8 / 19
鉄筋青春ロマンス
⑧
しおりを挟む台風が近づいているとかで、空は明るいながら息苦しいような蒸した風が絶えず吹いていた。
嵐の前の静けさというか、さほど雲行きは怪しくなく、まだ雨が降ってきそうでなければ風も荒れ狂っていない。
とはいえ、工事現場では用心して、作業を中断している可能性が高そうだった。
そうだった場合、男は待ってくれているのか。
風で乱れる前髪を手で押さえながら鉄筋の骨組みを見上げると、果たして男の姿は見当たらなかった。
しかたない。
台風対策で仕事に追われているのかもしれない。
と、思いつつも「また、こいよ」と言ったのにと、妙に悔しいやら悲しいやらで涙ぐんで、上げていた視線を戻した。
工事現場付近に訪れて上ばかり気にしていたのが、いけなかったのだろう。
前に向き直って改めて出入り口のほうを見やれば、人の姿があった。
涙を手で拭って、もう一度見てから駆けだした。男はいつから立っていたのか。俺が鉄筋の骨組みを見上げたままふらふらしていたのを、ずっと黙って眺めていたのか。
出入り口に駆けつけた俺を見て「よお」と男は笑いを堪えながら挨拶をした。
「なんで声をかけてくれなかったのだ」と抗議したかったけど、蒸し返されても嫌だったので「今日、工事は」とそ知らぬふりで聞く。
「ああ、あさってくらいに台風がくるっていうからな。
それまで作業はできないってんで休みだよ。
今日は現場の片づけをしたり、骨組みの補強なんかしてた」
少し間を空け、俺の持っている紙袋を一瞥し「どうする?」と聞いてくる。
「まだそんなに風が強くないから、上に行っても大丈夫だろ。
ただ、階段上っていくのは恐いかもしれないぞ」
吹きさらしの階段は、強く風が吹きつけると揺れる。
今日なんか揺れっぱなしだろうと想像はついたけど「いくよ」と俺は迷わずに応じた。
なるべく壁が取り付けられる前に、鉄筋の骨組みに上っておきたかったからだ。
日々、工事の作業が進んでいく中、壁のないフロアから三百六十度の大パノラマを見渡せる時間は限られている。
次に訪れたときには拝めないかもしれない。
という、理由まで言わなかったけど、前のめりに即答したから男には熱意が伝わったようだ。
「分かったよ」と苦笑して俺にヘルメットを被せて、前を歩きだした。
「そういえば、この前紹介してもらったご飯屋。
お前の言っていた通り、頼んだら配達してもらえることになった。
で、漬物とかふりかけとか、かけて食べてたら、それを見た現場の奴らが羨ましがって、結局、会社から大量発注することになったんだよ」
「へえ。やっぱり、こういうところで働いている人は、ご飯を欲しがるんだ。
紹介したときは、そこまで考えていなかったけど、役に立ってよかった」
「そうそう、久しぶりに新規開拓で大量発注を受けたって、ご飯屋の人が喜んでいたらしい。
お前に紹介してもらったって教えたら、あらためてお前にはお礼を言うけど、俺からも伝えておいてくれって言われたぞ」
「お礼かあ。じゃあ、今度行ったら、値切ってみようかな」
「おう、値切れ値切れ。なんなら俺がついていってやる」
階段を上りながら、男は言葉を途切れさせず話しかけてきた。
風の音と階段が軋む音がやかましいのに負けじと大声を張り上げて。
ご飯屋の件を報告するのにテンションが高くなったのもあるし、階段の揺れへの不安を紛らわせようとしてくれたのかもしれない。
なんだかんだ大声で話すのにかまけているうちに階段を上りきってフロアに入った。
フロアの真ん中あたりで男が止まって振り返り「今日は風が強いし、ここらへんで座ろう」と言い、小走りにどこかに行った。
持ってきたシートを敷いてこの前のように座り、紙袋から取りだしたおにぎりを頬張る。
今日も男は、律儀にいちいち三十回咀嚼するように顎を揺らしつづけ、だんまりだった。
二度目とはいえ、愚直なような男の食べっぷりに見惚れて、沈黙が流れても気にならなかったけど、別の理由があって少しだけ居たたまらなくなる。
実は先週から一週間、眠る前に男のことを思い出していた。
特に怪我をした腕を触られたときの感覚を何度も何度も。
眠る前は余計なことを考えがちで、やや助平心ももたげるものだから、母親の声の幻聴がひどくなる。
とくに金森に嫌がらせをされたときは、幻聴に気が狂いそうになったものの、図らずも男の手の感触を思い出したら症状が緩和をした。
それで翌日、試しに男の手の感触を、今度は意識して思い出したら、効果覿面だったというわけだ。
何故かは分からないけど、男の手の感触は魔よけのような効果があるらしく、以来ずっと夜には幻聴を遠ざけるのに使わせてもらっている。
思春期に入ってから長く悩まされてきた寝つきの悪さが改善されて、そりゃあ、ありがたく思ったとはいえ、弊害がないでもなかった。
実際に男と会ってみて、そのことを思い知らされた。
男には腕を触られただけとはいえ、性的なことに疎い俺にすれば十分、刺激的な記憶だ。
前戯されるのを毎晩、思い返しているようなもの。
散々、前戯される妄想してきたとなれば、いざお相手を目の前にして、意識しないわけにも羞恥心を覚えないわけにもいかない。
男から目を逸らしても、咀嚼する音がやけに耳について頬が熱くなるのを抑えられない。
自分の分のおにぎりを食べ終わるころには、すっかり全身が火照っていて、落着け落着けと必死に自分に言い聞かせた。
男が腕を触ったのは治療のためと怪我の具合を確かめるため。
微塵にも下心なんてなかっただろうし、今も俺を性的に見ていないはずだ。
