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スキャンダラスで破滅的な恋を

吉谷のスキャンダルな恋⑤

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犬飼君は尚も、台本や演出などに待ったをかけたり意見をして、且つ、そのことで迷惑をかける周りへの配慮やフォローを忘れずに、ドラマ「どら息子と箱入り娘」を勢いづかせ磨きをかけていった。

融通が利かない脚本家の攻略にだけ、かなり手こずっていたものを、根を上げてか、怒ってやけになったのか、途中で脚本家は自ら降板をした。

続投した脚本家は、現場の声に柔軟に対応するタイプだったので、その後、脚本の訂正でいちいち時間を取られることはなくなり、さほどストレスもなく撮影を進めることができた。

犬飼君の作品の質をあげようとする働きかけや、その熱意に周りが応えようとする努力は報われて、だんだんと視聴率は上がり、評判も上々。
とくにSNSでの反響や盛り上がりは、予想をはるかに上回るものらしい。

ダブル主演の犬飼君と千夏ちゃんの、息のあったコンビぶりが「尊くてずっと見ていられる」「微笑ましくてたまらん」と褒め称えられているのはもちろん、おまけで僕もお褒めの言葉を授かることがあった。

「お守り刑事のツッコミ冴えてる!」とか「お守り刑事にツッコまれたい!」とか。
気弱で腰が低く、凸凹コンビに一方的に振り回されて、泣き寝入りすることが多かったお守り刑事は、基本は変わらないながら、この頃は、たまに物言うようになっていた。

例えば、どら息子が重要な証拠を破損してしまったときは「あなたも同じように、バラバラにしてあげましょうか!」。

箱入り娘が会社の会長に、いきなり「あなたが犯人?」と聞いたときは「正面切って、犯人ですって応える馬鹿はいないでしょう!」。

凸凹コンビのお守りをしつつ、警察との板ばさみになって苦労させられている刑事は、さぞストレスを溜めこんでいるだろうと。
そのせいか、ツッコミには皮肉や嫌味がこめられ、また心の闇を覗かせることもあり、それが痛快で面白いと好評らしい。

といっても、そうして周りに受けたのは、僕の手柄ではない。
お守り刑事のキャラづけの、ちょっとした路線変更も、犬飼君の提案によるものだった。

僕は自分と似たキャラを演じていて、別に不満はなかったとはいえ、なるほど、変更後のほうがしっくりくるように思えた。

凸凹コンビがどちらも、どこか抜けていて天然。

要はボケなので、対してお守り刑事が「そんなこと言わないで下さいよお」と泣きつくだけでは、締まりがなくなる。
他にツッコミ役がいないともなれば、お守り刑事が適材だったのだろう。

思い返せば、ツッコむような役柄を演じたことがなかった。
素の僕も、そういったタイプではないから、はじめは慣れずに戸惑いながら演じたものの、どうにか視聴者のお眼鏡には叶ったようだ。

「吉谷って、あんな演技もできるんだ」「いつも影が薄いのに、どうした」との評価を得ていると耳にしている。

今までになく「ツッコミ、グッジョブ!」と誉められているのは、犬飼君の英断のおかげだろう。

はじめの予定よりお守り刑事の出番や台詞が増え、加えて雑誌の取材やテレビ出演の仕事が舞いこみ、息が切れそうなほど多忙になったのも、犬飼君のおかげと思えば、ひたすら、ありがたいというしかない。

撮影が中盤に差しかかって、予想外に忙しくなったことに疲弊していたけど、主役の犬飼君の株を上げるのに一躍、買っているというなら、すこしも悪い気はしなかった。

というように、撮影中はいつもご機嫌だったのが、その日ばかりは、顔色の悪さを誤魔化すのに精一杯だった。
大川と食事後、一睡もできなかったのもありつつ、気を抜くと泣き崩れそうなほどに、情緒不安定でいたからだ。

ただ、表面上を繕うのは手慣れているので、現場の人間に怪訝そうに見られることはなかった。

気づいたのは「吉谷さん、今日、休んだら」と心配そうに顔を覗きこんできた千夏ちゃんと、「すこし休憩したほうが良くないですか、吉谷さん」とカットがかかった直後、囁いてきた犬飼君だけだった。

距離の近さに、どきまぎする余裕もなかった僕は、でも「いや、大丈夫だよ」と笑って応じた。

大川の話を聞いて、犬飼君を嫌いになったわけではなかったから。

「やっぱり大変ですよね。台詞が多くなりましたし」と気に病んでいるようなのを見れば、そりゃあ放ってもおけないし「そんなことないよ。ただ、自己管理がなっていないだけだから」とできる限り、安心させたくもなる。

が、本調子でないせいか、犬飼君は引き下がってくれず、明日は休みだから一緒に食事にいこうと、誘ってくれた。
しかも、二人きりで。

本来なら、天にも昇る思いで感涙するところだけど、なにせ、大川に聞かされた話が忘れられないとあっては、心境は複雑だった。

僕の気が乗らないという以上に、この情緒不安定ぶりでは、二人きりになって、どんな失態を犯し、醜態を晒すとも限らず、そのことが恐くもあった。

せめて心の準備ができてからと思い、断ろうとしたものの、いつもは聞き訳がいい犬飼君は説得を重ねてきた。

お金のことなら、心配ないと。
ドラマが好調なおかげで、連動してグループのイベントのほうも盛り上がり、収益がでるようになったとか。

それで、すこしは懐が潤っているから、いつも奢ってもらっている分を、この際、少しでいいからお返しをしたいとのことだった。

とどめに、こうも言われた。

「それに、お守り刑事のツッコミが、ドラマの人気につながっているんですから。
吉谷さんが景気良くツッコんでくれないと、視聴者ががっかりしてしまいますよ。

で、『共演者の魅力を引きだせない犬飼は、主役失格だ』って怒る。
ね?そうならないよう、主役の俺の顔を立てるために、食事に誘われてくださいよ」

前に僕が言ったことの、意趣返しらしい。

ドラマのはじめのころに比べて成長したなあと、しみじみとしたなら、もう抵抗する気になれなくて、誘いに乗ることにした。




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