美神戦隊アンナセイヴァー

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第4章 XENO編

●第54話【会談】

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 JR新宿駅。
 人混みに紛れながら、その男はホームから階段を降りる。
 西口改札へと流れていく波に紛れ、まるで自分の意志ではないような、何かに操られているような足取りで進んでいく。

 だが、そんな彼の後を、更に別な男が追跡していた。
 一定の距離を保ちながら、じっと男の後頭部を凝視し、見逃すまいとして追っている。
 改札の手前、あと僅かで通過するという所で、その追跡者は腹部に鈍い衝撃を受け、歩みを止めた。

 見下ろすと、腹の中心から胸にかけて、下側から突き上げるような形で、金属の塊のようなものが突き刺されていた。
 それは、すぐ手前にいる、黒いコートをまとった男による凶行だった。

「……!!」

 追跡者は、悲鳴も嗚咽も漏らすことなく、その場で崩れ落ちる。
 それに気付いた周囲の客が、悲鳴を上げた。
 今にも改札をくぐろうとしていた男は、それに驚いて振り返るが、黒コートの男がそんな彼の背を叩いた。

「振り返るな、行け」

「は、はい……」

 黒コートの男に肩を支えられるように、男は頼りない足取りで改札をくぐる。
 そして、改札内では、また別な悲鳴が響き渡っていた。

 腹部を何かで突き刺された男は、燃え尽きた後の灰のようにばらばらに砕け散り、まるで最初から何もなかったかのように、消えてしまったのだ。


「あんたは俺がガードする。
 気にしないで、向かえ」

「わ、わかりました」

 地下通路に出た二人は、そのままビル街へ向かって歩き出す。
 だが、黒コートの男は、やがて彼の傍からフェードアウトしていった。

「本当にありがとうございます、鷹風たかかぜさん。
 あなたが居なかったら、今頃……あれ?」

 男は立ち止まり、いつの間にか居なくなった黒コートの男を捜し、きょろきょろと辺りを見回した。


 



 美神戦隊アンナセイヴァー

 第54話 【会談】
 




 翌日、対策本部の会議後に呼び出された司は、島浦の下へ向かった。

「どうだった、会議は?」

「ああ、やはりあの竜の出現と、栃木県警の被害の話が中心だったな」

「いったい、何がどうなったんだ?」

 眉間に皺を寄せる島浦に、司はいつもと変わらぬ表情で淡々と伝える。

「死因は、全員毒殺だ。
 パリトキシンという神経毒が、被害者の身体から検出されたようだな」

「パリト……なんだそれ、聞いたことがないな」

「なんでも、生物界では最強を誇る猛毒だそうだ。
 青酸カリの十万倍の毒性があるんだとか」

「……十万?
 そんな恐ろしいものを噴霧したのか?」

「そうだな。
 なんでも、ゲル状の高揮発性物質にこの毒を混ぜ込んだものを、空中から吐き掛けたらしい。
 これで、揮発時に猛毒が蔓延する仕組みだと分析されてるな。
 もっとも、直撃を受けた奴らはほぼ即死に近い状態だったんじゃないかと云われてるが」

 司は、それにより金尾邸周辺半径二キロを立ち入り禁止にし、現場の洗浄と徹底調査が行われている旨を補足する。
 島浦の表情が曇った。

「殆ど……いや、完全な化学兵器じゃないか!
 あの竜は本当に生物なのか? ロボットか何かじゃないのか?」

 額の脂汗をハンカチで拭いながら、島浦は更に深刻な表情を浮かべる。
 一方の司は、まるで他人事のような態度で、手近の椅子にどっかと腰を下ろした。

「もし本当にあれがXENOという生物のなれの果てなら、たとえ人間を食わなくても恐るべき脅威だ。
 いったい、この世界はどうなってしまったんだ……」

 今にも頭を抱えてうずくまってしまいそうな顔つきで、島浦が呟く。
 
「早急に、あの怪物共に対する対抗策が必要だという意見で、会議は見解一致したよ。
 だが、それは多分、科警研とかに丸投げされて終わりだろうなぁ」

 もっとも、本件では科捜研の調査員も巻き込まれている。
 科警研が対策を練るとするなら、より慎重になるだろう事は想像に難くない。
 言葉に出さずとも、それは二人の共通見解だった。