奇妙な縁があっての交流を他意なく楽しんでいる男に、赤い顔を見られて不審がられたり呆れられたくはない。
そう考えているうちに、顔の熱は引いていった。
まだ頬に赤みが残っていそうだけど、空が明るい分、建物の影が暗さを増しているから、よく顔は見えないかもしれない。
折角堪えたのだから、熱をぶり返したくはない。
なんとか気を紛らわそうと、男が食べ終わったこともあり「おにぎりの具、何が好き?」と話しかけた。
男のほうを見ないで、おにぎりを包んでいたラップをいじりながら。
一呼吸を置いて「おにぎりの具?そうだな」と応じた男は、でも後を続けないで「ご飯粒、ついてる」と言った。
男の視線が意識されるのに困りながら、口元に手をやる。
指で辺りを探るもご飯粒に行き当たらなく焦りを募らせたら、見兼ねてか「いや、ここ」と頬を触られた。
指でご飯をすくったから接触は一瞬だったとはいえ、体の中で噴火が起こったかのように俺は全身跳ねて、頭を沸騰させた。
しまったと、直後に思ったものを、俺の過剰反応に男はすぐにリアクションをしなかった。
驚きの声を上げなければ指を退けることなく、しばらくしても動向がなかったから、おそるおそる振り向いてみた。
男は目を見開き薄く口を開けたまま、硬直していた。
俺の過剰反応に引いているようには見えない。
何に愕然となっているのか分からないけど、指を退けないでいるあたり、遠ざけるのを惜しがっているのではないかと、思えてくる。
都合のいい解釈かもしれないとはいえ、何にしろ指が頬に触れそうで触れないところにあっては我慢ができなかった。
男の人差し指を口に含んだ。
ご飯粒を舌で舐め取ってから、指にかるく噛みつく。噛みついたまま指の腹に舌を滑らせて口を離そうとしたものの、追いかけるように指を突っこまれて顎の下に親指を添えられた。
親指でやや顎を持ち上げられ、口の中では舌を人差し指で撫でられる。
口内に指を突っこまれているだけのはずが、頭の芯が甘く痺れて「は、あっ」と熱く吐息し、涎を垂らしてしまう。
元々、体が火照っていたせいもあるけど、奥手も奥手な俺には新感覚過ぎて、抑制したり受け流したりできず感じ入るまま熱に犯された。
水音がくすぐったくて「あ・・・はっ、ん」と甘い声を漏らし、涎を垂らしっぱなしにしているのを、みっともなく思うも、恥ずかしいのも、どこか気持ちがいい。
下半身が熱くなって、これまで覚えたことのないむず痒い感覚がせりあがってきたものの、それが形になる前に口内から指が引き抜かれた。
熱い息を切らして、舌から唾が糸を引く感覚がするのに背中を打ち震わせる。
顎に添えていた親指で滴る唾液を拭われて、ほっと息を吐き目を開けようとしたところで、首の後ろを掴まれ強く引き寄せられた。
固い肩に頬をぶつけ、男に上体をもたれた状態で抱きしめられる。
厚い作業服越しに蒸した体温と胸の重い振動が伝わって、その熱っぽさに頬づりをしてから顔を上げた。
が、じっくり拝む間もなく視界が男の顔で埋め尽くされた。
跳ねるように口づけをして一旦離れる。
至近距離にある男の細めた目が濡れて揺らめいているのを、まともに見返せなく、熱いため息を吐いて俯けば、逃げるなとばかりにねっとりと顎に舌が這った。
顎を逸らしたところで下唇を食み、そのまま舌を滑り込ませようとした。
反射的に体を固くして、唇を結んだ。男が気分を害すかと思ったけど、すんなり舌を引っ込め上唇を舐めたなら顔を浮かせて頬に口付けを落とした。
次に耳の付け根、目の下、瞼、鼻の付け根、額、髪の生え際と、所々細かく口付けをして、顔が終わったら首に吸いついてきた。
しつこく首を吸われて、そのたび小さい痛みが走るのが何だか切なくて泣きそうになる。
堪えきれずに、ぐずるような声を漏らすと、男は吸いつくのをやめ、興奮を鎮めるように長く生温かい息を吐いてから俺の肩に顔を埋めた。
両肩を掴んで抱きしめられ、顔をもたれる胸からは重厚に響く心音がする。
鼓動の響きに心安らぐようで、顔と首、掌と布が湿った肩と、汗ばんだ肌が合わさった感触に心が乱された。
「ああ、なんて罰当たりなことをしているの!
男と行為をするだけでも間違っているのに、体液を混ぜ合わせて興奮するなんて、発情した獣より汚らわしい!
やっぱり、あんたは悪魔の子だったのよ!」
それまで外で吹き荒れる風にかき消されていた母親の声の幻聴が、ふと風がおさまったこともあって、一気に耳に流れこんできた。
が、俺はいつものように慌てて弁解をしようとしないで「自分の息子が悪魔の子なんて」と幻の母に静かに語りかけた。
「母さん、かわいそうに」
胸の内で無感動にそう呟き、脇の下から手を入れて男を抱きしめ返した。
以来、母親の声の幻聴は聞こえなくなった。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
雪色のラブレター
hamapito
BL
俺が遠くに行っても、圭は圭のまま、何も変わらないから。――それでよかった、のに。
そばにいられればいい。
想いは口にすることなく消えるはずだった。
高校卒業まであと三か月。
幼馴染である圭への気持ちを隠したまま、今日も変わらず隣を歩く翔。
そばにいられればいい。幼馴染のままでいい。
そう思っていたはずなのに、圭のひとことに抑えていた気持ちがこぼれてしまう。
翔は、圭の戸惑う声に、「忘れて」と逃げてしまい……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる