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狐を食べない虎 下
しおりを挟む可笑しくて、というより、この機を逃すなとばかり、どっと笑いが起こり、そうしてシノが笑い者にされたことで一段落して「お前、イタイにもほどがあるだろ」と嫌み一つで、済まされた。つまり、シノは勇者になったわけだが、所詮、広まりやすいのは悪い噂だけ。もちろん、クラスメイトは感謝したとはいえ、普段、シノのことを嗅ぎまわっている、暇なハイエナ野朗は、この件についてはだんまり。
これまた暇なチクリ野朗の地獄耳に届かなかったか、届いたとしても、リョーマに耳打ちしなかったはず。が、「ああ、そうね。俺の周りには、いわゆるトラの威を借りるキツネが多いし」と痛くも痒くもなさそうに、へらりとしている。
「辛らつだな。そんな風には見えないけど」
「そりゃあ、そうでしょ。自分は狡猾で小心なキツネだって、自慢したがるわけないし。なんなら、キツネなのが、ばれたくないから、シノみたいに、あからさまにアピールをしないんだよ。
トラの威を借りたいのに『イタイ奴』『格好ワル』って馬鹿にされたら、元も子もないからね。って、算段ができないほど、シノはお馬鹿なキツネさんなのかな?」
事情を知らないにしろ、訳あってシノが、自分の名を利用したのだろうと、察しがついているらしい。疑心を持たないだろうとは、半ば予想していたとはいえ「俺はなんでも、シノのこと知っているから」とばかり自若とされては、つまらなく思う。つい頬を引きつらせれば、意外にリョーマは調子に乗らず「ていうか、逆に失礼だよね」と目を伏せて、微かに笑った。
「トラは、はじめ、キツネに利用されているのに気づいていない。で、キツネの後ろをのこのこ、ついていっている。まあ、馬鹿なんだろうけど、言い方を変えれば、キツネを舐めきっているんだ。
どんな魂胆があろうと、脅威にならないって、高をくくっているわけ。キツネがトラを馬鹿にしているようで、トラはキツネを馬鹿にすらしなくて、どうでもいいと思っている。
あの人はさ、自分をどうでもいいキツネだって、思いこんでいるんだよ。キツネを歯牙にもかけない、俺をトラみたいに、見ているというか。それって失礼だよね?」
「この俺がトモダチになってあげてんのに」と鼻の穴を膨らませるのに「自分でいう」と苦笑する。見上げて、笑い返しつつ「あの人って、ほんと変」と遠い目をした。
「人って、相手を好きになるか嫌いになるか、見た目や性格で決めるんじゃなくて、自分に都合がいいか悪いかで、判断する割合のほうが、多いと思う。どれだけ相手が魅力的でも、いや、だからこそ、劣等感を覚えて、あら探しをして悪口を叩く。自分がいくら関心があろうと、相手が自分に無関心だと『鼻持ちならない奴』って逆恨みをしてしまう。
結局さ、俺が好かれるのは、そうやって人に惨めさや屈辱を抱かせないよう、へりくだっているからなんだよ。大勢に担ぎ上げられているようで、逆に、俺のほうが、皆をおだてているわけ。
俺って、案外、都合のいい女なのよ。俺らしくしたら、面倒くさい女になって、誰も寄りつかなくなるんだろうな」
多くの人に慕われ、世間からもてはやされ、磐石な社会的地位を得て、なに不自由なく人生を歩んでいるような男が、中々どうして、厭世家らしい。まあ、前から一見、天真爛漫なふるまいに「空元気では?」と首とひねることが、ままあっただけに「考えすぎでは?」と適当に返せない。
自嘲的な物言いをしつつ、やさぐれているようでなく、眠たげな顔をしている。心ここにあらずと、呆けたまま「でもあの人、いったんだ」と呟いた。
「カラオケで俺が歌うのに興じて、シノを放っておくのを、怒っていないのかって聞いた。そしたら、なにも思わないことはないけど『お前に気を使われても、気兼ねだし』って」
「あの人、いったんだ」とうわ言を口にするように繰り返したのに、歯噛みをして、堪えきれずに「だったらなんで」とテーブルを拳で叩く。
「あいつから放れようとするんだ」
リョーマは明日、トーキョーに発つことになっている。ただし、いつものように仕事に行くのではなく、引越しをするのだ。
三年進学に合わせての半端な時期に転校してまで、トーキョーに拠点を移すのは「今までにない、大きな仕事が入ったから」と説明されたが、誰も聞き入れないで「なんで、卒業まで、たった一年を待てないんだ!」と地団駄を踏んだもので。
といって、予定は変わらなかったものの、周りは名残惜しさのあまり、高校の卒業式がてらに、お別れ会を催し、リョーマをひっぱりだしたらしい。主役をさしおいて、拍手と涙を送られ、なんなら卒業生らも自分そっちのけで、「別れたくないー!」と抱きつき泣きついたのだとか。
「なんで、一年くらい待てないんだよー!」と卒業生がすがりついても、白状しなかった、性急に上京したがる真の理由を、リョーマ、シノ、二人ともをよく知る、俺のような奴は、勘付いていると思う。どういう理屈なのかは分からないが、シノが卒業して、社会にでることが起因なのだろう。
さっき、シノと帰りたがっていたのに加え、これまでのリョーマの口ぶりからするに、放れたいのは、疎ましくなったからでも、飽きたからでもない。だったら、むしろ、地元にとどまり、仕事をセーブすればいいものを。どうせ、高校を卒業したら、本格的に芸能活動をするのだし、それまでの執行猶予のような一年を大切にすべきところ。
たとえ、シノが社会人になって多忙になり、学生時代より余暇がなくなっても、ぼろアパートで待つリョーマの「おかえり」に、きっと変わらず「ただいま」と笑って応じてくれる。それ以上のなにを望むというのか。
「そんな試すようなこと、しなくてもいいだろ」
本音中の本音では、トーキョーに連れていきたいのかもしれないが、まだ幼い弟を持つシノに無理強いはさせにくい。正面突破をはかって「さあ、共に首都にいざ行かん!」と誘っても、玉砕するだけだから、思わせぶりに背中を向けてみせ、シノの気を引こうとしているのではいかと、考えたわけだ。
「俺がへりくだって、皆のご機嫌をうかがっている」なんて、よくもまあ、しおらしいふりをしたもので。「シノの心を弄んでいるくせに」と胸の内で毒づき、睨みつけたものの「試すって、なに?」とリョーマこそ、心外とばかり、口をへの字にした。
「あの人が社会人になって、俺は学生のままって、なんか置いてけぼりくったみたいで、寂しいんだよ。それだけなのに」
思いがけない返しに、喧嘩腰だったのが、どんな顔をしていいのか分からなくなる。眉を逆立てつつ、ぽかんとする間抜け面を、指をさして笑うでなく「ちょっと、カナエまで勘弁してよ」と天を仰ぐようにして嘆いた。
「トラがキツネを食べないで傍にいるのが、そんなに変なの」
あ、と思い「リョ」と口を開こうとしたものを、遮るように缶をテーブルに叩きつけられる。こぼれて指にかかったのにかまわず「じゃ、俺行くし」とぶっきらぼうに、そっぽを向いて、テーブルから放れた。心なし、先より荒っぽく、屍を踏みつけていって。
こぼれたのが泡立つのに目が放せないまま、ドアの開閉音が耳を打っても、身動きできずにいた。思いのほか「勘弁してよ」が耳に痛かったらしい。
つきあいの長さからして、俺はリョーマよりシノに重きを置くが、それでも、そこらのミーハーな奴らと変わらず、二人を対等と見なしていなかったようだ。ので、シノが一足先に社会人になることに、ゲーノージン様とあろうものが焦っているとは、考えもしなかった。
なにせ、まだ未成年の学生ながら、その稼ぎは、シノがこれから、どれだけ働こうと越せないだろうほど、とっくに上回っている。はずが、「まあまあ、君もがんばりたまえ」と札束を扇子のように扇ぎ、高みから見下ろすのではなく、逆に高みに手を伸ばし「置いてかないで」とすがる思いでいるらしい。
偏見をなくして考えてみると、分からないでもない。二人の友人が、片や進学し、片や就職したら、つきあいを継続しても、それぞれ新たな人間関係を築き、その交流に現を抜かすようになって、心が放れていく。年下はとくに、足並みを揃えられないから、相手が遠ざかりやすいだろう。
そう、リョーマはシノが年上だから尚のこと、そうやって自然消滅するのを恐れている。「まさか」と周りは笑いとばすかもしれないが、「対等でありたい」と背伸びをしているのは、リョーマのほうなのだ。
キツネは、トラの威を借りているつもりでも、トラは貸すような威が、自分にあるとは思っていない。なんなら、キツネを神か仏のように崇め、その加護を自分が受けている気でいるのかもしれない。媚びるでもなく、媚びられるのも良しとせず、「見栄っ張りなキツネ」とこそこそ笑われても、どこ吹く風で、寄りそってくれるから。
キツネとトラが連れだって歩くのは、たしかに奇異だ。「どうせ、お腹が空いたら食べるのだろう」と安易に見なしがちだが、下手したら、トラは飢え死にしそうになっても、牙を剥かないのではないか。
「ほんと、人は見た目で分からんな」と泡が消えつつあるそれを、指ですくって舐めた。ぬるくて、苦さも抜けていたものの、どうしてか、舌が熱くなり、ひりつく錯覚がして、顔をしかめる。額に皺を刻んだまま、足元で高鼾をかくゴリラを「涎を垂らしている場合か」と蹴りつけた。
なんだかんだ、シノを尊重するリョーマは、攫ったり、縛りつけたりはしないだろう。それでも、執念深そうとなれば、いつか、俺らから大切な幼馴染を奪いかねないように思えて、しかたなかった。
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