「俺もそう思うよ、司。
 ――だが、その、なんだ。
 黒いロボットだったか? XENOに対抗しうる装備だが」

「ああ、あれか」

「あれを使用している者達と連携して、対XENO用の装備などを警察が持つことなど、出来ないものかな」

 すがるような表情で見つめる島浦に、司は内心「本当にそれでいいのか?」と考えつつも、適当な生返事を返す。
 とその時、同課の刑事が二人の所にやって来た。

「課長、司さん。
 受付に、匂坂という人が訪ねて来ているそうです」

「ああ、わかった。ありがとう」

「来たか」

 頷き合うと、二人は急いで部屋を飛び出した。 




 受付に居たのは、やせ細った推定六十代くらいの病弱そうな男性だった。
 身長は結構高そうだが、猫背の為かそこまで大きい体格という印象はない。
 まるで病院から抜け出してきた入院中の患者といった風情の男は、自分が匂坂だと名乗る。
 司は、桐沢が飛び込んで来た時とはえらい違いだな、とふと思った。

 暖房の効いた応接室に通すと、島浦と司は向かい合うように座った。
 
「本日は、ようこそ」

「ああ、よろしくお願いします」

 今にも消え入りそうな声だが、それでもちゃんとした返答をする。
 司は、これなら桐沢よりは話を進めやすいかもしれないと、内心思った。

「ここまでは、タクシーで?」

「いえ、JRを使って」

「大丈夫なのですか? 交通機関を利用して……その、何かあったら」

 心配そうに尋ねる島浦に、匂坂は首を振る。

「人が大勢居るところの方が、襲われ難いようです。
 ですから、逆にタクシーなどの方が危ないと思って」

「なるほど、だから夕べあんなことを」

「ええ、夕べは失礼しました」

 昨日の電話とはまるで別人のような、礼儀正しい態度。
 司は、引き続き彼の態度や言動に注視しながら、話をする事にした。

「早速ですが、私達は今、XENOという生物と、それに関連する情報を集めております。
 そこで吉祥寺研究所という研究機関の存在を知りまして、そこに勤務経験のある匂坂さんに辿りつきました」

「ああ……」

 何かを悟ったのか、司の説明に、匂坂は何かを諦めたような暗い表情を浮かべる。

「宜しければ、匂坂さんが勤務されていた時の状況や人間関係などについて、詳しくお話を伺わせて頂けないでしょうか」

「わかりました。
 ただ、お願いがあります。私を保護してください。
 このままの生活を続けていたら、私は殺されるか、或いはいずれ自殺してしまうかのどちらかしかない……」

 身体を震わせながら、搾り出すような声で呟く。
 司と島浦は、思わず顔を見合わせた。

「桐沢と同じだな。
 いったい何故、吉祥寺研究所の元所員は、命を狙われなきゃならないんだ」

 島浦のそんな呟きに、匂坂は突然、カッと目を見開いた。

「桐沢? い、今あんた、桐沢って言ったか?
 それは、き、桐沢大のことか?!」

 口調が突如変わり、震える声で問い詰める。
 島浦は、匂坂の急な変貌に戸惑った。

「え? え、ええ。
 実は先日、桐沢という男が、XENOの情報と引き換えに身柄の安全を確保して欲しいと」

 動揺する島浦の説明を聞いた匂坂は、更に態度を豹変させた。
 テーブルに両手をつき、まるで食らいつくかのような態度で迫る。

「あんたら、桐沢と組んでるのか!
 あいつは駄目だ、あいつは信用しちゃいかん!
 あいつのせいで、俺達は酷い目に遭ってるんだ!!」

「え? え?」

「課長、ここは私が。
 匂坂さん、私共も、まだ桐沢のことを良く判っておりません。
 こちらの得た情報を提示しますので、どうか、彼について詳しいお話を伺わせてもらえませんか」

 相変わらず冷静な態度で、一切臆することなく、司が出る。
 匂坂は、しばらく値踏みするような視線で司を見つめたが、やがて何か納得したのか、椅子に座り直した。

「――失礼しました。
 桐沢大は、吉祥寺研究所の実質ナンバー2だった男です。
 奴は、吉祥寺と共にXENOの研究を推し進め……いや、それどころか、現在の研究所の研究方針を定めた張本人とも云えます」

