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ぐうたらで享楽的な恋を
大川将の複雑な兄貴分⑥
しおりを挟む「またしても、やられた!」と悔しいやら、感銘するやら。
ごちゃ混ぜになった思いを、とりあえず置いといて、小劇場の裏口を張った。
扉を開けて、でてきた男に声をかけ、二人つづけて人違い。
「また人違いしたら、劇団に通報されかねないな」と思いつつ、三人目に突撃したらビンゴ。
「お、大川?」と目深にかぶった帽子から、うっすら髭が生えた顔を覗かせたのは、果たして、吉谷だった。
捕獲したからには、決して手首を放さず、「仕事は?」と聞かれたのに「今はセーブしている」と有無をいわさないで、雲隠れしている住処に連れていかせた。
それにしても、海外へ高跳びどころか、俺の家から二駅のところに住んでいようとは。
しかも、人が密集する住宅街。
いくら「オーラがない」「存在感が薄い」とプレイベートでは幽霊といっても、一時期はスキャンダルで毎日、映像や画像が垂れ流しになっていたのだ。
「ばれていないのか?」と眉をしかめれば、「さあ?気づいていたとしても、皆、忙しそうだから、かまっていられなのじゃないか」とさばさばしたもので。
まあ、なんだかんだ、芸歴二十年の一端の芸能人だけに、まさか風呂なし、共同トイレ炊事場の木造アパートに住みついていようとは、信じがたいのだろう。
なんだかんだ俺も、都会に染まった人間だから、外観を目にしたときは、言葉を失くしたものを、共同玄関で靴を脱ぎ、踏み入ったら、案外、室内は掃除と手入れが行き届いていた。
大家がまめに管理をしているし、吉谷も手伝っているという。
そう、元々、家事でストレス発散をするという吉谷は、身の回りの細々したことを、地道にこなすのが、苦にはならないのだ。
案内された六畳一間の部屋も、いい具合に所帯じみた風になって、こざっぱりしている。
のに、どうしてか、隅に布団が敷きっぱなしで、そのあたりだけ、服が脱ぎっぱなし、本が広げっぱなし、空のペットボトルも放置と、物がちらかっていた。
らしくないな?と思いつつ、聞きたいことは山ほどあったから、湯呑のお茶に一口つけ、「金を貯めていなかったのか」と切りだす。
「この二十年、ずっと忙しくて、ぱあっと金を使う暇もなかったろ。
海外で五年くらい暮らせるほどの、たくわえがあると思ったんだが。
海外じゃなくても、せめて、人里離れたところを選べばいいのに。
わざわざ、リスキーな場所に身を置くなんて、なにか、意図があるのか」
湯呑を持ったまま、「あーいや・・・」とやや、目を逸らす。
歯切れが悪いのを、疑い深く見ながら、どうにも布団が気になった。
布団の山が、僅かに蠢いたように思えたから。
まあ、布団はさておき、長年の付き合いから、ぴんときた俺は「まさか、お前!」と座卓を掌で叩いた。
「別のとこに、預けてきたのか!」
作品では、人を化かすような演技をしても、プライベートでは呆れるほど、馬鹿正直なお人好しだ。
悪戯がばれた子供よろしく、肩をすくめ目を瞑るのに「おいおい!」と額に手を当てる。
「まさか、人にすすめられるまま、寄付とか投資をしたんじゃないんだろうな!?
それ、騙されているかもしんないから、詳細を教えろ!」
肩を跳ねつつ、「そ、そうじゃないんだよ!」と俺の威勢を押しとどめるように、両手を突きだしてくる。
「生活費とか必要なだけ残して、あとは事務所に預けてきたんだ!」
「はあ?事務所?
