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鉄筋青春ロマンス
⑦
しおりを挟む次の日は足取りが軽かった。
休息日を挟んだおかげもあるだろうけど、遠目に鉄筋の骨組みを見やれば、体の疲れも重い気分も少し紛れる気がする。
今日はまだ誰とも出くわしてもなく、このまま何事もなくやり過ごせるのではないかと思いかけた矢先、道の角から顔を覗かせたところで、辺りを見渡していた一人と目が合ってしまった。
すかさず顔を引っこめ、来た道を戻って駆けながら、足と同じくらい頭を働かせる。
俺を見つけた一人は全速力では追ってこずに、小走りで携帯をかけ他の連中に俺の居場所を知らせていることだろう。
そうして俺を囲いこもうとするのに対し、連中が見落としそうなルートを探さなければならない。
できれば連中が駆けつける前に、ルートを絞って抜け出したいところだ。
頭に地図を思い描きながら駆けていき、用水路にかかった橋を渡った。
渡ってから少し行ったところではっとし、踏みとどまる。
ふり返って橋の下の暗がりを見やり、これならいけるかもと思ってガードレールを跨ぎ、用水路の底のほうに下りていった。
浅く水が流れている両脇には石段があり、道のようになっているそこを歩いていき橋の下をくぐる。
橋の真ん中辺りで足を止め息を潜めると、少しして「こっちにはいなかったぞ!」「あっちはもう見たのか!」という複数の怒鳴り声と足音が頭上を通っていった。
遠ざかって大分、経ってから、やっと詰めていた息を吐いて、ずるずるとその場にしゃがみこむ。
連中が戻ってくる前にこの場を離れなければならなかったけど、暗がりにいるせいか、気分が沈んで余計なことを考えてしまう。
今更とはいえ、どうしてこうなったのだろうと。
事の発端は万引きを目撃したことだった。
学校帰りにスーパーで買い物をしていたときのことだ。
小柄で気の弱そうな男子校生が目についた。
見慣れない制服を着ていた上に、やたら辺りを見渡し落着きがなかったからで、まさかと思いつつ、距離を空けて尾行したところ、彼がお菓子の箱を鞄に入れるのを見てしまった次第。
一個だけでなく、辺りを確認してから二個目に手を伸ばそうとしたのに、俺は静かに近づき彼の背後に立って「待った」と囁いた。
手をすぐに引っこめて振り返った彼は、今にも泣きそうな顔をして震えていた。
彼が怯えきっているのに違和感を覚えながらも「商品をもとに戻して。まだ間に合うから」と声を潜めたまま諭したら、思いがけない言葉が返ってきた。
「持っていかないと、また殴られてしまう」
彼のYシャツの襟からは青痣が覗いていた。
そういうことかと、事情を察した俺は、とりあえず商品を戻させてから待ち合わせ場所を聞きだし、彼には帰ってもらった。そして一人で待ち合わせ場所に向かった。
四方をビルに囲まれた空き地には柄の悪い連中が十人くらい待ち構えていて、俺を見るなり「誰だてめえ!」「あいつはどうした!」と殺気立つほどの熱烈な歓迎をしてくれた。
怒号が一段落したところで「俺が代わりに行くって言った」と切りだした。
「やめてくれって言われたけど。
なんでも、余計なことをしたら学校を辞めさせるぞって脅しているんだって?
そんな脅迫するなんて、もうイジメの域を超えているだろ。
あんたら、頭がおかしいのか?」
「うるせえ、黙れ!」「頭がおかしいのはてめえだ!」と連中の罵声を浴びつつ、俺はその一人一人に目を走らせた。
「学校を辞めさせる」なんて脅迫をしたところで、普通なら真に受けない。
はずが、彼が心底、怯えていたからに、相手は実際にやりかねないと思わせる人物なのだろう。
不良の巣窟と言われる高校の制服を着て無駄吠えするばかりの連中をざっと見たところで、該当するそれらしい人物はいなかった。
裏で糸を引く人物が別にいるのか。
いるとすれば、どこかで見ているはずだと思って辺りを探った。
連中に気取られないように、きゃんきゃん鳴くのを相手にしながら。
「ストレス発散させてやってんじゃねえか!
