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怪人ヤッラーの禁断の恋
⑨
しおりを挟む出演者全員で観客に挨拶をし「ピンクレンジャー!」と惜しまれながらもステージから降りて、正直、魔人ダンダーラに一発お見舞いしたいところだったけど、いつも通りに帰りを急いだ。
スタッフや関係者に「今日も歓声がすごかったな」と褒められつつ「セクハラで訴えないでくれよな?」と笑われることもあって、言い返したいのを堪え、会釈をして狭いバックヤードを駆けていった。
楽屋のある建物に入ってすこし息をついて歩いていたら、通りかかろうとしたトイレのドアが勢いよく開かれた。
たまたまタイミングが合ったのかと思いきや、そうではなく、振りむけば、ドアの内側に立っていたのは大柄の怪人ヤッラーだった。
アカルイオサムのことで頭がいっぱいで、すっかり失念していた。
折角、代筆してもらった手紙も手元にはなく、楽屋にあるバックの中だ。
こうなったら逃げるしかないと思うも、とっくに手遅れて、目に留まらぬ早さで伸ばされた手に捕まりトイレに引きずりこまれた。
踏ん張れなくて大柄の怪人ヤッラーに抱きついてしまい、大柄の怪人ヤッラーはその体を腕でがっちりホールドしたまま、もう片方の手でドアを閉め鍵をかけた。
ホールドから逃れようと手で押し返そうとすれば、思いがけず腕が外されて、後ろにのけ反ったのを、そのまま肩を掴まれドアに押しつけられた。
ドアに背中が強か叩きつけられ呻く間もなく、大柄の怪人ヤッラーの顔が急接近をして唇で唇を塞いだ。
前に二度された口付けよりがっついて、鼻息と息を切らしながら角度を変えながら、こちらの頭をドアにぶつけさせながら、唇を押し当ててくる。
ムードもへったくれもなく狭い個室のトイレで暴れるようにキスをしてきて、骨にひびが入らんばかりに肩を強く掴んでいるからに、大柄の怪人ヤッラーは相当におかんむりなのだろう。
おそらく、俺が魔人ダンダーラにセクハラをされているのを見て、だ。
二度目ですでにアウトだったはずで、そもそも代役の身で禍根を残すようなことはしてならない。
ましてや敵の怪人ヤッラーと禁断の恋に落ちるなんて。
あってはならないことだと分かっていたし、相手を退ける方法がないでもなかったけど、ドアに背中と頭を打ちつけられるまま、顔も背けないで俺は口付けを受け入れつづけた。
頭や背中が痛く、唇をぶつけるようにされるキスも気持ちいいとは言えないとはいえ、大柄の怪人ヤッラーに分かりやすく嫉妬されて満更でもなかったのだと思う。
マスクをつけてるのを忘れたかのように、幾度も懲りずに舌を突きだしてきて、いい加減もどかしくなってだろう。
肩を掴む片手を下に滑らせていった。マスク越しに激しくキスをされて息苦しかったのと、頭を散々ドアに打ちつけたこともあって、意識を朦朧とさせていた俺は、手が腰のあたりにきたところではっとして、咄嗟にその手首を両手で捕まえた。
スカートの中に手をいれられたら男だとばれてしまう。
と、思ったのもあるけど「マスクをしたままなんて」とやや乙女チックに心が揺れ動いたせいもある。
手首を掴む力をそんなに込めなかったから、躊躇や抵抗と相手はとらえなかったようで、手を止めたまま大人しくしている。
キスも中断して、メッシュ越しに熱い息を吐きながら起こしたその顔に、俺はやおら手を伸ばした。
首の付け根当たりにあるマスクの裾を指でなぞると、その意図に気づいて自らマスクを顔から外してくれて。
お目見えした大柄の怪人ヤッラーの中身は、二重のぱっちりとした目をした黒髪の爽やかなイケメンだった。
吊り上がった一重の目をした、やさぐれた顔つきの金髪という、これまで抱いていたイメージとはまったく違って、ライオンでもなかった。
「ライオンでもなかった?」と思った傍から反芻をして、次の瞬間、かっと頭に血を上らせた。
人がマスクの下で湯気が出そうに顔を熱くし、大量の汗を噴き出しているとも知らずに、黒髪の爽やかイケメンはすっかり乗り気に、俺のマスクも外そうと手を伸ばしてきた。
「正体がばれる!」と思ったというより、頭が混乱するあまり正体を失くしたようになって、反射的にその手を跳ねのけて間髪入れずに股間に膝蹴りを食らわせた。
身構えてなかった分、まともに食らって、相手が声にならない声を上げ、のけ反ったところで腹に正拳突きもした。
数分休まないと立ち上がれないほどの再起不能状態にさせたなら、大柄の怪人ヤッラーに寄りかかれられる前にドアを開錠して、ノブを回しつつ後ずさる。
肩をそらして跳びのくと、倒れかかってきた大柄の怪人ヤッラーは、そのまま廊下にうつ伏せで倒れこんでしまった。
股間を押さえてうずくまる大柄の怪人ヤッラーに声をかける余裕なんてなく、異常な体温上昇と早鐘のような動悸に急かされるまま、俺はその場から一目散に逃げ去ったのだった。
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