の間から柔らかそうなものが覗き、思わず目線を逸らしてしまう。

「卓也様、もしや、ロイエの特性をご存知なかったのでしょうか?」

「特性?」

 卓也の反応に、谷川は、顔には出さないまでも明らかに呆れているようだ。

「ロイエは、ただの家政婦少年ではありません。
 性的奉仕を目的に開発された、所謂“セクサロイド”なのです」

「せ、せくさ……?」

「性的な玩具として最適な調整が行われているホムンクルスという意味です。
 ロイエは、通常の一般男性とは大きく異なる造精能力を持っています。
 つまり、それだけ性欲が強いんです」

「え」

「加えてロイエは、専門の調教師によって、性的な技法を習得させられています。
 その為、彼らはセックスやそれに類する行為に対し、非常に貪欲です。
 ですので、クライアント様におかれましては、彼らへ適度な性欲処理を施してやる必要があるのです」

「せせせ、性欲処理?」

「ざっくばらんに言うと、“必ず抱いてあげてください”という意味です」

「ひえ?!」

 その説明で、卓也の頭の中で何かが繋がる。
 初めて逢ったばかりの頃、やたらと性的なアプローチを仕掛けて来たのは……

「で、でも、た、谷川さんは……」

「わ、私は、その……仕方ないので、一人で、その……」

 またも顔を真っ赤にして俯く。
 そんな態度に、不覚にも一瞬可愛いと思ってしまった。

「あ、あの、もしもですよ?!
 もしも、その、せ、性欲処理をしてやらなかったら、ロイエはどうなるんですか?」

 何故か、そんな質問が口を突いて飛び出してしまう。
 
「物凄く欲求不満になってしまいますね、きっと」

「はぁ、それだけですか」

「射精管理プレイを好まれるクライアント様もおられるようなので、一概には言えませんが。
 ロイエによっては、精神的な不安定や身体の不調に繋がり、情緒不安定などの問題を起こす可能性がありえますね」

「え……」

 その言葉に、背筋が凍る。
 ということは、卓也はこれから、澪に――

(おおおお、俺、これからアイツにそういう事してやんなきゃ、駄目なの?!
 澪と? 男と?!
 な、なんでだよ、なんで俺、いっつもこう、望まない方向にばっか行っちまうんだ?!)

 今までのうまく行かなかった男女関係の思い出が、唐突に蘇る。
 愕然とした表情で天井を見つめる卓也に、谷川は少し恥ずかしそうに呟く。

「もちろん、私も、ですけど」

「ええ……」

「あの、卓也様。
 大変申し訳ありませんが、あの」

「な、な?」

 またも発情モードになったのか、谷川は再び立ち上がり、バスタオルを開いた。
 あの、男とは到底思い難いほどの美しい肉体が、さらけ出される。
 だが卓也は、彼のオポンチンが先ほどからずっと通常モードなことが、少々気になっていた。

「私、卓也様とお話をしていて、やっぱり、その……我慢が、出来なくなってきたといいますか」

「はい?!」

「せめて、このまま……抱き締めて頂けないでしょうか。
 一度だけで結構ですから」

「……ええぇ……」

 潤んだ瞳で、じっと見上げてくる。
 窓の外から差し込む青白い光に照らされた谷川の姿は、見とれる程に美しい。
 それは、まるで極限までに完成し尽くされた彫刻のようでもあり、もはや芸術品だ。
 だが彼は、そんな美を極めていながらも、内包する想いを吐き出せずにいるのか……と、卓也はつい考えてしまった。

 そして澪も、同じように。

 でも、ということは、それはつまり。
 これから長い時間を共にするのであれば、決して無視してはならないことではある。
 卓也は、頭の中で葛藤を繰り広げながら、目の前で艶っぽい表情を浮かべている谷川を見た。

 息を呑むと、再び肩に手を置く。
 体をぐっと引き寄せ、優しく、出来るだけ優しく、抱き締めた。

 あっ、という、短い嗚咽が漏れる。

「卓也様――」

「色々、ご迷惑をおかけした、せめてものお詫びと思って」

「そんな、お優しい……」

「こんな事くらいしか、俺には出来ませんけど」

「それは、澪や茉莉が居るからですか?」

「いや――」

 不意に、唇が重なる。
 谷川は、卓也の首に腕をかけ、唇の隙間から舌を差し込んで来た。
 一瞬の戸惑いの後、それを、絡め取り、貪る。
 微かな水音がぴちゃぴちゃと響く中、谷川の手が、卓也の下半身に伸びた。
 淫靡に蠢く指が、それを開放していく。

「いや、あの――そ、それはさすがに!」

「ごめんなさい、私、わたし、もう我慢が出来ない――ああ、素敵……」

 跪いた谷川は、大きく口を開くと、そのまま、一番奥へと卓也を導いていく。

「ちょ、そ、それ、まずい……あへっ」

 抗し難い程の強烈な快感が、一気に襲い掛かる。
 生まれて初めて味わうその感覚に、卓也はもう、抗う術を完全に失ってしまった。

 そして卓也の脳裏には、

(ああ、俺も――もう人のこと言えなくなっちまったのか……)

という想いが浮かぶ。



 数分後、谷川の喉が、ゴクリと鳴った。






「ああ、そうなんだ。
 だからソイツは、俺の名を騙ってるニセモノなんだよ!
 ――そうそうそう! だからよ、ソイツが澪を奪ったんだって」

 金卓也が、大きな声で通話している。
 その様子を、不安げな表情で見つめる茉莉。
 リビングに運び出したレトロゲームの箱の山を片付けながら、尚も続く激しいやりとりに、無意識に手が震えていく。

「――そうだ! そうなんだ!
 だから、今あんたらん所の谷川って人と逢ってるのは、俺のニセモノだ!
 そいつをひっ捕まえてくれよ!
 俺達は被害者、ヒ・ガ・イ・者なの!
 わかった? ――ああ、ならOKですわ」

 スマホを切り、呆然とこちらを見つめる茉莉を眺めると、金卓也はフンと鼻を鳴らした。

「まあ、そういうわけだ」

「ご主人様、そ、それでは、澪は――」

「お前には悪いが、はなからアイツを引き取る気はねぇんだよ」

「え――」
 
「お前は知ってるかどうかわからんけどな。
 イーデルとの契約に違反した場合の違約金って、とんでもねぇ額なんだ。
 俺達の会社ですら、一気に経営不振に追い込まれるくらいデカイのよ。
 澪一人の為に、俺達は今、そんだけヤバイ状況に立たされてるんだわ」

 一気に早口でまくし立てる金卓也に、茉莉は、恐る恐る尋ねる。

「そ、それでは、た、卓也様を谷川に逢わせたのは――」

 その質問に、金卓也は、ニヤリと不気味な笑顔を浮かべる。


「ああそうさ、アイツには初めから、澪ごと犠牲になってもらうつもりだったのさ。
 谷川の所に行けば、もう逃げ場はないようなもんだからな!」

「そ、そんな……」

 あまりの事実に、驚愕の表情を隠せない。
 だがそんな茉莉の態度などお構いなしという態度で、金卓也は、卓也のコレクションの山を睨んだ。


「そもそも、俺と同じ人間がもう一人居るってのが気持ち悪ぃんだよ。
 そんな奴、どんな目に遭おうが、俺の知ったこっちゃないしな! ハハハ!!」





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