親が偉い奴でも、金持ちでもねえのに、私立の名門に入って周りから完全に浮いてやがったんだよ、あいつ!
必死に周りに合わせようとして無理してて可哀想だったから、ストレスを発散させる方法を教えてやったんだ!」
「あんたらがストレス発散してただけだろ。
中々、万引きできないあいつを怒って責めて殴って。
で、逃げようとしたら、学校を辞めさせるぞって脅す。
そういうのは脅迫罪に当たるし、警察に捕まりもするんだ」
「警察」「犯罪」の言葉に怯んでか、一瞬喚き声がやんだ。
そのタイミングを見計らったように鳴り響いた携帯の着信音。
意外にも「誰だ、こんなときに!」と怒鳴りつけることなく、連中は黙ったままでいた。
その様子からぴんときて、携帯を取りだした一人に注目したところ、そいつは微かに首を傾けた。
そいつが意識したと思われる右上のほうを見やれば、傍のビルの五階に人がいた。
開けた窓からこちらを見下ろし、スマホを耳に当てている。
万引き未遂をした彼と同じ制服を着ていて、俺と目が合ったのに驚くことなく、微笑んでみせた。
「おい、鞄見せろよ」
前に向き直ると、連中の一人が手を伸ばし近づいてきていた。
五階にいる奴の指示なのだろう。
この状況で微笑を返すような奴だ。
誤魔化すのは無理とみて鞄を放れば、開けっ放しの鞄に手がつっこまれて「やっぱ、こいつ録音してやがった」と携帯が掲げられた。
俺が録音をしていたのが意外だったのと、五階の奴が言い当てたのに驚いたのか、連中は吠えるのも忘れて顔を見合わせざわついていた。
その間に俺は次の一手を考えだそうとしたものの「こいつ、どっかで見たことがあるなと思えば」と指を差されて、それどころではなくなった。
「ボクシングジムをやってる家に住んでいる奴だ」
その言葉で中だるみしていた状況が、一気に危ういほうに傾いた。
俄然、連中が悪い顔になってにやつきはじめ「なんだよ、じゃあ相手してくれよ」と肩をそびやかした。
多勢に無勢なのははじめから分かっていたし、危険な目に合うのも覚悟していたとはいえ、いざ不良に迫られては手の震えがおさまらなかった。
恐いのは不良ではない。
我慢できず手を出すかもしれない自分だった。
叔父との約束を守り通せるか。
守れたとして怪我をしたら叔父は発狂するのではないか。
不安は募るばかりだったけど、それでも震える手を握って言った。
「いやだ」
連中は一旦、静かになってから「ボクシングを習っていながら暴力反対ってか?笑わせる」とどっと沸いた。
「どうせリングの上でしか戦ったことないんだろ?