 匂坂の言葉に、さすがの司も表情が変わる。

「私達が聞いている話と、随分違うな……
 桐沢本人は、まるで自分は下っ端研究員みたいな言い方をしていましたが」

「下っ端? 冗談じゃない!」

 島浦の呟きに、匂坂はまたも口調を荒げ、吐き出すように唱えた。

「あいつはね、とんでもない奴なんですよ。
 自分の研究を完成させるためなら、どんなものを犠牲にする事も厭わないような男なんです!」





「退屈だなぁ~。
 お~い桐沢、なんかいい暇つぶしないのか?」

 ベッドの上でだらだらと横になっている高原は、真剣な眼差しでタブレットを睨んでいる桐沢に呼びかける。

「知るか。もてないお前は、どうやったら女との縁が出来るかを考えろ」

「はぁ~! 言いやがったな!
 ……って、この問答も飽きたないい加減」

「まぁな」

 ここは、新宿のワシントンホテル。
 あれから、桐沢の下に刺客が現れることはなく、平穏な時間が流れている。
 とはいえ、同室で一応“警護”という形を取っている高原が間に入り、ホテル側の人間と直接接しないようにはしていた。

 金尾邸の襲撃の後、桐沢は、現地の状況を詳しく知りたがっている。
 あの「XENO入りカプセル」の行方が知りたかったからだ。
 しかし、高原の許にも、その後の情報は一切入っておらず、またニュースでも報道は一切行われていない。
 そのせいか、桐沢はあれからネットの情報を調べまくり、なんとか最新情報を掴もうと躍起になっていた。

「くそ、どこにも情報が載ってないな」

「あ~? あれぇ、これなんだ?」

 突然、高原の間抜けな声が聞こえる。
 少々イラついていた桐沢は、思わず反射的に彼の方を睨みつける。

「なんだ! うるさい!」

「いや、今YOUTUVE見てたんだけどな」

「それがどうした?」

「これ、あの廃墟襲ったドラゴンのことじゃね? っていう動画が」

「なんだと?!」

 桐沢は、高原に飛び掛りスマホを奪い取った。

「あっ、コラ! 何しやがる!」

「ちょっと貸せ!
 ……でかしたぞ高原! 動画サイトとは盲点だった!」

 桐沢は、高原のスマホに表示されているタイトルで検索をかける。
 すると、その動画は即座に見つかった。

 “佐野市上空にドラゴン出現? 新たなUMA登場?!”

 タブレットで動画を再生すると、桐沢と高原は、仲良く並んで画面に見入った。
 それは、たまたま佐野市街地から山へ続く路を走っていたYOUTUVERが、山道の途中で飛来する竜を目撃、それを追跡した内容だった。
 そこには、遠距離からではあるが、間違いなくあの竜が金尾邸を襲っている光景が映っていた。
 警察が通行規制をかけていた事が幸いし、被害に遭う事はなかったが、竜が飛び去っていくまでの一部始終をほぼ完璧に押さえた内容だった。
 当然、PVもかなりの数に上っており、既に5,000PVを越えようとしている。

 無論、コメント欄には「CG合成」「今時なチャチな手段でいいね稼ぐなよ」などの辛らつな書き込みが大半を占めているが、中には「俺も見た」「合成じゃない」といった意見も垣間見えた。

「そうか、さすがに一般人にも見られていたのか」

「すげぇな。検証動画まであるぞ」

「我々は、アレが事実だということを知っているから、それはいい。
 だがこれだけ話題になっているのなら、別なところでも議論されているのではないか?」

「ああ桐沢、こういう場合のサーチって実は苦手だったりする?」

「どういう意味だ?」

「まかせろよ、こういうの得意なんだ俺」

 そういうと、高原はどこかの匿名掲示板を展開し、カテゴライズ分けされたページを検索すると、そこで該当しそうなスレッドを調べ出した。

「あった、ここだ!」

「どれ?
 ……【検証】佐野に現れたドラゴンについて【CG?】、だと?」

「こういう所には、メディアを通さない生の情報が書き込まれてたりするんだよ。
 まあ、眉唾やデマも多いから、読むこちらが内容を性差しなきゃならないけどな」

「なるほどな、でかしたぞ高原!
 引きこもりのネットおたくのもてないお前が、初めて人の役に立てたな!」

「窓から突き落とすぞこんにゃろ!」

 ともあれ、高原の提示した情報源案は、桐沢に気に入られたようだった。
 そこから二人は手分けして、この情報が何処まで世間に知られているのか、また自分達の知らない情報がないかを調査し始めた。

