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狐を食べない虎 上
しおりを挟む目が覚めて、顔を上げたら、床を埋めつくすように人体がころがっていた。皆殺しにあったような有様だが、その割にはにぎやかしく、そこかしこで、耳障りな鼾や寝言、呻きがあがっている。
間接照明だけが灯るライブハウスの暗さに目が慣れてきて、あらためて雑魚寝する、へべれけな赤ら顔を見回し、ため息をつく。どいつもこいつも「男なら酒を飲めなくてどうする!」と勇んで法律違反に走ったくせに、煽った酒をすこしも減らさないうちにぶっ倒れ、あどけない寝顔を晒しているあたり、普段はお利口ちゃんなのだろう。
「人は見た目では分からないものだ」とつくづく思っていると、出入り口の扉が開いて、その最たると思える人物、ゲーノージン様が顔を覗かせた。遠目でも見惚れるほど、白馬の王子様的顔立ちをして、それでいて澄ましたところはなく、床の屍を避けずに、踏みつけている。
いや、むしろ抜け目がないのかと、リョーマが持つビール缶を、ちらりと見る。察したらしく、見よがしに飲んでみせてから、辺りを見わたすと「たく、朝まで騒ごうって息巻いていて、このザマなんだから」と足元の腕を蹴りつけた。
「こっちはまだ、騒ぎ足りないのに」と唇を尖らせているのではない。「これで最後なんだから!」なんて口ばかりで、早くつぶれてくれたものだと「この時間泥棒め」と恨めしく思っているのだろう。
際限ないようなアンコールで、時間オーバーしたライブが終わったのは零時近く。まだまだ、メンバーも、客の友人らも興奮覚めやらぬまま、打ち上げになだれこもうとしたのを、リョーマは帰りたがったのだ。
「いや、明日、仕事あるし」と断ったものの「いやいや、これからもっと忙しくなるからこそ、最後にぱあっと!」と腕をつかまれたまま、いつになく言葉につまっていた。さすがの処世術に長けたリョーマも、狂ったようにハイテンションな奴ら相手に、いつものように、のらりくらと切り抜けられなかったらしく。
その隣には「夜は家を空けたくない」と同じく帰宅宣言をしたシノがいた。誰にも引きとめられず、ぽつんと突っ立ち、リョーマと周りが腕の引っ張りあっこをするのを、しばし見守っていたものを、ふと口を切ったことには。
「いっておくけど、俺の家には泊めないからな。今日は家族で、水入らずでいたいし」
ライブハウスからリョーマの家までは遠く、そうとなれば、帰り道の途中にあるシノの家に泊まりたがるのは、経験からしても、目に見えている。いつもなら、まだしも、記念的な日とあっては、すこしは遠慮してほしいところ。
どうせ帰る途中で、だるくなるのなら、ライブハウスで寝明かしたほうがよかろうとの、もっともなご忠言だった。ので、食い下がらなかったのもありつつ、顔にださないながら、ショックを受けたようで、リョーマは虚ろな目をしていた。
多分、家に泊まることを拒絶されたからではない。勘違いされた上に、変に気を回されたからだ。
リョーマが帰りたがったのを、シノは自分のためと思ったのだろう。ライブが終わっても「まだまだこれから!」とどんちゃん騒ぎするのを尻目に、一人だけ去るのは寂しかろうと、気遣ってくれたものと。
その気遣いに「俺のことはいいから」とさらに気遣ったつもりなわけで、揉めているのを早く収めるためにも、あえて、突き放す物言いをしたわけで。と、分かっている上で、ただ、リョーマすれば「自分なんかより、皆といるほうがいいに決まっている」という先入観自体、ひどく不本意なのだ。
シノがそう思いこむのもしかたがない。「どうして、ゲーノージンの若きスターが、極々平々凡々な男子高生にご執心なのか」と周りは首をひねってやまない。なんなら、当人が一番、不思議がっていつかもしれない。
死屍累々の体を踏みつけ、目の前まできたリョーマは「なんだ、カナエ、まだ残ってるじゃない」とテーブルのビール缶を飲み干した。空になったのを放ったのに、どこぞの頭にあたったらしい音と「う」と聞こえる。
その屍は目を覚ましたようでなく、俺にしろ咎めないで、新たな缶を持ち直し、傾けようとするのを、ぼんやり見ていたが、飲み口に口がつきそうになったところで「なんで、あいつなの」と呟いた。
シノとリョーマの組み合わせを見て「なんであんな取るに足らない奴と」と吐き捨てる、たいていの奴らと、俺は違う。そうやって、けちをつけられやすいのを知りつつ、リョーマがシノから放れないのが、解せないのだ。
リョーマより、シノのほうを贔屓する俺からしたら「ゲーノンジン様が、下手にちょっかいをかけてくれるな」と苦言したいところ。シノはもちろん、リョーマも仲をひけらかしは、していないものの、もとより、ゲーノンジン様は注目されやすいから、なにかと話の種になって「つりあわないくせに」「傍にいて恥ずかしくないのか」と槍玉に上げられやすい。
腐れ縁の幼馴染が、不当な扱いを受ければ、そりゃあ気に食わなく、リョーマのほうこそ疫病神に思える。といって、やっかみでシノが叩かれるのに、まるで無頓着に、隣で笑っていられるほど、無神経でないのも知っている。
妬むのも馬鹿らしくなるほどの、美貌と愛嬌を持ち合わせ「神様にも愛されているのじゃないか」と嘆息されるリョーマは、でも、人に愛される、というか、人に厭われないよう、却って、神経を尖らせているような。と、人に気取らせない抜け目のなさが、美貌や愛嬌より、リョーマの真髄なのだと思う。
「我は神に愛されている」と豪語しても、許される立場にあると、案外、本人は驕っていない。少しでも、ぼろをだせば、羨まれている、その分だけ、バッシングになって跳ね返ってくると、心得ているのだろう。また、自分の身近な人が、謂れなきバッシングの的になることも。
もし俺が、リョーマのような立場だったとして、シノを巻きこみたくないし、関係を保とうとするなら、できるだけ矢面に立たせないよう努める。器用なリョーマは、それしきのこと、こなせるはずだが、なぜだか、どうでもいい奴らに十分すぎる配慮をするくせに、反動なのか、シノに対しては、デリカシーのない言動が目立つ。「甘えている」の一言では、片付けられないような。
察しのよさも、ぴかいちときたもので、俺の「なんで」の意味合いをつかみつつ「俺より、シノに聞いたほうがいいと思うけど」と煙に巻くように応じる。じれながらも、相手のペースに乗らずに、無言でいれば、「ふ」と笑い「まあ、こういう奴らとは違うから、かな」と床の屍に向かい、缶を振ってみせた。
「だから、なんで」と食ってかかりそうになったのを、思いとどまり「そうでもないんよ」と負けじと、鼻で笑ってやる。
「あいつ、みんなの前で『俺はあのリョーマのシンユウだぞ』ってどや顔してたからな」
採点したテストを、返されたときのこと。それまで、だるそうにテスト用紙を配っていた、教師の禿げ親父が、シノのだけ点数を高らかに公表して「お前、ほんと、なんも取り得ないな」とせせら笑った。
クラスの皆は、つられて笑いだすどころか、息を飲んだまま、固く口を結び、深くうつむいて。なにせ、禿親父は嫁をいびる姑よろしく、ねちねちと生徒をいたぶるのが趣味の、クズ教師だったから。そりゃあ、ほとんどの生徒は慕っていなかったが、刃向かうどころか、餌食になるのを恐れて、関わりたがらなかったもので。
たとえ、自分が狙われずとも、誰かが吊るし上げられれば、そのとばっちり受けるかもしれないからと、助け舟をだせずに唇を噛むしかなく、かといって、禿親父に媚びて笑いもできず。そうやって、皆が萎縮すれば、するほど、悦に入って「もっと縮み上がれ」とばかり鞭を振るってくる。
クズ教師の加虐性愛を満たすのに、授業の時間を割きたくないとはいえ、待ったをかけても、目をつけられ地獄を見るので、結局、八方塞り。の、ところ、そのときのシノは屁でもないように「取り得がない?誰にいってんだよ」とふんぞり返ってみせた。
で、鼻息を噴いたことには「俺はあのリョーマのシンユウだぞ」と。
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