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第四章 誰もいない世界から脱出編

ACT-57『えっ、また新キャラ登場ですか?!』

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 少なくとも、ここで何者かが、灯されていた何かの明かりを消した。
 それも、明らかに外部からの侵入所の気配に気付いて。

(ってことは、ここに誰かが住んでるってことか?)

 卓也は、恐ろしい気持ちと同時に、新たな迷い人と巡り逢えるかもしれないという高揚感に包まれた。

「ん? あれは何d――って! なんだこりゃあ?!」

 LEDライトを振り回して辺りを確認していた卓也は、噴水広場のど真ん中、噴水の位置に巨大な何かが置かれていることに気付いた。
 それは、机や椅子、棚や箱などを組み合わせて作った、全高二メートル程の高さの物体。
 いったい何の目的で置かれているのかは不明だが、ピラミッドのように上に行くほど細まる形式で、相当な労力を用いなければ作れないものなのは明白だ。

 良く見ると、中心部に不自然に大きな空間が設けられており、そこに何かが掲げられている。

「あれ……えっ? もしかして?!」

 卓也には、それが一冊の「ノート」のように見えた。






  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■
 
   ACT-57『えっ、また新キャラ登場ですか?!』




 パーッ、パパパーッ!

 明治通りを北上中のランドクルーザーは、突如鳴り響くクラクションで急停車した。

「だ、誰?」

「もしかして、坂上さん?」

「まさか、かなちゃんがいるのに、こんな時間に……」

 後ろを振り返ると、そこにはライトを点けた車が停まっている。

 ライトの高さからかなり車高が低いことが窺え、坂上が乗っていたSV車ではないようだ。
 しばらくすると、ドアの閉じる音と共に、何者かの足音が聞こえて来た。

 コンコン、と窓ガラスをノックしたのは、見たこともない細面の男性だ。
 年の頃合は三十代くらいだろうか、顎鬚を生やし、短い髪をアップにしている。
 オレンジ色の、目立つダウンベストが目を引く。
 まるで渋谷などをぶらついていそうな、今時の兄チャンといった風情の男は、ランクルの中を覗き込んで口笛を吹いた。

「おっとぉ、久々に人に逢えたと思ったら、極上の美人さんだ! ツイてるなあ俺」

 妙に甲高い声で、男が笑顔を向ける。
 沙貴は、警戒心を解かないまま、少しだけウィンドウを下げて応える。

「どなた?」

「どなたって! そりゃあアンタ、この世界に迷い込んだ一人だよ。
 アンタもそうだろ……って、おっ?! もう一人いるの!
 そっちの子も美人ジャン!!」

「は、はぁ~い♪」

 困り顔で、澪は助手席からピースサインを送る。
 
「申し訳ないんだけど」

 そう言うと、沙貴はどこからともなく「拳銃」を取り出した。
 パワーウィンドウを下げながら、銃口を男の顔に向ける。
 
「わ、わ、ちょ、ちょっと待ってぇ!!」

「さ、沙貴?! いつの間にそんなものを?!」

「ちょっと、あるところでね。
 ――そこのあなた、せっかく逢えて嬉しいけど。
 私達、今急いでるの。
 邪魔するつもりなら、消えて頂戴」

「ひぃ! ま、待てって!」

 数歩飛びのいた男は、撃つなとばかりに両手を上げる。

「待ってよ沙貴!
 まともに会話出来そうな人じゃない!
 話くらい聞いてもいいんじゃない?」

「……」

 沙貴のこれまでの様々な経験が、咄嗟に拳銃を握らせた。
 しかし澪の言う通り、ただでさえ生きているまともな人間に出会う機会が殆どない世界。
 この男の存在も、確かに貴重ではあるが……

 ふぅと息を吐き、沙貴は、車から出ないままで男に尋ねる。

「あなた、何者?
 私達に声をかけたのは何故?」

「お、俺は、三原みつはらエンジ!
 あんたらが池袋に行くのか? と思ったからさ、止めようと思ったんだ!」

「どうして、止めようとしたの?」

「あんたら、やっぱ知らねぇのか。
 今、池袋ヤベーんだよ」

「壁のことなら知ってるわ」

「そうじゃなくてさ! その中に住んでる連中のこと!」

「……連中?」
「え、他にも人が居るの?」

 沙貴と澪は、思わず顔を見合わせる。
 エンジと名乗った男は、両手を上げたまま再度接近して来た。

「なぁ、やっぱり知らないんだろ?
 じゃあさ、情報交換といかないか」

「さっきも行ったでしょ?
 私達は急いでるの」

「それなら尚更、俺も同行するよ。
 こうして知り合えたのも、何かの縁じゃねぇか」

「馴れ馴れしいわね」

「とりあえず、その銃は下げてくれ!
 おかしな事はしないって約束するから!」

「……」

 エンジの必死な態度に、沙貴は一旦銃を下ろすことにした。
 交渉の末、エンジを先に行かせてその後を追う形で池袋に向かうことになった。
 だが、その目的までは伝えない。

