美神戦隊アンナセイヴァー

敷金

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INTERMISSION-05

 第41話【別離】4/4

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 限界時間まで、あと二十分。
 だが、もうマンションに居る意味はない。
 かなたと坂上は、もうここには居ない。
 あの黄色いSV車も駐車場にはなく、アンナブレイザーが破壊した近所の車も、痕跡すら消え失せていた。

 最後のチャンスだったパワージグラットは、XENOの出現のために使い切ってしまった。
 その為、かなた達の居る並行世界は、遠ざかってしまった。
 そう、結論付けるしかない。

 見渡す風景、マンションの外観、そして少しひんやりした空気。
 何もかも変わらないのに、そこはもう、皆が初めて訪れる世界に変わってしまったのだ。

「か、かなたぁ~~!」

 路上で泣き崩れる猪原妻。
 そして夫は、怒りの形相で、凱の胸倉を掴み上げた。
 今にも殴りつけんと、右拳が構えられる。
 だが凱は、一切抵抗はしなかった。

「き、貴様が! 貴様がぁ!! ぐずぐずしていたせいでぇっ!」

「やめてぇ!」

 アンナミスティックの叫び声が響く。
 四人は、思わず動きを止めた。

「もう……やめてよぉ……
 かなたちゃあん……かな、た……ちゃあん……
 ふぇ……ええぇぇぇぇええん」

 大粒の涙を流し、ミスティックは大声を上げて泣き出した。
 跪いた勢いで、膝がアスファルトの表面を砕く。
 
「うわあぁぁぁぁ~~~ん!!
 かなたちゃあぁぁぁぁん!!
 かなたちゃあぁぁぁぁ~~ん!!
 あぁ~~ん!」

 まるで子供のように、なりふり構わず、涙で顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくる。
 やがてアンナミスティックは、路面に両手をつき、まるで土下座でもするように身体を伏せた。
 身体を震わせながら、泣き声を止めようともしない。

「う、うう……か、かなちゃん……」

 猪原妻も、やがて路上に跪き、泣き始める。
 そんな彼女達の様子を見て、やがて夫は、凱から手を離した。
 彼の目にも、大量の涙が溢れている。
 その肩を、凱は優しく抱いた。

「申し訳ありません、我々が行き届かなかったばかりに。
 深くお詫びします」

「あの時、あの時に……やっぱり、連れ帰っていれば……」

 ずるずると崩れ落ちると、夫は、とうとう声を上げて泣き出してしまった。
 

 ミスティック達の悲しげな泣き声は、誰も居ない中野新橋の街に響き続けた。


「そんな……本当に、本当に、これでおしまいなんでしょうか?
 お兄様! もう本当に、かなたさんや坂上さんと逢えないのですか?!」

「……それは」

 アンナウィザードも、涙を流しながら訴える。
 すがるように凱に迫り、その胸板に顔を寄せた。

「残念だが、もう俺達には、どうしようも――」

 そこまで言った途端、凱は、視覚の端に何かを見止めた。

「あれは?!」

 そう言いながら、マンションの入り口の方を指差す。
 一斉に顔を向ける一同の中で、アンナミスティックだけが、その意図を即座に理解した。

「――あった!」

 震える手で、カウンターの上に置かれていた“それ”を取る。



“かなたちゃん と メグ の連絡ノート☆”



 もうかなりくたびれてしまい、汚れて全体的に黒ずんでしまったノートの表紙には、はっきりとそう書かれていた。
 ノートは、最後の方に少し白紙が残ってはいたが、そこまでびっしりと書き込まれている。
 あれから相当な年月が経っているようで、ページの上に書かれた日付は、年単位で広がっていた。

「どうして、このノートだけが?」

「わかりませんが、恐らく。
 少しずつ変化を遂げたこの世界の中で、このノートだけが、最後まで残留し続けたのかもしれません」

「そんな奇跡的なことが、あるのか」

 ノートは回収され、猪原夫妻にも開示される。


 そこにはかなたの、両親への想いが、沢山綴られていた。
 久しぶりに逢えた時の感動、美味しいお弁当を食べた時の感想、そして、ずっと待ち続ける生活をしなければならなかった悲しみ。
 ――だけど、それを乗り越えて強く生きようとする意志。