リングの外じゃあ、そんな上品に闘っていられないんだよ。
いくら暴力反対って叫んでもな」
笑いがおさまり、先頭の一人が俺の携帯を投げたのが合図になった。
鼻息の荒い連中が一斉に走ってこようとして、俺は痛いほど強く拳を握り身構えたものを、衝突する前に「やめろ!」の叫びが響き渡った。
気勢が削がれて連中はこけそうになりながら踏ん張り、俺と一緒に声の主を見やった。
ビルの傍に立ちスマホを耳に当てているそいつは「お前を気に入ったそうだ。だから、取り引きをしてもいいってよ」と言い、スマホを仰向けた。
「僕は感動したよ」とスピーカーフォンになったスマホから聞こえてきたのは、きっと五階にいる奴の声だ。
「脅されて万引きをしている奴なんかに、普通は関わりたがらないものだ。
なのに、君は単独で乗り込んできて、ボクシングで鍛えているのに喧嘩をしようともしない。
それで、この事態がどうにかなるって思っていたなら甘すぎるけど、偽善ではできないことだからね」
誉められても嬉しいわけがない。
お預けを食らった連中が苛立っているのが伝わってくるから、尚更だ。
いつ掌を返されるか分からないと、警戒しながらスマホの声に耳を傾ける。
「偽善じゃない勇気を見せた君に免じて、一つ提案をしよう。
童心に戻って二週間の鬼ごっこをしようじゃないか。
毎日、夕方の四時から七時まで、ここいいる奴らが鬼になって君を追いかける。
捕まってもいいのは三回まで。
二週間で三回以上捕まらなかったら君の勝ち、捕まったら僕達の勝ちだ。
君が勝ったら彼はもちろん、君にももう、ちょっかいを出さないと約束する」
単に鬼ごっこをしたいわけではないだろう。
「僕たちが勝ったら・・・まあ、それはそのときになってのお楽しみにしておこう」と相手は十分な含みを持たせているし「ただ、条件がある」と釘を刺すのも忘れない。
「僕たちがゲームをしているのを人に知られたらアウトだ。
君が誰かに話してもいけないし、鬼ごっこをしているところを人に見られて噂が立つようになったら、それも君の負けとなる」
元より、叔父に知られたくなかったから、その条件は足枷にはならなかった。
鬼ごっこのルールにしても、足が速いほうで持久力のある俺には有利なものだ。
というように悪くない提案だったものを、「受けて立つ」と即答できなかった。
中々、俺が返事をしないのに焦れたようでなく「どうする?」とスマホの声は笑いを含ませた。
「暴力以外で解決したいと思っている君の意志を尊重しての提案なんだけど」
人を脅して万引きさせるような人間が、すんなり勝たせてくれるとは思えなかった。
そもそも約束を守るとも限らない。
なんだかんだ人を勝たせないゲームをするのが、こういった連中の常套手段だ。
と、分かっていたけど、残念ながら、そんな卑劣で狡猾な連中を出し抜けるほど俺は頭が良くなかった。
待ち構える不良どもに対し、会話を録音するくらいしか対抗策が思いつかなかったのだから。
相手の話に乗る以外の選択肢を見出すことができるわけがなく。
一週目の半分を過ぎて、鬼にタッチされたのは一回。
このペースを良しとするか、危機感を持ったほうがいいのか、基準が分からないので判断ができない。
手探り状態でいることの不安に加え、後半に向けての体力の消耗と疲労の蓄積、そして思ったより精神面で参っているのが心配だった。
自分だけでなく、万引きを強要された彼の運命も懸けた鬼ごっこともなれば、そりゃあ重責だ。
ただでさえ強いプレッシャーがかかっている上、毎日三時間、少しの息をつく間もない緊張を強いられつづけられたら、心が折れそうになるというもの。
いっそ捕まって楽になりたいと思うこともある。
死に物狂いで逃げているときはまだよくて、こうして追っ手を撒いて気が緩んでいるときのほうが情緒が不安定になりやすい。
といって、結局、彼を見捨てようというまでの決断はできないのだけど。
決断ができない以上は、いつまでも橋の下でうじうじしているわけにいかなかった。
おそらく、高い場所から見張っている金森が捜索範囲を絞って指示を出し、少しもしないうちに連中が集まってくるだろう。
集結される前にこの場を離れなければ袋の鼠になるぞと、自分に言い聞かせ、何とか重い腰を上げた。
橋の下からでると、視界が真っ白になった。
長く暗がりにいたので、外の明るさに目が慣れるまで時間がかかり、その間、立ち止まって細めた目を空に向けていた。
徐々に景色が見えてきて、ちょうど遠くの鉄筋の骨組みのほうに向いていたのに気づく。
正常に見えるようになっても、俺は佇んだまま鉄筋の骨組みをぼんやりと眺めて、早く来週にならないかなと、思った。
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