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因果な芸能人と平々凡々に
しおりを挟むシノが就労をして、俺が東京に引っ越して、三ヶ月が経った。で、一日も欠かさず、電話でやり取りしていた。
仕事が終わって、食事を取り、一段落したところを狙って、俺のほうから連絡をする。どんなに疲れていても時間がなくても、メールで済まさないで、電話をかけるし、社会人になったばかりで、四苦八苦しつつ、忙しくしているだろうシノも、必ず応じてくれた。不在で折り返し、かけてくることもなく。
遠距離恋愛の心配性な恋人よろしく、絶えず電話をするのに「いつまでホームシックか」と冷やかしも「こっちの都合も考えろ」と不平を垂れることもなく「疲れているんだよ」と鬱陶しがりもせずに、他愛もないよう、話を聞き、自分の話をしてくれる。学生時代から変わらず、平々凡々な彼らしい受答えをしてくれるのに、ほっとしつつも「本音はどうなのだろう」と引っかかっていた。
単に恋しがる以外に「忘れられる」「置いていかれる」との焦燥にかられ、連絡しないでいられない俺に対し、シノの思いには、同じくらいの熱量があるのだろうか。知りたいなら、俺から電話をかけないで待ってみればいい。
と、分かりつつ、そう待機していられず、すぐにスマホをつかんでしまう。今日も今日とて、シノを試すことができなく、代わりに「今度の休み、エキストラやらない?」と強請った。
地元の近くで、俺が主役の映画撮影をすることになり、ちょうど、撮影日がシノの休みの日と重なったのだ。「なるべく、地元の人を集めたい」と、おあつらえむきにエキストラ募集しているのに偽りはなかったが「えー」と電話の向こうのシノは乗り気でなさそう。
「会いたいのに!」と叫びたいところ、一呼吸置いたなら「けっこー日当でるよ?」とあえて、金で釣ろうとする。「いやー、でもなあー」とむしろ、心が遠のいたのに「人が集まらなくて、困っているんだ」と情に訴えかけた。
無神経な発言をしてから、しおらしく助けを請うと、百発百中シノを落とせる。との見込み通り「分かったよ」と苦笑して応じてくれたとはいえ、しめしめとは思わず、自己嫌悪に陥ったもので。どうして、「会いたい」と率直に伝えられないのかと。
まあ、長年の課題は課題として、ひとまず置いておき、会える撮影日を、心待ちにしたものを、大勢のエキストラを抱えての、大規模な撮影とあって、ろくに顔を合わせられず。見かけても「寄るな」とばかり睨みつけられるし。
学生時代とは勝手がちがうと心得て、自分の立場を弁えた上で「ステイ」と犬に命令するようにしつつ、俺の身を案じているのだろう。そりゃあ、キャスト、スタッフ、エキストラの多くの目前で「リョーマ!」と熱い抱擁をかませされても困るが「ちょっとくらい、いいのに」と人目につかないよう、唇を尖らせたもので。
俺が主演を務める映画は、高校の陸上部の青春劇。で、今日、撮影するのは地方予選の模様だ。
陸上競技場で、各々の種目の予選がされている全体像。その光景をバックに、俺とメインキャストが競技に励みながら、やり取りするのをフォーカスして撮る。
まずはエキストラの指導をしてから、テストの撮影をし、本番に臨む。そのあとが俺らの出番で、それまで時間があったから、映像をチェックする監督の後ろに立ち、画面にシノが映らないか、見守っていた。
しばらくして、短距離走の選手として登場し、途中から先頭にでたのを、アップで撮られて。「うわ、シノに見せたいな」とひそかに胸を躍らせたのもつかの間「なに、この走り方」と笑い混じりの声が耳を打った。
「早いけど、ちょっと内股で、笑えますね。これ、使えないでしょ」
おどけて、肩をすくめた助監督につられ、他のスタッフや、見学していたエキストラも笑いを漏らす。つい、血相を変えそうになったものを「いやあ、いいんじゃない?」と監督が呟いたのに、空気が変わった。
「地方予選のところは、ずっと重苦しい雰囲気だから。こういうシーンを混ぜて、すこし息抜きさせたいところだね」
人懐こい笑みを浮かべつつ「エキストラでも、馬鹿にして笑い者にするんじゃないよ」と言外にたしなめている。のが、伝わったらしく「じゃあ、皆、引きつづき、よろしく」と呼びかけると「は、はい!」と助監督はエキストラを連れて早足に去っていき、スタッフもそそくさと仕事に戻っていった。
俺と監督だけが取り残されたところで「リョーマくーん?」と画面を見たまま、声をかけられて。
「そんな顔をしたら、天下の好感度が下がっちゃうよ」
