美神戦隊アンナセイヴァー

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第4章 XENO編

●第53話【電話】

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 美神戦隊アンナセイヴァー

 第53話 【電話】
 





 午後四時。
 ここは、新宿中央公園。

 司は、待ち合わせ時間より少し前に、この「ナイアガラの滝」の前に来ていた。
 十分を過ぎた頃、司は着信を確かめる為に、スマホを懐から取り出そうとして、手を止めた。

「あんたが、司警部?」

 いきなり背後から声を掛けられ、司は数歩位置をずらす。
 無意識に、懐に入れた手が得物の感触を確かめている。

「君が、情報屋か」

 そこには、背の低い高校生風の女が佇んでいた。
 同行者と思える者は、近くには居ない。

「学生?」

「だからなんだっつうの?」

 ややハスキーがかった声で、少しうざったそうに返答する。
 懐から手を抜きながら、司は一定の距離を保つ為、数歩更に後ずさった。

「大黒屋が連絡を取ってたのも君か?
 仲介人かな」

「おあいにく様。
 中途搾取は嫌でね、あたし一人でやってる」

「それはそれは」

「早速だけど、いい?」

「ここで金銭のやりとりはまずいな。
 色々と誤解を招きやすい」

「しょうがないなあ。
 じゃあ、paypayにあと二枚送金しといて」

「今時、情報料もそれなのか……」

 スマホの画面を差し出しながら、少女はにやりと微笑む。
 司は、溜息を吐きながら自分のスマホを取り出した。

「それにしても、相場より随分高いな。
 何か特典でもついてるのか」

「たぶん、アンタの期待以上のものを持ってるよ、あたし。
 でさ、場所変えない?
 ホテルでも行く?」

「遠慮しとく。
 今のご時世、第三者が誤解するような真似は避けたいんでね」

「しょうがないなあ、じゃあこの公園、散歩しながら話すのはどう?」

「無難だな。
 ところで、君はなんて呼べばいい?」

「いきなりナンパ?」

「呼び名がわからないと不便だからさ」

 司の、さして興味のなさそうな質問に、少女は少し間を置いて答える。

「あたしは、クインビーって呼んで」

「昔あったな、そんな名前のゲーム」

「おっさん、しらねーよそんなの」

「わかった、じゃあクインビー。
 早速情報を頼む」

「いいよ。
 もうちょっと人が少ないとこに行ったらね」

 司の胸元くらいの背丈の少女は、今時の、というよりは若干世代が前の女子高生風の格好だ。
 だがよく観察すると、その体格や足の運び、腕や脚の筋肉のつき方、そして背を向けた時の隙のなさから、ただの一般人でない事は容易に伺える。
 右肩から下げたバッグが微妙に膨らんでいることから、あらゆる可能性を考慮する。
 油断はせず、あくまで一定距離を保った状態で、司はクインビーと名乗る少女の後について歩いた。

「はい、まずはこれ」

 小走りで寄って来ると、クインビーは一枚のメモを手渡した。
 そこには、三人の名前とそれぞれの携帯番号が記されている。

 だがその中に、「野中」という表記を見つけ、司は思わず眉を顰めた。

「あっごめん、この人は消しといて」

 そう言うと、クインビーはネイルの煌く人差し指で、「野中」を指す。

「どうしたんだ?」

「うん、この人たぶん死んだ」

 この名前は、あの金尾邸の地下で宮藤が言っていたものだ。
 司は、顔には出さなかったものの、一応最新情報は更新しているのだなと、彼女に感心した。

「後の二人は、ちょっと電話つながりにくいけど、多分まだ大丈夫だと思う。
 居場所はね、こっちが――」

「いや、それ以上はいい。
 SMSで飛ばしてくれるか」

 何処で誰が聞いているか、わかったものではない。
 司は、スマホ上にメッセージを書き、その旨を画面を通じて伝えた。

「いいけど……あと、夕べ話した“タカカゼ”って男も、この二人を追ってるよ?」

「いったい何者なんだ、そのタカカゼというのは?」

「さぁ、全然知らない若い男」

「若い男、か」

 心当たりは、ない。
 夕べから気になっていたが、初めて聞く名前である“タカカゼ”がXENOの関係者だったらアウトだ。
 司は、早急にメモの二人に連絡を取る必要があると判断した。

