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鉄筋青春ロマンス
⑩
しおりを挟む食い気味に返事をした金森は、やっぱり平静ではないようだ。
不本意だったとはいえ、とりあえず金森には安全な場所に移ってほしかったから、嘘も方便と腹をくくって口を開こうとしたとき。
「あ、お前!」「なんで!」「どうして分かった!?」と背後がざわついた。
まさかと、振り返れば「なにやってんだ、お前ら」とヘルメットを被った男が連中から頭一つ顔を出していた。
前に虚仮にするようにあしらわれたとなれば、連中が喧嘩腰に絡んでもよさそうなところ。
急な出現に驚いたのもありつつ、なんだかんだ強風が吹き荒れる屋上にいるのに腰が引けているのだろう。
ざわつくだけで誰も食ってかかっていかず、そんな及び腰の連中を見渡し「たっく、お前ら」と呆れたように男は言った。
「あんなひ弱そうな奴の言いなりになりやがって。
脅されたから?
ああ、あいつが市長の息子だからって?
それがどうした?
親父が市長だからって、あいつには大したこと、できやしねえよ」
途中から連中はざわつかなくなり、男の話に聞き入っているようだ。
意外に金森も口出しをしてこなくて、滞りなく男の演説はつづけられる。
「実際にお前らの一人が、市長の権力でどうにかなったら、逆に市長のほうがやばいんだからな。
息子に言われるまま職権乱用で、罪のない高校生をひどい目に合わせたなんて周りに知られてみろ。
市長は辞任もんだし、法的には咎められないかもしれないが、社会から抹殺される」
男のほうに向く連中の顔は、俺から見えないとはいえ、明らかに何人かは肩を揺らした。
微動だにしないのもいるけど、心許なさそうに隣と顔を見合わせている奴もいる。
連中の結束感が揺らぎだしたところで「いくら馬鹿でも、すこしは頭を使え」と男は厳しい口調をやや和らげた。
「市長の息子つうと聞こえはいいが、こいつは口だけのキザったらしい餓鬼で、喧嘩したってお前らが絶対勝つだろうよ。
弱みを握られていても心配すんな。
こいつの悪事がばれれば、市長の親父の立場も危うくなる。
こいつの悪事を知っているお前らも、市長を人質にとって弱みを握っているようなもんだからな」
男の演説が終わると、すこししてから連中の半分くらいが階段から下りていった。
後の半分は身動きしなかったものを、男が歩み寄っても阻むことなく、金森と対峙するのを無言で見つめていた。
やおら振り返って男と向き合った金森は、怯んでか出方を窺ってか、まだ口を利こうとしなかった。
対照的に男は躊躇わず、率直に申し出る。
「こいつには、もう手を出すな。
それで二度と工事現場に入るな」
申し出というより、命令か。
拒む余地がなさそうな威圧的な物言いだったけど、むしろ金森は息を吹き返したかのように「身の程をわきまえたほうがいい」と挑発的な笑みを浮かべる。
「僕はたかが市長の息子だけど、されど市長の息子だ。
あなたに乱暴をされたって言ったらどうなるだろうな?
高卒で働いている柄の悪いあなたと、名門高校に通う優等生の僕、どちらの言葉が信用されると思う?」
「だから、いちいち脅して話をつけようとするな。
そうすることが、どれだけ痛くて情けなくて恥ずかしいことが分からないのか?
それに大体、お前が思うほど、世の人間は権力に弱いわけじゃないし、権力で何でもできるってわけじゃない」
「口だけなら何とでも言える・・・じゃあ、これはどうかな?」
金森が目配せをして、男の背後にいる連中が動きを見せた。
男に危害を加えるものと思い「やめ・・・!」と叫ぼうとしたけど、連中の二人は男ではなく僕のほうに駆けつけ、両脇から腕と肩を掴み身動きが取れないようにした。
背後はすぐに屋上の端っこで、連中に後ろに引っ張れられれば真っ逆さまに落ちかねない状況だ。
ナイフを首に突きつけられたようなもので、要は俺は人質にされた。
ぎょっとしたように俺のほうを向いた男は、それでも何とか踏み留まって顔色を変えなかったものを、握った拳に血管を浮かせている。
一瞬、男が取り乱したのを見て、ご満悦そうに金森は笑い、連中の一人が歩み寄って差しだした木製バットを握った。
睨みつけてくる男に、見よがしに木製バットで床を打ちつける。
「僕を殴れよ。
じゃないと、彼を殴る」
そうきたかと、悔しいながらに金森の機転に参ったような気になる。
真っ向勝負を避けて人の弱みに付けこむのも、ここまで貫き通すなら天晴れというものだ。
もういい。
男には十分に助けてもらった。
そう観念した思いでいたものを、男のほうは何故だか呆れ返ったような顔をしている。
反応が思いがけなければ、口にした言葉も意表を突くもので。
「お前、どこまで墓穴を掘るんだ?
