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鉄筋青春ロマンス
⑥
しおりを挟む昨晩の金森の訪問は悪夢のようだったとはいえ、一つだけ良いことがあった。
学校が終わってすぐに塾に行かなければならないとのことで、休みをもらえたのだ。
来週の同じ曜日も休みになるという。
まだ先が長くあっての貴重な休み。
叔父やジムの仲間とゆっくり過ごすか、溜まった体の疲労を癒し、これからに備えて力を蓄えておくため休むかしたほうがいいだろう。
とは思いつつ、学校から帰宅した俺はまた台所に立って、朝に下ごしらえしたものを忙しく調理していった。
仕上がった料理を使い捨てのタッパに入れていき、冷めたところで蓋をして紙袋につめていく。
「六時ごろに戻るから」とジムにいる叔父に声をかけてから、足を向けた先は、昨日逃げこんだ工事現場。
今回は裏口でなく正面に向かい、工事現場の出入り口にたどりつく前に足を止めて鉄筋の骨組みを見上げた。
予想は当たって、昨日と同じく足を外に放って座っている男がいた。
顔ははっきりと見えないとはいえ、遠目にも目立つ、重量級のプロレスラーのような体つきからして間違いない。
そちらに向かって声をかけようとして思いとどまり、辺りを見渡した。
人の姿は見当たらなかったけど、なるべく注目されることを避けたかったので、声をかける前にまず、片手を上げて振ってみせる。
男は気づいて、すぐに立ち上がり片手を上げてくれた。
その手で下のほうを指差して、掌をかざしてから奥のほうへ引っこんで見えなくなる。
手の指示を「工事現場の出入り口で待っていろ」と解釈して、その通りにしたところ、少しして、やや息を切らした男が姿を現した。
挨拶代わりに「ん」とヘルメットを渡してきて、もう片手に持っていたヘルメットを被って「こいよ」と背を向ける。
てっきり、出入り口で立ち話をするか、工事現場を離れるものと思っていただけに驚いた俺は何も言えず、慌ててヘルメットを被り追いかけることしかできなかった。
あらためて声をかけようにも、すぐに階段に差し掛かって吹きさらしで不安定な階段を上っている間は、口が利けなかった。
よく昨日は駆け上がっていたなと思いながら、男から少し遅れて上っていき、昨日逃げこんだフロアへと足を踏みいれる。
端に向かって歩いていく男の後を追い、その足が止まったところで話しかけようとしたけど、目の前に町の景色が広がったのに息を飲んだ。
学校から見下ろす景色と比べて四方に壁がない分、格段に見晴らしがいい。
柱に遮られているのを除けば三百六十度の大パノラマだ。
昨日は緊迫した状況にあったから仕方ないとはいえ、この壮大な景色を見逃したのはもったいなかったと思う。
建設途中の今しか見られない限定的な景色ともなれば、目に焼き付けておきたく、つい見入ってしまったものを「昨日は災難だったな」と言われて我に返った。
景色を楽しみにきたわけではないだろうと、自分を叱咤して、男の横顔に向かい「昨日は本当にありがとうございました」と頭を下げる。
振り向いた男に「これはお礼に」と紙袋を差しだすも「いや、いいよ」と困った顔をされた。
「高校生がそんな気使わなくても」
「全然、気なんか使ってないから。
量は多いけど、大して材料費はかかっていないし」
「材料費」の言葉が気になったのだろう。
男は眉をしかめつつも、紙袋を手に取り中を覗きこんだ。
目を見開いたと思えば「ありがたくいたたく」と真面目腐った顔をして、ごっちゃんですとばかりに片手を上げる。
分かりやすい態度の変わりぶりに笑いそうになりつつ「なるべく痛みにくいものを作ったけど、早く冷蔵庫にいれといて」と言っておくと「分かった」とこれまた、素直ないい返事だ。
プロレスラーのような貫禄のある体つきに渋い顔をしているとはいえ、俺とさほど年が変わらないとあって食欲には忠実らしい。
俺が堪えきれずに小さく噴き出しても、気分を害したようでなく紙袋を大事そうに持ってそわそわしている。
その様子を見て大丈夫だろうと思い「あと、おにぎり作ってきたから、ここで一緒に食べない?」ともう一つの紙袋を差しだせば、紙袋を抱えたまま何度も肯いた。
「これは新しいやつだから」と男が持ってきたシートを床に敷いて、そこに腰を下ろした。
そうして建物の端から一歩ほど手前のところで町の景色を眺めながら、おにぎりを頬張った。
男はお腹が空いていたのか、顔半分くらいある大きなおにぎり四個のうち、三個をたいらげた。
食べている間はやけに勇ましい顔をして、ひたすら咀嚼していたから、話しかけられなかったものを、いちいち数えて三十回噛んでいそうな愚直な食べっぷりは見飽きることなく、沈黙も気まずくなかった。
おにぎりを食べ終えてお茶を飲み干し、息を吐いて放った「うまかった」の一言は何とも耳に心地よかった。
料理のし甲斐のある人だなあと、見惚れている俺には気づいていないように「ここらへん、いい店なくて」と男は眼下の町のほうに顔を向ける。
「ラーメン、うどん、蕎麦屋とかあるんだが、ご飯おかわり自由の定食屋がないのはきつい。
やっぱご飯が一番、エネルギーになんだよ。
コンビニのご飯じゃ、物足りないし。
ご飯、炊いていこうかとも思うが、家帰ってもやることが多いから、忘れちまう」
「え?家帰ったら、すぐに寝るんじゃないの?
