俺の推しは人気がない

ルルオカ

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真夜中の学ランに恋をされる

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俺の仕事は夜から早朝にかけて。床や壁の痛み傷の修繕、テーブルや椅子の配置換え、ソファや観葉植物、調度品の入れ替えなど、店舗や事務所の、かるい改装をしている。

仕事道具を詰めこんだバンに乗り、一夜回るのは三、四件。高卒から叔父を手伝い、今や一人前になって、一人で地区を担当。

深夜二時。二件を済ませ、最後の依頼に向かうとき、歩道に人を見かけた。車の通りもない時間帯だが、人が歩くのを、これまで何回か目撃。ので、さほど驚きはせず、でも、なんとなしに目をやって、次の瞬間、急ブレーキ。

ちょうど、街灯の下に至った相手は学ランを着ていたものだから。そういうプレイをしようとして、途中で追いだされた可能性もなくはなかったものを、こちらに振りかえった顔は、ばっちり少年。

「よほど童顔とか?」と思いつつ、ゆっくりバックして道脇に停車。窓を開けて「こんな時間にどうした?」と呼びかけると、突っ立つ彼は逃げることなく、俺を見上げて「母さんの恋人に、朝の五時まで帰ってくるなって云われて」と。

あきらかに声変わりしていない響きからして、いやな予感がした通り、なんと中学生。最近できた母親の恋人が、不定期に夜の零時ごろに家にきては、幼気な中学生を真夜中の町にほっぽりだすという。

「おいおいおい、母親も恋人に盾つかんのかい」と呆れつつ、もちろん、口にはせず。代わりに、どうでもいいながら、気になること「どうして学ランで?」と聞くと「これくらいしか、防寒着がないから」とさらに頭が痛くなるような返答。

いや、呆れている場合でないと「ほら、エアコンいれてるから、車、乗りなよ」と助手席側のドアをオープン。ぼんやりとした顔つきのまま、肯かなければ、ためらうこともなく、乗りこんできて、こじんまりと助手席に座ったのを見て、やや気まずくなる。

真夜中に学ラン姿の中学生がほっつき歩くのを、とても見過ごせないとはいえ、傍からすれば、悪い大人が子供を誘拐か、援交しているよう。仕事では、ほとんど人と顔を合わせないから、見咎められないだろうものを、人目につく危険がなくはないし、なにより、疚しくてしかない。厚意、というか、一時的な保護は、大人としての義務のようなものだが。

「まあ、最悪の場合は、警察が正しい判断をしてくれるのを、祈るしかないな」と腹をくくって出発進行。縮こまって、口を利かないのに、あまり、ああだこうだ云わず「俺はこれから仕事場にいく。仕事をしている間も、エンジンをかけておくから、寝るなり、カーナビでテレビ見るなり、ラジオを聞くなり、自由にしていい」と必要事項だけ伝えた。

あとはかまわず、意識も隣ではなく運転のほうに向けるよう努め、その甲斐あってか、走って十分くらいで中学生は寝落ち。家を追いだされ、あてもなく真夜中の町を歩いていた割には、平静に見えたものの、やはり不安を抱え、気を張りつめていたのだろう。頑なに無表情でいたのが、赤ん坊のように、安らかな寝顔を覗かせて。

「逮捕される危険を冒してでも、車に乗せてよかった」と俺も胸を撫でおろし、できるだけ物音を立てず安全運転で。予定より、やや遅れながらも、ビルの事務所の模様替えをして、早めに済ませることができ、車にもどると、彼が薄目を開けていた。

寝ぼけているようなのに、声をかける前に、盛大に俺の腹が「グウキュルルルウ」と。苦笑しつつ、目を丸くする彼に「朝ごはん、つきあってくれるか?」と聞いて出発進行。

二十四時間営業の弁当屋にいって、おにぎり四つと紙パックのお茶二つを買い、車にもどったら、おにぎり二つ、お茶一つを渡し、社内で二人してもぐもぐ。大きいおにぎりだから「一つしか食べれない」と一つ返そうとしたのを「学校に持ってくか、家の冷蔵庫入れとけ」と押しもどし、彼の家の近くのコンビニでお別れ。

車から降りて、窓から見下ろす俺に「ありがとう」とお辞儀をし、帰っていった彼は、一見、学ラン姿ではなかった。社内にあったのを与えた、予備のダウンジャケットを羽織っているに、もう悪目立ちすることはないだろう。

