俺と間男と昇り龍

ルルオカ

文字の大きさ
9 / 13
俺と間男と間男

しおりを挟む




居酒屋のカウンターで、優男と酒を飲んでいた最中に途切れた意識が戻ったのは、見慣れない天井の部屋でだった。

肌触りのいい素材のソファもタオルケットも覚えのないもので、寝そべったまま見渡したモデルルームのような室内にしろ、同棲している恋人に散らからされている俺のアパートの部屋とはまるで違う。
家賃からして、及ばなさそうだし。

こんな部屋に住むハイスペックな人種は、知り合いにいなかったはずだけど。
と怪訝に思っていると、扉の開く音がして見やれば、居酒屋で一緒に飲んでいた優男がペットボトルを片手に部屋に入ってきた。

「まさか」と俺が言う前に「急に、あなたが意識を失ったものだから驚いたよ」と笑いかけペットボトルを差しだした。

「救急車を呼んだほうがいいかと思ったけど、店主に『それくらいなら、大丈夫』って言われてね。
あなたとは初対面で家がどこかなんて分からなかったから、僕の家に連れてきたんだ。

ごめんね。他にどうしたらいいか分からなくて・・・」

「そ、そんな、俺のほうが謝るべきで・・・!
あ、その、謝らないでください!」

ペットボトルを受け取ってお辞儀をしたなら、俺はそのまま顔を俯けた。
とてつもなく恥ずかしく、酔いはかなり醒めたはずが、顔が沸騰しそうに熱くなったからだ。

初対面の優男に迷惑をかけ、ここまで手を煩わせたことが申し訳なく居たたまれないのもある。
ただ、それ以上に酒屋で話していた内容が思い出されて、意識せざるを得なかった。

優男をセックスの対象として見そうになる。

恋人を「子猫ちゃん」と言っていたからに、優男の性愛の対象は異性だろう。
だとしたら、意識するだけ馬鹿らしいとはいえ、そう、馬鹿らしい上に俺はとても困る。

居酒屋でこぼしたように俺は優しくされるのが苦手だった。

日常の浅い人付き合いならやり過ごせても、踏みこんだ関係になったり、こういう二人きりの状況に置かれると、優しくされるのに、どうにも耐えられない。

今だって、気まずく逃げたくて仕方がなかった。
早く逃げだしたいのなら、きちんと顔を見て礼を述べ、別れの挨拶に、二、三言葉を交わすくらいしなければならないところ。

ただ、迷惑そうにするどころか「ごめんね」とまで言った、さっきの優男の顔を思い浮かべるに、心拍数が鰻上りで顔を上げられなくなる。

俯いて黙りこむのが長引くほど気まずさも増して、頬を熱くしたまま途方に暮れていたら、くく、と笑い声が漏れたのが聞こえた。

「居酒屋ではあんなに、くだを巻いていたのに。
ほんと、優しくされるの苦手なんですね」

言葉だけ聞くと微笑ましそうに言っているようで、声の響きには棘がある。
居酒屋で優男が言葉責めを得意とすると言っていたのを思い出し、さらに体を火照らせながらも寒気を覚えた。

真っ赤だろう耳やうなじが相手には丸見えで、勘違いされてもおかしくなかった。
やばいやばいと思っているうちに顎に指を添えられて、顔を上向かされる。

優男が艶っぽく笑うのに目をくらませながら、顎に添えた指で頬を撫でられそうになったのを、その手首をつかんで止めた。
目を見開いた優男は、でも、俺の顔に手を添えたまま「気に入りました」とむしろ笑みを深める。

「あなたが好きになりました。
浮気が駄目なら、僕は子猫ちゃんと別れます」

そういう雰囲気になりかけたとはいえ、まさか突然、真っ向から告白されるとは思ってもみなく、真面目にとらえることができなかった。

そもそもが、だ。
「そんなこと言う奴と付き合えるわけがない」と俺は呆れながらも、苦言をする。

「なんでです?
ちゃんと恋人とは別れて、あなたと付き合いたいと言っているのに」

「その別れるっていう子猫ちゃんのこと、誰よりも暴き甲斐があるって言っていたじゃないか」

「あなたとこうなるまでは、ね。
それに言ったじゃないですが。

子猫ちゃん以上の逸材が現れれば、話は違うって」

「で、結局、俺より暴き甲斐のある奴を見つけたら、浮気をしたり別れたりするってことだろ?
そんな信用できない奴、俺はごめんだ」

はっきりきっぱりとNOを突きつけたはずが、優男の微笑は崩れることがない。
なんなら前より余裕綽々のようで「ああ、なるほど」なんて、もったいつけて言う。

「あなた、優しくされるのが苦手なんじゃなくて、裏切られるのが怖いんですか」

「はあ?」と言いたいところ、声が出なかった。

図星をつかれたような形になったのが不本意なものの、薄く開けたままの口が硬直して動てくれない。
声を出せない代わりに頬を歪めれば、優男は目を細めてつづける。

「前に優しくしてれた相手に裏切られて、トラウマのようになってしまったとか?
それで、裏切られて辛く苦しい思いをするより、優しくされないほうがいいと考えてしまった。

はじめから優しくない人間なら、裏切られても、もともと、そういう奴だからと思ってショックは受けないですからね」

残念ながら身に覚えがあったので、つい唇を噛む。
知ったような口を叩く優男に苛立ちつつも、居酒屋で人の心を見抜くのに長けているようなことを言っていたのを思い出し、本当だったのかと、すこし感心をした。

なんて、気を抜いたところで「でも、人を裏切らない人はいませんよ」と厳しい言葉が耳に刺さる。

「あなたは決して裏切られないことを望んでいる。
それは、ないものねだりだ」

優男の言葉に心臓が握りつぶされるような痛みを覚えた。

深く傷つけられた俺を、優男は嘲笑うでも諭すでもなく、興味津々といったように見てくる。
なんと悪趣味なと、睨みつけると「いいですね」となぜか、うっとりするように言う優男。

「ないものねだりをするあなたの願いを叶えてあげたい」

「はあ!?」と今度は声が出た。
我ながら鼓膜が痛くなるような声量だったけど、どこ吹く風で「ほら、居酒屋で言ったでしょ」と優男は嬉々として語る。

「僕は人の心を暴いて、秘めた願望や欲求を満たしてあげるのが楽しいんです。

あなたの心はこれ以上なく暴き甲斐があるし、その望みが無理難題だからこそ、叶えてやれるのは僕だけなんだと燃えるんですよ」

言っていることは無茶苦茶で理解しがたかったものの、俺をからかってはいなさそうで変に説得力もあった。
「ちょ、調子のいいこと言うなよ・・・」とたじろぎつつ、飲まれそうになっている俺に優男は念を押す。

「前にも言ったように僕はサドというわけではない。
セックス以外では恋人に優しくしたいと思いますし。

セックスだって、これまで言葉責めを求められたことしかないから、そうしていたに過ぎなくて、本当は優しくするほうが性に合っているのかも。
だったら、尽きない優しさを求めるあなたとは相性が抜群なんじゃないですか?」

頬を撫でようとした手を掴んだままでいる俺の手を、もう片手で包みこんでまっすぐ見つめてくる。
頭の螺子が五つくらい飛んだような、やばい奴に思えたけど、中々どうして心が揺らいでいた。

この男なら決して俺を裏切らないかもしれない。
そう思ったからではない。

俺が人に裏切られることを恐れていると知っても、馬鹿にしたり笑ったりせずに優男なりに受け止めてくれた。
そのことだけで、結構、胸にくるものがあったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

処理中です...