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INTERMISSION-05
第41話【別離】3/4
しおりを挟む時計は、もうすぐ午後八時を回る。
いつもより、二時間も遅い時刻だ。
猪原夫は、ナイトシェイドの中で激しく苛立っている。
妻の方も、凱からの説明を受け納得はしてくれたものの、やはり気が気ではないようで、しきりにスマホの時計を確認している。
そして凱自身も、今まで以上に時間がかかっている戦闘を気にかけていた。
しかし、今の状況で通信を繋ぐ訳にはいかない。
「あの、まだですか?」
もう何度目になるかわからない、猪原夫からの質問。
うんざりしながらも、凱はできるだけ感情を込めないように応える。
「もうしばらくお待ちください。
終わり次第、連絡が入るはずです」
「そんな事いって、もう一時間以上経つじゃないですか。
これじゃあ、かなた達の世界では、どれだけの時間が流れたことか――」
「あなた、お願いだから止めて!」
「……」
「わかりました、こちらから連絡を取って状況を確認してみます」
そう言うと、凱は車を降り、腕時計を連携させてからスマホを使った。
「勇次、状況はどうだ?
――ああ、今は外だ」
凱は、祈るような気持ちで、アンナセイヴァー達の戦果報告を待った。
パワージグラットの制限時間まで、あと僅か。
とうとう、リザードマン全匹を倒すことは適わなかった。
すっかり暗くなってしまった空を見て、アンナミスティックは焦りの表情を浮かべる。
五人全員の攻撃を受け続けても、驚異的な回復力で復元される巨大リザードマンは、挑みかかるアンナセイヴァーを次々に弾き飛ばし、致命傷を与えさせない。
「もう時間がない! どうすればいいの?!」
悲しみと悔しさに表情を歪めるアンナミスティック。
そんな彼女に、アンナブレイザーが肩越しに声をかけた。
「早く行きな! ミスティック!」
「そうです、ここは、私達がなんとかします!」
続けて、アサルトダガーを構え直しながら、アンナローグも応える。
「で、でも……」
「後は、私達で食い止めるから!
ウィザードも一緒に、早くあの場所へ!」
アンナパラディンが、ホイールブレードに電光をまとわせながら叫ぶ。
三人の気遣いに、アンナミスティックは思わず泣きそうな顔つきになる。
「みんな、ありがとう!」
「す、すみません、皆さん!」
皆の言葉を受けて深く頷くと、アンナミスティックとウィザードは、夜空へ飛翔した。
(待ってて、みんな! かなたちゃん!!)
「行きましょう、ミスティック!」
二人の身体は鋭い錐状の形のバリアに包まれ、その周囲に光の粒子をまとって超高速飛行に移行する。
青と緑の光の筋が、雲ひとつない夜空を切り裂くように、駆け抜けていった。
「みんな、ありったけの力をぶつけるわよ!
これが最後のチャンスだから!!」
「おっしゃあ! 最大火力で、ぶっ飛ばしてやるぜ!」
「了解しました!」
三人が、それぞれの技のモーションに入る。
両腕を振り上げ、奇声を上げながら突進してくる巨大リザードマンに、三人は全身全霊の力を叩き付けんと、思い切りブーストをかけた。
轟音が、並行世界と現実世界の両方に響き渡った。
『お待たせ! パワージグラット行きまーす!』
ナイトシェイドにミスティックの通信が飛び込んだ瞬間、後部座席から二人の安堵の声が漏れる。
だが凱は、ステアリングに手をかけながら、静かに目を閉じた。
周囲が、一瞬だけ青白い光に包まれる。
と同時に、喧騒がぴたりと途絶えた。
「やった、来た!」
喜ぶ猪原夫妻を降ろすと、凱は、空から降りてくる二筋の閃光を見上げる。
その様子に夫妻は驚くが、今はそれどころではない。
「さぁ、早くマンションへ!」
凱が促し、夫妻と、駆けつけたアンナミスティック、ウィザードが走り出す。
だが道路を横切った瞬間、凱は、二階のベランダを見て目を剥いた。
(明かりが――点いてない?)
二階の、かなた達が住む部屋。
猪原夫妻は、顔を火照らせながら、インターホンのスイッチを押す。
僅かに響く、チャイムの音。
――だが、反応がない。
「おかしいな」
「もう、寝てしまったのかしら」
夫妻が、もう一度スイッチを押す。
だが、あのドタドタという賑やかな音が、聞こえてくることはない。
「ど、どうなっているんでしょう?」
「いないんですか? かなた、いないんですか?」
「落ち着いてください、お二人とも」
「おに……北条さん、マスターキーを使えば」
「そ、そうか、管理人室!
猪原さん、手伝ってもらえませんか?」
「わかりました!」
凱は、猪原夫と二人で一階に戻り、管理人室を目指す。
他の三人も、ここでぼぅっとしているわけにも行かず、後からついて行くことにした。
鍵のかかった管理人室のドアは、やむを得ず、アンナウィザードが力ずくで引き抜く。
とんでもないパワーに驚きはしたものの、猪原夫妻は、凱よりも早く管理人室に飛び込んだ。
「お、お姉ちゃん、何があったんだろう?
かなたちゃん達、どうなったのかな」
不安そうに尋ねるアンナミスティックの頭を撫でながらも、ウィザードも同じ気持ちだった。
『あと一回か、二回が限度――』
勇次に言われた言葉が、二人の頭の中でリフレインする。
幸い、マスターキーらしきものは直ぐに見つかり、五人は二階へと駆け戻った。
「お願いだ、居てくれ、かなた!」
部屋番号を確認しながら、猪原夫は必死で鍵束の中から該当の鍵を探す。
ようやく見つかった鍵をシリンダーに差込み、カチャリと回す。
しかし相変わらず、中からの反応は、なかった。
静かに開かれるドアと、その向こうに広がる暗がり。
玄関近くになる室内灯のスイッチを押した瞬間、猪原夫は絶望の声を上げた。
そこに広がっている光景は、見知ったものとは明らかに違っていた。
リビングへ伸びる廊下の壁には、見知らぬアーティストのポスターらしきものが無数に貼られ、更には生活ゴミをまとめた袋が玄関脇に転がっている。
坂上が居た時には、決してありえなかった様相だ。。
「中を! 部屋の中を確認しましょう!」
凱の呼びかけで、猪原夫妻と姉妹はリビングに向かう。
廊下とリビングを仕切るドアを開くと、そこには――
「あ、ああ……」
五人の表情が、絶望に染まる。
そこはもう、坂上とかなたが暮らしている部屋では、なくなってしまっていた。
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