こんな重労働していて」
「ぶっちゃけ、現場で働いているだけじゃ学べないこともあんだよ。
だから自分で勉強しなきゃならないし、資格も取らないといけないからな」
「へえ」と感心しつつ、ふと閃いて「ご飯が食べたいなら」と言う。
「ご飯専門に販売と宅配しているところがある。
ジムの人に食事を作るときなんか買いにいっているんだ。
店はここから少し遠いけど、確か近くに宅配をしていたはずだから、頼めばついでに持ってきてくれるかも」
「電話番号教えようか?」と言えば「頼む」と間髪いれずに応じる。
反応の早さと切羽詰った顔をしているのに苦笑して、携帯電話を取りだし、あ、と思う。
ついでに連絡先を交換しようか?と思い、でも何のために?と首をひねる。
大体、男になんと言うのだと携帯電話を持って振り返ったら、男のほうは手ぶらだった。
「番号言ってくれ。
覚えておくから」
「携帯は?」
「いやいや、現場に携帯なんか持ってこれないから。
使う暇ないし、落としたら危ないだろ」
それもそうかと、ほっとしたような落胆したような思いを持て余しつつ、電話番号を教えた。
男が反芻したのに肯けば「ありがと、早速電話してみるわ」と奥歯まで覗かせて笑いかけてきた。
渋い顔つきとはギャップのある、屈託ない笑みを見せられたのに目を見張ってしまい、笑い返せなかったものを「そういえば、お前、ジムの人に食事を作るって、習っているだけじゃなく手伝っているの?」と男は無邪気なまま聞いてくる。
格闘好きという男はジムについて何かと聞きたがったので、その質問に一通り応えてから「そんなに興味があるなら、通ってみたら?」と勧誘をしてみた。
「いや、そうしたいが、まだ仕事二年目で余裕がないし」と男は苦笑して首を横に振り、それを聞いて今度は高卒で働くつもりでいる僕のほうが俄然興味が湧いて、仕事について質問攻めにした。
質疑応答を交互にしてすっかり夢中になり、時間も忘れた。
いつの間にか夕日が沈んで、下から橙の照明が差し、俺達に柱の影が落ちているのも気にしなかった。
はっとさせられたのは、携帯のアラーム音でだ。
平手打ちされて目覚めたような心地がしたもので、口を開けたまま呆けている男も似た心境なのだろう。
先に現実感を取り戻したのは男のほうで「悪い」とため息を吐いて立ち上がった。
「暗くなる前に下りようと思っていたのに、行こう」と俺が立ち上がるやいなや歩きだしたので「シートは」と聞けば「後で片付けにくるから」と振り返らずに言われた。
さほど年が変わらないとはいえ、俺は未成年で、男は成人。
あくまで大人で工事現場の関係者でもあるから、未成年の俺に責任を持って接しなければと、基本は考えているようだ。
そう意識されたらされたで、改めて未成年と大人と線引きがされたようで、さっきまで時間も忘れて話していたのが嘘のように、よそよそしい雰囲気になった。
階段を降りるときは、俺の様子を伺いながら男は先導してくれたけど、一言も話しかけてくることなく、俺も黙りこんでいた。
そのまま階段を降りて工事現場の出入り口まで行き、さすがにそこでは「ありがとう」と言ってヘルメットを返した。
受けとった男はすぐには返事をしなかったものを、俺が手を放したところで「なあ、お前」と顔を上げた。
「この前の奴らのこと、大丈夫なのか」
緊張した面持ちをしているからに、その件について中々切り出しにくかったのだろう。
俺から話すのを待っていたのかもしれない。
心配してくれている男を見て、今更ながら、巻き込みたくなかったのではないかと自問をする。
昨日眠る前は、二度と会わないのが男のためだと、思ったはずだ。
なのに、どうして。
男に助けてもらいたいと思った?と考えかけて、すぐに打ち消した。
正直、男が心配してかけてくれた言葉には胸が熱くなり、こみ上げてくるものがあったけど、拳を握って笑い返す。
「あれは、運悪く絡まれただけだから」
「大丈夫」と言うはずが、声が震えそうになったから代わりに軽く頭を下げた。
顔を上げる前に踏みだし、男のほうを見ないで歩いていこうとしたものの、一歩遠ざかったところで強く手首を握られる。
掴みかかった勢いのよさと痛いほどの力加減からして怒っているようだったとはいえ、俺は怯むのではなく頬を熱くした。
「また、こいよ」
ぶっきらぼうな物言いに、さらに体温を上昇させてしまう。
掴む手首から体の火照りがばれやしないかと冷や冷やしつつも「来週に」と小さく肯いてみせた。
肯くだけ肯けばいい。
この場限りで男を納得させ、来週には来なければいい。
そう考えもしたけど、男が手を放したのを名残惜しく思う自分に歯止めをかけられるか、自信はなかった。
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