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第二章 ロイエ編

ACT-23『 覚 醒 し ま し た 』

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 覚醒。


 人は、突然何かをきっかけにして、自身の隠された能力を目覚めさせることがある。
 それはアニメや漫画だけの話ではなく、現実でもありうる話だ。
 些細なきっかけであっても、それを軸に急激なパワーアップを遂げるとか、能力が向上するチャンスを得るとか、そういった類の話はよくある。
 何も、金色に光ったり、怪しいビームを放てるようになるだけが、覚醒ではないのだ。

 実は、童貞でも似たような事が起き得る。
 それまで女性とは全く縁遠く、奥手だったにも関わらず、脱童貞した途端これらが一気に改善され、以前とは正反対なタイプになってしまう男とか。
 こういうのも、ある意味では「覚醒」と云えるのかもしれない。



 そして今日、この夜。
 本作の主人公・神代卓也は、その“覚醒”に到ってしまう。


 ――本人が、最も望んでいなかった方向で。






「え? ――きゃっ?!」

 うっとりした顔を上げた谷川は、卓也に思い切り突き飛ばされた。
 背後にある大きなベッドに押し倒されると、あられもない姿を晒しつつ、驚きの目で卓也を見る。

「た、卓也様?」

 彼の目は、血走っていた。
 鼻息が荒くなり、肩が呼吸に合わせて激しく上下する。
 ジャケットを脱ぎ捨てると、次々に服を脱ぎ始める。
 全裸になった卓也は、ベッドの上で硬直する谷川へと、歩み寄り始めた。

「え、あの、まさか」

「――けだ」

「え?」

「もう――けだ」

「卓也様……?」


「もうやけだあぁ―――っっっ!!!」


「え、ちょ……ああぁぁぁ♪」

 突然叫びだした卓也は、全裸の谷川へと踊りかかる。
 カイザーソードを、天に向けて振るい勃たせながら。






  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 
 ACT-23『 覚 醒 し ま し た 』





「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あんっ♪」

 パン、パン、パン、パン、パン、パン!!

「あっ、あひっ、あんっ、あんっ、あぁっ、あぁあっ♪」

 パン、パン、パン、パン、パン、パン!!

 谷川の悦びの嗚咽が、肉のぶつかり合う音と共に、室内に響き渡る。
 卓也は、こんな音が本当に鳴るんだあと、内心驚いていた。

 あれから一時間、突如変貌した卓也は、一切休むことなく谷川を攻め続けた。
 それどころか、普段のどこかおとなしいイメージに反し、その動きはあまりにも野獣過ぎる。
 特別な訓練を受けたロイエである谷川ですら、その壮絶な攻めに耐えかね、あっという間に絶頂を迎えてしまう程に。
 そして、それでも一切容赦なく、動きは止まらない。

「ちょ、あ、あ、ま、待っ……も、もう、あっ、あっ♪」

 エクスタシーの余韻に浸ることも許されず、正に暴走機関車の如き勢いで、止まることなく揺さぶられる。
 何度も放たれる体液、飛び散る汗、それでも緩まる様子はない。
 カイザーソードは、その名の通り、あまりにもえろうごっつい過ぎるカイザーソードだったようだ。

「も、もう駄目ぇぇ! し、死んじゃうぅ~!!」

 どこかのエロ劇画のようなシュールな悲鳴を上げ、谷川は完全に失神した。
 全身の激しい痙攣を感じ、卓也も、ようやく動きを止めた。
 
 全身大量の汗と粘液にまみれ、虚ろな目で暗い天井を見上げている谷川は、恍惚の表情で卓也自身を清める。
 
「んっ……んちゅっ……んっ♪」

 愛しそうに吸い付いてくる唇を振り払うように、彼の口から引き抜いた卓也は、荒い呼吸を落ち着けるために窓際に立つ。
 そこでようやく、我に返った。

(や、ヤっちまった――!)

 最終的に、二時間。
 卓也は、谷川に一切の休みを与えなかった。
 味わったことのない虚脱感と奇妙な充実感、達成感、そして強烈な屈辱感と後悔が、一気に襲い掛かる。
 最高にして最低な脱童貞行為を、しかもその場の勢いで、その上“浮気”という形で行ってしまったのだ。
 いくらキレたからといって、やり過ぎだろ俺! と思うのと同時に、自分がここまでムチャクチャやれるという事実に動揺する。
 頭の中で、怒りの炎に包まれる澪の姿が浮かぶ。
  
(ああ駄目だ本当に駄目だオレ……とうとう、ホンモノのホモになっちまったぁ……)

 自分でやってしまった事とはいえ、卓也はショックに耐え切れず、その場に跪く。
 しばらく後、ようやく意識が回復したのか、谷川がベッドから起き上がった。

「卓也様、お噂通り、その……凄いんですね♪」

 バスタオルで胸や腹に飛び散ったものを拭き取りながら、妙にしおらしい態度で告げる。
 
「こんなに、徹底的に犯されたの……私、初めてです。
 もう、このまま、ロイエとして、卓也様にお仕えしたいです♪」

 谷川は、そう言いながら力の入らなくなった身体を無理矢理起こし、立とうとする。
 形の整った大きなヒップを向けたその瞬間、再び、卓也の中で野獣が暴れ出す。

「え――きゃあっ?! えぇっ? ま、またぁ?!」

「うおぉぉぉぉ――っっ!!」

 パン、パン、パン、パン、パン、パン!!