ぶかぶかのダウンジャケットが道の角を曲がるまで、見送ってから帰路へ。それから二十時間後、深夜零時にまた、このコンビニにきて、コーヒーと紙パックの牛乳を買い、三十分、駐車場で待機した。

彼と別れる前に、約束してのこと。母親の恋人は気まぐれに訪問するというに「俺、毎日、コンビニでその時間帯、車で待っているから」と申し出たのだ。

さすがに「いや、そんな・・・」と遠慮されたものの「そうしないと、俺の気が済まないし、仕事もままならくなるから」と説得すれば、そこは甘っちょろい中学生、もじもじして肯いたもので。断りにくい形で、云いくるめたのもありつつ「放ってけない」というのは本心。

そもそも、社内で、ほとんど寝ている彼は、世話がかからなかったし、なんなら、安心して眠るさまを見せてくれるのは、ありがたいほどだった。たまに、現場にいったら「はじめの話とちがう!」なんてハプニングがあり、礼儀のなっていない依頼者に苛ついたとして、彼のあどけない寝顔を見ると、ほっとして、どうでもよくなる。早朝のおにぎりも、二人で頬ばると旨い。

といって、このまま、ずるずるゆるゆると真夜中のドライブを愉しんでいるわけにいかないだろう。今のところ、真夜中に家から放りだされるだけで、ネグレクトや暴行はされていないようでも、さらに恋人が幅を利かし、完全に母親が支配下に置かれるのに、そう時間はかからないかもしれない。

根本の問題に手をつけるには、どうしたらいいか。同じく訳ありの家庭から、俺を助けてくれた叔父に、そろそろ相談したほうがいいかもと、考えだした矢先。コンビニに駐車し、いつもの別れのときになって、その日は、すぐに彼は車を降りようとしなかった。うつむいて、指をからめることしばし「あらためて、その、感謝してます」と。

「いつか俺も、小谷さんが困ったときに、助けてあげたいです」

いつになく敬語で、殊勝な物言いをするのが、くすぐったくて「子供が気にしなくていい」と笑いかけようとして絶句。耳の隅々まで真っ赤にして、涙ぐんでいたものだから。

結局、まともに応じることができないまま「じゃ、じゃあ!」ととんずらされて、満更でもないような、頭を抱えたくなるようなで、頭の整理がつかず。おかげで「どうして、今更、あらたまって礼を述べたのか」と違和感を持つのに遅れてしまい、果たして、翌日も翌々日も一週間経っても、中学生は深夜のコンビニに訪れなかった。そう、二度と。

あれから五年。かつては、真夜中に学ランの中学生が歩いていた歩道を、今は女物のコートを羽織って、裸足の俺がとぼとぼ。ちなみに、コートの下はパンツ一丁。

仕事が休みの日、彼女の家に泊まったら、彼女の浮気相手が突如訪問して、俺は窓から放りだされたわけ。パンツをはいて、彼女のコートをひっつかむのが精一杯で、こんな変質者のようなナリに。

警察に保護される対象の彼とちがい、俺はお縄になりかねないが「夜中に歩くのが、こんなに心細いとは」と痛感。いや、母親に見放されたような、ずっと幼い中学生となれば、もっと途方に暮れていたことだろう。

「あいつ、元気にしているかなあ」と涙ぐんだら、そばに車が停まった。物思いにふけっていたから、接近に気がつかず、隠れる暇もなく。「逃げるか、いや、でも」と惑っているうちに、窓が開いて「やっと見つけた」と。

は?とふり向けば、一見、知らぬ若い男。が、先の発言を踏まえて、よく見てみると、面影があるような。

試しに「こんな間抜けな格好で、助けられたくなかったな」と軽口を叩けば「俺にとっては本望だけど」と苦笑するに、五年前の真夜中の徘徊中学生にちがいない。「ほら、寒いでしょ、早く乗って」と助手席側の扉を開けられても、すぐには乗りこまないで「なにもするなよ」とコートの襟を握りしめた。

一応、彼女がいる身だ。むしろ「もう五年前のことでしょ」と一笑に付してほしかったが「大丈夫」と笑いかけつつ「今はね」と付け加えられて。運命的な形で恩返しされるのを、手放しに感動していいものやら、複雑な心境になったものだ。





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