「これがメインの情報か。
 それで、“期待以上”のものとは?」

「へへ、やっぱ気になる?」

「なるな。
 このままだと、四枚は高過ぎる」

「そう焦らないでよ。
 でさ、あんたも、吉祥寺って人を捜してるクチ?」

「……」

 彼女の口から出るとは、想定外だった名前。
 司は、思わず顔をしかめてしまった。

「図星、かな。
 その人、警察には特にマークされてないんだって?
 そのメモについての重要人物なんだけど、不思議ね」

「まあな。
 で、それが何か?」

「実はさ。この吉祥寺って人が以前、なんかの研究施設を運営してたらしいんだけど」

 クインビーが言うのは、桐沢が言っていた“吉祥寺研究所”のことだろう。
 先のメモ内の人物は、全員そこの研究員だった者なので、彼女は間違いなくその事について情報を持っているはずだ。
 それなのにぼかした言い方をするということは、何か思うことがあるに違いない。
 そう判断した司は、態度こそ変えないものの、より警戒心を強め、話を聞くことにした。

「実は、そこの研究員でもう一人、捜索願が出ている人が居るのよ」

「捜索願?」

「うん、といっても、かなり前の話なんだけどね」

「どういう人物なんだ?」

「“千葉真莉亜ちば まりあ”っていう、女の人」

「ちば、まりあ……初めて聞く名前だな」

 予想外の方向に話が流れ、司はいささか困惑した。
 話によると、その千葉真莉亜という女性も、吉祥寺研究所のメンバーらしい。
 しかし、ある時期から親族との連絡が途絶えた為、捜索願が出されている。
 それと同時に、研究所関係者からも、同じく捜索願が出されたという。

「勤務先からも捜索願? 一人に対して二つ出ているということか?」

「ううん、警察に対して届けられたのは、親族からのものみたい。
 研究所のは、なんでか知らないけど、興信所とか、警察以外の調査機関だって話よ」

「その千葉真莉亜という女性に、何かあるのか?」

「わからない?
 研究所から捜索願が出ているってことは、その情報をあんたがゲットできたら、それを吉祥寺に売り込めるんじゃない?」

 そこまで聞いて、ようやく、クインビーが売り込もうとしている情報の重要性が呑み込めた。
 千葉真莉亜に関する情報が得られれば、司達は、桐沢とはまた違ったルートからXENOの情報を得られる可能性が高まる。
 
(確か桐沢の話だと、吉祥寺研究所の上層部の者達が、連続猟奇殺人事件の首謀者だと話していたな。
 で、あれば……この情報を提供するという前提で、そいつらにアクセスする事も可能ならしめるということか)

「なるほど、確かに貴重な情報だ」

「でしょう?
 これでプラス二枚は、お得だと思うけど」

「違いないな」

 交渉は、成立した。
 クインビーは、司の携帯に一枚の画像を送信する。

「これが、千葉真莉亜の写真だって」

「ほぉ、これは――ん?」

「どうしたの? もしかして知ってる人?」

「ああ、いや」

「はい、じゃあ今回は以上でーす。
 それじゃ、また用事あったら大黒屋のオカマ通して依頼してねー」

「ああ、わかった」

 別れの挨拶もそこそこに、クインビーは小走りに駅方面へと走り去っていった。
 その姿をしばらく見守っていた司は、改めて、彼女の送って来た写真に見入る。
 それは、とある女性の顔写真だった。
 肩から上までの画像なので、身長や体格までは判らないが……

(この女性は……よく似ているな、あの少女と)

 司は、その顔写真が、あの日出会ったピンク色の少女に雰囲気が良く似ているように思えてならなかった。
 



『千葉真莉亜、だな。
 了解、調べておこう。
 それより聞いたか、栃木県警の連中の話は』

 島浦が、電話の向こうで苦虫を噛み潰したような顔をしているだろうことは、容易に想像出来る。
 つい先ほど、高原からメールで連絡を受けていたからだ。
 こちらが情報屋と接触するという話を聞いていたからだろうか、彼なりに気を利かせての連絡のつもりらしい。
 しかし、現場状況を観ていなかった司にとって、その内容は衝撃が大き過ぎるものだった。

「高原の話だと、ドラゴンが突然現れたと?」

『そうなんだ。
 さすがに夢物語が過ぎると、アイツを怒鳴りつけたんだがな。
 横にいたらしい桐沢までもが電話の横で主張していてな』

「だが、それだけでは……」

『今、栃木県警の第二陣が現場に出向いているようだ。
 もしかしたらまた何かわかるかもしれん。
 とりあえず、お前は署に戻れ』

「そうしたいのは山々なんだがな。
 こちらはこちらで、また別にやる事が出来てしまってな」

『急ぐのか?』

「ああ、一刻を争う。
 中間報告は入れる」

『ああわかった、好きにしろ』

 少し呆れたように言い放つ。
 だがそれは、島浦が快諾した証だということも、司にはわかっている。
 クインビーの情報は、揮発性が高い。
 桐沢と同じ情報を握る者が、いつまで存命でいられるものか、わかったものではない。
 電話を切ると、司は、十二社通りに駐車していた車に乗り、早速メモに記載された人物達に連絡を取る事にした。