「あああっ?! あっ、あっ、あっ、あっ、あっ♪」

 そこから、追加で更に三十分間。
 後ろから更なる追撃を食らった谷川は、再びエクスタシーに陥り、全身弛緩状態でベッドに沈没した。
 半開きの中から、どろりと零れ落ちる。

 その後、これを更にもう一回繰り返した時点で、ようやく谷川は解放された。

 もうすぐ、日付が変わろうとしていた。
 



「――ったくもう、どうなってるのよ!
 卓也ぁ! いつまで何してんのぉ?!
 まさか、浮気してるんじゃないでしょうね、谷川とぉ!」

 やる事がなくて、監禁された室内でテレビを見ていた澪は、天井に向かってボヤいた。

 廊下に、足音が接近していることにも気付かずに。




 卓也は、谷川と共にシャワー室にいた。
 脚ががくがくになり、自力で立てなくなった彼を連れて行く都合、やむなくそうなってしまったのだ。
 卓也の分厚い胸に顔を摺り寄せながら、谷川はうっとりした表情を浮かべる。

「卓也様……ああ私、もう、完全に、貴方の虜になってしまいました……」

「あ、ああ、そう。
 こっちはこっちで、複雑な心境なんだけど」

「卓也様、この私も、購入していただけないでしょうか?」

「え? そ、それは……」

「うふふ、冗談ですよ♪
 でも――本当は本気です」

「どっちだよ!」

「卓也様、失礼ですが、本当に男性とするのは初めてだったんですか?」

「そ、それどころか! 今回が初体験ですっ!」

「ええっ? それはさすがに嘘でしょ?」

「本当ですっ!」

「そ、そんな……ああ、そうか、これまでは女性と」

「どどど、童貞ですっ!」

「――え?」

 驚きの表情で硬直する谷川にシャワーを浴びせながら、卓也は、もう洗いざらい話してしまいたい心境に陥った。

「その話が本当なら、私は、卓也様の初めてを、その、頂いてしまったということに?」

「そそそそうです!
 というか、そもそも男相手で、童貞卒業とかになるのかな?」

「なると思いますよ。
 付与される称号の種類が変わるだけで」

「な、なんてことだ……」

「うふふ♪ 卓也様って、面白いお方なのですね」

 谷川の笑顔を見て、卓也はふと、安心感を覚えた。
 初めて見る、恐らくは自然な微笑み。
 これまでの、営業スマイルとは全く違う自然な笑顔は、純粋に美しいと思える。
 きっとこれが、彼の素顔なのだろうと、卓也は思った。

 シャワー室では、意外に会話が弾んだ。
 ほんの少しの時間ではあったが、ロイエのことも澪のことも関係のない、普通の雑談。
 そんなささいなもので、癒しを覚える自分に戸惑う。
 一緒にシャワー室を出て、互いの身体を拭いていると、谷川のそれが大きく膨らんでいることに気付いた。

「あ、勃ってる」

「え、あっ! ほ、本当だわ」

 何故か驚く谷川は、驚愕の表情で、それと卓也を交互に見る。

「さっきまでずっと、その……だったのに」

「あ、あの、実は私――ED、だったんです。
 だから、ロイエとして出荷対象になれなくて……」

「え? あ、そういう事情だったのね。
 じゃあこれは」

「あ、はい! こんなことが起きるなんて……♪
 私、ロイエに戻れるんですね。
 卓也様のおかげです、ありがとうございます!」

 顔を両手で押さえながら、喜ぶ。
 どうやら本当の話のようで、嬉しそうに眺めたり、手で触ったり握ったりと繰り返す。
 だが、遅れて疲労に苛まれ始めた卓也は、正直、そんなものどうでも良かった。

 リビングに戻った二人は、その後何度かのキスを交わした後、互いに服を着る。
 ふと見ると、放り出された谷川のスマホが、激しく明滅している事に気がついた。
 
「すみません、ちょっと失礼します」

 スマホを確認した谷川は、卓也に軽く頭を下げると、そそくさと隣の部屋に移動する。

「谷川です、申し訳ありません、スマホのバッテリーが切れておりまして。
 ――はい、はい……」

(あ、上手い言い訳考えたなぁ)

 変なところで感心していると、途中から、谷川の口調が変化し始めた。

「――はい?!
 ……で、ですが、それでは……はい。
 ――承知しました、早速行動します。
 誠に申し訳ありませんでした」

 ビジネスライクな会話が終わり、谷川がこちらに戻ってくる。
 だがその表情は、緊張感に満ちた真面目な顔つきに変わっていた。

「あの、卓也様――いえ、あなたは誰なのですか?」

「へ?」

「先程、当社に、神代卓也様から連絡があったそうです」

「なに?」

 どこか呆然とした表情で、座っている卓也を見下ろす。
 明らかに困惑しているのが、伝わってくる。
 谷川は、更に続けた。

「正直、最初から違和感はあったんです。
 聞いていた情報と、相違点がありすぎるなって。
 でも、まさか……ニセモノ? なんて話が出るなんて」

「ちょっと待て! 何が起きた?!
 どういうことだよ?!」

 慌てて立ち上がる卓也に、谷川は冷静な――否、出来るだけ冷静に努めようとする口調で、静かに告げる。

「神代卓也様が――あなたではなく、ホンモノの卓也様の方ですけど。
 あなたが澪をかどわかしたと、進言されております」

「はぁ?!」

 何が起きたのか、咄嗟に理解出来ない。
 自分以外の神代卓也といったら、金卓也しかありえない。
 それが、自分をニセモノだと通報した?