「へぇ、面白いのを見つけたぞ」

「何だ?」

「さっきの竜の動画アップしていたYOUTUVERな、廃墟探索系らしいんだ」

「それがどうした」

「もしかしたら、俺達が行ったあそこを探索するつもりだったんじゃないかな?
 だけど、竜が出てそれが出来なくなった。
 なんで、もう一回チャレンジしてみるってツイッターに書き込んでるよ」

「なに……」

 スマホに見入りながら話す高原は、桐沢が険しい表情を浮かべていることに気付かなかった。




 匂坂との会談は、数時間に及んだ。
 他にも捜査本部の関係者が彼と合い話をしたことで、事態は急展開を迎え、彼の身辺警護は異例の早さで承認が降りた。 
 司と島浦は早速近くのホテルを予約し、匂坂を偽名で宿泊させることとなった。
 しかし、高原のように司を常駐させることは不可能な為、新宿署内の刑事で、過去一ヶ月の行動が明確化している人員を選別し、その中から匂坂自身が選んだ人物を、護衛につける事で合意した。

 匂坂を送り出した後、二人は刑事部屋に戻り、話し込んでいた。
 議題は、言うまでもない。

「結局、どっちを信用するかって話だな」

「そうだな。
 桐沢は桐沢で、XENOの貴重な情報を提供したし、裏づけもある。
 反面、匂坂の言い分は荒唐無稽過ぎて、裏が取れるかも怪しい内容ばかりだ。
 だが……」

「仮に言ってることが全て本当のことだったら、かなりやばいな」

 司の呟きに、島浦は力強く頷く。


 吉祥寺研究所の研究テーマは、「不老不死」。
 それは、桐沢から既に伝えられている事ではあったが、匂坂はそこに更なる情報を追加した。

 吉祥寺研究所は、とある人物の願いを叶える目的で発足した、研究機関だった。
 そこの責任者であり、“とある人物”により直接招聘されたのが、吉祥寺龍利。
 当初、彼は「人間の身体には限界があり、何があってもこれを覆すことは出来ない」として、新たな研究課題に「人体のバックアップ」を提唱した。

 これは、クローン技術を応用して自分自身の肉体の“予備”を造り、生命危機に陥った際に意識だけを本体から移し、全くの健康体である新しい肉体を得るという発想だった。
 しかし、動物実験でも明確な結果は出せず、研究は行き詰った。
 そこに現れたのがXENOであり、吉祥寺は、XENOによる肉体の置き換えを行うことで、人間の存在そのものを昇華させる発想を得た。
 そして、その案を彼に提唱したのが、あの桐沢である、というのだ。

 これにより、最初の段階で吉祥寺が研究していた「人体のバックアップ」は無駄になったかと思われたが、桐沢はこれをあえて継承。
 XENO研究を進展させるための素材として、これを再利用する事を思いついたのだという。

「すまんが司、お前はこの話、意味がわかるか?
 年のせいかどうも頭が固くなってなあ、よくわからんのだ」

「同い年の俺に、それを言うのか」

「ああ、だってお前の方が、柔軟な思考を持っているからな。
 だからこそ、本当はお前の方が、課長に――」

「随分と判りやすい話だと思ったんだがな。まぁいい」

 島浦の言葉を遮るように、司はやや呆れた風に呟く。
 だが今の彼の頭の中では、匂坂による、その先に続く話の方が気にかかっていた。



「その時、桐沢に協力していた所員がいたんです。
 千葉真莉亜ちば まりあという女で、一時は我々と共に、金尾邸の地下にある別施設で研究していたのですが、ある日突然、所内で姿を消してしまいまして――」
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