「ねえ、沙貴?
 どうしてそんなに警戒するの?
 坂本さんの時と全然違うじゃない」

 澪の疑問は、尤もだ。
 だがしかし、先は強張った表情を崩さない。

「そういう、匂いがするのよ」

「匂い? 窓閉めてたのに?」

「澪には分からないと思うけど。
 私、これまで色んなことを経験して来たからね、わかるの」

「わかるって?」

「上手く伝わるか分からないけど……やばいヤツか、そうでないかの判断、かな」

「そんな、根拠なさすぎじゃない」

「そうよ、だけどね澪。
 そういう感覚があったからこそ、ギリギリで切り抜けたことも沢山あったの。
 だから私は、私のこういう勘を信じてる」

「……」

「あの男には、絶対気を許しちゃダメよ、澪」

「う、うん。わかった」

 エンジからは、必要な情報だけを引き出す。
 その後の対処は、彼の素性や行動主旨が分かってからにする事で話は決まった。

「ところでさ、さっきの拳銃、アレ本物なの?」

「そんなわけないじゃない。モデルガンよ」

「だ、だよねえ!」

「もっとも、弾は出るから当たると相当痛い筈よ」

「きゃあ」




「間違いないな、ありゃあノートだ」

 LEDライトで照らし出したものは、やはりノートのようだ。
 いったいどうやってあんな所に掲げているのか理解が及ばないが、何かスタンドのようなもので垂直に立てられた形で飾られている。
 更に奇妙なのが、ノートの置かれている台は花瓶や金色の飾りのようなものが置かれている。

 これではまるで「ノートの祭壇」だ。 

 机や棚を組み上げて作り上げたその祭壇には、簡単に接近出来そうではある。
 
(どうする俺? 取りに行ってみるか?)

 あそこにあるノートが、探している二冊目のノートである保障は何処にもない。
 しかし、たかがノートがここまで特別に扱われている事が、どうしても気になって仕方ない。

(行く……しかないか)

 覚悟を決め、卓也は祭壇に接近することに決めた。



 LEDライトを翳しながら、祭壇に接近する。
 詰まれた棚や机はろくな固定が施されておらず、特に上の方になるほど詰み方が適当で、組み上げた者が苦し紛れに積んだだろう事が窺い知れる部分もあった。

 水の入っていない噴水の中に足を踏み入れ、LEDライトで照らしながらゆっくり進む。
 
 祭壇にはすぐに接近出来、ノートも簡単に手に取れる位置にある。
 ホッとした卓也は、ノートに手を伸ばした。

 ノートに、何か細いワイヤーのようなものが付いている事に気付くこともなく。


 ピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイ

「どわあっ?!」

 突然、祭壇からけたたましいサイレン音が鳴り響いた。
 訳がわからなくなった卓也は、ノートを抱えて逃げようとするも、ワイヤーの存在に気付かず祭壇の一部を引き倒してしまった。
 更に派手な音を立て、祭壇が崩れてしまった。
 サイレンが鳴り止む気配はない。

「な、な、なんだぁ? こんなん仕掛けてあったのか?!」

 幸い、崩れた祭壇が卓也に当たることはなかったが、ワイヤーが外れないためノートを持ち運べない。
 戸惑っていると、何処からともなく人の気配のようなものが感じられた。
 先程の明かりが、再度灯される。