(な、なんだアイツ、突然どうしたんだ?!
 話が全然違うじゃねぇか!)

「尚、先方の本人確認は済んでおります。
 本社は、あちらの方を、ホンモノの神代卓也様と認証しました」

「い、いや、それは――」

「お答えください、えっと……い、一応、卓也様と、まだ呼ばせてくださいね」

「いや、俺、本当に神代卓也だから」

「まだそんな」

「本当だって!
 ただ、この世界の、じゃないけどな」

「え?」

 何が起きたのか理解は出来なかったが、恐らく金卓也が裏切っただろう事は、想像できる。
 或いは、自分を一人でここに行かせたのも、はなからハメる目的だったかもしれない。
 そう考えたら、だんだん腹が立ってきた。
 卓也は、どっかと椅子に座り直すと、谷川に説明を始めた。

「本当のことを話すから、頼む、聞いて欲しい」

「本当のこと、ですか?」

「ああ、そうだ!
 ただ、強調しておきたいのは、澪自身は本当に何も悪くはないんだ!
 俺のことが信じられなくても、それだけは、どうか信じてくれ!」

「わかりました。
 詳しいお話を、伺わせて頂いても?」

 谷川が、身を乗り出す。
 意外にも、食いつきは良さそうだ。

 卓也は、スゥと息を吸い込むと、自分の素性と澪との出会い、そしてここに到るまでの経緯、そして金卓也との事情について、あらゆる事を洗いざらい説明した。





「異世界……?」

「そうなんだ! 信じてもらえないかもしれないけど、俺、こことは違う世界の神代卓也なんだ。
 それで、この世界に元々居た神代卓也が、イーデルに連絡して来たんだと思う。
 最初は、アイツが俺に代わりに行って、澪の買取の件の交渉に行ってくれって頼んできたんだ。
 だけど……」

「……」

 隠している情報を素直に全提供すれば、きっと相手は理解してくれる。
 この、根拠のない自信により伝えられた卓也と澪の事情に、谷川は、これまでの中で一番の疑わしい目つきとなった。

「あなたの言い分は、理解しました。
 確かに、筋は通っている気はします。
 しかし、いきなり異世界とか言われても、信憑性が」

「だろうな。
 だから、後で澪にも聞いてみてくれ。
 あいつも、俺と同じ事を言う筈だから」

「口裏を合わせている可能性は?」

「それはない。
 つうか――」

 卓也は立ち上がり、谷川の頭をやや乱暴に掴む。
 驚く彼の顔を無理矢理こちらに向けると、強引に唇を奪った。
 卓也から仕掛ける、生まれて初めてのキスだ。

「――!!」

 呆気に取られていた谷川の腕が、卓也の首にかけられる。

「俺を信じろ!」

「は、はい……わかりました」

 つい先程の情事の反動なのか、それともロイエの特性なのか。
 卓也が強気に出たことで、谷川はまた顔を紅潮させ、急に態度が従順になる。
 
「俺を信じてくれたら、その……また、犯してやるから」

「本当に?」

「ああ、もうこうなりゃ、行くとこまで行ってやるさ。
 それより、澪は今どうなってるの?」

「澪は、下の階の部屋で安全に監禁されています」

「わかった。
 じゃあそれまでに――」

「お待ちください!」

 離れようとする卓也の腕を掴み、引き止める。
 振り返る彼に、谷川は、覚悟を決めるような真剣な表情で告げた。

「私に、本当に信じて欲しいですか?」

「ああ」

「だったら、条件があります」

「なんだよ、この期に及んで」


「私も、あなたのものにしてください。
 そうすれば、私はあなたを信じます。
 いえ――卓也様、貴方に永遠の忠誠を誓います」


「はぁ?!」

 唐突過ぎる申し出に、おかしな声が漏れる。
 だが谷川は、至って真面目なようで、緊張感を崩さない。

 しばらくすると、何者かがドアをノックする音が聞こえた。
 もう、時間はない。

「どうしますか? 卓也様?」

「う、く、くそぉ、わかった!
 お前は今日から、俺のものだぁ!!」


 勢いで、言ってしまった。
 飛び跳ねるように歓喜しながら、谷川は、ドアの方へ向かう。

「ご主人様」

「え? いきなり?」

「はい、ご主人様。
 それでは、ここからは私に任せてください!」

 谷川は――否、沙貴さきは、ウィンクしながら頷いた。



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