むっとしながらも、頬に手を当てる。口角が下がっていないのを、たしかめるうちにも「彼、やっぱ、おもしろいね」とシノの映ったシーンを、繰りかえし見ている。
「たしか、前にもエキストラで参加してた。よく見ると、整った顔をしているし、佇んでいるだけで、絵になるし、独特の雰囲気もあるし」
一息つき「でも、リョーマくん」と映像を止め、見上げてきた。業界では「仏の監督」と称される彼に、でも、容赦なく、急所を突くように、忠告されたことには「彼はゲーノージンにならないよ。なれない、じゃなくてね」と。
「ゲーノジンという職業は、因果なものだ。一見、きらびやかで、周りから憧れられて、誉められて、羨ましく思えるけど、人を傷つけることを避けられない。他の職業より、目立つだけ、尚さらに。
誰もがゲーノージンを敬うわけじゃない。同じくらい、それ以上に、妬んで恨む。比べたら、自分が冴えなくて、劣っているのを思い知らされて、我慢できなくてね。手前勝手だけど、根っこは深い傷なんだ」
「彼は素質があっても、そうやって人を傷つけなくはないんだろうよ」と結んだのに、なるほどと思う一方で、愕然ともした。「俺はシノをずっと、傷つけていた・・・?」と独り言ちれば、人の気も知らず、噴きだされて。
「今更、リョーマくんに気づかせるなんて、彼もすごいな」
ショックのあまり、笑われたのに怒りもできず、焦点の合わない目をして呆ける。そのさまを、しばし愉快そうに見えていたものを、咳払い一つしたなら、笑いを引っこめ、つづけた。
「リョーマくんが、油断なく人に気を配るのは、好感度や人気を保つためもあるだろうけど、人を傷つけたくない、からじゃないか?ゲーノージンは人を傷つけるのを避けられないといっても、できるだけのことをしたいと思っている」
「人が傷つくのに平気でいられないから。違うかな?」と問われ、目だけを向けて、うんともすんとも応じず。監督のほうも顔色を変えないで「彼は分かっているよ」と静止画のシノを見やる。
「リョーマくんの葛藤を。だから、傷ついたとしても、傷ついたことを気づかせないのだと思う。リョーマくんに辛い思いをさせないために」
「それは哀れみ?」とぽろりと漏らしたのに、それまで飄飄としていた監督が、勢よく振りむいて「そう思うの失礼だ」と怒気を滲ませて。
「リョーマくんが、相手を傷つけまいとして努めるのも、人を哀れんでのことなのか?そんなにリョーマくんは偉い存在なのか?」
反論の余地がない説教だが、頬を打たれたように、すっきりはっきり目が覚めた。と同時に、居ても立ってもいられなくなり、監督に一言もなく、挨拶もせず、走りだしたものの「出番までには戻ってきて」と送りだしてくれて。
マネージャーからスマホを受けとり「今どこ?」メールを送ると「休憩になった。今は楽屋に向かう途中」と。辺りに、ちらほらいるエキストラが、シノと同じく休憩に入り、歩いているようだったので、その流れに混ざり小走りにいく。
「あ、あれ、リョーマくん?」「やだ、近い、かっこいい」と黄色い声があがるのにかまわず、背中を見つけたなら、走るのを早めて手首をつかんだ。「え」と振りむく前に、踏みだし、そのまま手を引いて。
「リョ」と呼ぼうとして「なに、あの人?」「エキストラじゃないの?」と囁かれるのに、口をつぐんだらしく。抗議せず、力でも抗わないのに、遠慮なく引っぱっていって、人気がない建物の裏につくと、手を放した。
が、すぐにまた両肩をつかんで、シノが口を挟む隙を与えず「ごめん!」とだしぬけに、声を張りあげる。息つかず、切りだそうとしたものを、口を開けたまま、言葉を失くした。
訴えたいことは山ほどあれど、湧きあがる感情に、喉が焼けたようになって、乾いた息しかできない。どうにか、声を搾りだして「でも、ごめん・・・」と奥歯を噛みしめれば、シノも頬をひきつらせ「謝るなよ」と声を震わせて。
「悲しくなる」
心当たりはあるだろうに、謝罪を受け入れず、涙目になるシノの胸中はやはり、知れない。先に監督と話して「俺を哀れんでいるのでは」と思いつき、むっとしたとはいえ、いざ、シノと向き合うと「哀れみでもいい」と思ってしまう。哀れみでもいいから、シノをつなぎ止めたい。
周りは、俺たちが対等に見ず、シノ自身もそう捉えているのが、不本意だし、監督が諫めたように「失礼」だ。ただ、逆の意味で俺も対等に捉えていないのだから、お互いさまなのかもしれない。
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