 対象者は、「向井むかい」と「匂坂さきさか」の二名。
 向井は電話が通じなかったが、匂坂の方は、予想に反してすぐに反応があった。

「匂坂さんのお電話ですか?
 私――」

『あんたか、あの女が“連絡してくる”と言ってたのは?』

 挨拶もなく、いきなり尋ねられ困惑する。
 匂坂は、何故かとても怯えた声で、それでいてやや早口でまくし立てるように呟く。

(あの女……クインビーのことか?
 なるほど、話を繋げやすくしといてくれたのか)

「ええ、その通りです。
 私、新宿警察署の司と申しまして。
 実は、吉祥寺研究所のとある所員について、お話を伺いたいのですが――」

 そこまで言った時点で、匂坂は、一瞬悲鳴のような嗚咽を漏らした。

『あ、あんたもその話か!
 いったい、どっちのことだ?』

「どっち、とは?」

 どうも、反応がおかしい。
 今ひとつ会話が繋がっていないような気がして、司は、とりあえず詳細は逢ってから話すべきかと判断した。

「恐れ入りますが、今からお伺い頂くことは可能でしょうか。
 或いは、何処かで待ち合わせでも――」

 しばらくの沈黙の後、匂坂は、搾り出すような越えて呟く。

『新宿署、といったな』

「ええ」

『であれば、俺が今日そこまで出向くよ。
 どうすればいい?』

「車でお迎えに行けますが」

『あんたがXENOである保障がないからな! それは断る』

「なるほど……わかりました」

 どうやら、匂坂も桐沢同様、警戒しているようだ。
 であれば、話はより通りやすいだろう。
 司はそう判断した。

「それでは、私、司と島浦というものが、お話を伺わせて頂きます。
 署の受付で、呼び出してください。
 それでよろしいでしょうか』

『ああ、わかった』

 署内の呼び出しに応じて出て来る者なら、XENOではないだろうと安心したのか。
 匂坂は意外とあっさり了承し、電話を切った。

 ふぅ、と息を吐き、司は、車のエンジンをかけようとする。
 だがその時、突然、助手席に放り出したスマホが鳴動した。

 「非通知」だ。

「――もしもし」

 いぶかしげな顔で応答する。
 しばらくの沈黙の後、聞き覚えのない男の声が、耳に届いた。

『あんたが、司警部か』

「……」

 盗聴でもしていたのだろうか。
 あまりにもタイムリー過ぎる為、司は言葉を止めて向こうの出方を待つことにした。

『匂坂は、いい。
 だが、千葉真莉亜には、関わるな』

「それは、どういう意味だ?」

『邪魔になる』

「君の、か?」

『……』

 反応が途切れる。
 しかし、通話は不思議と途切れない。
 司は、ふと思い立ち、かまを掛けてみることにした。

「君が、タカカゼ、という者か」

『……』

「どういうつもりで、匂坂や向井を追っている?
 君も、彼らの命を狙っている一派なのか」

 反応は、ない。
 だがしばらくの沈黙の後、囁くような声が返って来た。

『――どうやら、XENOではないようだな』

「?」

『今夜、お目にかかる』

「ほぉ、おいでくださるのか」

 司の質問に、感情のこもらない声が続く。

『ああそうだ。
 匂坂は、今夜襲われるからな』

「どういうことだ?」

『その時が来ればわかる』

 それだけ呟くと、通話はプツッと切れた。

(襲われる、だと? 匂坂が……?
 もしや、タカカゼという男は――)

 司は、急いでエンジンをかけ、新宿中央公園をぐるりと周回すると、新宿署へ向かって走り出した。
  







 ハクチュン!


「愛美、どうした? 風邪?」

「あ、いえ、申し訳ありません。
 急に……あはは」

「誰かに噂されたのかもしれないねー」

「愛美さん、宜しければ、ティッシュを」

「あ、ありがとうございます、舞衣さん!」

「みんな、静かに。
 ――始まるわ」

 未来の合図に、全員が表情を引き締める。

 ここは、地下迷宮ダンジョンのミーティングルーム。
 天井から吊るされたスクリーンには、プロジェクターから投影された映像が映し出されている。

 それを見た五人の少女と二人の男性、そして一人の女性は、同時に息を呑んだ。

「マジかよ……これ」

「ドラゴン……ですか? ホンモノの?」

「うえ……まさか、これも、XENOなのか?」

「ふえぇ……お姉ちゃん、怖いよぉ!」

「……なんという……」

 そこに映し出されたのは、一枚の写真。
 大空を飛ぶ、一体の巨大な「竜」の姿が写っている。

「先日、SNSで上がっていたものだ。
 栃木県佐野市で撮影されたものだそうで、同じ日、ここで事件が発生している」

「事件?」

 今川の呟きに、蛭田勇次は、大きく頷いた。

「それについてはこれから説明するが、それよりも。
 ――以降、このXENOを、UC-13“ワイバーン”と呼称する」
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