「あっ!」

 逆光で何も見えないが、複数の人間が集まって来たように感じる。
 話しかける間もなく、卓也は、何かで頭を殴られて昏倒した。





「どうやら、ビンゴみたいね」

 卓也の原付は、あっさりと見つかった。
 という事は、彼もこの黒い壁の向こうに進んで行ったのだろう。

「人捜しだったのか、あんたら」

「そうなの! 急に居なくなったから」

「澪、余計な事は言わないで」

「ちょ、そんなに警戒しないでくれよ~。
 でも、人を捜してるってんなら確かに急がないとだな」

 エンジは、自分の胸をドンと叩いて、まるで“任せろ”とでも言わんがばかりに、二人の前に出た。

「そういうことなら、俺も力を貸すよ!
 この辺、俺にとって庭みたいなもんでさ。
 案内してやっから」

「池袋が?」

「実は、本当の世界ではこの近くに住んでたんだ」

「ああ、そういうことね。
 じゃあ、お願いしようかしら」

「おっ、そっちの黒髪のネーチャンはノリがいいね!」

 澪を褒めると、エンジは軽い身のこなしで壁を飛び越える。
 沙貴は、そんな彼の挙動を見逃すまいと、目を離さずに監視を続けていた。

「ねえ、行こうよ沙貴、早く」

「澪、ご主人様の情報は、あの男には一切漏らしちゃ駄目よ」

「え、ど、どうして?」

「なんかね……なんとなくよ」

「う、うん。まあ、沙貴がそう言うならわかったよ」

 なんとなく、雰囲気が怖い。
 澪は、沙貴と共に壁の隙間から中に入り込んだ。

「ところであんたらも、ノート探しに来たのか?」

 不意の質問に、澪は思わず「ヘ?」とおかしな声を漏らした。

「ノートってなんのこと?」

 沙貴は、あえて何も知らない体で聞き返す。

「なんだ知らねぇの? あんたらも、てっきりあのノートが目当てなのかって」

「詳しく聞きたいわね。
 それと、あなたの素性も含めて」

「えぇ?! なんだ冷たいなぁ。
 せっかく人に逢えたってのに」

「こちらはね、ここまで色々あって警戒してるのよ。
 あなたが信用に足る人物だと判断したら、態度を改めるわ」

「わかったよ、だから、頼むから銃を向けながら歩くのは勘弁して欲しいな~」

「駄目よ」

「チェッ」

 観念したエンジは、自分の事と、ノートの事を語り出した。

 エンジは一年半くらい前にこの世界に迷い込んだ男で、配達の仕事中に車ごとこの世界に飛ばされてしまったのだという。
 当初は、例に漏れずそれまで住んでいたアパートを拠点にしていたが、この世界に慣れるに連れて活動範囲を広げ始めたらしい。

 そんな彼も、ノートのコピーを偶然見つけたこと、そして各所で黒い壁が発生している事を知り、今後の対応に戸惑っていたのだという。

 だが――

「この池袋なんだけどさ、おかしな新興宗教みたいな連中がいるんだ。
 知ってるかい?」

「新興……宗教?」
「なにそれ? 初めて知ったよ」

 澪と沙貴は、再び顔を見合わせる。
 エンジは、くるりと身体をターンさせ、両手を広げながら説明を続ける。

「俺が住処を変えた理由さ。
 ホントは俺、豊島区に住んでたんだ。
 けど、アイツらのせいで居心地悪くなって来てな」

「あいつらって、ここにはそんなに大勢人が居るの?」

「ああ、そうなんだ。
 全部で何人かまではわからないけど、五人くらい固まってるのは何度も見たぜ」

「五人! すご!」

「じゃあこの世界は、私達が思っている以上に大勢の人が居るってことなのかしら」

 思わず足を止める二人に、エンジは更に続ける。

 彼も、その“集団”に声をかけられた事が何度もあったという。
 彼らは団体旅行でバスごとこの世界に迷い込んだグループだったそうで、遠くから東京へやって来たと自称していたという。
 彼らは、今はサンシャインシティを住処としており、いつしか勧誘行動を辞め、自分達だけで生活しているのだというが。

「あいつらが信仰してるの、なんだと思う?」

「知らないわね、何?」

「それがな、ノートなんだ」

「そこでノートが出てくるのね……って、信仰? ノートを?」

「ああ、そうなんだ。
 だが、当然ただのノートじゃないんだな」

 エンジは、既に二人が知っている情報をベラベラと喋り出す。
 とある迷い人が書いた、この世界のノウハウや分析を細かく記述したノートは、絶望に暮れる大勢の人々の心と生活を救って来た。
 そしてその内容は多数コピーされ、またそれを元にした孫コピーまでが広まっていったが、その内容はどうしてもバラバラになるため、原書を求める人も多かったらしい。

 サンシャインシティを根城にしている連中は、特にその願望が強い者達だという。

「――でな、俺もコピーを見たんだが。
 確かに凄く参考になる内容でさ、俺もちょっと役立たせてもらったんだ。
 でも、どうやら一冊目と二冊目で内容が違ってるらしい」

「どんな風に?」

「二冊目には、なんでも“元の世界に還る方法も書かれている”らしいって話だ」

「えっ?! 元の世界に?」

 思わず、澪が驚きの声を上げる。
 この情報は、さすがに初めて聞く内容だ。
 しかし、沙貴は一切表情を変えず、じっとエンジを見つめていた。

「実際はわからんよ? 俺はあくまでそういう話を聞いただけだし」

「興味深いわね。
 ということは、その新興宗教の連中は、そのノートを持っているということなの?」

「そのようだ。
 んで、たまーにそのノートを盗みに行こうとするヤツがいるらしいんだが」

「だが?」

「誰も帰って来ないんだってよ。
 だからさ、俺があんたらを止めようとしたのは」

「だだだ、誰も帰って……って?!」

「そういうことね。
 その連中に見つかって、消されるとか……そういうことなんでしょう。
 でも、なんでそんな話を、あなたが知っているの?」

「ああ、それは――」

 エンジが答えようとしたその途端、何処からか、妙に耳障りな怪音が聞こえて来た。
 それは、ともすれば聞き逃してしまいそうな程微かなものであったが――

「これ、何の音?」

「小学生が持たされる、緊急用ブザーみたいな音ね」

「ど、どこからだ?!」

 三人は、無意識に走り出した。

 サンシャインシティ方面へ向かって……
 
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