いや、お前、休みに入る予定だったから、スケジュールを狂わせなかったし、違約金も発生しなかっただろ。
なのに、なんで」
俺が声のトーンを落としたからか、「自分でいうのも、なんだけど、ほら、稼ぎ頭だったでしょ」とおちゃらけるように、自身を指差す。
「といって、『吉谷さんみたいに、なりたい!』って憧れられる俳優ではないから、入所希望者が事務所に押し寄せることはなかった。
ただ、『あの冴えない吉谷に、途切れず仕事を回す事務所は、きっと良いところなのだろう』って思われたみたいで、他の事務所に断られた子たちが、少しずつ、やってきたんだ。
そしたら、うちの事務所の社長は、面倒見がいいから。
長年の貧乏経営から、やっと脱したのに、きてくれた子に、惜しまず経費を使って、事務所の人も反対しないし。
『貧乏に慣れいるから、経営が落ちついたら、逆に落ちつかない』だの『どうせ、資金があっても、他に使い道が思いつかないから』だの。
うちの社長も事務所の人も、欲がないから」
「そりゃ、お前だろ」と胸の内でツッコみつつ、吉谷と親しくなってから、事務所社長の誕生パーティーに呼ばれたのを、思い起こした。
イメージとしては、芸能事務所の社長をもてなすパーティーとなれば、高級ホテルで芸能人やら、モデルやら、テレビ局のお偉いさんやら招待して、見栄を張りまくって豪華絢爛に催されるものだが。
連れていかれたのは、雑居ビルのワンフロアの事務所。
しかも、前菜からメインディッシュ、ケーキまで、料理が趣味な社長がふるまい、どちらが、もてなされているものやら、忙しくあちこちで「さあ、いっぱい食べて、飲んで!」と皿に取り分け、お酌をしていた。
周りに遠慮させないよう、「なんで主役の俺が、お前らに奉仕しているんだ!」と冗談めかして、怒ったりして。
吉谷の活躍により、事務所が潤ってからも、慰労会のような社長の誕生会の中身も、古びた雑居ビルの一室で催すのも、変えていない。
変化といえば、雑居ビルの上のフロアが空いたので、そこを借りてレッスン場を作ったことくらい。
たまに、吉谷もレッスン場に講師として、赴くらしいので、新人や若手を気にかけているのだろう。
だから。
「やっと、少しずつ、若手が仕事を取れるようになって、そんなとき、スキャンダルを起こしたから。
社長は『驕るな!お前にそんな影響力はない!』って笑いとばすけど、そうでもないと思う。
大体、稼ぎ頭がいなくなって、いつ、戻ってくるか分からないとなれば、事務所の人たちや若手が、先の見通しを立てられなくて、不安になるだろうしね」
そう説明されても、釈然としなかったが、「たく、お前は・・・」とため息にとどめる。
にこやかにしつつ、こういうときの吉谷は、「いつもの受け身体質はどうした!」と逆ギレしたいほど、てこでも動かない。
他にも聞きたいことがあったし、一旦、金の件は置いておき「まあな」と切り替える。
「こういうところで、静かに生活送ってたら、そうお金もかからんか。
ただ、そうならそうで、お前、毎日、なにやってるんだ?
まさかバイトとか?」
バイトは冗談だったのが、顔を強張らせる。
またもや、ぴんときて「お前、生活費って、こういうとき一、二年分くらい、計算して置いておくもんだけど、まさか一か月分とか!?」と身を乗りだして声を張れば、「わー」と耳を抑えた。
「分かってるよ。
今となっては、無謀だったって思う。
けど、なんていうか、事務所のためだけじゃなくて、試してみたいってのも、あったんだ。
芸能界を放れて、どれだけ自力で生きていけるかって」
昔、スパルタマネージャーに「吉谷君は、芸能界以外では生きられないのだから!」と叱咤されたのを、聞いたことがあるからに、その言い分にけちをつけられなかった。
頬を引きつらせつつ、ぐ、と口をつぐむと、やおら耳から手を退け「でも、当たり前だけど、甘かったよ」と苦笑してみせる。
「早速バイトをしようと思って、電話をしたとき、考えなく、本名を明かしてしまって。
相手が驚いて『あの、俳優の吉谷?』って聞き返してきたのに、急に怖くなって、電話を切ったんだ。
一応、俳優だから、別人になりすまして、バイトができるかと思ったんだけど・・・」
「ほら、よく考えたら、元々、俳優として評価されていなかったわけで、通用するわけないよね」と間の抜けた顔で笑うから、「そんなはずはない」と歯軋りをする。
共演後、あらためて出演作を見て、最後まで吉谷を見つけられなかったのだから。
とはいえ、別人になりすまし、要領よく世渡りするのは、吉谷にできないように思えた。
どうして?と頭を巡らせているうちに、「あと、なんか、改めて考えさせられた」としみじみしたように語られる。
「業界では、演技ができるのを褒められるけど、社会では、そうとも限らないんだって。
演技イコール人を騙すって印象があるから。
僕はさほど、評価されなかったけど、二十年も経験を積んだから、すこしは自負があった。
でも、社会では通じないし、『人を騙す』なんて、決して褒められたことではないのを、今更、思い知らされたよ」
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