こんなことをしたって、絶対、好かれるわけがないのに」
ごっ、と一段とやかましく強風が吹きつけたものを、ここにいる人間の胸の内には白けた沈黙が流れていることだろう。
しーん、と。
気を持ち直すのに、かなり時間がかかりそうだったけど、金森だけは困惑をしながらも「は?誰を?誰が?」と何とか食らいつく。
「お前がこいつに。
というか、お前が好きなんだろ、こいつのこと」
今更、何を言わせるのだと呆れているようとはいえ、周りにすれば寝耳に水だ。
てっきり一笑に付すものと思っていた金森が、顔を真っ赤にして「そ、そんなわけ・・・!」と言葉に詰まっているのを見て、さらに俺は気が遠くなる思いがした。
はっきりと否定してくれとの願いも虚しく、顔を赤くしたまま「いや」「でも」とどもってしまう。
図星なのがばればれな金森の反応を見て、言葉を失くしている周りを尻目に「お前を見ていたら思い出したよ」と男はもったいぶるように語りだした。
「小学生のときのことだ。
一人の女子にしつこくちょっかいをかける馬鹿な男子がいた。
そいつは、その子がが好きだったらしい。
好きな子にあえて嫌がらせをする、そいつの気持ちは俺には理解できなかった。
だから、何度も止めたことがあったが、そいつはやめようとするどころか、行為をエスカレートしていった。
ついにはその子の生理用品を奪い取って教室にばら撒きやがってな。
翌日から女子は学校にこなくなって、しばらくして転校したらしい」
場違いなような昔話は、でも十分に周りをドン引かせた。
「お前のやっているのは同じことだ」と付け加えられては、金森に冷たい視線が注がれるというもの。
悲しいかな、自覚があるせいか金森は声高に無実を訴えられずに、代わりに「じゃあ、あんたはどうなんだよ!」と逆襲をしかける。
「未成年に手を出したんじゃないか!?」
ぎりぎりに追いつめられても金森は金森で、男が否定しきれない痛いところを突いてくる。
これでお相子か、大人の立場からして男の分が悪くなるかと思ったけど、なんのその。
「そりゃあ、チャンスがあれば手を出すだろ」と清清しいまでにあっさりと肯定がされた。
「俺はこいつに気があるんだから」
改めて男の思いを聞かされ、俺は頬を熱くした一方、隣では金森が憑き物でも落ちたように呆然としていた。
すっかり打ちのめされたようなのに「ほんと、お前は救いようのない餓鬼だな」と追い討ちがかけられる。
「嫌われることばっかして、たった一言だけなのに思いも伝えられない。
いっそ哀れだ」
言いすぎではないかと、懸念に思った矢先「うるさい!」と金森が絶叫をした。
かまわず「いや、お前な」とつづけようとしたのを「うるさい!」と遮り、それでも男が口を開こうとしたら、今度は木製バットを振りあげた。
思わず駆けだそうとしたものの、両脇から二人に押さえつけられて、びくともしない。
強風に揉まれながら「やめろ!こんなところで!」とできるだけ声を張りあげるも、木製バットを留めることはできなかった。
狙われた頭からは逸れたとはいえ、避けきることはできず首と肩の間くらいに木製バットが打ちつけられた。
目を眇めたくなるような重々しく鈍い音がして、男がよろける。
ただ、呻き声を漏らさなければ倒れることなく、踏んばって石のように動かないまま、おもむろに肩に乗ったバットを掴んだ。
手ごたえのなさに驚いてだろう。
ニ撃目を加えるでもなく呆けていた金森は、バットを掴まれたのにはっとしたように慌てだし、そのときちょうど向かい風に煽られた。
足をもつれさせて仰け反ってしまい、屋上の端っこから上体をはみださせる。
それ以上、上体が後ろに倒れていかないのはバットを掴んでいるからで、バットが命綱という状態だ。
命綱の先を握っているのは男。
首を絞められた蛙のように、醜く顔を歪める金森に「お前がこいつにしていたのは、こういうことだ」と男は冷ややかに告げて腕を伸ばした。
バットを持つ金森の手を掴んでから引っ張る。
引っ張られるまま前に倒れた金森に「忘れるな」と釘を刺してから「おい、こいつ腰が抜けているから運んでやれ」と俺を押さえつけている二人に声をかけた。
「もうそろそろ雨が降ってくるだろ。
雨が降ってきたら階段を下りられなくなるかもしれない。
吹きさらしの建物で一晩過ごしたくないなら、さっさと帰れ」
風が吹き荒れつづけている上に、空がどす暗くなってきたとあっては、男の説得に異を唱える者はいなかった。
俺を押さえつけていた二人が金森に駆け寄り、すれ違いに男が歩み寄ってくる。
膝が震えそうなのをずっと堪えていた分、ほっとしたら足に力が入らなくなり、崩れ落ちそうになったのを男に抱き留められた。
男の胸にもたれて安堵の息を吐く間もなく、背中に腕を回したまま、もう片手を両膝の裏に差し入れて抱っこをされる。
早くこの場を放れるためだろうとはいえ、急なことに驚き、慌てて男の首にしがみついた。
落ち着き払って連中に指示をして、小柄でも華奢でもない俺を軽々と持ち上げながらも、男も焦っていて余裕がないのか。
早足の振動を抑えてくれないので、俺の体がずれ落ちていく。
男が俺を振り落すことはないと思うけど、不安定なのが落ちつかずに、首に抱きつく力をこめて肩に顔を埋めた。
弾力のある肩は汗ばんでいたものを、俺が頬を当てたところはやけに熱かった。
金森に木製バットで打たれたのを思い出し、奥歯を噛みしめ熱い肌に頬づりしたなら「ごめん」と言う。
まともに謝ったら男は「気にするな」で済ませるだろう。
と、思って、あえて返事をする暇がないような状況で謝ったのだけど、男は息を切らしながらも「いいんだ」と言った。
思わず顔を上げようとしたところで、強く抱きしめられ「いいんだ」と頬に口をつけて囁かれて、もう何も言えなくなった。
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