 拙い文字と文章から、それがひしひしと伝わってくる。

 日付を確認すると。この世界では、あれから三年近い時間が過ぎていたようだ。
 
 最後の方には、かなたからの、両親に対するメッセージが記述されていた。




“だいすきなパパとママへ
 このノートをみてくれるように かみさまにおいのりしました

 パパ
 かなたのこと おぼえていてくれてありがとう
 あいにきてくれて うれしかったの
 またおはなしできて たのしかったよ
 ちっちゃいときから いっぱいあそんでくれてありがとうね
 

 ママ
 かなたのおせわをしてくれて ありがとう
 おいしいごはんをいっぱいつくってくれて ありがとう
 おべんとう またたべたかったけど しかたないよね
 おっきくなったら ママみたいな すてきなおとなに なりたいです

 パパとママにあいたいです
 おうちにも かえりたいです
 だから とってもかなしいです

 でも がまんして がんばるからね

 パパとママも ずっとげんきで ながいきしてね  

 バイバイ

 かなた”

 

 ノートに、水滴が落ちる。
 猪原夫妻の顔は、もう涙でぐしゃぐしゃになっていた。
 ノートを掴む手が震え、もう声も出せない。
 その姿に、凱は目頭を押さえ、姉妹も涙を流していた。

「このノートも、置いていかなければならないんですか……」

 猪原妻の震える呟きに凱は頷きかけたが、すぐにハッと顔を上げた。

「そうか!
 ミスティック!」

「う、うん」

「このノートのページを、全部目に焼き付けろ!」

「えっ?」

「映像記録だ!
 それなら、俺達の世界に持って帰れる!」

「あ!」

 凱のアイデアに、アンナミスティックは、夫妻から慌ててノートを受け取った。
 戸惑う二人に、アンナウィザードが説明する。
 二人の目で見たものは、映像記録として保存されるようになっているのだ。
 そしてその情報は、世界を移動しても保存出来る。
 
「――なので、そのデータを持ち帰って、お二人に譲渡することが可能です!」

「ほ、ほんとにそんなことが」

「お、お願いします! お願いします!」

 懇願する夫妻に、アンナウィザードは深く頷く。
 そしてミスティックも、真剣なまなざしで、ノートの全てのページを目に焼き付けていった。

 読み残すことがないよう、しっかりと、確かめて。





 翌日。

 アンナミスティックの記録したノートの映像は凱の手によって編集され、静止画像データに置き換えられたものが用意された。
 それをメディアに記録し、猪原夫妻に届ける。
 その際、殴った事や、数々の無礼に対する詫びの言葉を受けたが、凱にはもう、そんなことはどうでも良かった。

(いくら娘に逢えたからといって、このままでは、猪原夫妻にとって何のメリットもないまま終わるところだった。
 だがこれで、守秘義務を遵守する理由になる「報酬」が渡せた。
 ――今は、それだけでいいさ)

 そう考えながらも、凱は、嬉しそうな夫妻の笑顔を、何度も思い返した。


 その後、あのノートは再び同じ場所に戻された。
 いつか、再びかなたの手に戻ることを祈って。

 ノートには、他にも非常に貴重な情報が書き込まれていた事が、後に判明した。
 坂上は、あの後約三年に及びアンナミスティック達を待ち続けたが、もしかしたらもう逢えないかもしれないと考え、万が一の時のために、記録を残しておいてくれたのだ。

 ある日、二人の許に、坂上の息子が戻って来た。
 彼は一人で各地を巡り、同じように迷い込んだ人を捜索していたのだが、なんと更に三人の人間と出会うことに成功したという。
 彼らは坂上達に共同生活を持ちかけ、今後も、迷い込んだ人達を救って行けるようにと、活動を始めることになったようだ。
 坂上は、凱達との出会いを経ることで、息子達の活動に理解を示すことが出来たとして、彼らに厚い感謝の気持ちをまとめていた。

 その画像を見つけた時、凱は、何故だかとても報われた気になった。



「東条センセ、さようなら~!」

「はーい、さよならー」

 元気良く校門に向かって走っていく恵を見送る東条。
 相変わらず元気な様子に、少しホッとした表情を浮かべる。


「お姉ちゃん、お待たせ!」

「ううん、それじゃあ、行きましょうか」

「うん! ナイトシェイドー!」

 恵の呼びかけに、待ってましたとばかりに、ナイトシェイドが姿を現す。
 二人は素早く乗り込むと、シートベルトをしっかり締め、ふぅと息を吐いた。

『お二人とも、またあの場所へ向かわれるのですか?』

「うん、そうだよ?」

『マスターから、この度の探索は終了したと伺いましたが』

「いいのです、それはわかっています」

『承知しました。
 それでは、いつもの通りに』

 ナイトシェイドは、SVアークプレイスに向かう。
 いつものように。




 夜の帳が下り、薄暗くなり始めた街並み。
 そこに、蒼色と緑色の光が降り立った。

“Power ziggurat, success.  
 Areas within a radius of 100 meters have been isolated in Phase-shifted dimensions.”

「パワージグラットっ!」

 左手の人差し指と薬指を折り曲げ、それ以外の指を伸ばし“印”を形づくる。
 左前腕に装着された、金色の装飾具が展開し、手首の宝珠が青白い閃光を放つ。
 その光が、伸ばした指を通じて広範囲に放射された。
 相模恵の脳波を感知したサポートAIが、パワージグラットの効果範囲を定め、アンナミスティックの左腕を介して「フェイズチェンジフレーム」を生成、磁場を発生させる。

“Checking the moving body reaction in the specified range.
 --done.
 Motion response outside the utility specification was not detected.”


「お姉ちゃん、大丈夫だよ。
 誰もいないよ」

「わかりました、それでは」

 ビルの上から飛び降りると、二人は、あのマンションの入り口に着地した。
 管理人室のカウンターには、まだあのノートが置かれている。
 それを確かめると、アンナミスティックはコンビニからペンを拝借してきた。

「本当に書くのですか、ミスティック?」

「うん☆ 読んでもらえる充てはないけどねー」

 恵は、あれから考えた。
 並行世界が無限に存在し、それぞれの世界がまた別の世界に影響を与えるのなら、今ここでした行動も、どこかにある別世界に影響を及ぼすかもしれない。
 それならと、一縷の望みを託して、彼女もこのノートにメッセージを書き込むことにしたのだ。


“かなたちゃんへ

 メグおねーちゃんです!
 さいごにあえなくて、ほんとうにごめんね!
 でも、かなたちゃんのメッセージは、ちゃんとパパとママにつたえました。

 だから、あんしんしてね!

 いつか、きっとまたあえるきがします。
 だから、そのひまで、かなたちゃんもげんきでいてくださいね!

 メグおねえちゃんも、マイおねえちゃんも、ガイおにいちゃんもげんきです!

 じゃあね、またあおうね!
 
 メグぴょん”


「これで、気が済みましたか?」

「うん、ありがとう、お姉ちゃん」

「いいんですよ、私達は、いつも一緒の姉妹じゃないですか」

「うん! そう言ってくれると――」

 ふと、今書き込んだところの一つ前のページを見る。
 そこには、かなたの字で新しいメッセージが書かれていた。

 昨日あれだけしっかり確認したのに、その時には書かれて居なかった筈だ。
 顔を見合わせ、二人はそのメッセージに目を通した。





“メグおねーちゃん、マイおねーちゃん

 おねえちゃんたちにあえて とってもうれしかったよ!

 おいしいごはんつくってくれて ありがとう

 いっしょにあそんでくれて ありがとう

 パパとママにもあわせてくれて ありがとう!

 かなたは メグおねえちゃんと マイおねえちゃんが いつまでもだいすきです

 かなた”





「こんなメッセージ、昨日はなかったはずなのに……」

 またも、瞳が潤んでくる。
 かなたからの、熱いメッセージは、二人の心に深く刻み込まれた。

「かなた……ちゃん……」

 ラストメッセージを、しっかりと映像に記録する。
 涙を拭きながら、何度も、メッセージを読み返す。


 誰もいない――いなくなったこの世界に、二人の戦士の嗚咽が響いた。














 どのくらい走っただろうか。
 雨に濡れた路面に何度も足をとられそうになりながらも、男は懸命に走り続けていた。

 商店街通りに辿り着いた男は、周囲を窺うと、手近な路地に飛び込む。
 息を整えながら、日頃の運動不足を今更ながら呪った。

 午前五時十三分。
 行き交う人の姿は全くなく、開いている店もまだない。
 
 男は舌打ちすると、再び走り出そうと路地を飛び出した。


 あと数百メートルも走れば、駅に辿り着く。
 そこまで行ければ、当面は追って来ない筈だ。
 そう考えた男は、痛む脇腹を手で押さえながら、必死の形相で駆け出した。



 そしてその様子を、麦藁帽子の少女が、静かに見つめていた。



「発見したわ。
 ――桐沢大」





次回より、第四章「XENO編」を開始します。
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